細い路に視える星
いつものジャケットにスラックスの上から黒いBDUとはファッションにセンスが全く伺えない。琴美自身はそれに疑問は持っていない。BDUを脱ぎ捨てても、直ぐに逃走して人込みに紛れる事が出来る利便性を評価していた。
後ろ腰のホルスターからノリンコT―M1911A1を抜く。コンディションワンで待機させたまま。
琴美のファッションセンス云々が問題ならば此処に並んだ『同業者』も酷い有様だった。
頭の天辺から爪先まで一切の露出が無いほどに、軍隊の戦闘服と装備に身を包んだ推定、男。
青いジャージの上下に背中にポンプアクションショットガンを背負っただけの男。
腰蓑のようにウエストの周囲に短機関銃の予備弾倉をぶら提げた作業ベストにニッカポッカの男等々。
その数10人。
此処に集められた琴美を含む10人は、贔屓にしている商店を脅かす競合勢力がこの街に出店し橋頭堡を獲得しようと弱小の反社会組織を次々と取り込んでいた。
商店は勿論それを良しとしない。そこで商店が恩義を感じているのならば力を貸して欲しいと一声かけて集まった集団で、新しい競合相手の店舗を襲撃し「この街でデカイ顔をするな」と恫喝する。
商店側の一方的な嫌がらせに琴美は乗ったのだ。
今、商店に恩や義理を売っておけば後になって非合法商品を都合よく融通してくれる可能性が高い。扱う物は後ろ暗い物ばかりだが商店も店は店だ信用と信頼と実績を看板に商売をしている。
商売相手には信じられないほどに肝っ玉が小さいだけでしかない。
その肝っ玉の小ささに目を瞑れば、今回は自分から挙手をして競合相手を叩き潰す価値が有ると踏んだ。
この場合の価値とは打算的な意味でしかない。
打算的意味合いで命の投売りをするのだから自分はマゾヒストの気が有るのかもしれないと自嘲する。
此処に居る連中の装備がバラバラなのも、商店が好きな物を好きなだけ持っていけと言われて素直に自分の趣味に従った連中だ。
ドイツもコイツも見慣れない顔。
旗揚げして日の浅い連中が多いのだろう。
そんな連中からすれば強力なスポンサーが付いた『イベント』は助けに船だろう。
恐らく装備どころか相棒の得物すら決まっていない人間が居る。それは手にしている得物を触る手や見る眼を観察するだけで判別できる。
――――戦力にならない。
――――ま、いいか。
10人は3人一組が2つと4人組1つに分かれて繁華街の各所へ散らばる。
乗車する9人乗りハイエースが2台。
それが街中を走り、路地裏へ近付くと急停車してスライドドアが開いて一塊を吐き出すのだ。
迎えのハイエースは来ない。
それぞれが任された商店の競合相手の店舗を襲撃し潮時を見て撤退するのみ。その際に退路の大まかな説明は受けているが、それ以外の退路に関するサポートは無い。少なくとも撤収組を拾ってくれるタクシーはない。
午前2時。作戦開始。
明るい繁華街の影で今から鉄砲玉が放たれようとしている。
目標は商業ビル群の裏手口や裏路地に有る屋号も出していない店舗。この辺りは合法非合法問わずに軒を連ねているから襲撃する店を間違えると厄介なことになる。
琴美は他の2人と、繁華街の表通りからハイエースから吐き出されると防犯カメラの隙を縫って路地の裏に駆け込んだ。
午前2時。
普通なら暗い時間帯。繁華街ではその限りではないとばかりにサイケデリックな電光板で街が彩られていた。
路を行く人間も半分はカタギではない。何かしら何処かしらの何者かの庇護の下に非合法を働いている三下連中ばかりだ。
その連中は怪しい陰を見つけても通報しない。通報すれば自分が勤める合法で無い店まで摘発されかねない。だから知らぬ存ぜぬだ。
琴美たちの動きを逸早く察して、少しでも多くの情報を集めようと必死なのは情報屋とその使いっ走りくらいだ。
路地を駆ける。直線距離だと100m程度。
これだけ曲がりくねった細い路だとその感覚も完全に狂いそうになる。店自体を隠すのにはうってつけの条件だ。
コンディションワンで待機させたノリンコT―M1911A1とそれを駆る琴美の仕事は短時間に出来るだけ銃弾をばら撒いて、更に人的被害を打撃として与えるのが目標。
他の2人はショットガンのSPAS―12とレールにフォアグリップを取り付けたM4カービンを持った20代前半の男達。何れも戦闘服に身を包み子ども1人分ぐらいの重量が有るのではと疑う弾薬を体の各所のポーチに捻じ込んでいる。火力だけなら文句は無い。琴美のノリンコT―M1911A1が豆鉄砲に見えるほど強力だ。
その遣い手の顔には見覚えが薄かった。
名前を聞くのは野暮だ。
恐らく殺し屋や雇われの鉄砲玉の世界で旗揚げしたばかりの新参だろう。彼らの手にする銃火器が想像以上の働きをするとは思えなかった。
