細い路に視える星
ビルの隙間を縫うように伸びる人影。それが連なる。
ノリンコT―M1911A1が吼えるたびに、次々と影は倒れていく。
辺りに味方と思しき影は確認できない。先ほどまで同じ方向に向かっていた2人が居たが、その2人とは途中で違う道を行き、自分が後方を警戒しながら進む。
弾倉交換。25連発弾倉を差し込む。時折、欺瞞工作用の空薬莢をポロポロと落とす。
「…………」
――――葉巻が吸いたい……。
緊張を解す為の手段として体がニコチンでの安息を自然と求める。その一方で鳩尾を焼くような不快感が襲う。
表通りに飛び出して自動販売機でペットボトル入りのミネラルウォーターを買い込んでガブガブと飲みたい。寒さが身に染みるのに喉とその奥まった部分は冷たい水を要求する。……自分でも脳内麻薬が分泌されて自律神経が混乱しているのを自覚する。動悸に近い拍動がそれを物語る。
銃声が聞こえる。
瞬簡に琴美が潜む遮蔽の角を削る。
射手の影は見えているのに、一向に近付かない。近づけない。
この感覚は何処かで……。
射手は常に1人。
その陰に必ず複数の影が潜んでいるのに、圧倒的火力で攻められるの筈なのに、的確に一歩ずつ前進する奴ら。
大きな違和感。直感は外れる可能性が高いが違和感は外れない。何処かでそんな言葉を聞いた。
彼我の距離20m程度。
街灯と外灯とビルの影がストライプを壁や路面に投影するので距離を測り難い。
先ほどから琴美は無為に45口径を撒き散らしているだけ。手応えは感じない。鉄火場に飛び込んで15分ほどの間に数人に負傷を負わせただけで目前20mの陰に潜む影に頭を抑えられて進軍できない。
確かその方向の裏手には先ほどまで自分と路を同じにしていた2人が向かったはずだが、その2人はどうなった? 仕留められたか? 逃走したか? 兎も角、その2人は戦力外として腹を決める。
目前の複数人は強敵に違いない。
チームを組むハジキの遣い手は数が少ないから、直ぐにその癖が解るかと思ったが脳内での検索にヒットしない。街の外から遣ってきた新手だと仮に解釈。
45口径が無駄になる。折角の25連発も牽制以上の働きをしない。後退すれば違う戦闘区域に背中向きで飛び込んでしまい背後から撃たれてしまう。
目の前の複数人。正確な人数が解れば少しは気が楽になるのに……。
銃火。閃く。目前で。自動拳銃。
刹那、見える、影。
消える違和感。
「!」
――――この街に『居ない』わけだ!
約一ヶ月前に商店の依頼で新興勢力の店舗を襲撃した際に苦戦させられて胸骨と肋骨を負傷するに到ったあの連中と同じ動きだ。
今まで自分と同じく一山幾らで取引された、この街の荒事稼業の人間だとばかり思い込んでいた。
この街の人間でないのなら、幾ら脳内で検索しても該当しないはずだ。
先ほどの銃火がカーブミラーに映った時にその射手の陰に潜む複数人の存在を浮き彫りにした。
数は4人。先行する1人。左右を警戒する後ろの2人目。その後ろの援護射撃担当の3人目。そして背後の警戒と前3人の何れかが被弾した際に入れ替わる『押さえ』の4人目。
この4人が先行するたびにローテーションを組むように次々と入れ替わり発砲を続ける。この発砲の間合いが読めなかったのだ。今でも読めない。
読めない理由は判然としている。
個人の呼吸の間合いだ。連携は完璧でも個性までは消せない。
個人の脈拍まで揃える事が出来ないのと同じで、発砲するのにもタイミングで個性が出る。この個性がローテーションで行われていると知らなかったが故に一方的に攻撃を許し、ジリジリと後退を余儀なくされていた。
銃火の閃きから、全員が同じ拳銃で揃えているのも判明した。長丁場でも、使用している銃が同じだと弾倉の共用が可能だからだ。組織されて、訓練を積んだ人間の挙動。
背中に冷たい汗が一気に吹き出る。
「……!」
咄嗟に振り向いた。背後を取られたかとノリンコT―M1911A1の銃口を振り向き様に向ける。
「待て!」
その青年は……右腕を負傷して左手の人差し指を用心金に引っ掛けて敵意が無い事を示している青年は先ほど別動した2人の内の1人だった。
「もう1人は頭を撃ち抜かれた。俺はこの通り、利き手をやられた……悪いがこの場から逃げる。もうあの店で買い物は出来ないが仕方ない」
「……」
青年の言い分に非難は示さなかった。それも判断の一つだ。
「だけど、あいつらに利き手を持っていかれたのは悔しい。暫く仕事は出来ない……どうだい? 少し組まないか?」
琴美としては青年の言葉に反駁する理由は無い。青年が此方の勢力を裏切ったのなら既に背後から琴美を撃っている。
「……作戦は?」
琴美は時折、牽制の発砲を繰り出しながら、連中を足止めする。その隙に青年は自分が立てたプランを話し出した。
「……いつの間に」
