細い路に視える星
先手を打つ琴美。ノリンコT―M1911A1の短く図太い空薬莢が弾き出されて壁に当たり軽い音をたてて転がる。その頃には目前に飛び出していた脇差を振りかぶった男の左胸に初弾がめり込んでいた。
「!」
空かさずもう一発。
脇差を振りかぶったモーションのまま倒れるかと思った30代後半の角刈りの男は惰性なのか断末魔なのかそのまま脇差を振り下ろす。
そのゆらりとした隙に喉にもう一発叩き込んだ。
脇差の男の頚骨を破壊して男の首は不自然な方向に直角に折れてその場に跪くように沈んで倒れる。彼我の距離たったの1m。
この距離では近接戦闘用に用いる武器の方が銃火器よりも遥かに脅威なのはプロの世界では常識だ。この男は可也のセンスを持っていたと思われる。1mの必殺の間合いまで殺気を消していたのだ。
脇差の男が飛び出してきた部屋へ転がり込む。
転がり込むつもりは無かった。
左右を壁に挟まれていたので咄嗟に頭を低くして前転をするようにその部屋へ転がり込んだだけなのだが、その判断は……否、判断ではない、直感だった。
その場に立っていれば部屋の中からの反撃で自分が仕留められると直感が囁き、咄嗟に正体の見えない危険との距離を縮めて、一瞬だけのアドバンテージを得ただけだ。
想像通りに部屋の中に飛び込むなり罵声が飛び交う。
声の数からして3人。M4カービンの男をやり過ごした連中だろう。首をぐるりと巡らせてこの部屋を観察。
自分が居る場所はスチールデスクの陰。それが都合のいい遮蔽を為した。そして部屋の柱の間隔を数える。壁の広さや柱の間隔と云うのは想像以上に沢山の情報を提供してくれる。
――――20平米……もう少し有るか?
――――事務所だろうね……デスクにソファに……応接室も兼ねているのか。
前情報では与えられていない情報。
唯の鉄砲玉行為に深い情報は必要無いと踏んだのか、商店経由の情報屋から事前に与えられた情報に詳細を書き込む。勿論、鉄火場で脳内のリストや独自の調書に修正を加えるのだ。
銃弾が唸る。3人。3挺。拳銃。輪胴式が1。自動式が2。何れも大口径やマグナムではない。銃声を分析。右手側に2人。左手奥に1人。その音声からの分析を邪魔するようにM4カービンの3バーストが必要以上に五月蝿く聞こえる。
膠着しては拙い。
直ぐにアクションを起こそうと左手に予備の弾倉を引き抜く。25連発ではない。狭すぎて嵩張るので通常の弾倉だ。
残弾6発。
全弾撃ち尽くす前に装填し直すつもりだ。
これだけ狭く少しのロスも許されない状況では再装填が鍵になる場合が多い。更に物陰には刃物を携えた標的が潜んでいる可能性が非常に高い。
遠くで散弾銃のくぐもる音やカービンの小口径高速弾が唸る声が聞こえる。
それらに混じってこの部屋に押し込められている3人と琴美。
3人は牽制なのか混乱なのか解らない銃撃を琴美が潜む辺りのスチールデスクに叩き込む。
それらの銃弾にスチールデスクやスチールチェアを貫通するほどの威力は無い。
38splと9mmショート。精々その程度の火力だろう。その程度の火力でも軽視はしない。豆鉄砲のような銃弾でもバイタルゾーンに命中すれば即死に到る場合が多い。
弾数6発。
できる物なら再装填を行う前にカタをつけたい。
この建物を『適当に』制圧すれば勝手に撤収する心算だったが、深追いすると撤収すら出来なくなる。そうかと言って正面で入り口に近い、この事務所で長居するのも賢明でない。
琴美は体を左手側に勢いよく転ばせて地面に不自然なプローンで維持する。