暗い路地。黴臭く湿った空気が渦巻く。表通りの喧騒が嘘のようだ。
琴美のチームにリーダーは居ない。それぞれが受け持った職掌を果たすだけだ。
撤退の命令は誰も下さない。何時撤退するかも各自の自由だ。
少なくともクライアントと自己の身分がばれないように逃げ果せる事が出来れば報酬が手に入る。
報酬とは金だけではない。今後の贔屓にしている商店との間柄が強くなるメリットが大きい。それに釣られて参加した顔を見せる彼女。他の連中の真意は不明だ。
鉛筆のように細長いビルの1階店舗。
電気が点いている。
正面入り口の外灯も明るい。
他の……辺りの店舗も似たようなものだ。表には屋号どころか何を扱う店なのかも解らない。人の気配は皆無に近い。この時間は事務所に篭って売り上げや手配などの経理や『仕込み』の時間なのだ。
一番油断し易い時間。
その時間に堂々と琴美とM4カービンの男は正面から吶喊する。もう1人のSPAS―12の男は裏手口に廻って目標の1階店舗を挟撃する目論見で単独行動に出た。
その作戦は賢いだろうが、連携が皆無のこのチームで同士撃ちだけは避けたいと願う。
アドレナリンが一気に沸騰する。つい先ほどまでニコチンを欲しがる自分が居たが今は喉を潤す氷水が文字通り喉から手が出るほど欲しい。コンディションワン、解除。つまり、セフティ解除。サムセフティから心地良い小さな作動音が伝わる。
初弾を放ったのはM4カービンの男。
3バーストで正面の観音開き式スライドドアの強化ガラスを叩き割り、エマージェンシーリロードを行いながら勇猛にも、ドアの枠に残ったガラス片を蹴って砕きながら建物内部に侵入する。……はっきり言って撃つのなら撃つで合図が欲しかった。
琴美の左手側で突然3バーストの銃声が何度も炸裂し、空薬莢が恐ろしい勢いで排出されて無機質なだけのアスファルトに甲高い金属音を立てて転がり出る。
その銃声に不覚にも一歩先をM4カービンの男に許す結果になる。5.56mmの小口径高速弾は45口径とは威力が段違いだ。M4カービンが唸るたびに怒声や罵声が一つずつ消えていく。
遅れて琴美も吶喊。琴美はこのままM4カービンの男を先行させて残党狩りに徹しようと誓った。
残念だが、『腕前だけでは』カバーしきれない状況は存在する。
ノリンコT―M1911A1を発砲。
咄嗟に発砲。
建物内部にどんどん侵入するM4カービンの男の背後13m辺りでM4の男が蔑ろにしている各部屋のクリアリングを行う最中の発砲だった。
後ろ腰のホルスターからノリンコT―M1911A1を抜く。コンディションワンで待機させたまま。
琴美のファッションセンス云々が問題ならば此処に並んだ『同業者』も酷い有様だった。
頭の天辺から爪先まで一切の露出が無いほどに、軍隊の戦闘服と装備に身を包んだ推定、男。
青いジャージの上下に背中にポンプアクションショットガンを背負っただけの男。
腰蓑のようにウエストの周囲に短機関銃の予備弾倉をぶら提げた作業ベストにニッカポッカの男等々。
その数10人。
此処に集められた琴美を含む10人は、贔屓にしている商店を脅かす競合勢力がこの街に出店し橋頭堡を獲得しようと弱小の反社会組織を次々と取り込んでいた。
商店は勿論それを良しとしない。そこで商店が恩義を感じているのならば力を貸して欲しいと一声かけて集まった集団で、新しい競合相手の店舗を襲撃し「この街でデカイ顔をするな」と恫喝する。
商店側の一方的な嫌がらせに琴美は乗ったのだ。
今、商店に恩や義理を売っておけば後になって非合法商品を都合よく融通してくれる可能性が高い。扱う物は後ろ暗い物ばかりだが商店も店は店だ信用と信頼と実績を看板に商売をしている。
商売相手には信じられないほどに肝っ玉が小さいだけでしかない。
その肝っ玉の小ささに目を瞑れば、今回は自分から挙手をして競合相手を叩き潰す価値が有ると踏んだ。
この場合の価値とは打算的な意味でしかない。
打算的意味合いで命の投売りをするのだから自分はマゾヒストの気が有るのかもしれないと自嘲する。
此処に居る連中の装備がバラバラなのも、商店が好きな物を好きなだけ持っていけと言われて素直に自分の趣味に従った連中だ。
ドイツもコイツも見慣れない顔。
旗揚げして日の浅い連中が多いのだろう。
そんな連中からすれば強力なスポンサーが付いた『イベント』は助けに船だろう。
恐らく装備どころか相棒の得物すら決まっていない人間が居る。それは手にしている得物を触る手や見る眼を観察するだけで判別できる。
――――戦力にならない。
――――ま、いいか。
10人は3人一組が2つと4人組1つに分かれて繁華街の各所へ散らばる。
乗車する9人乗りハイエースが2台。
