細い路に視える星
相手がプロなら必ず行う行動。それは……。
「!」
目の前で1人が此方に侵入する。その向かい側の路地へ3人が行く。負傷した青年の方が脅威だと判断したらしい。
こちらの路地へと折れたブルゾン姿の1人は手鏡で角を確認しながら安全を確保して素早くするりと角から遮蔽へと入り込み猛然と駆ける。
「!」
――――掛かった!
琴美が心で握り拳を作ったのと同時に室外機から飛び出し、進入し、侵入してきたブルゾンの影に向かって発砲した。
その熱い銃弾は間違える事無く、『転倒のモーションで体勢を崩した男の胸部に命中した』。
プロだからだ。
安全を確保したと解るや否や、躊躇わずに吶喊し、隙を与えず自分が潜むべき遮蔽に突進する。迷いが生じると生存率が下がるのを熟知するのを知っている人間の動作だった。
その結果、『辻へ折れる足元に張られたベルト』に気がつかなかったのだ。
それに足を取られて転倒してしまうブルゾンの男にノリンコT―M1911A1を発砲した。
男は体勢を整える間も無くバイタルゾーンに被弾し、『呼吸すらままならない状態になって無力化された』。
足元に張られたベルトは青年の腰のベルトだ。青年が酷い負傷をしたのに自力で手当てしなかった理由。
タネは簡単。
自分が此処に連中を誘って連中を転倒させている間に距離を稼いで無事に離脱するつもりだったのだ。そうでなければ青年は自分のベルトで負傷した腕を縛って止血している。
そして……その青年は……向かいの辻で激しい銃撃。
一方的な銃撃の合間に呼吸のずれた反撃。そして沈黙。灯りが及ばない暗い路地が銃火で瞬き閃く。それがスピーカーの電源を切ったように沈黙すると……。
2人のジャンパー姿の男が左右を警戒しながら暗がりから出てくる。青年の潜む方へ侵入した数は3人。1人倒されたか。青年も相打ちになったか?
2人のジャンパー姿の中年は暗がりの辻から左右を慎重に警戒してそろりそろりと陰から這い出る。此方の辻から仲間が出てくるのを待っているらしい。
足元で銃声。
「!」
――――しまった!
止めを刺すまでも無いと放置していた虫の息の男が、死力を振り絞って引き金を引いたのだ。
その銃口は何処にも向けられていない。
ただ握って引き金を引いただけ。
彼はそれで満足だった。
『不明瞭な銃声を発生させれば仲間が不審に思ってこの辻の暗がりを警戒する』と信じていたからだ。
青年が潜んでいた暗がりには彼が装着していたショルダーホルスターをナイフで切り裂いて同じく紐状にして足元に張られていた。彼は運が無かった。
同じ罠でも女と同じ戦力だと判断されていればこんな事にはならなかった。それとも彼の当初の目的通りに距離を稼いで無事に逃げ果せたか?
