深淵からの咆哮
名前の通りに、元は運転従事者が強盗対策に用いる為に作られたモデルだが、短い銃身からの散弾のパターンが広がり、運転以外の警備用用途に広く使われた『拳銃』だ。
散弾を用いるがこれが製造された当時の米国での法的定義では『拳銃扱い』だ。勿論、それは詭弁臭く、散弾銃の銃身を短く引き切ったイリーガルなソウドオフより扱い易いので、結局は反社会的な立場の人間にも愛用された。
12番口径よりライトな反動で片手で抑制し易い20番口径。
用いるシェルの長さは2.5インチ。
小型軽量を目論んだ結果として本格的な猟銃の堅牢さは必要なく、2.75インチや3インチといった強装弾のシェルは使えない。薬室が破裂する恐れが有る。
現代の材質でリブートしたのなら2.75インチシェル対応モデルが製作可能だが、1930年代に製造された京の骨董品ではそれは叶わぬ夢だ。今ではもっぱら410番口径を用いる5連発程度の大型リボルバーの姿をしたカージャック対策用拳銃の方が人気があるだろう。
鉄火場。
飛び込んだのでも巻き込まれたのでもない。形成してしまったのだ。
高神京の職業は始末屋。
殺し屋とは違う。彼女の職掌は一方的な抹殺。
殺し屋のように万難を排して標的を殺害するのとは明らかに違う。早い話が、標的が独りのところを奇襲して絶命させるだけの暗殺専門だ。 暗殺屋では語感が悪いので始末屋と名乗っている。
一方、殺し屋は殺しに到るまでの障害を排除するのも職掌だと認識されている。
スマートに行えば始末屋だろうが殺し屋だろうが境目は無い。高神京と云う人物が始末屋を名乗るのは生来の臆病が災いしての結果だった。 裏社会にも臆病者は多い。寧ろ臆病者だから成功している人間が圧倒的に多い。
大胆で豪放磊落な人間が裏社会で目立つのは希少だからだ。
臆病者の京はイサカ・オート・バーグラーの薬室を開放して空になったシェルを弾き出した。
遮蔽の陰で毒づきも泣き言も言わずに20番口径のシェルを差し込む。彼女はただ、ほんの少しの間だけ3日前に出会った、目くるめく淫猥な世界に気を削がれてしまったために反撃の余地を許してしまっただけだ。
相手の数は合計3人。標的は1人。警護に2人。
鉄火場。
夕暮れ時の埠頭。廃屋と化した計量事務所。元は回収された鉄屑を計ってヤードに堆く積む為の事務的処理を行う場所。鉄骨鉄筋。潮風に晒されて久しい。冬の冷たい風。
鉄錆なのか腐った魚なのか解らない不快な臭いが強風と共に京の体を叩きつける。
計量事務所の中に入ってから形成された鉄火場なので、強風の直撃で散弾のパターンやコローンが大きく削がれることは無いが、体の芯まで凍て尽くす寒さは判断能力を鈍らせかねない。
彼女がふと3日前の思い出にとらわれたのも、寒さの所為かもしれない。あの時のハイエースの中は温かかった。彼女の肌はしっとりとして吸い付くような感触で京の全身が性感帯になった。
薄暗い。ガラスが全て割れた窓から入る外灯の光源以外は灯りの期待が出来ない。
狭い閉鎖的な空間。建物は2階建て。その2階部分。4つの部屋と給湯室とトイレ。京は今、階段の踊り場から飛び出る機会を窺っている。 狭い空間では短い銃身の散弾が有利だと言われているが、それも状況次第。相手が独りだと信じていたから20番2発で充分だとタカを括っていた。
実際には警護が2人。
その連携振りから恐らく裏社会で警護専門を生業にしている護り屋だろう。
連中には恨みも因縁もない。互いに仕事だ。どちらが殺されても恨みは無い。だが、標的を取逃がすのは信用看板に瑕が付くので何としても仕留めたい。
