深淵からの咆哮
「……5人? 6人?」
少し規模が大きい町工場程度の廃工場の駐車場に黒い大型ミニバンと250ccのバイクが一台ずつ駐車していてる。
そっと近寄り、マフラーに手の甲を近づける。まだ少し暖かい。
標的は半グレ集団のリーダー。それの取り巻きが逃走の為に応援に駆けつけたといったところか。
半グレほど面倒な存在は無い。裏表の世界を自由に渡り歩き……否、世界の境界線を問わずに縄張りを荒らしておきながら、警察からはグレー組織扱いなので暴力団のような厳しい取締りが行えない。
今の法律では、だ。
故にあらゆる犯罪の影に連中の姿が見える。
裏の世界でどっぷり浸かった人間からすれば縄張り荒らしだし、表の明るい世界の住人からすれば、得体の知れない犯罪者集団なのに警察は特段の厳しい取締りを行わない嫌われ者。
最近では詐欺犯罪といえば、半グレ集団と暴力団の癒着が取り沙汰されるが、半グレの検挙は別件のような物で、実際はその背後の暴力団を一網打尽にする口実として都合よく検挙される若者の犯罪者集団。
京の依頼にも標的が半グレの場合が多い。何の呵責も抱かずに始末できる気楽さを感じるので京の差別意識が掻きたてられる。
裏の世界では半グレの居場所は無い。
半グレを利用しようとする個人や組織は多いが、金や条件で簡単に裏切って、平然と元の個人や組織にもう一度雇えと悪びれもせずに現れる。怖い物を知らない若さゆえの行動だ。
冷たい風。
風に当たっているだけで体の芯まで冷えそうだ。
京は腰や背中や鳩尾に使い捨てカイロを貼り付けている。寒さに特別に弱いのではなく、寒さで悴んで反応が遅くなるのを防ぐ為だ。指先も仕事用のフィールドコートのポケットに突っ込んでいる使い捨てカイロで温める。ポケットの中にもハーフサイズの使い捨てカイロを忍ばせている厳重ぶり。
工場の内部から話し声が聞こえる。
自分達が追われているのを自覚していない、軽佻浮薄な話題でゲラゲラと笑っている。
微かにアルコールの匂い。酒だ。寒さを凌ぐ為か景気付けの為か酒を呑んで卑しい笑いに興じている。
工場の割れた窓や壁の皹の隙間から中を窺う。
ドラム缶や一斗缶に瓦礫を突っ込んで火を熾して暖を取っている。不思議と暖まりたいとは思わない。
チラチラと脳裏を過ぎる道の駅で出会った彼女の小悪魔に似た笑顔が集中力の邪魔をする。
何でもない笑顔なのに、何故かいつまでも印象に残る可愛らしい笑顔だ。
いやいやいや! と首を振って彼女の幻影を振りほどく。
イサカ・オート・バーグラーを早くも抜く。
この廃工場の見取り図は覚えている。
尤も、工場が稼動していた時代の地図なので、廃工場になってから何処にどのように配置されていた機材や機械が取り払われているかは不明だ。
先ほどの偵察では大まかな機械は全て撤去されて、機材や廃材は隅の方に追いやられている。
がらんどうのような屋内で6人の影が、炎を上げるドラム缶や一斗缶を囲んでいる。
廃工場の辺りは郊外の外れなので人気は無い。
住宅が並んでいるが、無人だ。もう直ぐ開発区域に指定されるので立ち退きが確定している廃墟。
イサカ・オート・バーグラーを握る右手。左手の指の間には黄色い20番口径のシェルを4発、挟みこむ。
連中が何処で何をしでかしたのかは極力思い出さない事にしていた。思い出せばその悪逆非道な行いの余り、脳裏に時々浮かぶ可愛い彼女の笑顔が汚されそうな気がしたからだ。
正面。裏手口2箇所。窓が8箇所。リフト用シャッター1箇所。
逃走経路は豊富なように見えて、実際は正面と裏手口くらいしか咄嗟に飛び出せない。
窓は全てベニヤ板で封じられている。
