拝啓、素浪人様

 たったの4m先への銃撃。6m以下では全体重を乗せて突進してくる人体をマグナムとはいえ22口径で停止させるのは不可能だ。
 ダブルタップどころかモザンビークドリルでもコロラド撃ちでも不安だ。
 2発はそれぞれの喉と顔面に叩き込まれたが惰性で突進してきた男2人の体は大きな障害物となって迫る。その2つの体を躱しながら足元を掬って転倒させる。2発もバイタルゾーンに命中しているので反撃して起き上がる危険性は低かったが、その余りに凄惨な形相に咄嗟に転倒させてしまった。
 2人の倒れる肉袋のような音を聞きながら、右手側に蟹のようにカサカサと素早く移動しながら牽制に5発撃つ。
 脅威となる勢力がカウンターの向こうで潜んでいるのが見えたからだ。
 直線距離で10mほど向こうのカウンターから潜望鏡のようにして拳銃を突き出して乱射する腕が4本。頭をかがめてそのままの体勢で右斜め前方に2回前転し、倒れた四角いテーブルの陰を遮蔽とした。
 合板で拵えた重量の有るテーブルだ。連中の銃弾が貫通しても致命傷を負うほどのエネルギーは持っていないだろう。
 自分をここへ呼びつけた此方側の三下連中は既に逃げたか全滅して何処かで転がっているか、美冴の到着に勢いをつける気迫が感じられない。
 美冴の到着が遅かったのではない。三下連中の踏ん張りが持たなかっただけだ。
 20平米以下の戦闘区域。遮蔽は少ない。大きな遮蔽であるバーカウンターは敵勢力に占拠されている。
 逃げろとと云う命令は聞いていない。
 片付けてくれと命令を受けた。
 この場での尻拭きは【谷野興業】に任せる。
 バーカウンターの向こうに居る4人を片付ける事に集中する。撤退させる気は無い。基本的にヤクザのシマ争いは血で血を洗う。生きて帰れると思っているのなら最初から『明るい道』から外れなければいい。
 自動式拳銃に輪胴式拳銃。今時珍しいトカレフとロームのサタデーナイトスペシャル。20年以上前なら反社会性のアイコンとして通用していたであろう拳銃だが、中国やロシアのマフィアが入り乱れる現在では時代遅れであり、不人気な拳銃だ。
 今では新人の三下でもトカレフの不利有利を諳んじる。更にはサタデーナイトスペシャルの『語源を知っている』。
 景気の良い乱射が襲う。
 盲撃ちの4挺。当たるはずも無いが、頭を低くする。素人の撃ち方。素人ゆえに想像できない扱いをするから哂えない。
 店内に耳を聾する銃声。
 接近戦を自ずと担当する事になった短ドスを持った最初の男や2人の殴りかかってきた男も脅威だった。
 近距離に於ける格闘武器と銃火器を比較した場合の優位性は遣い手次第で決まる。一概に近い距離だから近距離に特化した武器が有利とは限らない。
 最強の格闘技が存在しないのと同じ理屈で、潜ってきた鉄火場と鍛えてきた技量で悲しいほどに圧倒的な差が出る。だからこそ、咄嗟にその3人を片付けた。
 遠くの当たらない拳銃より、近くの重く大きい肉袋。
 どちらが脅威であるかは直面してみれば直感で理解できる。そして自分の体が咄嗟に、発作的に、脊髄反射でどのように動くかで次の一手が決まる。
 決めなければ次の一手を打つ前に自分が討たれる。
 バーカウンターの向こうに潜む連中は弾が切れたのか、再装填に勤しんでいる。
 連携がなっていない。
 バーカウンターの陰から血の池が溢れているのを見付ける。想像は難しくない。其処に始末された【谷野興業】の三下が押し込められているのだろう。
 この場にやって来たはずの三下は合計4人。それを上回る7人で喧嘩になり、命を落とした。4人は縋る思いで【谷野興業】に連絡を入れて増援を待つべく様々な抵抗を試みたのだろう。