2秒の間隔。引き金を引く。1発。スチールチェアの下で業火と轟音が炸裂する。45口径の、今の人類の動体能力では捉える事が出来ない鈍足な銃弾はスチールチェアと床の間に見えていた足首を千切り飛ばした。
足首を千切り飛ばされた男は怪鳥のような叫び声を挙げて床に転がり、体を折って欠損した足首を握り締める。
「!」
「……」
倒れた苦悶の表情の男と一瞬だけ眼が合う。彼我の距離5m。
一瞬、そして発砲。45口径はまたも瞬き、今度はその男の眉間に風穴を開ける。
射入孔がぽつんと開いて後頭部から果汁豊な果実を踏み潰したように血液と脳漿の破片を吹き散らす。その男の付近にマカロフが転がっている。……ならば残りは、輪胴式1人と自動式1人。
牽制。
相手の頭を抑える程度の銃撃を浴びせる。目標は無い。銃声を轟かせればそれでよい。
空薬莢が威勢良く弾き出されてスチールデスクの下で無秩序に跳ね回る。
他の2人は犠牲になった1人の惨状を見ていたのか、勘で察したのか踊るように跳ねる。
薬室に1発残した状態でノリンコT―M1911A1を再装填。空の弾倉をスラックスのポケットに捻じ込みながら体を左手側に転がしてその勢いで以って頭を低くして立ち上がる。スチールデスクよりも頭を高くしない。
狭い部屋を仕切るセクションごとのパーテーションを遮蔽にして連中の死角を衝きながら移動。
それでもたった1mの前進。たった3発の発砲の隙。
たったそれだけ。
狭い空間では膠着が何よりの大敵だ。
相手の増援は押し寄せるが此方の増援が押し寄せることは無い。狭い空間で多方向から銃撃を浴びせられるとその腕前が鈍らでも命中率は上がる。
それに馬鹿でも当てられる距離や角度がそこかしこに見える。
相手も此方も状況は同じでも背後に控える戦力を鑑みると、早急な対応以外に求められる物は無い。
左手側に横っ飛びしながらの銃撃。
勿論、当たらない。無為に空を穿つ銃弾。否、無為に壁に弾痕を造る銃弾。空薬莢が2個、舞う。
それに怯えた2人は一瞬だけ反撃の機会を失う。
その隙……体が床に着地して全身に衝撃が伝わった頃にノリンコT―M1911A1を握る右手首を左手首がしっかり握って、肩甲骨から指先までを固定する。
刹那。2発、発砲。
銃口の先に居た中型自動拳銃を握る男の、遮蔽から覗く右肩に命中し、右手が使えない状態に陥れる。重体ではないが重傷だ。早い処置を施しても障害が残るだろう。バイタルゾーンではないが、人体の可動部位に2発も被弾したのならば、関節も筋肉も無事ではすまない。長いリハビリ生活が待っている。
右肩を被弾した男はその衝撃で体を独楽のように回転させながら負傷箇所から血液を撒き散らし、背後の壁に叩きつけられる。そのまま床にずるずると滑り、首を項垂れたまま小さく痙攣を続けるだけだった。
脳震盪を起こしたのだろう。
「撃つな! 降参だ!」
輪胴式を放り出したこの部屋の残存するもう1人は、諸手を上げて姿を見せない琴美の恐怖に慄いた。
その頃の琴美は床で仰向けになって背中に伝わる冷たさとBDUの動き難さに嫌気を感じながら、腰と肩甲骨と踵の動作だけで芋虫のように移動していた。
「ごめんね」
「!」
残存する20代後半くらいの顔付きをした灰色のジャンパー姿の男は全く予想もしていない方向からの女の声に驚いて右足の爪先に顔を勢いよく振り、眼球を飛び出させんばかりに驚愕した。
その顔面に射入孔が開く。
