セロトニンを1ショット
布をかけると有る程度、その耳障りな音を軽減できる。
薬室に弾薬が送り込まれる。引き金が僅かな震動でそれを伝える。撃鉄が起きる。人差し指を引き金に掻ける。
廊下は暖色の優しい間接照明に切り替えられている。光源の確保と同時に窓を見る。遮光カーテンが窓全体を覆っている。
グリップがじっとりと湿り気を帯びる。
唯の広い廊下が左右に広がる。
リップミラーで確認した通りにセンサーの類は無い。サーチした情報どおりならこのフロアの防犯カメラはオフになっている。商談相手はお互いに記録に残ると困る顔ぶれだからだ。
喉が渇きを覚える。
撤退に就くときにも水を備えておくべきだったと今更後悔。この辺りが中年のルーキーらしい落ち度だ。
尤も喉の渇きを覚えたからと言って水をガブガブと飲むわけにもいかない。手元にあってもこれ以上飲むわけにはいかない。水で膨れた胃は少しの衝撃や被弾で簡単に破裂するのを知っている。
この業界に入って学んだことは多いがその中でもどのような負傷が致命傷に繋がるかと云う即生命に関わる情報や知識を貪欲に吸収した。……現在も勉強中だ。
ノリンコT―NCT90が重い。
引き金に掛ける指が麻痺したように冷たく感じる。今では複数の予備弾倉を持ち歩ける身分になった。
腹と鳩尾の境目が冷たくも熱い。何か異物を押し込まれたようだ。背中を這う緊張感……何もかもが『素晴らしい』。
歩く。歩幅を大きく小走り気味で。踵から床に衝いて足音を殺す。
作戦は無い。本能に従って銃弾をばら撒くだけ。目的の部屋に突入してから先の事は考える。
部屋の見取り図は何とか頭に入っている。連中が増援を呼ぶ前にカタを付ける。
目の前に目標のドアがどんどんと大きくなり、迷いも躊躇いも逡巡も見せずにドアノブを捻った。
「!」
「!」
「ごきげんよう!」
麻衣子は纏めた長い髪を振りながら、部屋に突入するなり体を左手側に弾かせて、着地と同時にアソセレススタンスで構えたノリンコT―NCT90を発砲した。
部屋の壁に吸収される銃声。掻き出されて壁に当たる空薬莢。
悲鳴は聞こえなかった。悲鳴を挙げる隙を与えなかったのだから。
そして聞こえる罵声。怒号。
「……!」
ノリンコT―NCT90の初弾は部屋の中央辺りに急遽置かれた応接ソファの左手側に座る人物の頭を撃ち抜いた。距離8m。麻衣子の『好きな距離』だ。
男の頭部が爆ぜる。血飛沫が床や壁に前衛芸術のように撒き散らされる。
その一瞬の光景を網膜に焼き付けて銃口を左右に振る。素早い動作を見せた警護の3人は自分達が守るべき秘書を引き摺り倒しソファの陰に押し込み、牽制の発砲を行う。
10m四方の戦闘区域が形成される。耳を劈く銃声が連なる。麻衣子のパーカーの裾に孔が開く。
左上腕部の袖布を銃弾が掠る。火薬滓が壁に叩きつけられる。
麻衣子は一切構わずにアソセレススタンスを維持したまま、体を左右に不規則に移動させて連中の連携を乱すように集中する。
土壇場では命を惜しんだ奴から死ぬ。九死の中だからこそ輝く生命。性的興奮に似た昂ぶりを覚える。
銃弾の荒れ狂う最中で無様な振り付けで踊る事を楽しみにしているふしがある。そしていつか必ずその銃弾に捉えられて自分も死ぬ。無駄に足掻く。必死で抵抗する。だからこそ殺す瞬間と殺される瞬間は『美しい行為だと感じられる』。
連中が携えていた拳銃は何れも短銃身の回転式。
3人居たとしても余程の変り種で無い限り合計18発の銃弾を吐き散らせば必ず再装填のロスが出る。今がそのロスだ。