シャッターは下りたままで、工場内の電源を入れなければ可動不能。裏手口も2箇所のうち、1箇所のドアは錆が浮き出ていて捻ろうとして力を込めたがビクともしなかった。
連中は全員殺す必要は無い。
リーダー格の男だけを射殺するのが依頼だ。
京の人情が別の部分で働いてしまい、皆殺ししか考えなくなる。彼女との思い出を侵蝕されたと云う勝手な被害妄想だ。
感情で匙加減を簡単に変更する辺りが、京がまだまだ子供である証左だった。プロではあるが情緒不安定な側面は大きな弱点だ。
廃工場の内部に居る全員が何かしらの武装を携えていると仮定する。出来るだけ危険な状況を想定する。
想定外と云うものは想定できない物だけを差さない。
想定していなかった項目も想定外だ。
イサカ・オート・バーグラーの2発と左手のシェル4発で全てが終わるとは思っていない。
大きく息を吸い、ゆっくり吐いてもう一度吸う。肺の中に冷たい外気が流れ込み目が覚めそうだ。一瞬、氷を飲み込んだように心臓が慄いた。
そして一気に呼吸を絞りながら、左軸足の右回し蹴りで真正面の出入り口のドアノブを蹴り飛ばす。鉄が仕込まれた安全靴がドアノブをひしゃげさせて捻り飛ばす。
「!」
工場内部で早くも反応あり。
慌てふためく連中。
語彙に乏しい罵詈雑言が飛び交う。
その汚い言葉の隙間に金属音が連なる。京は咄嗟にイサカ・オート・バーグラーを発砲した。十数粒の散弾が連中がたむろしていた辺りの中心に目がけて飛んでいく。
数粒が2人の青年の太腿や腹部に広く被弾して、致命的でないが直ぐに挽回できない負傷を負わせた。
戦闘区域25m四方。
遮蔽に部分的に乏しい。
薄暗がり。光源は廃工場の中央で焚かれているドラム缶と一斗缶。揺らめく炎が逆に影を誇大に映し出すので標的を探し難い。
つまり、まともな光源で無いので厄介。
散弾の洗礼を受けたドラム缶と一斗缶に孔が開く。
軽い一斗缶は蹴り飛ばされたように転がった。お陰で一斗缶までの距離が目算で弾き出し易い。正面で入り口から一斗缶まで15m。それを中心に左右に広がる連中。
今し方2人仕留めた。動ける。後で止めを刺す。今は勝利条件の標的を抹殺することのみ。
それだけの情報を一瞬で推理し整理する。
イサカ・オート・バーグラーが再び吼える。
今度は左手側の鉄骨の柱の陰に滑り込んだ標的の男に向かってだ。
取り巻きも1人、居る。
右手側から反撃の発砲が浴びせられる頃には京はイサカ・オート・バーグラーの薬室を開放し、空のシェルをエジェクターの勢いで弾き飛ばして左手の指に挟んだシェルを差し込んでいた。
右手首のスナップだけで薬室を閉じる。
再び発砲。右へ左へと1発ずつ。
空かさず再装填。
その発砲で、まるで短機関銃での襲撃を受けたようにトタンやベニヤ板の継ぎ接ぎの壁や窓は孔が開く。
半グレは『意欲』が低い。銃撃戦に慣れた半グレなど聞いた事が無い。その例外に漏れず、左右に散った、本来なら挟撃できる、有利なはずの半グレの4人は頭を抱えて蹲っている。
拳銃を手にした半グレは3人。頭を伏せて腕だけ伸ばして盲撃ちを繰り返すのみなので京に掠りもしない。
脅威の度合いが低い。右手側で蹲る2人に向かって引き金を引く。2発発砲。距離10m。イサカ・オート・バーグラーの20番口径として最大の威力を発揮する距離だ。……1人に1発ずつ。
悲鳴を挙げることも無く、濃密な散弾の塊を撃ち込まれた2人は無残な被弾箇所から水袋をナイフで切ったように血液を噴出して絶命する。
銃口を左手側に振る。
左手に大きく振る最中に再装填は完了している。
「おっと」
遊びすぎたか。
標的の青年が、今し方ブレイクスルーを果たした正面で入り口へと向かっている。
