細い路に視える星

 ドアが大きく軋んで叫び声を上げながら蝶番が外れる。
 左手に持っていたロングマガジンは腹のベルトに指している。
 左手をそろりとドアノブに近づける。無造作に左手を真横に振って『ドアを投げ飛ばす』。鍵など掛かっていない。
 どうせこの廃屋でのこれからの一件も辺りの住人に知られる。
 電光石火の仕事を心掛ければ問題は無い。
 靴を履いたまま玄関から廊下に上がる。
 廃屋の2階部分と廊下の奥まった台所から耳障りな叫びが聞こえる。連中は一瞬でパニックになったらしい。
 腹にくぐもる銃声。だが、何処か頼りない。まるで風船が破裂しただけのような迫力の無い銃声。
「!」
 真正面の台所からの発砲。
 距離5m以上。
 銃弾……否、散弾の半分が琴美に命中する。スプレーで吹いたように仁丹の粒ほどの散弾が琴美のジャケットの表面を激しく叩く。
 410番口径の密造銃からの発砲だった。410番口径の銃身は極端に短いらしく、散弾が大きく広く広がって一粒当たりの威力はハエを叩き落す程度の威力に低下する。
 初弾の襲撃で散弾の粒が琴美の眼球に飛び込まなかったのは運がいい。そして、初撃を許したのはプロらしからぬミス。
 後続するであろう銃撃を押さえるべく、ノリンコT―M1911A1を発砲。
 先ほどの410番口径の発砲炎で大体の位置が掴めた。
 410番口径の密造銃のシルエットも確認できた。
 その密造銃を狙って3発、発砲しながら左手側にある階段へと体を滑り込ませた。この位置は1階の連中には丁度良い遮蔽だが、2階からの銃撃には遮蔽を為さないので危険だ。……早く台所の連中を片付ける必要が有る。
 先ほどの3発の牽制で台所の奥に引き込んだ2人の影。
 台所からは泣き言を垂れる男の声しか聞こえない。
 そして時々410番口径の発砲音と、射撃の間隔が広い38口径の発砲音。
 狭い家屋の内部が一気に硝煙臭くなる。鼻の奥を煙がつんと衝く。狭い空間ゆえに銃声も篭ってしまい、耳の奥が痛い。耳栓代わりにポケットティッシュを噛んで唾液を含ませたものを耳に詰める。その間も牽制に発砲。
 直ぐに弾倉が空になってスライドが後退したまま停止。
 エマージェンシーリロード。
 残弾を薬室に1発も残していない状態での再装填。
 スライドを前進させる手間が増える。そこを衝けば連中にも勝機は有ったかもしれない。
 25連発の長い弾倉を差し込んで、薬室に実包を送り込んだ今となってはそれも絶望的だ。
 鉄火場の純粋な経験者として……。
 絶望的。そう絶望的である。
「……」
 琴美は始終無口だった。喋る必要が無い。それに反比例するように、それを代弁するようにノリンコT―M1911A1は轟音と共に銃弾を吐き出す。
 熱く焼けた45口径の鈍足な、然し、人間が視力で捉えるにはほぼ不可能な速度で銃弾は410番口径の密造拳銃を手にしていた少年と思しき容貌の男の額と顔面、それに左胸に2発叩き込まれる。
 脳漿が撒き散らされる。胸骨が叩き割られて水風船を割ったような勢いで血が撒き散らされる。
 空薬莢がはじき出される。
 命も無残に撒き散らされる。撒き散らさないと依頼人の想いを充分に伝えることは出来ない。
 少し右にノリンコT―M1911A1の銃口を振る。即座に引き金を引く。
 調子の悪い短機関銃のようにノリンコT―M1911A1が咳き込む。
 台所の奥まった場所で蹲って弾の切れたサタデーナイトスペシャルを握り締めていたニキビ面の青年の脳天を、45口径の弾頭で叩き割る。入念に3発叩き込む。
 貫通力だの停止力だのが取り沙汰されるプロの界隈であるが、詰まる所、人間は頭部を破壊されると死ぬ。4mから5mの距離で頭部を破壊するのには少なくとも45口径で充分だった。