顎下から強烈なアッパーカットを喰らったように男は顎先を天井に向けて仰向けに倒れる。こんな嫌がらせのような鉄砲玉の真似事でなかったらこの青年を態々殺したりはしなかった……琴美にもそれくらいの仏心は有る。
「!」
空かさずもう一発。
脇差を振りかぶったモーションのまま倒れるかと思った30代後半の角刈りの男は惰性なのか断末魔なのかそのまま脇差を振り下ろす。
そのゆらりとした隙に喉にもう一発叩き込んだ。
脇差の男の頚骨を破壊して男の首は不自然な方向に直角に折れてその場に跪くように沈んで倒れる。彼我の距離たったの1m。
この距離では近接戦闘用に用いる武器の方が銃火器よりも遥かに脅威なのはプロの世界では常識だ。この男は可也のセンスを持っていたと思われる。1mの必殺の間合いまで殺気を消していたのだ。
脇差の男が飛び出してきた部屋へ転がり込む。
転がり込むつもりは無かった。
左右を壁に挟まれていたので咄嗟に頭を低くして前転をするようにその部屋へ転がり込んだだけなのだが、その判断は……否、判断ではない、直感だった。
その場に立っていれば部屋の中からの反撃で自分が仕留められると直感が囁き、咄嗟に正体の見えない危険との距離を縮めて、一瞬だけのアドバンテージを得ただけだ。
想像通りに部屋の中に飛び込むなり罵声が飛び交う。
声の数からして3人。M4カービンの男をやり過ごした連中だろう。首をぐるりと巡らせてこの部屋を観察。
自分が居る場所はスチールデスクの陰。それが都合のいい遮蔽を為した。そして部屋の柱の間隔を数える。壁の広さや柱の間隔と云うのは想像以上に沢山の情報を提供してくれる。
――――20平米……もう少し有るか?
――――事務所だろうね……デスクにソファに……応接室も兼ねているのか。
前情報では与えられていない情報。
唯の鉄砲玉行為に深い情報は必要無いと踏んだのか、商店経由の情報屋から事前に与えられた情報に詳細を書き込む。勿論、鉄火場で脳内のリストや独自の調書に修正を加えるのだ。
銃弾が唸る。3人。3挺。拳銃。輪胴式が1。自動式が2。何れも大口径やマグナムではない。銃声を分析。右手側に2人。左手奥に1人。その音声からの分析を邪魔するようにM4カービンの3バーストが必要以上に五月蝿く聞こえる。
膠着しては拙い。
直ぐにアクションを起こそうと左手に予備の弾倉を引き抜く。25連発ではない。狭すぎて嵩張るので通常の弾倉だ。
残弾6発。
全弾撃ち尽くす前に装填し直すつもりだ。
これだけ狭く少しのロスも許されない状況では再装填が鍵になる場合が多い。更に物陰には刃物を携えた標的が潜んでいる可能性が非常に高い。
遠くで散弾銃のくぐもる音やカービンの小口径高速弾が唸る声が聞こえる。
それらに混じってこの部屋に押し込められている3人と琴美。
3人は牽制なのか混乱なのか解らない銃撃を琴美が潜む辺りのスチールデスクに叩き込む。
それらの銃弾にスチールデスクやスチールチェアを貫通するほどの威力は無い。
38splと9mmショート。精々その程度の火力だろう。その程度の火力でも軽視はしない。豆鉄砲のような銃弾でもバイタルゾーンに命中すれば即死に到る場合が多い。
弾数6発。
できる物なら再装填を行う前にカタをつけたい。
この建物を『適当に』制圧すれば勝手に撤収する心算だったが、深追いすると撤収すら出来なくなる。そうかと言って正面で入り口に近い、この事務所で長居するのも賢明でない。
琴美は体を左手側に勢いよく転ばせて地面に不自然なプローンで維持する。
2秒の間隔。引き金を引く。1発。スチールチェアの下で業火と轟音が炸裂する。45口径の、今の人類の動体能力では捉える事が出来ない鈍足な銃弾はスチールチェアと床の間に見えていた足首を千切り飛ばした。