否、それならば、連中の数が1人合わず、連中が暗がりの背後を警戒せずに暗がりから出てきた理由にはならない。……青年が自分の恩義と仁義に殉じたと信じてやるしか彼の魂は救われない気がした。
2人、警戒する。向かいの辻で不審な発砲。互いの暗がり。見えない。見通せない情況。
細く明るい路地が目の前に横たわる。
それを境目にして琴美は遮蔽から、2人の男は暗がりの遮蔽から銃口だけを突き出して此方と対峙。琴美の腕前なら向かいの辻の角に展開するどちらかの男を仕留める事は出来る。
たったの5m程度の距離だ。
だが、1人を仕留める隙にもう1人に自分が仕留められてしまう。
再びの静寂。
緊張の連続で鳩尾が痛い。
喉の奥に酸が込み上げるような不快感。
メキシカンスタンドオフ。
誰が先に抜いても発砲しても斃れても好い結末が迎えられない状況。二つの標的を速射で仕留めることは技量的に無理だ。その無理を強いられた状況。2人同時に仕留めなければ自分が死ぬ。
大博打。否、暴挙。
此方からの先制は容易。
容易に見える。
連中が態と隙を見せて発砲させようと目論んでいるのが伝わる。連中に対しても琴美は必ずどちらか1人を確実に仕留めると圧力をかけている。
25連発の弾倉から通常弾倉に切り替えて正解だった。僅かな錘も脱ぎ捨てたい気分だ。
遠くで銃声が聞こえる。
近寄る物があれば消える物も有る。
遠ざかる物が有れば突如現れる物も有る。
各路地でこのような銃撃が未だに展開されている。
自分の命を安売りしすぎたか。
自嘲気味な微笑すら浮かぶ。引き攣る微笑み。次の瞬間にでも吹き飛んでいる命を晒して贔屓にしている商店の顔を立てるために命を張る。彼女が大事に心を込めていた想いを伝える行為など存在しない、信条に反する殺し合い。
「!」
小さく、連中の銃口が動いた。
銃口より後ろの部分は影の中で射手の顔も姿も判断できない。シルエットすら浮かんでいない。2つの銃口の動きで挙動や感情を察知するしかない。……その銃口がぴくりと動く。
隙。
小さな隙。
隙を見せたのか見せられたのか。
これ以上の膠着は拙いと判断する前に琴美のノリンコT―M1911A1は吼える。45口径の轟音は辺りを揺るがす。それを先途に『もう一挺の自動拳銃が発砲した』。
琴美は自分が撃った初弾が1人を仕留めた手応えを感じる間も無く、その隣に居た陰からの影の発砲を身じろぎもせずに狙いもせずに乱射した。
たった5mの距離。
互いが互いの正確な位置を把握しないままの銃撃。互いの戦力を理解しないうちの銃撃。押されるがままに発砲した納得のいかない銃撃。
たったの5m。
勝敗は決する。少なくともこの狭い戦闘区域での勝敗は決した。
「…………」
最後まで最期を迎えなかった者が勝ちと定義するのなら、琴美は勝利した。
残弾3発。
弾倉に1発、薬室に1発。腹に1発。
体を伝う衝撃を耐えながらの、微動だにしない乱射は相手を完全に沈黙させるだけの効果が有った。そしてその沈黙は二度と破られなかった。
遮蔽の、暗がりで見通せない路地から大量の流血が這うように流れ出る。2人分の血液。
「……」
――――あ、ダメだ……。
右膝から地面に衝く。
左膝も追随するように地面に衝く。
腹腔。鳩尾の下15cm辺りに被弾。
熱く焼けた太い鉄パイプを差し込まれたような激痛。鈍いのに鋭いとも感じる、焼ける痛み。腹の中に銃弾が残っていると実感。
左掌で背中を触っても掌は血で汚れていない。
停止力の高い弾頭を用いていたのだろう。体の幹を大きく揺さぶる衝撃は彼女に軽い脳震盪を起こさせていた。眼の中の世界が陽炎のように歪む。
歩かなければ、撤退しなければ、闇医者に駆け込まなければ……。様々な生存の方法が頭を巡る。
パニックは起きていない。必ず助かると自分に言い聞かせる。
ノリンコT―M1911A1が不意にゴトリと右手から落ちた。
拾わねば。大切な仕事道具だ。これが無ければ依頼人の想いが届けられ無い。
身を屈めようと腹の出血を左手で押さえながら、両膝に力を入れて首を僅かに下に傾けた。
安心しろ。助かる。脳震盪で末端の筋肉が脱力しただけだ。大したことではない。
いつかの……あの殺し屋も、その殺し屋も腹や胸に銃弾を受けても1年後には復帰していた。
バイタルゾーンに被弾したからと言って絶望するのは早計だ。
必ず助かる。
そう言い聞かせて、ノリンコT―M1911A1のグリップに右手の指先が触れる。