ダブルタップ。9m。2発とも警護の男の胸に叩き込まれる。
救護が間に合えば死にはしない。確率からすれば今直ぐ都合よく救急救命に担ぎ込まれる可能性は低い。
裏返ったソファの後ろ側で頭を抱えてガタガタと震えている秘書の尻が見えた。
麻衣子は左手で後ろ腰から予備弾倉を引き抜きながら、右手に構えたノリンコT―NCT90の銃口をその独り掛けのソファに向けて発砲した。
残弾全てを吐き出す。
柔らかい背もたれを貫通した9mmのジャケッテッドホローポイントは悉く秘書の体に浅く命中し、ソファの陰から押し出した。
9mmパラベラムのエネルギーを以ってしても10mの距離にあるソファをエネルギーを維持したまま真っ直ぐ貫通しない。男の体に極端にエネルギーが落ちた弾頭がめり込むくらいだ。
空かさずリロード。スライドリリースレバーを押し下げた頃に警護の男2人が4人掛けのソファの後ろから回転式を潜望鏡のように突き出して乱射を始めた。
勿論、当たるべくも無く。
直ぐに麻衣子は悟った。その突き出された2挺の拳銃とは関係の無い……左手側に銃口を素早く向けた。
「!」
そこに警護の男の驚愕する顔が有った。
自分の拳銃をもう1人に持たせて乱射を継続させて闖入者を釘付けにしてもう1人が警護対象を逃走させる算段だ。回転式しかもっていない警護と云う時点でとるべき戦略は大雑把に決まってしまう。
警護対象である秘書をカバーしようとソファの陰から頭を出した警護要員の頚部に9mmパラベラムを叩き込む。
首が殆ど千切れながら圧し折られてその場でつんのめるように絶命する男。
「!」
咄嗟に銃口だけを大きく右手側に振り、視線を定めずに引き金を5、6回、引く。
牽制。完全に背後を向いていたはずの女が突然、右手だけを大きく振り発砲したものだから、虚を衝かれた警護の男は両手にした回転式拳銃を反射的に乱射して再びソファの陰に潜り込んだ。
「……」
麻衣子は心の中でこんばんはと挨拶をしてさよならと呟く。この鉄火場では声を出そうが潜ませようが変わりは無い。
ノリンコT―NCT90の銃口が恐怖に慄く秘書の顔を捉える。5mの距離。
躊躇わない。
蹲って頭を抱えたままの秘書の後頭部に2発と背中に2発。これで助かるのなら人類の範疇ではない。
「このっ……」
何か言いかけて警護の男が再びソファから腕だけを伸ばして回転式拳銃を乱射しようとするが、麻衣子の方が僅かに判断が早かった。
麻衣子は表情を消したまま、警護の男が握る拳銃に素早く狙いを定めて引き金を引く。
「があっ!」
警護の男の右手が吹き飛ぶ。
拳銃だけを狙って銃弾で弾き飛ばすのは所詮、スクリーンやドラマの中だけの話なのだと麻衣子は冷静に逃避するように思った。
実際には拳銃に被弾し拳銃を握る手を骨折や捻挫などの負傷をさせる方が状況が多い。それを鑑みればラッキーパンチと変わらない命中に感謝だった。
戦意と右手首を失った男の元へゆく。
男はS&Wのスナブナーズを放り出し、千切れた手首に噛み付いて湧きあがる恐怖と痛みを抑えようと涙を流していた。
フィクションで見るように手足を失うとそれを放置して命乞いする事は珍しい。有るべきはずの大事な物が一瞬で失われると人間は判断力や思考力が数百分の一に低下すると云う。
逃げる事や助けを請う行動すら難しい。
失ったものを掻き集めたり、呆然と意識が解離するかのいずれかだ。
男は手首から脈拍に合わせて吹き出る血液で口の周りを真っ赤にしながら嗚咽を漏らし始めた。
ああ。それも、また美しい。