 硝煙が渦巻く廊下。
 階段の上方へと銃口を向けながら左手でジャケットのハンドウォームから空薬莢が詰まった掌サイズのジッパー付きビニール袋を取り出して犬歯を立てて袋を破る。
 そして中身の空薬莢を適当に廊下や台所に撒き散らす。
 同じ45口径の空薬莢でも、欧米のシューティングレンジから態々運んできた使用済みだ。これで司直の手を混乱させる事が可能だ。司法のデータベースに登録されていない指紋が大量にばら撒かれるのだ。
 それに採取できるDNAの人種もバラバラ。警察が琴美のノリンコT―M1911A1を特定する頃には、排莢子と銃身も交換し、実包を発砲した際に刻まれる瑕も違うパターンに変貌している。
 廊下の上方に銃口を向けながら階段を2段飛ばしで昇る。
 台所は奥まった場所にあり、勝手口も無かったので標的は逃げられようも無かったが、2階で陣取る連中はその気になれば今直ぐにでも窓やベランダから飛び降りれば負傷するだけで殺されずに済む。
 自分の意志で負傷すると云う……肉体的苦痛を意識的に負う覚悟があればの話だ。
 人間は一思いに死ぬ気楽さよりも、痛みに関しては想像している以上に敏感な神経をしている。
 2階へ上がるなり銃弾が襲いくる。
 32口径の自動拳銃。乱射。2挺。
 銃声の合間にベニヤに壁紙を張っただけの壁に空薬莢が当たって床に転がる音が聞こえる。琴美は直ぐ様、頭を伏せて体も低くし、その場に……階段へ続く半畳ほどのスペース小さくしゃがみこんだ。
 脆い壁でも姿を隠蔽する遮蔽として使える。
 耳を劈く銃声。火薬滓が時折パラパラと床板に転がる。
 2人のトリガーハッピー。距離5m。2階の3つ有る部屋の内、階段から一番遠い部屋。7畳半の部屋。その部屋で煌々と灯りを点けて酒を飲んでいたところに琴美が襲撃。1階の連中が足止めにもならないのを悟って銃を抜いて反撃を試みているのだろう。その焦りは手に取るように解る。
 銃声が止む。乱射とはいえ、パターンの無い乱射と云うのは少ない。トリガーハッピーであればあるほど、乱射にもパターンが有る。
 引き金を一定のリズムで引いているのだ。
 本人は自覚していないだろう。素早くガク引きを繰り返すのがトリガーハッピーの典型だ。だから、ガク引きを繰り返す速度を覚えれば何秒後に銃弾を撃ち尽くすか大雑把に判断できる。ガク引きの回数イコール銃声の数だ。
 ほんの数秒。前転。
 硝煙で汚された空気。床付近は硝煙の濃度は薄い。前転を行う毎に埃が舞う。
 3回ほどの小さな前転。
 立ち上がらず、ノリンコT―M1911A1を横に倒して……照準器が付いた方向を左側。
 弾倉を右側へ向けて倒したその状態で左手をノリンコT―M1911A1を握る右手の手首を掴んで固定する。そして乱射かと間違える速射。
 下半身は両膝衝きで床に固定。
 腰から背骨肩甲骨、首筋を一本の軸にイメージしてその軸を中心に両手両脇を左右へ薙ぐように振る。空薬莢が暴れ狂うように弾き出される。薄暗い廊下の中から7畳半の室内への一方的な銃撃。
 暗い向こうで、悲鳴は聞こえなかった。
 湿った肉のサンドバッグが床に落ちたような音が聞こえた。
「……」
 琴美の表情に人間味は無い。
 ノリンコT―M1911A1のスライドは後退して停止していた。
 銃口の前方の部屋は入り口のドアが開け放たれていてその室内を伺う事が出来た。天井から吊るしたランタンのお陰で光源には困らない。
 立ち上がり、25連発の弾倉を引き抜き、右脇に差し込むと今度は通常の7連発弾倉を抜き出す。
 それをゆっくりと差し込みながら表情の無い表情を維持したまますっくと立ち上がり、歩む。
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