それが街中を走り、路地裏へ近付くと急停車してスライドドアが開いて一塊を吐き出すのだ。
迎えのハイエースは来ない。
それぞれが任された商店の競合相手の店舗を襲撃し潮時を見て撤退するのみ。その際に退路の大まかな説明は受けているが、それ以外の退路に関するサポートは無い。少なくとも撤収組を拾ってくれるタクシーはない。
午前2時。作戦開始。
明るい繁華街の影で今から鉄砲玉が放たれようとしている。
目標は商業ビル群の裏手口や裏路地に有る屋号も出していない店舗。この辺りは合法非合法問わずに軒を連ねているから襲撃する店を間違えると厄介なことになる。
琴美は他の2人と、繁華街の表通りからハイエースから吐き出されると防犯カメラの隙を縫って路地の裏に駆け込んだ。
午前2時。
普通なら暗い時間帯。繁華街ではその限りではないとばかりにサイケデリックな電光板で街が彩られていた。
路を行く人間も半分はカタギではない。何かしら何処かしらの何者かの庇護の下に非合法を働いている三下連中ばかりだ。
その連中は怪しい陰を見つけても通報しない。通報すれば自分が勤める合法で無い店まで摘発されかねない。だから知らぬ存ぜぬだ。
琴美たちの動きを逸早く察して、少しでも多くの情報を集めようと必死なのは情報屋とその使いっ走りくらいだ。
路地を駆ける。直線距離だと100m程度。
これだけ曲がりくねった細い路だとその感覚も完全に狂いそうになる。店自体を隠すのにはうってつけの条件だ。
コンディションワンで待機させたノリンコT―M1911A1とそれを駆る琴美の仕事は短時間に出来るだけ銃弾をばら撒いて、更に人的被害を打撃として与えるのが目標。
他の2人はショットガンのSPAS―12とレールにフォアグリップを取り付けたM4カービンを持った20代前半の男達。何れも戦闘服に身を包み子ども1人分ぐらいの重量が有るのではと疑う弾薬を体の各所のポーチに捻じ込んでいる。火力だけなら文句は無い。琴美のノリンコT―M1911A1が豆鉄砲に見えるほど強力だ。
その遣い手の顔には見覚えが薄かった。
名前を聞くのは野暮だ。
恐らく殺し屋や雇われの鉄砲玉の世界で旗揚げしたばかりの新参だろう。彼らの手にする銃火器が想像以上の働きをするとは思えなかった。
暗い路地。黴臭く湿った空気が渦巻く。表通りの喧騒が嘘のようだ。
琴美のチームにリーダーは居ない。それぞれが受け持った職掌を果たすだけだ。
撤退の命令は誰も下さない。何時撤退するかも各自の自由だ。
少なくともクライアントと自己の身分がばれないように逃げ果せる事が出来れば報酬が手に入る。
報酬とは金だけではない。今後の贔屓にしている商店との間柄が強くなるメリットが大きい。それに釣られて参加した顔を見せる彼女。他の連中の真意は不明だ。
鉛筆のように細長いビルの1階店舗。
電気が点いている。
正面入り口の外灯も明るい。
他の……辺りの店舗も似たようなものだ。表には屋号どころか何を扱う店なのかも解らない。人の気配は皆無に近い。この時間は事務所に篭って売り上げや手配などの経理や『仕込み』の時間なのだ。
一番油断し易い時間。
その時間に堂々と琴美とM4カービンの男は正面から吶喊する。もう1人のSPAS―12の男は裏手口に廻って目標の1階店舗を挟撃する目論見で単独行動に出た。
その作戦は賢いだろうが、連携が皆無のこのチームで同士撃ちだけは避けたいと願う。
アドレナリンが一気に沸騰する。つい先ほどまでニコチンを欲しがる自分が居たが今は喉を潤す氷水が文字通り喉から手が出るほど欲しい。コンディションワン、解除。つまり、セフティ解除。サムセフティから心地良い小さな作動音が伝わる。
初弾を放ったのはM4カービンの男。
3バーストで正面の観音開き式スライドドアの強化ガラスを叩き割り、エマージェンシーリロードを行いながら勇猛にも、ドアの枠に残ったガラス片を蹴って砕きながら建物内部に侵入する。……はっきり言って撃つのなら撃つで合図が欲しかった。
琴美の左手側で突然3バーストの銃声が何度も炸裂し、空薬莢が恐ろしい勢いで排出されて無機質なだけのアスファルトに甲高い金属音を立てて転がり出る。
その銃声に不覚にも一歩先をM4カービンの男に許す結果になる。5.56mmの小口径高速弾は45口径とは威力が段違いだ。M4カービンが唸るたびに怒声や罵声が一つずつ消えていく。
遅れて琴美も吶喊。琴美はこのままM4カービンの男を先行させて残党狩りに徹しようと誓った。
残念だが、『腕前だけでは』カバーしきれない状況は存在する。
ノリンコT―M1911A1を発砲。
咄嗟に発砲。
建物内部にどんどん侵入するM4カービンの男の背後13m辺りでM4の男が蔑ろにしている各部屋のクリアリングを行う最中の発砲だった。