銃声。
……耳を劈き、体を射抜くような激しい衝撃が全身に。
「……!」
何が起きたか理解できない。
そして瞬時に理解できた。
倒れ込むようにして、逸早くノリンコT―M1911A1を右手に握ると、惰性に任せて体をうつ伏せに倒して硬く冷たい地面に衝突させた。
狙いは、ノリンコT―M1911A1の銃口の先には先ほど、確かにバイタルゾーンに胸部に45口径を1発叩き込んだ重傷者。
そいつがベレッタM92FSを握って死力を振り絞って、『地面に仰向けに倒れたまま発砲した。その持ち上げた顔は勝利を確信した笑みが張り付いている』。
こいつが……先ほどの警戒させる不審な発砲を行った時に早く殺しておくべきだった。
引き金を引く。
うつ伏せに倒れた状態から、不自然な体勢からノリンコT―M1911A1の引き金を引く。
2mも離れていないその死に損ないの額に精一杯の45口径を叩き込んで脳天から脳漿を噴出させる。
涼しい金属音。
空薬莢が弾き出される。
「甘かった」
――――止めを差すんだった。
自分を襲撃した4人組の内の1人。
重傷を負わせて戦意喪失だけを確認して命まで奪わなかった重傷の男が死に際に放った9mmパラベラムは2mも離れていない背後から、琴美の左背部を射抜いた。
助からない。
背中から侵入した弾頭は心臓に存分に衝撃を与え、琴美をその場から二度と立ち上がれない、二度と蘇生できない打撃を与えた。
うつ伏せに倒れた琴美の背中と腹部の射入孔から黒い血が拍動に合わせてとくとくと溢れ出る。
琴美の唇の端から血液の一塊が零れる。
被弾した箇所が火を点けられたように熱く、手足の先から氷のような冷たさが侵蝕する。
自分は助からない。
自分が殺してきた標的たちと同じ末路を辿っている。
体が熱い生命の迸りに埋もれて赤い血液に染まる。
あれほど人の想いを重要視していた彼女が、皮肉にも反撃の想いを込めた一撃で無様に地面に倒れた。
遠くで幻聴のような銃声が聞こえる。
撃たれた孔から零れ出る血液こそが命の雫。
眼から生気が消える。
消えたように見えた。
不思議と自分を客観視している。
その20分後、彼女はこの、『誰も見ていない路地』で静かに絶命した。
想いを伝える『代行業』と云う名の殺し屋が、無為に無意味に無慈悲に命を落とした。
意味の有無を確認する間も無く。
彼女は、死んだ。
《細い路に視える星・了》
「!」
目の前で1人が此方に侵入する。その向かい側の路地へ3人が行く。負傷した青年の方が脅威だと判断したらしい。
こちらの路地へと折れたブルゾン姿の1人は手鏡で角を確認しながら安全を確保して素早くするりと角から遮蔽へと入り込み猛然と駆ける。
「!」
――――掛かった!
琴美が心で握り拳を作ったのと同時に室外機から飛び出し、進入し、侵入してきたブルゾンの影に向かって発砲した。
その熱い銃弾は間違える事無く、『転倒のモーションで体勢を崩した男の胸部に命中した』。
プロだからだ。
安全を確保したと解るや否や、躊躇わずに吶喊し、隙を与えず自分が潜むべき遮蔽に突進する。迷いが生じると生存率が下がるのを熟知するのを知っている人間の動作だった。
その結果、『辻へ折れる足元に張られたベルト』に気がつかなかったのだ。
それに足を取られて転倒してしまうブルゾンの男にノリンコT―M1911A1を発砲した。
男は体勢を整える間も無くバイタルゾーンに被弾し、『呼吸すらままならない状態になって無力化された』。
足元に張られたベルトは青年の腰のベルトだ。青年が酷い負傷をしたのに自力で手当てしなかった理由。
タネは簡単。
自分が此処に連中を誘って連中を転倒させている間に距離を稼いで無事に離脱するつもりだったのだ。そうでなければ青年は自分のベルトで負傷した腕を縛って止血している。
そして……その青年は……向かいの辻で激しい銃撃。
一方的な銃撃の合間に呼吸のずれた反撃。そして沈黙。灯りが及ばない暗い路地が銃火で瞬き閃く。それがスピーカーの電源を切ったように沈黙すると……。
2人のジャンパー姿の男が左右を警戒しながら暗がりから出てくる。青年の潜む方へ侵入した数は3人。1人倒されたか。青年も相打ちになったか?
2人のジャンパー姿の中年は暗がりの辻から左右を慎重に警戒してそろりそろりと陰から這い出る。此方の辻から仲間が出てくるのを待っているらしい。
足元で銃声。
「!」
――――しまった!
