細い路に視える星
7畳半の部屋の中で、2人の青年が腹や胸に射入孔を作って小さく浅い息をしていた。
放っておいてもあと十数分で死ぬ。
床に転がる青年はヤクザのような凶暴な顔付きとは程遠くまだあどけなさが残った、漸く二十歳になったような顔付きだった。確かに情報屋から二束三文で買った情報では二十歳そこそこの面子で構成された4人組だった。
顔も脳内のリストと一致する。
青年たちは琴美の顔を睨み返す気力も無く、力無く呼吸を繰り返すのみの生物だった。足元に転がるベルサの自動拳銃を勇敢に拾って、反撃する余力は無い。
自分達が今夜こんなところでこんな死に方をするとは思っていなかっただろう。
それは琴美も同じだ。
今夜こんなところでこんな死に方……即死で無い死に方を提供するとは思っていなかった。
琴美が望んだ結末はこうだった。
床に転がり血の池を作る、生存する2人の頭部に2発ずつ45口径の図太い弾を叩き込んで生命活動を停止させることだった。
4つの発砲。静寂。呼吸、一つ。
琴美はノリンコT―M1911A1のハンマーを親指を掛けてデコックし、セフティをかけると、手帳か財布でも仕舞うかのような仕草で相棒の1911を左脇に差し込んだ。
踵を返す。
ジャケットのハンドウォームから、空薬莢が詰まったジップロックを取り出して雑な手つきで空薬莢を室内や廊下にばら撒きながら4つの死体が残された廃屋を後にする。
ドアが外れた玄関から出るとスラックスのポケットに引っ掛けていたサングラスを取り出して顔を覆うように掛けて目元を隠す。
走って廃屋から離れない。
これだけの銃声で騒ぎ立てたのだ。走って遠ざかる方が怪しまれる。野次馬も集まらない事件。誰も彼もが我関せずを決め込んでいる。
住人が住む住宅の窓は心なしか灯りが消えた数が多い気がする。
住宅が並ぶ路地を通り、そのまま街灯が段々と少なくなる路へと進む。
……そして夜陰に消える。
※ ※ ※
最初は高性能な拳銃を使っていた。
確実な仕事、確実な想い、確実な死を提供するのにはプロらしい仕事道具が必要だと思っていた。プロが使って恥ずかしくない仕事道具が必要だと思っていた。少々無理をして高級な拳銃を使っていた。
その拳銃の習熟に時間を費やしている最中に、自分の仕事は『人から人への想いの伝達』と云う概念が一層強まっていた。
殺し屋と『代行業』の間で心が揺れていた時期だ。もう10年近く前の話になる。
確かに優れている拳銃は優れた成果を出し易い。
出し易いだけでそれは保障されておらずユーザーの技量による部分が殆どだという事実は動かしようが無い。
ほんの数%の差異を求める為に高額を支払っているとも言えた。
モジュール化されたカスタムパーツもその延長といえる。
拳銃に大枚を叩けば叩くほど疑問が大きくなる。自分は殺し屋で、依頼人あっての矜持を守ることで人の形を保っている。依頼人も居ないのにコロシを行えば唯の野蛮人だ。
殺し屋は想像以上に……映画やドラマの中ではありえないほどに理性を要求される職業で、それが却って『殺し屋は冷徹冷血』と云うイメージが塑像されたのだろう。
そこに若い日の琴美は疑問を抱いた。
そんな『恐ろしい殺し屋に接触してまで標的を葬って欲しいと願う人種』は揃って、例外なく、100%の確率で怨念を包み隠ししていなかった。
ポーカーフェイスとは反対。
標的の確実な死を望んでいた。
それでいて無残でむごたらしく、屈辱的な最期を与えたがっていた。
『ああ。自分は人の想いを伝えるだけの機械だったんだ』と悟った琴美は高価な拳銃を捨ててノリンコT―M1911A1を手にした。
市場価格では純正のコルトガバメントの5分の1で買える安物。
性能はオリジナルと同程度。
『安い値段の銃で殺される』と云う屈辱を与えたと思うと何故か心にストンと落ちた。
概念だけの理由。
具体的な理由は無い。
死体に唾を吐きかけるのに似た本質。
だが、上手く表現できない。
高価な拳銃で殺すよりも安価極まりない拳銃で殺した方が『依頼人が満足するのではないか?』と考えている。
指先程度の違いしかない拘り。
その小さな拘りにしがみついていられるか否かが、殺し屋の矜持では無いか? ……琴美はたったそれだけを理由にノリンコT―M1911A1を手に取った。
カタログスペックで選んだのではない。有り触れた安物でそこそこの性能。そこそこの殺傷能力。どうせ丁寧に頭部を破砕する。銃弾は狙って引き金を引いて当たれば文句は無い。
『ああ。殺したい。依頼人の想いを、殺したいと云う想いを乗せて依頼人の成したかった事を代行したい。慈善ではなくビジネスとして私がここに存在するからこそ私と依頼人と標的には意味が有る。殺したいと云う欲望を素直に伝えたい』
