細い路に視える星
今は仏心を加えないのが仕事だ。
残弾僅かな弾倉を引き抜き、今度は25連発弾倉を差し込む。この部屋に用が無くなったので次の部屋のクリアリングを行うべく、部屋の出入り口の遮蔽からコンパクトのミラーで左右の角や廊下を確認する。
「!」
――――!
――――やっぱりね……。
M4カービンの銃声がいつの間にか消えていたと思ったら、2つ奥の部屋の入り口付近でM4カービンを使う青年が仰向けになって血溜まりの中でいた。
頚部に被弾。助からない傷だ。
彼の手元に弾倉が抜かれたM4カービンと放り出された弾倉が転がっていた。再装填の最中に仕留められたか。
更に最も奥まった部分ではドラム缶を木製バットで殴り飛ばすような音が聞こえていたSPAS―12の男は健在らしい。その銃声の間隔から察するに苦戦を強いられているようだ。
閉鎖的な空間では最低でも2人一組の単位を守らねば攻撃でも防御でも苦戦する。M4カービンの青年もほんの少し琴美と呼吸を合わせていられたら長生きできたかもしれない。
SPAS―12の男は接近戦で優位な散弾銃だから生き残っているのではない。
前進できずにスプレーで撒くように弾幕を張って威嚇にしかならない行動を取っているだけだ。
M4カービンの青年は命を落としたが、彼が一番進んだ場所まで到達していた。
このビルの制圧すべき、嫌がらせをすべき場所に配置されている人員は商店経由の情報屋の情報が正しければ12人。
真正面から見れば細長い鉛筆ビルだが、奥行きは鰻の寝床のように深いビル。荒野に立っていれば横風で煽られて倒れるのではないかと心配してしまう形状。
その1階部分を挟撃したはずなのにフロアの中央から吐き出される敵人員に押し返されている印象すら覚える。
このフロアは銃声が耳を劈かんばかりに席捲する世界となっている。
――――?
――――敵の動きが……?
配置されている人員は12人。少なくとも今し方3人仕留めた。残り多くとも9人。
M4カービンの青年とSPAS―12の青年が何人倒したのかは不明。
その不明瞭な数ながらでも敵の動きが明らかに違う。
先ほど仕留めた3人とは違う。明らかに3人一組を最低単位とするチームがコンパクトの鏡の世界に二組確認できる。その内の一組が此方に来る。全員、大型軍用自動拳銃。
1人が牽制で撃ち、1人が先行、1人が先行する人間の左右に銃身を振って警戒しながらバックアップ。
想いが伝わる。
此方に、琴美に、自分自身に想いが重く伝わる。
それは明らかに形成された殺意。
自分が運んでいる商品そのもの。
プロの投入。プロを配置。プロで応戦。
商店に仇なす競合店は自分達の生存戦略としての概念の形を、プロを用意することで表現した。
M4カービンの火力では、M4カービンの青年の腕前ではその想いを断つ事は出来なかった。
真正面から受け止めてしまうしかない。琴美は背筋がピリピリと刺激される微細な痛みを感じた。
今の自分では勝てない。『一方的に想いを伝えられる側に徹するしかない』と云う受動的な心理。
ノリンコT―M1911A1で対応できないか否かの話では無い。腕前の話でもない。
この場を任された年長者の重圧を感じた。覚悟した人間の確率は計算では求められない。
ありえない起死回生を見せるのが人間だ。
今までに何度か断末魔を挙げる直前の人間が放った銃弾で負傷した事が有る。今までは、そうだった。これからは、今は、今度は如何だろう? このまま前進して『自分が与った商店の想い』をぶつけるべきか、そこまで義理を抱く必要が有るのか判断を迫られていた。
数瞬の思考。
コンパクトの狭い世界に映った彼らの動きを見て瞬き3回で覚悟を決める。
これは『乗り越えられず、回避できず、引く事も出来ない試練』だ、と。
ノリンコT―M1911A1のグリップを強く握る。
ビルの裏口方面からはまだSPAS―12の銃声が聞こえる。
此方に1組。向うに1組。互いに連携しながら互いを守りながら前進する3人1組。
言葉もハンドシグナルもアイコンタクトも無い。
顔も風体も人相も年齢もバラバラ。
どこで出会ってどこでそのような訓練を受けたのか全く想像できない。
想像できない怪物。ふと、頭を過ぎる、解決策。
進むしかない。
景気付けにビリガーエクスポートを一服したかった。一服する時間が有ればこの場はカタが着く。そんな気がした。
進むしかない。文字通りの前進だけを意味するのではない。この形容し難い怪物を倒さねば今後の障害になると、誰かが耳元で自分の声を使って囁く。