逃走資金の数分の一を使って護り屋を雇ったのだろう。連中は報酬に見合うだけの働きをする上に、報酬以上の金で鞍替えする事を恥とする。
金で簡単に鞍替えする人間は何処の世界でも信用できない。金で鞍替えするときは背中から撃たれる覚悟と、この世界からアシを洗う腹が決まったときだけだ。
薄暗い空間に硝煙の臭いが混じる。
更に舞い上がった塵埃で喉がイガイガと不快。
急な鉄火場は初めてじゃない。急な鉄火場の形成の方が多いくらいだ。
どんなに入念に情報を集めていても、予想外や予定外は必ず発生する。
京は完璧な作戦と云うのは、作戦通りに始終する事ではなく、万が一が発生したときに柔軟に対処して素早く別プランを発動させて本来の計画に軌道修正できるか否かの先見だと思っている。図上の作戦が成功するのはフィクションに於ける主人公サイドの視点だけだ。
現実との遊離感を引き起こす銃撃。銃声。渦巻く紫煙。そして……人間の声が聞こえない空間。
素人ならこれだけでパニックを起こす。生きた人間が生の声で罵声や怒声を喚きながら銃を乱射している間は血の通った空間を感じられる。それが皆無なのだ。
銃声だけの世界で、京はさてと、コンパクトを取り出して遮蔽の角から突き出す。
右手のイサカ・オート・バーグラーの重みを感じながら左手にしたコンパクトに左右逆に映る世界を眺める。
前方4mの右手側の角に1人。その奥の給湯室に標的。やや左手側の柱の陰でスコーピオンと思しき短機関銃で弾幕を張る影が邪魔だ。それは前方左手側7m。『閉鎖的な空間で最も有用な火器は何であるのかを決めるチャンピオンシップ』だと頬の端が冷たく引き攣る。
京のイサカ・オート・バーグラーはたった2発しか撃てないが、十数粒の散弾を広範囲にばら撒く。1発当たりの威力は大したことは無いし、射程も10mが限度だ。それ以上の距離では冬の厚着で充分に停止できる。
対人用であっても対人戦闘用ではない。京が仕事用にイサカ・オート・バーグラーを選んだのは、散弾特有のパワフルな威力ではなく、獲物を逃がさず散弾で負傷させ、且つスラッグで頭部を吹き飛ばす為だ。戦闘を前提にしている武闘派の殺し屋とは違う。奇襲と暗殺しか眼中に無い。
勿論、バックアップとしての拳銃も所持しているし今も携行している。
その豆鉄砲よりもイサカ・オート・バーグラーの方が頼りになるので持ち出さないだけだ。
他にも小ぶりなカランビットナイフや数本のスローイングナイフ、首を絞めるのに用いるギャロットも有る。
スクリーンの中の英雄では無いので、銃火器相手に真正面からそれらを用いるのはバカだ。この場合は最も頼りになる火器で貫徹する事を主軸に戦略を立てたほうが賢明。
……コンパクトをポケットに仕舞う。
敵の戦力は推し量れた。基本的に護り屋は闘わない。無為な弾幕を張っているのは時間稼ぎだ。
その間に対象を逃走させたり増援の到着を待っている場合が殆どだ。警備と警護は違う。敵を無力化することも前提の警備と標的を無事に逃がす為なら防弾防刃ベストを着て銃口の前に立つのが警護だ。
イサカ・オート・バーグラーを発砲。
牽制。たった1発でも銃口が大きく跳ね上がる。この反動も既に慣れた。
たった1発。だが、単純計算なら、小口径に近い短機関銃の2連射に掃討する粒弾を一斉にばら撒く。一粒の威力は大したことは無くともまともに喰らえば致命的な負傷は避けられない。
耳を劈く20番口径の発砲音の後に左手前方の柱に粉塵が爆ぜる。
