細い路に視える星

 合法に装填器を買った理由は単純に安いからだ。サポートも公式だ。非合法で購入すれば足元を見た値段で吹っかけられる上にサポートも公式のものは依頼できない。
 それと、『姿を隠す上で安全』と云う観点でも問題は少なかった。
 銃火器のパーツなら何かと目をつけられ易いが、こう言った作業用工具に類する物品は『それ自体は全く危険ではない』ので注目され難い。海外より購入した履歴は残るだろうが、大した危険度ではない。
 カタギのガンマニアが大量に銃火器のパーツを購入しているケースの方が何かと目をつけられている。
 作業用の工具では有るが、銃身やフレームを作り出す機能は有していないので尚更、『安全』だった。琴美が買ったのは中古で型落ちだが、手頃な値段で良い仕事をしてくれる満足度の高い製品だった。
 25連発弾倉4本に45口径の実包を詰め終える。実測時間として10分も掛かっていない。クランクを回す速度を早めれば一瞬で終わるが、ギアに掛かる負荷を考慮してゆっくりと、必要な力で必要な速度で必要なだけ回転させている。
 25連発弾倉。鉄火場では誰が何と言おうと火力がモノを言う。
 一方的に死を供給するだけなら通常の弾倉で充分だが、標的が警護に守られている時や標的が複数居る時には弾倉交換の時間は大きなロスだ。
 だからサードパーティが作った25連発弾倉を用いる。
 非合法の商店で買ったこの弾倉はコルトガバメント用と指定されていたが、そんな注意書きは無いも同然だ。コルトガバメントの寸分違わぬコピーであるノリンコT―M1911A1で流用できないはずが無い。 経験上、実用できるロングマガジンは25連発が限度だ。それ以上長くなると装弾不良が多くなる。ドラム弾倉も使用したが、発条の噛み込みが発生するとその場で素早くリカバリできない。15連発弾倉を2本、上下互い違いに専用パーツで連結させた物を用いて鉄火場に望んだことも有るが、意外な欠点があった。
 確かに25連発弾倉よりは取り回しが楽で5発弾数が多いが、15発撃つと弾倉を抜き、逆さにして連結している15連発弾倉を差し込むのだが……飛んだり跳ねたりと運動の激しい鉄火場だと、弾倉の底部、即ち逆さに連結されている15連発弾倉の先端を角などにぶつけて実包を押さえるリブが変形してしまい、薬室に装填不可能になる事が多かった。
 多弾数をアイデアでカバーした商品は沢山有るが、自分の状況に適した商品を選ぶのは本当に難しい。
 装弾数だけが銃火器の性能でないのと同じで命中精度もイコールではない。
 それらを構成する要素でしかないのだ。
 それを鑑みれば装弾数25連発など大した利点ではない。シビアに評価すれば25連発の弾倉を使える1911を使用しているだけに過ぎない。
 勿論、逆から評価すれば25連発の弾倉も使える、装弾数に関しては自由度が高い1911だ。そしてそれこそが1911のデッドコピーであるノリンコT―M1911A1の強みの一つだった。
 パーツにアクセサリー、汎用性には困らない。
 最近ではノリンコでもタクティカル志向を意識してスライド下部にレールを設けたモデルも発売されたらしい。益々利用の版図は広がるが琴美の仕事にはオーバースペックだった。25連発弾倉が4本あれば充分だ。
 ……そして、それを4本とも使用する機会が訪れるかもしれないと予感していた。
 次の仕事は少しハードな匂いがする。
 25連発弾倉は常に実包を25発装弾したままだと直ぐに実包を押し上げるバネがへたるのが難点だ。故に仕事の前の余裕が有る時間帯にこうして装填器を用いて実包を詰める。
 手持ちの25連発弾倉全てに25発……合計100発も装填するのは久し振りだ。
 大きな仕事が迫っている。先日に脳内で優先順位を纏めたリストを一つずつ片付けてきたが、それとは別に大口の仕事が舞い込んだ。
 琴美は何処の誰にも飼育されていない『代行業』だが、『代行業』を続けていく上で付き合いが必要な『関係各所』と云うものが存在した。 その関係各所の存在が脅かされる事件が発生し、臨時のトラブルシューティングとして琴美とその他が選ばれた。勿論、報酬はきちんと発生する。
 手動装填器の置いてある部屋は機械油の臭いで充満していた。
 換気代わりに窓を全開にしているが、この時間の……夜のささやかな風では充分に換気できなかった。
 工具や器具、それに整備に必要な薬品には引火性や揮発性の物が多く、火気厳禁。中毒の危険性が有るので換気は何よりも優先すべき事柄だった。これらに囲まれた部屋の中で葉巻を銜えて作業をするのは自殺行為に等しい。
 25連発弾倉を棚に仕舞うと、神経を使う作業場の部屋から逃げるように足早に出る。
 直ぐにキッチンへと向かい換気扇を点けて馴染みの黄色い箱から紙に包まれた葉巻を1本抜き出す。
 ビリガーエクスポートの四角い断面を銜えてまるで肺まで吸い込んでいるように先端を使い捨てライターで炙りながら紫煙を大きく吸い込む。恰も今日初めて空気を吸って呼吸をしたかのような貪り方だった。
 口中にビリガーエクスポートの香りが残っている間に慌ててコーヒーメーカーをセットする。換気扇の起動や窓の開放など慌しくキッチンを右往左往する。
 よく考えれば弾倉と実包に掛かりっきりで今夜の食事すら考えていなかった。
   ※ ※ ※
 大きな仕事。
 琴美が『代行業』を生業とする上でどうしても頭を下げて生きなければならない存在。
 琴美は反骨精神で人の命を奪う仕事をしている訳ではない。無報酬の勧善懲悪ドラマの主人公を真似たいわけでもない。
 自分が暗い世界の歯車の一つで有る事を自覚している。
 だから頭を下げるべき相手を蔑ろにしない。
 それは自分の命を守る行動と直結する。
 『関係各所』のうち、いつも贔屓にしている非合法の商店からの依頼だった。
 非合法の商店……この世界では商店と云う名前で通用する。屋号は無い。武器や麻薬といった非合法な物を扱う。そして表の世界でもよく目にする商品を『クリーニング』して売買するのを主な収入としている。 例えば自動車。ナンバープレートとその関連書類の偽造など一式を請け負って堂々と公道を走れる『怪しくない車』にして売っている。
 例えば銃火器。銃火器だけでなく間接的な手続きも代行する。モジュール化されたパーツやサードパーティのアクセサリー、実物交換パーツなどの周辺アイテムを『痕跡不明になるように証拠を消して』客に販売する。
 一番多い証拠の消し方はシリアルナンバーやユーザー登録の偽造や消去だ。
 いつものジャケットとスラックス。その上から黒いBDUに袖を通す。BDUは両脇に2本ずつ25連発弾倉を差し込めるポーチが付いている。胸部下や左右の腹にも通常弾倉を4本ずつ差し込めるポーチが付いている。
 特注のBDUではない。ポーチ類は状況や装備に応じて組み換えが可能だ。BDU自体も防刃繊維と鱗のように鉄片を組み合わせた西洋のスケイルアーマー状の防弾板が、BDUの前後に埋め込まれている。
 総重量14kgを超える。動き難い。体の可動範囲が狭くなる。これが必要な鉄火場に今から突入する事を物語っていた。
 装備の提供は商店が全面協力。クライアントがスポンサーのように気前が良い時は決まって惨状を形成する。
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