ノリンコT―M1911A1を更に強く握ってゆっくり脱力。
一呼吸。後頭部、頚部、肩、肩甲骨、背筋、腰、太腿、尻、脹脛、足首、その先……脱力。意を決して体をバネ仕掛けの人形のように稼動させる。
部屋の出入り口から斜め上天井を目指さんばかりに飛び出る。
勢いが良すぎて体が僅かに浮く。そのまま壁を蹴り再び反動で145cm戻る。
戻り際に乱射。
指先での引き金を引く速度には限度が有る。体が浮き上がった状態での命中精度は期待できない。だからこその撹乱目的の乱射。合計5発。命中は見込めない。それでいい。
乱射よりも目標が自分から自分達の前にトリッキーな戦法で飛び出てきた方に意識をそがれた3人は一塊になる。
素早い反射神経。
正面に1人、その陰に2人目、その足元に膝を衝き3人目。
真正面から見れば正面の1人の方が被弾率は高い。だが、1人を遮蔽とした残りの2人が標的に銃撃を浴びせる方法だ。今は誰も被弾しなかった。それも目視した。
着地した琴美は25連発弾倉を差し込んだノリンコT―M1911A1を横倒しにして右手側に倒れる。
体を倒すモーションの間に左手から使い捨てライターを放り投げて廊下の床を滑らせる。
5m以上先に使い捨てライターが到達した時にノリンコT―M1911A1の引き金を2度引く。
1度は5m先の真正面に立つ1人に対して。
その銃弾は確かに真正面でSIG P226かそのコピーと思われる自動拳銃を握った青年の胸のど真ん中に命中し、青年の体が電流を流されたように一瞬だけ震え、膝を落とす。
そして次の2発目は床を滑らせていた使い捨てライターに命中した。途端、大きな爆竹を鳴らしたような破裂音。銃声とは比べようも無く小さい破裂音だが、それを自分が予想していない方向で不意に聞かされた2人目と3人目の男が構えるSIG P226に酷似した拳銃の銃口を左右に振り、連携が乱れた。
ダブルタップ。2回。合計4発。
体を横倒しにして床に転がったまま腕を少々無理して委託し、引き金を引く。ダブルタップ……正確には一つの標的に2発叩き込む目的でのダブルタップとは少し違う。
『命中精度を上昇させる目的』でのダブルタップ。
それぞれの2発は確実に1人目の背後で警戒していた男の体にめり込む。
調子の悪い機関銃が唸るような速射は2人を無力化した。バイタルゾーンには遠い。この場から脱落させるのには充分なダメージ。
2人目の男は右膝と右脇腹に被弾。
3人目の男は左腿真ん中と左腰付近に被弾。
普通の神経をした人間なら戦意を喪失する重傷だ。1発当たりの負傷の程度は知れている。それが2箇所ともなれば悪態も吐けぬほどに意識を持っていかれて足掻くことも出来なくなる。
残弾僅かな弾倉を引き抜き、今度は25連発弾倉を差し込む。この部屋に用が無くなったので次の部屋のクリアリングを行うべく、部屋の出入り口の遮蔽からコンパクトのミラーで左右の角や廊下を確認する。
「!」
――――!
――――やっぱりね……。
M4カービンの銃声がいつの間にか消えていたと思ったら、2つ奥の部屋の入り口付近でM4カービンを使う青年が仰向けになって血溜まりの中でいた。
頚部に被弾。助からない傷だ。
彼の手元に弾倉が抜かれたM4カービンと放り出された弾倉が転がっていた。再装填の最中に仕留められたか。
更に最も奥まった部分ではドラム缶を木製バットで殴り飛ばすような音が聞こえていたSPAS―12の男は健在らしい。その銃声の間隔から察するに苦戦を強いられているようだ。
閉鎖的な空間では最低でも2人一組の単位を守らねば攻撃でも防御でも苦戦する。M4カービンの青年もほんの少し琴美と呼吸を合わせていられたら長生きできたかもしれない。
SPAS―12の男は接近戦で優位な散弾銃だから生き残っているのではない。
前進できずにスプレーで撒くように弾幕を張って威嚇にしかならない行動を取っているだけだ。
M4カービンの青年は命を落としたが、彼が一番進んだ場所まで到達していた。
このビルの制圧すべき、嫌がらせをすべき場所に配置されている人員は商店経由の情報屋の情報が正しければ12人。
真正面から見れば細長い鉛筆ビルだが、奥行きは鰻の寝床のように深いビル。荒野に立っていれば横風で煽られて倒れるのではないかと心配してしまう形状。
その1階部分を挟撃したはずなのにフロアの中央から吐き出される敵人員に押し返されている印象すら覚える。
このフロアは銃声が耳を劈かんばかりに席捲する世界となっている。
――――?
――――敵の動きが……?