眦を僅かに下げた麻衣子は床で悶えるその男の頭部に2発の9mmを叩き込んだ。
薬室に弾薬が送り込まれる。引き金が僅かな震動でそれを伝える。撃鉄が起きる。人差し指を引き金に掻ける。
廊下は暖色の優しい間接照明に切り替えられている。光源の確保と同時に窓を見る。遮光カーテンが窓全体を覆っている。
グリップがじっとりと湿り気を帯びる。
唯の広い廊下が左右に広がる。
リップミラーで確認した通りにセンサーの類は無い。サーチした情報どおりならこのフロアの防犯カメラはオフになっている。商談相手はお互いに記録に残ると困る顔ぶれだからだ。
喉が渇きを覚える。
撤退に就くときにも水を備えておくべきだったと今更後悔。この辺りが中年のルーキーらしい落ち度だ。
尤も喉の渇きを覚えたからと言って水をガブガブと飲むわけにもいかない。手元にあってもこれ以上飲むわけにはいかない。水で膨れた胃は少しの衝撃や被弾で簡単に破裂するのを知っている。
この業界に入って学んだことは多いがその中でもどのような負傷が致命傷に繋がるかと云う即生命に関わる情報や知識を貪欲に吸収した。……現在も勉強中だ。
ノリンコT―NCT90が重い。
引き金に掛ける指が麻痺したように冷たく感じる。今では複数の予備弾倉を持ち歩ける身分になった。
腹と鳩尾の境目が冷たくも熱い。何か異物を押し込まれたようだ。背中を這う緊張感……何もかもが『素晴らしい』。
歩く。歩幅を大きく小走り気味で。踵から床に衝いて足音を殺す。
作戦は無い。本能に従って銃弾をばら撒くだけ。目的の部屋に突入してから先の事は考える。
部屋の見取り図は何とか頭に入っている。連中が増援を呼ぶ前にカタを付ける。
目の前に目標のドアがどんどんと大きくなり、迷いも躊躇いも逡巡も見せずにドアノブを捻った。
「!」
「!」
「ごきげんよう!」
麻衣子は纏めた長い髪を振りながら、部屋に突入するなり体を左手側に弾かせて、着地と同時にアソセレススタンスで構えたノリンコT―NCT90を発砲した。
部屋の壁に吸収される銃声。掻き出されて壁に当たる空薬莢。
悲鳴は聞こえなかった。悲鳴を挙げる隙を与えなかったのだから。
そして聞こえる罵声。怒号。
「……!」
ノリンコT―NCT90の初弾は部屋の中央辺りに急遽置かれた応接ソファの左手側に座る人物の頭を撃ち抜いた。距離8m。麻衣子の『好きな距離』だ。
男の頭部が爆ぜる。血飛沫が床や壁に前衛芸術のように撒き散らされる。
その一瞬の光景を網膜に焼き付けて銃口を左右に振る。素早い動作を見せた警護の3人は自分達が守るべき秘書を引き摺り倒しソファの陰に押し込み、牽制の発砲を行う。
10m四方の戦闘区域が形成される。耳を劈く銃声が連なる。麻衣子のパーカーの裾に孔が開く。
左上腕部の袖布を銃弾が掠る。火薬滓が壁に叩きつけられる。
麻衣子は一切構わずにアソセレススタンスを維持したまま、体を左右に不規則に移動させて連中の連携を乱すように集中する。
土壇場では命を惜しんだ奴から死ぬ。九死の中だからこそ輝く生命。性的興奮に似た昂ぶりを覚える。
銃弾の荒れ狂う最中で無様な振り付けで踊る事を楽しみにしているふしがある。そしていつか必ずその銃弾に捉えられて自分も死ぬ。無駄に足掻く。必死で抵抗する。だからこそ殺す瞬間と殺される瞬間は『美しい行為だと感じられる』。
連中が携えていた拳銃は何れも短銃身の回転式。
3人居たとしても余程の変り種で無い限り合計18発の銃弾を吐き散らせば必ず再装填のロスが出る。今がそのロスだ。
ダブルタップ。9m。2発とも警護の男の胸に叩き込まれる。