「さっきね……」
平凡な顔付きの青年は右上腕部の負傷に耐えながら引き攣るような笑いを浮かべる。
青年のプランに反対は無い。
それ以外の案も今直ぐに思いつかない。
琴美と青年はその場を出来る限り激しく牽制して後退する。25連発弾倉は直ぐに空になり、新しい25連発弾倉を差し込む。
後退。後退に継ぐ後退。今まで稼いできた距離が無駄になる。
連中も勢いに乗ったと見たのか、距離を詰めてくる。彼我の距離15m以上。
琴美と名も知らぬ青年は互いをカバーしながら交互に交代する。あと30mも真っ直ぐ後退すれば、表通りに通じるメインの路地へ出る。その路地は繁華街とシャッター街の境目辺りだ。
人の気配は少ないはず。撤退の際に琴美も使用する事を考えていた路地。その路地へ向かう10m先が四つ辻になっている。左右へ分かれると何れもメインの通りへ出る。
その路地が鍵だと青年は言った。青年は琴美が正確さに欠ける牽制で弾幕を張っている間に右へ折れる暗い路地へと飛び込んだ。琴美も頃合を見計らって左側へと向かう狭い路地へ飛び込んだ。
「……」
――――さあ、来い……。
ニコチンへの渇望をぐっと飲み込んで息を殺す。
装弾数が残り少なくなって軽くなった25連発弾倉を抜いて通常弾倉を差し込んで待機。
鼓動が五月蝿い。
ノリンコT―M1911A1を握る両手が鼠の鳴き声にも反応しそうなほど神経質になる。
連中の目的は明らか。こちら側の完全な殲滅。新しい勢力は旧い勢力を押し潰す戦法と作戦に出るのは既に理解している。ならばその現場の連中に下された明確な目標も同じだ。
……皆殺ししか考えていない。琴美もベストを尽くす。連中もそれを行う。
ならば……この場では牽制しかしない女と負傷した男を『一気に仕留める為に戦力を分散させる』だろう。
二分するのか1対3で分かれるのかは不明。だが必ず分散する。それが青年の読み。
作戦。
琴美が青年の話しに乗った理由。
その理由が詳らかになるのはあと数秒後。
足音が聞こえる。小さく走る。4人。自分の呼吸以外聞こえない。静かな数秒間。喉が渇く。緊張がこれ以上無いほどに張り詰める。
薄暗い路地へと侵入していた琴美は、積み重ねられたエアコンの室外機の陰で息を殺していた。辻の角から5mほど離れている。早ければ……青年の潜む暗い路地でアクションは発生する。
態と牽制を撒いての後退と見せかけている。
ノリンコT―M1911A1が吼えるたびに、次々と影は倒れていく。
辺りに味方と思しき影は確認できない。先ほどまで同じ方向に向かっていた2人が居たが、その2人とは途中で違う道を行き、自分が後方を警戒しながら進む。
弾倉交換。25連発弾倉を差し込む。時折、欺瞞工作用の空薬莢をポロポロと落とす。
「…………」
――――葉巻が吸いたい……。
緊張を解す為の手段として体がニコチンでの安息を自然と求める。その一方で鳩尾を焼くような不快感が襲う。
表通りに飛び出して自動販売機でペットボトル入りのミネラルウォーターを買い込んでガブガブと飲みたい。寒さが身に染みるのに喉とその奥まった部分は冷たい水を要求する。……自分でも脳内麻薬が分泌されて自律神経が混乱しているのを自覚する。動悸に近い拍動がそれを物語る。
銃声が聞こえる。
瞬簡に琴美が潜む遮蔽の角を削る。
射手の影は見えているのに、一向に近付かない。近づけない。
この感覚は何処かで……。
射手は常に1人。
その陰に必ず複数の影が潜んでいるのに、圧倒的火力で攻められるの筈なのに、的確に一歩ずつ前進する奴ら。
大きな違和感。直感は外れる可能性が高いが違和感は外れない。何処かでそんな言葉を聞いた。
彼我の距離20m程度。
街灯と外灯とビルの影がストライプを壁や路面に投影するので距離を測り難い。
先ほどから琴美は無為に45口径を撒き散らしているだけ。手応えは感じない。鉄火場に飛び込んで15分ほどの間に数人に負傷を負わせただけで目前20mの陰に潜む影に頭を抑えられて進軍できない。
確かその方向の裏手には先ほどまで自分と路を同じにしていた2人が向かったはずだが、その2人はどうなった? 仕留められたか? 逃走したか? 兎も角、その2人は戦力外として腹を決める。
目前の複数人は強敵に違いない。
チームを組むハジキの遣い手は数が少ないから、直ぐにその癖が解るかと思ったが脳内での検索にヒットしない。街の外から遣ってきた新手だと仮に解釈。
45口径が無駄になる。折角の25連発も牽制以上の働きをしない。後退すれば違う戦闘区域に背中向きで飛び込んでしまい背後から撃たれてしまう。
目の前の複数人。正確な人数が解れば少しは気が楽になるのに……。
銃火。閃く。目前で。自動拳銃。
刹那、見える、影。
消える違和感。
「!」
――――この街に『居ない』わけだ!