……こうしてノリンコT―M1911A1を使う殺し屋と云う名の『代行業』が出来上がった。
全く何一つ論理的な思考は働いていない。
感情優先で抽象的概念的思考しか働いていない……言うなれば自分だけの狭い世界。
誰も望まず何も求められず、自分だけが『何と無く』納得しただけの子供のような理屈。
その子供のような理屈を貫いた結果、脱命率が非常に高い殺し屋の業界で10年も生きている。
足抜けも考えずに自分なりのプライドを持って『代行業』を生業としている。
自分なりのプライドイコール殺し屋としてのプライドではない。
全く以って自分勝手。
自己満足にしか生きていない。
無意識に求めている承認欲求。
琴美は『代行業』としては腕利きだったが人間性としては少しばかり焦点がズレた女性だった。
クランクをゆっくり回す。
自宅が有るハイツの一室で装弾をしている。
クランクを回せば作業台の上に置いた手動装填器が作動して次々と45口径の実包を弾倉に装填していく。7発程度なら指の力で充分に装填できるが、25連発もの大容量ともなると実包を押し上げるバネの力が強過ぎて人間の指の力では装填が困難だ。無理をすれば親指の感覚が馬鹿になって暫く使い物にならない。だから専用の手動装填器を買った。
これは非合法な商店を経由したものではなく、合法な手続きで購入した『作業用工具』だった。国内ではこのような製品は作られていない。海外から個人輸入した。税金をふんだくられたが、それを払うだけの価値は有った。
作業効率が格段に向上し、遠慮なく仕事で25連発弾倉を多用できるようになった。非合法な店に弾倉を買いに行っても実包が詰められて売られているわけではない。弾倉は別売で、買う物だ。
故に映画や小説のように撃ち尽したからと言ってその場に捨てて新しい弾倉を差し込めばよいと云うものではない。
その、合法に買える範囲の延長ならノリンコT―M1911A1のパーツもモデルガンに組み込むパーツとしてなら個人輸入で購入できる。然し、それは最後の手段だ。
公のリストにコロシの道具を形成する品名が永遠に残されるのは不利な状況が発生し易い。
それをデータベースから削除するのにクラッカーを雇うのも本末転倒だ。
100円の物を買うのに10000円の駄賃を払うようなものだ。
金属の歯車がカチカチと噛み合う毎に長い弾倉の残弾確認孔が満たされていく。
放っておいてもあと十数分で死ぬ。
床に転がる青年はヤクザのような凶暴な顔付きとは程遠くまだあどけなさが残った、漸く二十歳になったような顔付きだった。確かに情報屋から二束三文で買った情報では二十歳そこそこの面子で構成された4人組だった。
顔も脳内のリストと一致する。
青年たちは琴美の顔を睨み返す気力も無く、力無く呼吸を繰り返すのみの生物だった。足元に転がるベルサの自動拳銃を勇敢に拾って、反撃する余力は無い。
自分達が今夜こんなところでこんな死に方をするとは思っていなかっただろう。
それは琴美も同じだ。
今夜こんなところでこんな死に方……即死で無い死に方を提供するとは思っていなかった。
琴美が望んだ結末はこうだった。
床に転がり血の池を作る、生存する2人の頭部に2発ずつ45口径の図太い弾を叩き込んで生命活動を停止させることだった。
4つの発砲。静寂。呼吸、一つ。
琴美はノリンコT―M1911A1のハンマーを親指を掛けてデコックし、セフティをかけると、手帳か財布でも仕舞うかのような仕草で相棒の1911を左脇に差し込んだ。
踵を返す。
ジャケットのハンドウォームから、空薬莢が詰まったジップロックを取り出して雑な手つきで空薬莢を室内や廊下にばら撒きながら4つの死体が残された廃屋を後にする。
ドアが外れた玄関から出るとスラックスのポケットに引っ掛けていたサングラスを取り出して顔を覆うように掛けて目元を隠す。
走って廃屋から離れない。
これだけの銃声で騒ぎ立てたのだ。走って遠ざかる方が怪しまれる。野次馬も集まらない事件。誰も彼もが我関せずを決め込んでいる。
住人が住む住宅の窓は心なしか灯りが消えた数が多い気がする。
住宅が並ぶ路地を通り、そのまま街灯が段々と少なくなる路へと進む。
……そして夜陰に消える。
※ ※ ※
最初は高性能な拳銃を使っていた。
確実な仕事、確実な想い、確実な死を提供するのにはプロらしい仕事道具が必要だと思っていた。プロが使って恥ずかしくない仕事道具が必要だと思っていた。少々無理をして高級な拳銃を使っていた。
その拳銃の習熟に時間を費やしている最中に、自分の仕事は『人から人への想いの伝達』と云う概念が一層強まっていた。
殺し屋と『代行業』の間で心が揺れていた時期だ。もう10年近く前の話になる。