散弾のパターンの一部が柱の漆喰を撒き散らしたらしい。その異質な音を銃声の隙に聞き、素早く第2弾を発砲。
散弾を用いるがこれが製造された当時の米国での法的定義では『拳銃扱い』だ。勿論、それは詭弁臭く、散弾銃の銃身を短く引き切ったイリーガルなソウドオフより扱い易いので、結局は反社会的な立場の人間にも愛用された。
12番口径よりライトな反動で片手で抑制し易い20番口径。
用いるシェルの長さは2.5インチ。
小型軽量を目論んだ結果として本格的な猟銃の堅牢さは必要なく、2.75インチや3インチといった強装弾のシェルは使えない。薬室が破裂する恐れが有る。
現代の材質でリブートしたのなら2.75インチシェル対応モデルが製作可能だが、1930年代に製造された京の骨董品ではそれは叶わぬ夢だ。今ではもっぱら410番口径を用いる5連発程度の大型リボルバーの姿をしたカージャック対策用拳銃の方が人気があるだろう。
鉄火場。
飛び込んだのでも巻き込まれたのでもない。形成してしまったのだ。
高神京の職業は始末屋。
殺し屋とは違う。彼女の職掌は一方的な抹殺。
殺し屋のように万難を排して標的を殺害するのとは明らかに違う。早い話が、標的が独りのところを奇襲して絶命させるだけの暗殺専門だ。 暗殺屋では語感が悪いので始末屋と名乗っている。
一方、殺し屋は殺しに到るまでの障害を排除するのも職掌だと認識されている。
スマートに行えば始末屋だろうが殺し屋だろうが境目は無い。高神京と云う人物が始末屋を名乗るのは生来の臆病が災いしての結果だった。 裏社会にも臆病者は多い。寧ろ臆病者だから成功している人間が圧倒的に多い。
大胆で豪放磊落な人間が裏社会で目立つのは希少だからだ。
臆病者の京はイサカ・オート・バーグラーの薬室を開放して空になったシェルを弾き出した。
遮蔽の陰で毒づきも泣き言も言わずに20番口径のシェルを差し込む。彼女はただ、ほんの少しの間だけ3日前に出会った、目くるめく淫猥な世界に気を削がれてしまったために反撃の余地を許してしまっただけだ。
相手の数は合計3人。標的は1人。警護に2人。
鉄火場。
夕暮れ時の埠頭。廃屋と化した計量事務所。元は回収された鉄屑を計ってヤードに堆く積む為の事務的処理を行う場所。鉄骨鉄筋。潮風に晒されて久しい。冬の冷たい風。
鉄錆なのか腐った魚なのか解らない不快な臭いが強風と共に京の体を叩きつける。
計量事務所の中に入ってから形成された鉄火場なので、強風の直撃で散弾のパターンやコローンが大きく削がれることは無いが、体の芯まで凍て尽くす寒さは判断能力を鈍らせかねない。
彼女がふと3日前の思い出にとらわれたのも、寒さの所為かもしれない。あの時のハイエースの中は温かかった。彼女の肌はしっとりとして吸い付くような感触で京の全身が性感帯になった。
薄暗い。ガラスが全て割れた窓から入る外灯の光源以外は灯りの期待が出来ない。
狭い閉鎖的な空間。建物は2階建て。その2階部分。4つの部屋と給湯室とトイレ。京は今、階段の踊り場から飛び出る機会を窺っている。 狭い空間では短い銃身の散弾が有利だと言われているが、それも状況次第。相手が独りだと信じていたから20番2発で充分だとタカを括っていた。
実際には警護が2人。
その連携振りから恐らく裏社会で警護専門を生業にしている護り屋だろう。
連中には恨みも因縁もない。互いに仕事だ。どちらが殺されても恨みは無い。だが、標的を取逃がすのは信用看板に瑕が付くので何としても仕留めたい。