 下手をすれば即座に殺される中でよく頑張ったと褒めてやりたい。
 無謀だったな、残念だな、と労ってやりたい。何れあの世に行ったら色々とアドバイスしてやろうと心の隅に牢記する美冴。尤も、次の瞬間にはそんな事に思考を割いていた事実すら忘れるのだが。
 バーカウンター背後のオブジェのようなボトルに向かって射的感覚で疎らに発砲。
 ボトルが次々と割れて中身をぶちまける。
 ハードリカーも相等混じっていたはずなので、火の点いたマッチでも放り投げれば簡単に温度の低い炎が立ち上るだろう。今はそんな遊び心は発揮しない。ボトルを割ったのは破片を撒き散らして再装填のロスを更に大きくするのが目的だ。
 右手にケルテックPMR-30を保持して乱射。
 左手は床に衝く。尻をやや掲げた低い姿勢で移動。再装填のロスにボトルの破片、更に美冴の『全く狙っていない』銃撃の音で慄いて連中は亀のように引っ込んだまま。
 今度はケルテックPMR-30の銃口を天井に向けて形骸化しているレトロなデザインのシーリングファンを狙う。
 シーリングファンの根元に数発命中して簡単に脱落する。その轟音で更に連中は慌てふためく。
 銃撃が止んで罵声が飛び交う。その罵声に降参の意思は無い。
 カウンターの一番左側からモグラ叩きのモグラのようにトカレフを握った手首が見えた。盲撃ちを再び繰り返すらしい。
 容赦無く、手首に22口径の高速弾を叩き込む。怪鳥のような叫び声と供に手首がトカレフを握ったまま飛び千切れる。床に落ちた衝撃でトカレフが暴発する。
 今度はカウンターの足元から飛び出した手首を撃つ。ロームのサタデーナイトスペシャル特有の安っぽい輝きが一層鈍く見える。恐らく、ライフリングも彫られていない安物だろう。38口径を用いるが、50発も撃たないうちにガタがくるような、そんな安っぽさだった。
 カタギへの脅しには充分だし、命中精度を無視すれば、38splの威力に大差は無い。
 このように狭い空間だと銃身のライフリングによる加速が高める初速や停止力と云う小難しい理屈は殆ど無意味な世界。
 その手首も1発で千切る。カウンターの向こうで悲鳴が重なり、阿鼻叫喚宛らの様相を呈す。
 疎らに更にボトルを射的感覚で22口径で叩き割る。すると、弾倉が抜かれたトカレフが放り出されて降参の意思を見せた。
「参った! 撃つな! 殺さないでくれ!」
 その口ぶりだとこの場に居る全員を屠殺しているかのような悪いイメージだが、実際には7人中2人しか殺していない。あとは気絶させたか、手首を飛ばしたかの何れかだ。
 コンチネンタル型のマガジンキャッチを押して弾倉を引き抜き、残弾を確認して再び差し込む。
 この場を鎮めるには充分な実包が詰まっている。床に転がった空薬莢を踏まないように、寧ろ、蹴飛ばしてアソセレススタンスでカウンターに近付く。
 固い床に転がった空薬莢は隠れた脅威だ。踏みつけても体重で変形しないので転倒の原因になる。鉄火場での転倒は死傷率を各段に高める。
「出て来い……拳銃を床に置け。両手を頭の後ろに……」
 相手に言い聞かせるようにゆっくりと喋る美冴。
 今頃になって鳩尾辺りに不快感を感じて吐き戻しそうだった。脳内麻薬が自律神経の働きにより静かに速やかに平静に戻されているので、その際に発する齟齬で少しばかり交感神経と副交感神経の交代が上手く行われていないらしい。
 こんな時にこんな事で季節の変わり目を感じたくなかった。
 人間の体は自律神経で制御されている。その自律神経は気候の変動に敏感に反応する。そして自律神経は脳内麻薬の精製に大きく関与している。春が訪れているこの季節は何かと自律神経の過剰反応による不具合が発生する。
9/18ページ
スキ