確かに優れている拳銃は優れた成果を出し易い。
出し易いだけでそれは保障されておらずユーザーの技量による部分が殆どだという事実は動かしようが無い。
ほんの数%の差異を求める為に高額を支払っているとも言えた。
モジュール化されたカスタムパーツもその延長といえる。
拳銃に大枚を叩けば叩くほど疑問が大きくなる。自分は殺し屋で、依頼人あっての矜持を守ることで人の形を保っている。依頼人も居ないのにコロシを行えば唯の野蛮人だ。
殺し屋は想像以上に……映画やドラマの中ではありえないほどに理性を要求される職業で、それが却って『殺し屋は冷徹冷血』と云うイメージが塑像されたのだろう。
そこに若い日の琴美は疑問を抱いた。
そんな『恐ろしい殺し屋に接触してまで標的を葬って欲しいと願う人種』は揃って、例外なく、100%の確率で怨念を包み隠ししていなかった。
ポーカーフェイスとは反対。
標的の確実な死を望んでいた。
それでいて無残でむごたらしく、屈辱的な最期を与えたがっていた。
『ああ。自分は人の想いを伝えるだけの機械だったんだ』と悟った琴美は高価な拳銃を捨ててノリンコT―M1911A1を手にした。
市場価格では純正のコルトガバメントの5分の1で買える安物。
性能はオリジナルと同程度。
『安い値段の銃で殺される』と云う屈辱を与えたと思うと何故か心にストンと落ちた。
概念だけの理由。
具体的な理由は無い。
死体に唾を吐きかけるのに似た本質。
だが、上手く表現できない。
高価な拳銃で殺すよりも安価極まりない拳銃で殺した方が『依頼人が満足するのではないか?』と考えている。
指先程度の違いしかない拘り。
その小さな拘りにしがみついていられるか否かが、殺し屋の矜持では無いか? ……琴美はたったそれだけを理由にノリンコT―M1911A1を手に取った。
カタログスペックで選んだのではない。有り触れた安物でそこそこの性能。そこそこの殺傷能力。どうせ丁寧に頭部を破砕する。銃弾は狙って引き金を引いて当たれば文句は無い。
『ああ。殺したい。依頼人の想いを、殺したいと云う想いを乗せて依頼人の成したかった事を代行したい。慈善ではなくビジネスとして私がここに存在するからこそ私と依頼人と標的には意味が有る。殺したいと云う欲望を素直に伝えたい』
……こうしてノリンコT―M1911A1を使う殺し屋と云う名の『代行業』が出来上がった。
全く何一つ論理的な思考は働いていない。
感情優先で抽象的概念的思考しか働いていない……言うなれば自分だけの狭い世界。
誰も望まず何も求められず、自分だけが『何と無く』納得しただけの子供のような理屈。
その子供のような理屈を貫いた結果、脱命率が非常に高い殺し屋の業界で10年も生きている。
足抜けも考えずに自分なりのプライドを持って『代行業』を生業としている。
自分なりのプライドイコール殺し屋としてのプライドではない。
全く以って自分勝手。
自己満足にしか生きていない。
無意識に求めている承認欲求。
琴美は『代行業』としては腕利きだったが人間性としては少しばかり焦点がズレた女性だった。
クランクをゆっくり回す。
自宅が有るハイツの一室で装弾をしている。
クランクを回せば作業台の上に置いた手動装填器が作動して次々と45口径の実包を弾倉に装填していく。7発程度なら指の力で充分に装填できるが、25連発もの大容量ともなると実包を押し上げるバネの力が強過ぎて人間の指の力では装填が困難だ。無理をすれば親指の感覚が馬鹿になって暫く使い物にならない。だから専用の手動装填器を買った。
これは非合法な商店を経由したものではなく、合法な手続きで購入した『作業用工具』だった。国内ではこのような製品は作られていない。海外から個人輸入した。税金をふんだくられたが、それを払うだけの価値は有った。
作業効率が格段に向上し、遠慮なく仕事で25連発弾倉を多用できるようになった。非合法な店に弾倉を買いに行っても実包が詰められて売られているわけではない。弾倉は別売で、買う物だ。
故に映画や小説のように撃ち尽したからと言ってその場に捨てて新しい弾倉を差し込めばよいと云うものではない。
その、合法に買える範囲の延長ならノリンコT―M1911A1のパーツもモデルガンに組み込むパーツとしてなら個人輸入で購入できる。然し、それは最後の手段だ。
公のリストにコロシの道具を形成する品名が永遠に残されるのは不利な状況が発生し易い。
それをデータベースから削除するのにクラッカーを雇うのも本末転倒だ。
100円の物を買うのに10000円の駄賃を払うようなものだ。
金属の歯車がカチカチと噛み合う毎に長い弾倉の残弾確認孔が満たされていく。