救護が間に合えば死にはしない。確率からすれば今直ぐ都合よく救急救命に担ぎ込まれる可能性は低い。
裏返ったソファの後ろ側で頭を抱えてガタガタと震えている秘書の尻が見えた。
麻衣子は左手で後ろ腰から予備弾倉を引き抜きながら、右手に構えたノリンコT―NCT90の銃口をその独り掛けのソファに向けて発砲した。
残弾全てを吐き出す。
柔らかい背もたれを貫通した9mmのジャケッテッドホローポイントは悉く秘書の体に浅く命中し、ソファの陰から押し出した。
9mmパラベラムのエネルギーを以ってしても10mの距離にあるソファをエネルギーを維持したまま真っ直ぐ貫通しない。男の体に極端にエネルギーが落ちた弾頭がめり込むくらいだ。
空かさずリロード。スライドリリースレバーを押し下げた頃に警護の男2人が4人掛けのソファの後ろから回転式を潜望鏡のように突き出して乱射を始めた。
勿論、当たるべくも無く。
直ぐに麻衣子は悟った。その突き出された2挺の拳銃とは関係の無い……左手側に銃口を素早く向けた。
「!」
そこに警護の男の驚愕する顔が有った。
自分の拳銃をもう1人に持たせて乱射を継続させて闖入者を釘付けにしてもう1人が警護対象を逃走させる算段だ。回転式しかもっていない警護と云う時点でとるべき戦略は大雑把に決まってしまう。
警護対象である秘書をカバーしようとソファの陰から頭を出した警護要員の頚部に9mmパラベラムを叩き込む。
首が殆ど千切れながら圧し折られてその場でつんのめるように絶命する男。
「!」
咄嗟に銃口だけを大きく右手側に振り、視線を定めずに引き金を5、6回、引く。
牽制。完全に背後を向いていたはずの女が突然、右手だけを大きく振り発砲したものだから、虚を衝かれた警護の男は両手にした回転式拳銃を反射的に乱射して再びソファの陰に潜り込んだ。
「……」
麻衣子は心の中でこんばんはと挨拶をしてさよならと呟く。この鉄火場では声を出そうが潜ませようが変わりは無い。
ノリンコT―NCT90の銃口が恐怖に慄く秘書の顔を捉える。5mの距離。
躊躇わない。
蹲って頭を抱えたままの秘書の後頭部に2発と背中に2発。これで助かるのなら人類の範疇ではない。
「このっ……」
何か言いかけて警護の男が再びソファから腕だけを伸ばして回転式拳銃を乱射しようとするが、麻衣子の方が僅かに判断が早かった。
麻衣子は表情を消したまま、警護の男が握る拳銃に素早く狙いを定めて引き金を引く。
「があっ!」
警護の男の右手が吹き飛ぶ。
拳銃だけを狙って銃弾で弾き飛ばすのは所詮、スクリーンやドラマの中だけの話なのだと麻衣子は冷静に逃避するように思った。
実際には拳銃に被弾し拳銃を握る手を骨折や捻挫などの負傷をさせる方が状況が多い。それを鑑みればラッキーパンチと変わらない命中に感謝だった。
戦意と右手首を失った男の元へゆく。
男はS&Wのスナブナーズを放り出し、千切れた手首に噛み付いて湧きあがる恐怖と痛みを抑えようと涙を流していた。
フィクションで見るように手足を失うとそれを放置して命乞いする事は珍しい。有るべきはずの大事な物が一瞬で失われると人間は判断力や思考力が数百分の一に低下すると云う。
逃げる事や助けを請う行動すら難しい。
失ったものを掻き集めたり、呆然と意識が解離するかのいずれかだ。
男は手首から脈拍に合わせて吹き出る血液で口の周りを真っ赤にしながら嗚咽を漏らし始めた。
ああ。それも、また美しい。
眦を僅かに下げた麻衣子は床で悶えるその男の頭部に2発の9mmを叩き込んだ。