止めを刺すまでも無いと放置していた虫の息の男が、死力を振り絞って引き金を引いたのだ。
その銃口は何処にも向けられていない。
ただ握って引き金を引いただけ。
彼はそれで満足だった。
『不明瞭な銃声を発生させれば仲間が不審に思ってこの辻の暗がりを警戒する』と信じていたからだ。
青年が潜んでいた暗がりには彼が装着していたショルダーホルスターをナイフで切り裂いて同じく紐状にして足元に張られていた。彼は運が無かった。
同じ罠でも女と同じ戦力だと判断されていればこんな事にはならなかった。それとも彼の当初の目的通りに距離を稼いで無事に逃げ果せたか?
否、それならば、連中の数が1人合わず、連中が暗がりの背後を警戒せずに暗がりから出てきた理由にはならない。……青年が自分の恩義と仁義に殉じたと信じてやるしか彼の魂は救われない気がした。
2人、警戒する。向かいの辻で不審な発砲。互いの暗がり。見えない。見通せない情況。
細く明るい路地が目の前に横たわる。
それを境目にして琴美は遮蔽から、2人の男は暗がりの遮蔽から銃口だけを突き出して此方と対峙。琴美の腕前なら向かいの辻の角に展開するどちらかの男を仕留める事は出来る。
たったの5m程度の距離だ。
だが、1人を仕留める隙にもう1人に自分が仕留められてしまう。
再びの静寂。
緊張の連続で鳩尾が痛い。
喉の奥に酸が込み上げるような不快感。
メキシカンスタンドオフ。
誰が先に抜いても発砲しても斃れても好い結末が迎えられない状況。二つの標的を速射で仕留めることは技量的に無理だ。その無理を強いられた状況。2人同時に仕留めなければ自分が死ぬ。
大博打。否、暴挙。
此方からの先制は容易。
容易に見える。
連中が態と隙を見せて発砲させようと目論んでいるのが伝わる。連中に対しても琴美は必ずどちらか1人を確実に仕留めると圧力をかけている。
25連発の弾倉から通常弾倉に切り替えて正解だった。僅かな錘も脱ぎ捨てたい気分だ。
遠くで銃声が聞こえる。
近寄る物があれば消える物も有る。
遠ざかる物が有れば突如現れる物も有る。
各路地でこのような銃撃が未だに展開されている。
自分の命を安売りしすぎたか。
自嘲気味な微笑すら浮かぶ。引き攣る微笑み。次の瞬間にでも吹き飛んでいる命を晒して贔屓にしている商店の顔を立てるために命を張る。彼女が大事に心を込めていた想いを伝える行為など存在しない、信条に反する殺し合い。
「!」
小さく、連中の銃口が動いた。
銃口より後ろの部分は影の中で射手の顔も姿も判断できない。シルエットすら浮かんでいない。2つの銃口の動きで挙動や感情を察知するしかない。……その銃口がぴくりと動く。
隙。
小さな隙。
隙を見せたのか見せられたのか。
これ以上の膠着は拙いと判断する前に琴美のノリンコT―M1911A1は吼える。45口径の轟音は辺りを揺るがす。それを先途に『もう一挺の自動拳銃が発砲した』。
琴美は自分が撃った初弾が1人を仕留めた手応えを感じる間も無く、その隣に居た陰からの影の発砲を身じろぎもせずに狙いもせずに乱射した。
たった5mの距離。
互いが互いの正確な位置を把握しないままの銃撃。互いの戦力を理解しないうちの銃撃。押されるがままに発砲した納得のいかない銃撃。
たったの5m。
勝敗は決する。少なくともこの狭い戦闘区域での勝敗は決した。
「…………」
最後まで最期を迎えなかった者が勝ちと定義するのなら、琴美は勝利した。
残弾3発。
弾倉に1発、薬室に1発。腹に1発。
体を伝う衝撃を耐えながらの、微動だにしない乱射は相手を完全に沈黙させるだけの効果が有った。そしてその沈黙は二度と破られなかった。
遮蔽の、暗がりで見通せない路地から大量の流血が這うように流れ出る。2人分の血液。
