星を掴む

 情報収集は大切。
 それを身に染みて思い知っている。
 自分が情報を扱う職掌にあるのは勿論だが、その情報如何で勢力図が一気に塗り替えられるのを何度も見てきた。情報を扱う人間次第で、喩え無しで核兵器よりも恐ろしいと思っているのだ。
 間違いなく自分は全ての勢力を掌で弄んでいると云う満足感に浸っていた。
 誰にも褒められた仕事ではない。だが、誰もが欲しがる情報をたなごころにするのはえも言えぬ快感だ。
 彼女……高矢部公乃(たかやべ きみの)はこの世界に入って10年を生きた。
 10年。言うは易し。生き残るは難し。
 情報屋の末端構成員として使いっぱしりのような真似から上り詰めて今では情報屋の『構成員』となった。
 末端ではなく、情報屋だけで構成される互助会の構成員として末席に居る存在となった。
 彼女の出世は異様に早い。そのタネを明かせば実に簡単明瞭で、常に現場に赴いて情報を収集するのが彼女自身だからだ。末端構成員だった頃と仕事の内容は何も変わっていない。若い頃の生き方がそのまま今の生き方に反映されているだけだ。
 情報屋。
 個人経営が多い業種で、闇社会の人間なら三下から総裁まで必ず自分専用の情報網を持っており、自分だけの情報源を持つのは当たり前だった。ネットが発達した現代だからこそアナログな情報は価値が高い。
 情報屋が扱うのはクローズなダークウェブで取引される情報が殆どだ。
 その情報を集めるのは情報屋の手足となって『現場』で情報を集める末端構成員。
 情報屋自身はパソコンの前で座っている個人経営で、外注として現場作業員……現場で情報を集める人間に指示した対象に張り付かせて情報を集めさせて相場で買い取る。
 その個人経営の情報屋が互いを守るために連携して互助会を形成し、商工会議所に似た組織を運営している。
 情報屋による情報屋のための情報屋。
 理事の一人としてテーブルに座ってふんぞり返っているだけの仕事に就いたはずの公乃は、未だに現場を走り回って新鮮な情報を入手して旗揚げしたばかりの情報屋にリークして適正価格で売買している。
 自分が苦労した時代を思い出してしまい、若い情報屋を少しでも優秀な情報屋に育てたいのだ。自分にもそんな親切な手助けがあれば『こんな物』に頼らなくても良かったのに、と思う。
 『こんな物』……左懐に収まる拳銃。
 護身用にと購入したが長い付き合いになってしまった。
 公乃の明確な職業は情報屋。
 情報を現場で集めて直接売買する機会が多いだけの情報屋。
 全ての情報屋がパソコンの前から動かないのであれば、情報屋は成り立たない。
 だからこそ情報屋は末端の使いっ走りに情報を集めさせて、更に鮮度が高い情報と交換し売買する。公乃は普段、個人経営なので一人で活動している。集めたネタは頭角を現す前の新人に優先的に売りつける。
 気前のいい姉御肌を見せ付けているので人望も高い。その人望の高さから互助会の理事として着席する事を許された。
 否、互助会に入会して是非とも若手を束ねて欲しいと互助会の理事長から頭を下げられた。ここで義理を売っておけば後で何か有利に働くだろうと安く請け負った。
 その件に関して後悔はしていない。


 情報屋の使いっ走り時代に手に入れた格安の自動拳銃を手にしたのは理由がある。
 昔、度重なる失態で何度も命の危険に晒され、仕方なしに護身用として手に入れた物だ。
 ヘルワン・モデル・ブリガーディア。
 事実上のベレッタM951のコピー。
 大型軍用拳銃として一時期販売されて軍隊だけでなく、警察でも使われた。
 名前の通りにエジプトでのライセンス生産だ。
 9mmパラベラム弾を8発装弾できる。全長はスペック上204mmで重量は920gだが、手にするとダブルカアラムマガジンで無い分、すんなりと馴染む。
 軽く握り込み易いグリップ。重心バランスも申し分ない。
 中古と云うより、半分くらいは骨董品じみているので何度もパーツを交換した。新品のモダンオートを買うよりも廃棄寸前の同型から使えるパーツを集めて交換したほうが遥かに安い。
 銃身や撃芯などの重要な部品もオリジナルのベレッタM951の中古から集めれば価格を安く抑えられる。
 製造されていない銃が全て即、プレミア価格で取引されることは稀だ。製造終了になった銃も暫くはユーザーのサポートのために交換のパーツだけは製造したりサードパーティがヘビーユーザー向けに破損し易いパーツやオリジナルのアクセサリーを製造して販売する事が多い。未だにコルトガバメントがその名を轟かせているのが証拠だ。
 人気が有るだけではネームバリューは長生きしない。
 ニッチな層が欲しがるから作って売る業者が居る。アクセサリーにしたところでユーザーにアンケートをとって上位3位までの要望を製品化して売るよりも4位以下を全て叶えた方が業者としては儲かるのだ。
 ヘルワン・モデル・ブリガーディア。
 今では時代遅れも甚だしい自動拳銃。
 初めてこの銃と出会ったときは「何でもいいから今其処に有る拳銃を寄越せ!」と闇社会の武器屋の窓口で横柄に怒鳴った。その怒鳴り声に腹を立てたのか、武器屋は投げつけるように古ぼけた自動拳銃を出した。
 それが出会いだ。
 それからは呪われたように数え切れない鉄火場を潜った。同時に鮮度が高い情報が集められた。
 鉄火場での生々しい状況を情報として売買すると高額で取引されるのだ。鉄火場の趨勢を実況して記録し損害を測り、敵味方やその他の争う勢力に勝敗を売りつけるだけで笑みが零れる金額になる。
 何処の勢力が勝った、負けたと云う情報は直ぐに広まるが『どちらの勢力がどのような戦力でどのようにして勝ったか? 負けたか?』と云う、細かすぎる情報はネットでは集められない。
 特にその鉄火場や修羅場で『負けた勢力』が高い値段で買い取ってくれる。負けた原因を解析する為と、負けた事実を知る公乃に対する口止め料だ。
 情報屋を積極的に殺そうと策謀を廻らせる人間は、この暗い世界では少数派だ。
 情報屋自体が自分だけは中立である事をアピールし、何処の勢力にも公平なスタンスを見せて情報を売りつける。ゆえに買うほうも情報屋の寄越すニュースソースが無ければ戦略が立てられない。
 組織の傘下に収まる情報屋も勿論存在するが、広く深い情報を集める為には様々な方向にアンテナを伸ばしている、組織外の情報屋も必要だ。
 軍隊での状況と同じく、実働部隊が現場で取引や商談を行う時は既に『その方向で話がまとまる』ようにできている。
 99%成功裏に終わると確信された時に実働部隊に作戦決行の命令がくだり、現場で取引や商談が行われ双方の予想通りの展開で話が収まる。
 その際に発生する『1%の事故』が鉄火場の発生だ。
 鉄火場といっても銃撃戦だけではない。
 好い返事が聞けずに静かに破断する事も含まれる。その現場に居合わせた人間から報告が素直に上がれば良いが、事実が韜晦されて上部に報告されると次の手を打ち損ねる。
 だからこそ取引や商談は秘密裏に行われてネットで拾える頃には古い情報として流通する。
 誰にも知られてはいけない情報を密かに集め、密かに買いに来る客に密かに売る。それを為すには現場で居合わせなければならない。……そんな地味な作業は、普通ならば掃いて捨てるほど居る情報屋の三下が行う。
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