約一ヶ月前に商店の依頼で新興勢力の店舗を襲撃した際に苦戦させられて胸骨と肋骨を負傷するに到ったあの連中と同じ動きだ。
今まで自分と同じく一山幾らで取引された、この街の荒事稼業の人間だとばかり思い込んでいた。
この街の人間でないのなら、幾ら脳内で検索しても該当しないはずだ。
先ほどの銃火がカーブミラーに映った時にその射手の陰に潜む複数人の存在を浮き彫りにした。
数は4人。先行する1人。左右を警戒する後ろの2人目。その後ろの援護射撃担当の3人目。そして背後の警戒と前3人の何れかが被弾した際に入れ替わる『押さえ』の4人目。
この4人が先行するたびにローテーションを組むように次々と入れ替わり発砲を続ける。この発砲の間合いが読めなかったのだ。今でも読めない。
読めない理由は判然としている。
個人の呼吸の間合いだ。連携は完璧でも個性までは消せない。
個人の脈拍まで揃える事が出来ないのと同じで、発砲するのにもタイミングで個性が出る。この個性がローテーションで行われていると知らなかったが故に一方的に攻撃を許し、ジリジリと後退を余儀なくされていた。
銃火の閃きから、全員が同じ拳銃で揃えているのも判明した。長丁場でも、使用している銃が同じだと弾倉の共用が可能だからだ。組織されて、訓練を積んだ人間の挙動。
背中に冷たい汗が一気に吹き出る。
「……!」
咄嗟に振り向いた。背後を取られたかとノリンコT―M1911A1の銃口を振り向き様に向ける。
「待て!」
その青年は……右腕を負傷して左手の人差し指を用心金に引っ掛けて敵意が無い事を示している青年は先ほど別動した2人の内の1人だった。
「もう1人は頭を撃ち抜かれた。俺はこの通り、利き手をやられた……悪いがこの場から逃げる。もうあの店で買い物は出来ないが仕方ない」
「……」
青年の言い分に非難は示さなかった。それも判断の一つだ。
「だけど、あいつらに利き手を持っていかれたのは悔しい。暫く仕事は出来ない……どうだい? 少し組まないか?」
琴美としては青年の言葉に反駁する理由は無い。青年が此方の勢力を裏切ったのなら既に背後から琴美を撃っている。
「……作戦は?」
琴美は時折、牽制の発砲を繰り出しながら、連中を足止めする。その隙に青年は自分が立てたプランを話し出した。
「……いつの間に」
「さっきね……」
平凡な顔付きの青年は右上腕部の負傷に耐えながら引き攣るような笑いを浮かべる。
青年のプランに反対は無い。
それ以外の案も今直ぐに思いつかない。
琴美と青年はその場を出来る限り激しく牽制して後退する。25連発弾倉は直ぐに空になり、新しい25連発弾倉を差し込む。
後退。後退に継ぐ後退。今まで稼いできた距離が無駄になる。
連中も勢いに乗ったと見たのか、距離を詰めてくる。彼我の距離15m以上。
琴美と名も知らぬ青年は互いをカバーしながら交互に交代する。あと30mも真っ直ぐ後退すれば、表通りに通じるメインの路地へ出る。その路地は繁華街とシャッター街の境目辺りだ。
人の気配は少ないはず。撤退の際に琴美も使用する事を考えていた路地。その路地へ向かう10m先が四つ辻になっている。左右へ分かれると何れもメインの通りへ出る。
その路地が鍵だと青年は言った。青年は琴美が正確さに欠ける牽制で弾幕を張っている間に右へ折れる暗い路地へと飛び込んだ。琴美も頃合を見計らって左側へと向かう狭い路地へ飛び込んだ。
「……」
――――さあ、来い……。
ニコチンへの渇望をぐっと飲み込んで息を殺す。
装弾数が残り少なくなって軽くなった25連発弾倉を抜いて通常弾倉を差し込んで待機。
鼓動が五月蝿い。
ノリンコT―M1911A1を握る両手が鼠の鳴き声にも反応しそうなほど神経質になる。
連中の目的は明らか。こちら側の完全な殲滅。新しい勢力は旧い勢力を押し潰す戦法と作戦に出るのは既に理解している。ならばその現場の連中に下された明確な目標も同じだ。
……皆殺ししか考えていない。琴美もベストを尽くす。連中もそれを行う。
ならば……この場では牽制しかしない女と負傷した男を『一気に仕留める為に戦力を分散させる』だろう。
二分するのか1対3で分かれるのかは不明。だが必ず分散する。それが青年の読み。
作戦。
琴美が青年の話しに乗った理由。
その理由が詳らかになるのはあと数秒後。
足音が聞こえる。小さく走る。4人。自分の呼吸以外聞こえない。静かな数秒間。喉が渇く。緊張がこれ以上無いほどに張り詰める。
薄暗い路地へと侵入していた琴美は、積み重ねられたエアコンの室外機の陰で息を殺していた。辻の角から5mほど離れている。早ければ……青年の潜む暗い路地でアクションは発生する。
態と牽制を撒いての後退と見せかけている。