足首を千切り飛ばされた男は怪鳥のような叫び声を挙げて床に転がり、体を折って欠損した足首を握り締める。
「!」
「……」
倒れた苦悶の表情の男と一瞬だけ眼が合う。彼我の距離5m。
一瞬、そして発砲。45口径はまたも瞬き、今度はその男の眉間に風穴を開ける。
射入孔がぽつんと開いて後頭部から果汁豊な果実を踏み潰したように血液と脳漿の破片を吹き散らす。その男の付近にマカロフが転がっている。……ならば残りは、輪胴式1人と自動式1人。
牽制。
相手の頭を抑える程度の銃撃を浴びせる。目標は無い。銃声を轟かせればそれでよい。
空薬莢が威勢良く弾き出されてスチールデスクの下で無秩序に跳ね回る。
他の2人は犠牲になった1人の惨状を見ていたのか、勘で察したのか踊るように跳ねる。
薬室に1発残した状態でノリンコT―M1911A1を再装填。空の弾倉をスラックスのポケットに捻じ込みながら体を左手側に転がしてその勢いで以って頭を低くして立ち上がる。スチールデスクよりも頭を高くしない。
狭い部屋を仕切るセクションごとのパーテーションを遮蔽にして連中の死角を衝きながら移動。
それでもたった1mの前進。たった3発の発砲の隙。
たったそれだけ。
狭い空間では膠着が何よりの大敵だ。
相手の増援は押し寄せるが此方の増援が押し寄せることは無い。狭い空間で多方向から銃撃を浴びせられるとその腕前が鈍らでも命中率は上がる。
それに馬鹿でも当てられる距離や角度がそこかしこに見える。
相手も此方も状況は同じでも背後に控える戦力を鑑みると、早急な対応以外に求められる物は無い。
左手側に横っ飛びしながらの銃撃。
勿論、当たらない。無為に空を穿つ銃弾。否、無為に壁に弾痕を造る銃弾。空薬莢が2個、舞う。
それに怯えた2人は一瞬だけ反撃の機会を失う。
その隙……体が床に着地して全身に衝撃が伝わった頃にノリンコT―M1911A1を握る右手首を左手首がしっかり握って、肩甲骨から指先までを固定する。
刹那。2発、発砲。
銃口の先に居た中型自動拳銃を握る男の、遮蔽から覗く右肩に命中し、右手が使えない状態に陥れる。重体ではないが重傷だ。早い処置を施しても障害が残るだろう。バイタルゾーンではないが、人体の可動部位に2発も被弾したのならば、関節も筋肉も無事ではすまない。長いリハビリ生活が待っている。
右肩を被弾した男はその衝撃で体を独楽のように回転させながら負傷箇所から血液を撒き散らし、背後の壁に叩きつけられる。そのまま床にずるずると滑り、首を項垂れたまま小さく痙攣を続けるだけだった。
脳震盪を起こしたのだろう。
「撃つな! 降参だ!」
輪胴式を放り出したこの部屋の残存するもう1人は、諸手を上げて姿を見せない琴美の恐怖に慄いた。
その頃の琴美は床で仰向けになって背中に伝わる冷たさとBDUの動き難さに嫌気を感じながら、腰と肩甲骨と踵の動作だけで芋虫のように移動していた。
「ごめんね」
「!」
残存する20代後半くらいの顔付きをした灰色のジャンパー姿の男は全く予想もしていない方向からの女の声に驚いて右足の爪先に顔を勢いよく振り、眼球を飛び出させんばかりに驚愕した。
その顔面に射入孔が開く。
顎下から強烈なアッパーカットを喰らったように男は顎先を天井に向けて仰向けに倒れる。こんな嫌がらせのような鉄砲玉の真似事でなかったらこの青年を態々殺したりはしなかった……琴美にもそれくらいの仏心は有る。