配置されている人員は12人。少なくとも今し方3人仕留めた。残り多くとも9人。
M4カービンの青年とSPAS―12の青年が何人倒したのかは不明。
その不明瞭な数ながらでも敵の動きが明らかに違う。
先ほど仕留めた3人とは違う。明らかに3人一組を最低単位とするチームがコンパクトの鏡の世界に二組確認できる。その内の一組が此方に来る。全員、大型軍用自動拳銃。
1人が牽制で撃ち、1人が先行、1人が先行する人間の左右に銃身を振って警戒しながらバックアップ。
想いが伝わる。
此方に、琴美に、自分自身に想いが重く伝わる。
それは明らかに形成された殺意。
自分が運んでいる商品そのもの。
プロの投入。プロを配置。プロで応戦。
商店に仇なす競合店は自分達の生存戦略としての概念の形を、プロを用意することで表現した。
M4カービンの火力では、M4カービンの青年の腕前ではその想いを断つ事は出来なかった。
真正面から受け止めてしまうしかない。琴美は背筋がピリピリと刺激される微細な痛みを感じた。
今の自分では勝てない。『一方的に想いを伝えられる側に徹するしかない』と云う受動的な心理。
ノリンコT―M1911A1で対応できないか否かの話では無い。腕前の話でもない。
この場を任された年長者の重圧を感じた。覚悟した人間の確率は計算では求められない。
ありえない起死回生を見せるのが人間だ。
今までに何度か断末魔を挙げる直前の人間が放った銃弾で負傷した事が有る。今までは、そうだった。これからは、今は、今度は如何だろう? このまま前進して『自分が与った商店の想い』をぶつけるべきか、そこまで義理を抱く必要が有るのか判断を迫られていた。
数瞬の思考。
コンパクトの狭い世界に映った彼らの動きを見て瞬き3回で覚悟を決める。
これは『乗り越えられず、回避できず、引く事も出来ない試練』だ、と。
ノリンコT―M1911A1のグリップを強く握る。
ビルの裏口方面からはまだSPAS―12の銃声が聞こえる。
此方に1組。向うに1組。互いに連携しながら互いを守りながら前進する3人1組。
言葉もハンドシグナルもアイコンタクトも無い。
顔も風体も人相も年齢もバラバラ。
どこで出会ってどこでそのような訓練を受けたのか全く想像できない。
想像できない怪物。ふと、頭を過ぎる、解決策。
進むしかない。
景気付けにビリガーエクスポートを一服したかった。一服する時間が有ればこの場はカタが着く。そんな気がした。
進むしかない。文字通りの前進だけを意味するのではない。この形容し難い怪物を倒さねば今後の障害になると、誰かが耳元で自分の声を使って囁く。
ノリンコT―M1911A1を更に強く握ってゆっくり脱力。
一呼吸。後頭部、頚部、肩、肩甲骨、背筋、腰、太腿、尻、脹脛、足首、その先……脱力。意を決して体をバネ仕掛けの人形のように稼動させる。
部屋の出入り口から斜め上天井を目指さんばかりに飛び出る。
勢いが良すぎて体が僅かに浮く。そのまま壁を蹴り再び反動で145cm戻る。
戻り際に乱射。
指先での引き金を引く速度には限度が有る。体が浮き上がった状態での命中精度は期待できない。だからこその撹乱目的の乱射。合計5発。命中は見込めない。それでいい。
乱射よりも目標が自分から自分達の前にトリッキーな戦法で飛び出てきた方に意識をそがれた3人は一塊になる。
素早い反射神経。
正面に1人、その陰に2人目、その足元に膝を衝き3人目。
真正面から見れば正面の1人の方が被弾率は高い。だが、1人を遮蔽とした残りの2人が標的に銃撃を浴びせる方法だ。今は誰も被弾しなかった。それも目視した。
着地した琴美は25連発弾倉を差し込んだノリンコT―M1911A1を横倒しにして右手側に倒れる。
体を倒すモーションの間に左手から使い捨てライターを放り投げて廊下の床を滑らせる。
5m以上先に使い捨てライターが到達した時にノリンコT―M1911A1の引き金を2度引く。
1度は5m先の真正面に立つ1人に対して。
その銃弾は確かに真正面でSIG P226かそのコピーと思われる自動拳銃を握った青年の胸のど真ん中に命中し、青年の体が電流を流されたように一瞬だけ震え、膝を落とす。
そして次の2発目は床を滑らせていた使い捨てライターに命中した。途端、大きな爆竹を鳴らしたような破裂音。銃声とは比べようも無く小さい破裂音だが、それを自分が予想していない方向で不意に聞かされた2人目と3人目の男が構えるSIG P226に酷似した拳銃の銃口を左右に振り、連携が乱れた。
ダブルタップ。2回。合計4発。
体を横倒しにして床に転がったまま腕を少々無理して委託し、引き金を引く。ダブルタップ……正確には一つの標的に2発叩き込む目的でのダブルタップとは少し違う。
『命中精度を上昇させる目的』でのダブルタップ。
それぞれの2発は確実に1人目の背後で警戒していた男の体にめり込む。
調子の悪い機関銃が唸るような速射は2人を無力化した。バイタルゾーンには遠い。この場から脱落させるのには充分なダメージ。
2人目の男は右膝と右脇腹に被弾。
3人目の男は左腿真ん中と左腰付近に被弾。
普通の神経をした人間なら戦意を喪失する重傷だ。1発当たりの負傷の程度は知れている。それが2箇所ともなれば悪態も吐けぬほどに意識を持っていかれて足掻くことも出来なくなる。