少し規模が大きい町工場程度の廃工場の駐車場に黒い大型ミニバンと250ccのバイクが一台ずつ駐車していてる。
そっと近寄り、マフラーに手の甲を近づける。まだ少し暖かい。
標的は半グレ集団のリーダー。それの取り巻きが逃走の為に応援に駆けつけたといったところか。
半グレほど面倒な存在は無い。裏表の世界を自由に渡り歩き……否、世界の境界線を問わずに縄張りを荒らしておきながら、警察からはグレー組織扱いなので暴力団のような厳しい取締りが行えない。
今の法律では、だ。
故にあらゆる犯罪の影に連中の姿が見える。
裏の世界でどっぷり浸かった人間からすれば縄張り荒らしだし、表の明るい世界の住人からすれば、得体の知れない犯罪者集団なのに警察は特段の厳しい取締りを行わない嫌われ者。
最近では詐欺犯罪といえば、半グレ集団と暴力団の癒着が取り沙汰されるが、半グレの検挙は別件のような物で、実際はその背後の暴力団を一網打尽にする口実として都合よく検挙される若者の犯罪者集団。
京の依頼にも標的が半グレの場合が多い。何の呵責も抱かずに始末できる気楽さを感じるので京の差別意識が掻きたてられる。
裏の世界では半グレの居場所は無い。
半グレを利用しようとする個人や組織は多いが、金や条件で簡単に裏切って、平然と元の個人や組織にもう一度雇えと悪びれもせずに現れる。怖い物を知らない若さゆえの行動だ。
冷たい風。
風に当たっているだけで体の芯まで冷えそうだ。
京は腰や背中や鳩尾に使い捨てカイロを貼り付けている。寒さに特別に弱いのではなく、寒さで悴んで反応が遅くなるのを防ぐ為だ。指先も仕事用のフィールドコートのポケットに突っ込んでいる使い捨てカイロで温める。ポケットの中にもハーフサイズの使い捨てカイロを忍ばせている厳重ぶり。
工場の内部から話し声が聞こえる。
自分達が追われているのを自覚していない、軽佻浮薄な話題でゲラゲラと笑っている。
微かにアルコールの匂い。酒だ。寒さを凌ぐ為か景気付けの為か酒を呑んで卑しい笑いに興じている。
工場の割れた窓や壁の皹の隙間から中を窺う。
ドラム缶や一斗缶に瓦礫を突っ込んで火を熾して暖を取っている。不思議と暖まりたいとは思わない。
チラチラと脳裏を過ぎる道の駅で出会った彼女の小悪魔に似た笑顔が集中力の邪魔をする。
何でもない笑顔なのに、何故かいつまでも印象に残る可愛らしい笑顔だ。
いやいやいや! と首を振って彼女の幻影を振りほどく。
イサカ・オート・バーグラーを早くも抜く。
この廃工場の見取り図は覚えている。
尤も、工場が稼動していた時代の地図なので、廃工場になってから何処にどのように配置されていた機材や機械が取り払われているかは不明だ。
先ほどの偵察では大まかな機械は全て撤去されて、機材や廃材は隅の方に追いやられている。
がらんどうのような屋内で6人の影が、炎を上げるドラム缶や一斗缶を囲んでいる。
廃工場の辺りは郊外の外れなので人気は無い。
住宅が並んでいるが、無人だ。もう直ぐ開発区域に指定されるので立ち退きが確定している廃墟。
イサカ・オート・バーグラーを握る右手。左手の指の間には黄色い20番口径のシェルを4発、挟みこむ。
連中が何処で何をしでかしたのかは極力思い出さない事にしていた。思い出せばその悪逆非道な行いの余り、脳裏に時々浮かぶ可愛い彼女の笑顔が汚されそうな気がしたからだ。
正面。裏手口2箇所。窓が8箇所。リフト用シャッター1箇所。
逃走経路は豊富なように見えて、実際は正面と裏手口くらいしか咄嗟に飛び出せない。
窓は全てベニヤ板で封じられている。