「……」
――――あ、ダメだ……。
右膝から地面に衝く。
左膝も追随するように地面に衝く。
腹腔。鳩尾の下15cm辺りに被弾。
熱く焼けた太い鉄パイプを差し込まれたような激痛。鈍いのに鋭いとも感じる、焼ける痛み。腹の中に銃弾が残っていると実感。
左掌で背中を触っても掌は血で汚れていない。
停止力の高い弾頭を用いていたのだろう。体の幹を大きく揺さぶる衝撃は彼女に軽い脳震盪を起こさせていた。眼の中の世界が陽炎のように歪む。
歩かなければ、撤退しなければ、闇医者に駆け込まなければ……。様々な生存の方法が頭を巡る。
パニックは起きていない。必ず助かると自分に言い聞かせる。
ノリンコT―M1911A1が不意にゴトリと右手から落ちた。
拾わねば。大切な仕事道具だ。これが無ければ依頼人の想いが届けられ無い。
身を屈めようと腹の出血を左手で押さえながら、両膝に力を入れて首を僅かに下に傾けた。
安心しろ。助かる。脳震盪で末端の筋肉が脱力しただけだ。大したことではない。
いつかの……あの殺し屋も、その殺し屋も腹や胸に銃弾を受けても1年後には復帰していた。
バイタルゾーンに被弾したからと言って絶望するのは早計だ。
必ず助かる。
そう言い聞かせて、ノリンコT―M1911A1のグリップに右手の指先が触れる。
銃声。
……耳を劈き、体を射抜くような激しい衝撃が全身に。
「……!」
何が起きたか理解できない。
そして瞬時に理解できた。
倒れ込むようにして、逸早くノリンコT―M1911A1を右手に握ると、惰性に任せて体をうつ伏せに倒して硬く冷たい地面に衝突させた。
狙いは、ノリンコT―M1911A1の銃口の先には先ほど、確かにバイタルゾーンに胸部に45口径を1発叩き込んだ重傷者。
そいつがベレッタM92FSを握って死力を振り絞って、『地面に仰向けに倒れたまま発砲した。その持ち上げた顔は勝利を確信した笑みが張り付いている』。
こいつが……先ほどの警戒させる不審な発砲を行った時に早く殺しておくべきだった。
引き金を引く。
うつ伏せに倒れた状態から、不自然な体勢からノリンコT―M1911A1の引き金を引く。
2mも離れていないその死に損ないの額に精一杯の45口径を叩き込んで脳天から脳漿を噴出させる。
涼しい金属音。
空薬莢が弾き出される。
「甘かった」
――――止めを差すんだった。
自分を襲撃した4人組の内の1人。
重傷を負わせて戦意喪失だけを確認して命まで奪わなかった重傷の男が死に際に放った9mmパラベラムは2mも離れていない背後から、琴美の左背部を射抜いた。
助からない。
背中から侵入した弾頭は心臓に存分に衝撃を与え、琴美をその場から二度と立ち上がれない、二度と蘇生できない打撃を与えた。
うつ伏せに倒れた琴美の背中と腹部の射入孔から黒い血が拍動に合わせてとくとくと溢れ出る。
琴美の唇の端から血液の一塊が零れる。
被弾した箇所が火を点けられたように熱く、手足の先から氷のような冷たさが侵蝕する。
自分は助からない。
自分が殺してきた標的たちと同じ末路を辿っている。
体が熱い生命の迸りに埋もれて赤い血液に染まる。
あれほど人の想いを重要視していた彼女が、皮肉にも反撃の想いを込めた一撃で無様に地面に倒れた。
遠くで幻聴のような銃声が聞こえる。
撃たれた孔から零れ出る血液こそが命の雫。
眼から生気が消える。
消えたように見えた。
不思議と自分を客観視している。
その20分後、彼女はこの、『誰も見ていない路地』で静かに絶命した。
想いを伝える『代行業』と云う名の殺し屋が、無為に無意味に無慈悲に命を落とした。
意味の有無を確認する間も無く。
彼女は、死んだ。
《細い路に視える星・了》
17/17ページ