逃走資金の数分の一を使って護り屋を雇ったのだろう。連中は報酬に見合うだけの働きをする上に、報酬以上の金で鞍替えする事を恥とする。
金で簡単に鞍替えする人間は何処の世界でも信用できない。金で鞍替えするときは背中から撃たれる覚悟と、この世界からアシを洗う腹が決まったときだけだ。
薄暗い空間に硝煙の臭いが混じる。
更に舞い上がった塵埃で喉がイガイガと不快。
急な鉄火場は初めてじゃない。急な鉄火場の形成の方が多いくらいだ。
どんなに入念に情報を集めていても、予想外や予定外は必ず発生する。
京は完璧な作戦と云うのは、作戦通りに始終する事ではなく、万が一が発生したときに柔軟に対処して素早く別プランを発動させて本来の計画に軌道修正できるか否かの先見だと思っている。図上の作戦が成功するのはフィクションに於ける主人公サイドの視点だけだ。
現実との遊離感を引き起こす銃撃。銃声。渦巻く紫煙。そして……人間の声が聞こえない空間。
素人ならこれだけでパニックを起こす。生きた人間が生の声で罵声や怒声を喚きながら銃を乱射している間は血の通った空間を感じられる。それが皆無なのだ。
銃声だけの世界で、京はさてと、コンパクトを取り出して遮蔽の角から突き出す。
右手のイサカ・オート・バーグラーの重みを感じながら左手にしたコンパクトに左右逆に映る世界を眺める。
前方4mの右手側の角に1人。その奥の給湯室に標的。やや左手側の柱の陰でスコーピオンと思しき短機関銃で弾幕を張る影が邪魔だ。それは前方左手側7m。『閉鎖的な空間で最も有用な火器は何であるのかを決めるチャンピオンシップ』だと頬の端が冷たく引き攣る。
京のイサカ・オート・バーグラーはたった2発しか撃てないが、十数粒の散弾を広範囲にばら撒く。1発当たりの威力は大したことは無いし、射程も10mが限度だ。それ以上の距離では冬の厚着で充分に停止できる。
対人用であっても対人戦闘用ではない。京が仕事用にイサカ・オート・バーグラーを選んだのは、散弾特有のパワフルな威力ではなく、獲物を逃がさず散弾で負傷させ、且つスラッグで頭部を吹き飛ばす為だ。戦闘を前提にしている武闘派の殺し屋とは違う。奇襲と暗殺しか眼中に無い。
勿論、バックアップとしての拳銃も所持しているし今も携行している。
その豆鉄砲よりもイサカ・オート・バーグラーの方が頼りになるので持ち出さないだけだ。
他にも小ぶりなカランビットナイフや数本のスローイングナイフ、首を絞めるのに用いるギャロットも有る。
スクリーンの中の英雄では無いので、銃火器相手に真正面からそれらを用いるのはバカだ。この場合は最も頼りになる火器で貫徹する事を主軸に戦略を立てたほうが賢明。
……コンパクトをポケットに仕舞う。
敵の戦力は推し量れた。基本的に護り屋は闘わない。無為な弾幕を張っているのは時間稼ぎだ。
その間に対象を逃走させたり増援の到着を待っている場合が殆どだ。警備と警護は違う。敵を無力化することも前提の警備と標的を無事に逃がす為なら防弾防刃ベストを着て銃口の前に立つのが警護だ。
イサカ・オート・バーグラーを発砲。
牽制。たった1発でも銃口が大きく跳ね上がる。この反動も既に慣れた。
たった1発。だが、単純計算なら、小口径に近い短機関銃の2連射に掃討する粒弾を一斉にばら撒く。一粒の威力は大したことは無くともまともに喰らえば致命的な負傷は避けられない。
耳を劈く20番口径の発砲音の後に左手前方の柱に粉塵が爆ぜる。
散弾のパターンの一部が柱の漆喰を撒き散らしたらしい。その異質な音を銃声の隙に聞き、素早く第2弾を発砲。