シャッターは下りたままで、工場内の電源を入れなければ可動不能。裏手口も2箇所のうち、1箇所のドアは錆が浮き出ていて捻ろうとして力を込めたがビクともしなかった。
連中は全員殺す必要は無い。
リーダー格の男だけを射殺するのが依頼だ。
京の人情が別の部分で働いてしまい、皆殺ししか考えなくなる。彼女との思い出を侵蝕されたと云う勝手な被害妄想だ。
感情で匙加減を簡単に変更する辺りが、京がまだまだ子供である証左だった。プロではあるが情緒不安定な側面は大きな弱点だ。
廃工場の内部に居る全員が何かしらの武装を携えていると仮定する。出来るだけ危険な状況を想定する。
想定外と云うものは想定できない物だけを差さない。
想定していなかった項目も想定外だ。
イサカ・オート・バーグラーの2発と左手のシェル4発で全てが終わるとは思っていない。
大きく息を吸い、ゆっくり吐いてもう一度吸う。肺の中に冷たい外気が流れ込み目が覚めそうだ。一瞬、氷を飲み込んだように心臓が慄いた。
そして一気に呼吸を絞りながら、左軸足の右回し蹴りで真正面の出入り口のドアノブを蹴り飛ばす。鉄が仕込まれた安全靴がドアノブをひしゃげさせて捻り飛ばす。
「!」
工場内部で早くも反応あり。
慌てふためく連中。
語彙に乏しい罵詈雑言が飛び交う。
その汚い言葉の隙間に金属音が連なる。京は咄嗟にイサカ・オート・バーグラーを発砲した。十数粒の散弾が連中がたむろしていた辺りの中心に目がけて飛んでいく。
数粒が2人の青年の太腿や腹部に広く被弾して、致命的でないが直ぐに挽回できない負傷を負わせた。
戦闘区域25m四方。
遮蔽に部分的に乏しい。
薄暗がり。光源は廃工場の中央で焚かれているドラム缶と一斗缶。揺らめく炎が逆に影を誇大に映し出すので標的を探し難い。
つまり、まともな光源で無いので厄介。
散弾の洗礼を受けたドラム缶と一斗缶に孔が開く。
軽い一斗缶は蹴り飛ばされたように転がった。お陰で一斗缶までの距離が目算で弾き出し易い。正面で入り口から一斗缶まで15m。それを中心に左右に広がる連中。
今し方2人仕留めた。動ける。後で止めを刺す。今は勝利条件の標的を抹殺することのみ。
それだけの情報を一瞬で推理し整理する。
イサカ・オート・バーグラーが再び吼える。
今度は左手側の鉄骨の柱の陰に滑り込んだ標的の男に向かってだ。
取り巻きも1人、居る。
右手側から反撃の発砲が浴びせられる頃には京はイサカ・オート・バーグラーの薬室を開放し、空のシェルをエジェクターの勢いで弾き飛ばして左手の指に挟んだシェルを差し込んでいた。
右手首のスナップだけで薬室を閉じる。
再び発砲。右へ左へと1発ずつ。
空かさず再装填。
その発砲で、まるで短機関銃での襲撃を受けたようにトタンやベニヤ板の継ぎ接ぎの壁や窓は孔が開く。
半グレは『意欲』が低い。銃撃戦に慣れた半グレなど聞いた事が無い。その例外に漏れず、左右に散った、本来なら挟撃できる、有利なはずの半グレの4人は頭を抱えて蹲っている。
拳銃を手にした半グレは3人。頭を伏せて腕だけ伸ばして盲撃ちを繰り返すのみなので京に掠りもしない。
脅威の度合いが低い。右手側で蹲る2人に向かって引き金を引く。2発発砲。距離10m。イサカ・オート・バーグラーの20番口径として最大の威力を発揮する距離だ。……1人に1発ずつ。
悲鳴を挙げることも無く、濃密な散弾の塊を撃ち込まれた2人は無残な被弾箇所から水袋をナイフで切ったように血液を噴出して絶命する。
銃口を左手側に振る。
左手に大きく振る最中に再装填は完了している。
「おっと」
遊びすぎたか。
標的の青年が、今し方ブレイクスルーを果たした正面で入り口へと向かっている。