拝啓、素浪人様

 準幹部とその後ろに控えていた2人の直衛が頭を低くして村役場の建物の陰に移動する。商談相手のもう1人は、あの特徴的な銃声が響いた後にその場につんのめるように伏せた。
――――狙撃!
――――最初からマークされていたな!
――――情報が『ザル』だ! 誰が何処から漏らした!
 複数の足音は遮蔽を利用する事無く堂々と村役場に近付く。
 辺りに硝煙の臭いが立ち込める。
 弾倉交換を終えた三下連中は我先にと一番大きな遮蔽である村役場の建物の陰やその駐車場を仕切るコンクリの壁に飛び込もうとするが、次々と被弾する。
 今度は複数の人影も発砲を始める。輪胴式の拳銃や自動式の拳銃が混じっている。武器に統制は無い。背後で狙撃手が援護してくれていると云う大きな安心感だろう。
 探り、入れてみる。
 発砲。ケルテックPMR-30が火を噴く。大きなマズルフラッシュの割りに小さく突き抜けるような銃声。軽くシャープな反動。22口径の弾頭は20m手前に居た人影の腹部に命中する。
 倒れる前にもう一発。同じく腹部に命中。22口径とはいえマグナムだ。2発もまともに受けて戦力として使えるわけが無い。
 その場から体を側転させて無様な移動。1人を無力化させたがそれで引き上げるとは思えない。
 次々と銃弾が美冴が先ほどまで伏せていた辺りに集中する。
 村役場の駐車場の地面を削る銃弾。エンジンが唸る音が聞こえる。待機していた此方の運転手が早くも異変に気付きいつでも走れる状態にする。
 そのベンツの陰に隠れようとした三下の頭部に銃弾が命中し、脳漿や血液や骨片がフロントガラスを盛大に汚す。それを見た運転手はワイパーを動かすのも忘れてパニックの顔色だ。
 2台のベンツに銃火が集中する。
 ウインドやサイドミラーが粉砕し、ドアに弾痕が穿つ。拳銃弾では完全な貫通は難しいのか、運転席の運転手は存命で頭を抱えたまま震えていた。
 撤退する時の機動力は何とか確保できていると美冴は安堵した。
 次の瞬間。
 運転席から悲鳴が聞こえて血飛沫が上がる。
 ベンツのドアを貫通する銃弾が飛来した。あの特徴的な銃声の後だ。
 敵だと認識した複数の足音は更に足早に前進して村役場に向かう。
 目の前をむざむざと素通りさせるわけには行かない。
 ケルテックPMR-30の軽い引き金を2度引く。
 2人の影が倒れる。感触では脇腹に命中したと思われる。地面で悶える程度に動けるだろうが、早い処置が必要だ。
 頭を低くしたまま立ち上がり、陽動するように複数の足音の方向へと向かう。確認できた人影は合計5つ。その後方で先ほどの2人が悶えている。
 自分から態と危険な場所へと躍り出たのは危険度の高さを天秤に掛けた結果だ。背後からの姿の見えない狙撃手に狙われるよりも真正面に……ひいては狙撃の邪魔になる人影の集団の前に出たほうがまだマシだった。
 集団との距離約30m。狙撃手が潜んでいるであろうポイントからは80m以上離れたはず。狙撃手が移動していなければの話だ。連中の切り札が狙撃手だというのならその姿は最後まで現さないだろう。自分が狙撃の名手なら自分の居場所をブラフ以外で晒す真似はしない。
 突如視界に躍り出た美冴の姿に急ブレーキを掛ける人影の集団。
 即座に連中は自動拳銃を乱射する。フィールドコートの上腕部を掠る銃弾。この僅かな隙に警護対象がさっさと撤退してくれる事を願う。
 美冴は合計で10発ほどの盲撃ちを繰り返し、直ぐに左後方へバックステップを踏みながら後退する。
 これ以上立ちつくしていると連中の標的になる。陽動の目的を果たした。此方の三下連中はどれだけ残っているのか判然としない。
 右手側の駐車場からハイエースがライトも点けずに出発するのが見えた。
――――良し!
――――『いいタイミングだ!』
 ハイエースは激しく上下に揺れながら溝や畦道を越えながら過疎地の真ん中を横たわる農道に出て蛇行気味な走り方で去る。
 慌てふためく三下連中。自分達が撤退する為の機動力が失われたのを嘆いている。
 左後方へ下がった美冴は牽制で更に10発撃つ。疎らな22口径の発砲。少し離れた位置では22口径のマグナムでも鼻で哂われる様な心許無い銃声に聞こえるだろう。
 だが、これでいい。
 全くの虚を衝かれた此方の三下連中の目が節穴で助かったと美冴は安堵した。
 牽制射撃の後に伏せながら月明かりを頼りに双方の陣営の配置を確認。5人の人影は美冴の牽制でバラバラに散った。三下連中は木造の村役場の陰で去ったハイエースに罵声を飛ばしている。
 警護対象を載せたと思しきハイエースは去った。今頃は下山するルートに一直線だ。
 それでも撤収しない5人の影は迂回を繰り返して村役場へと近付きながら互いをカバーして三下連中の掃討に取り掛かる。商談相手の生き残りは頭を抱えたまま商談の場で伏せている。
 商談相手に直接の攻撃が無いことを見ると今はその方面に気を割く必要は無い。
 【谷野興業】への武力的嫌がらせ……大きな括りで言えば無為な陽動作戦。このような嫌がらせをされる心当たりは上層部には多いだろう。
 散らばった空薬莢が月明かりに照らされて大粒の砂金を撒いたように美しい。
 散発的な銃声。圧倒する銃声。探る銃声。後を追う銃声。様々な感情を乗せた銃声が山間部に響く。
 混乱と統制が入り乱れる。美冴も用心棒として為すべき事を為す。
 再び地面に伏せる。コンクリの地面の冷たさは実際に這ってみた者にしか解らない。体の芯まで冷えそうだ。まだ使い捨てカイロが手放せない時期だと痛感。埃塗れの指先が樹脂のケルテックPMR-30を強く握る。残弾8発。薬室に1発。予備弾倉2本。スライドが後退して停止する前に予備弾倉と交換したい。
 人影の集団は今度はライトを照らして自分達の位置を知らせる行為を厭わなかった。有利に立てた余裕だろうか。背後に潜む狙撃手の脅威は変わらない。
 影の集団と三下連中が銃撃戦を展開するがどちらも決定打に欠ける。
 一番手前の影……距離20m辺りに立つ影に照準を合わせる。暗がりに月明かりでぼうっと浮かぶ不確かな標的。
 発砲。軽い反動。軽い銃声。重い音。
 被弾した影が重い肉袋を押し倒したようにその場に横に倒れる。とうの昔に村役場の陰に飛び込んだと思っていた用心棒が思わぬ角度から銃撃したものだから完全に虚を衝かれる。
 無事な4人が一斉に振り向く。その間髪にもう1発発砲。25mほど向こうの影が呻きながら右肩を押さえて蹲る。バイタルゾーンに命中しなかったが、戦力を削ぐ事に成功した。
 狙撃。特徴的な発砲音。突き抜けるような発砲音。22口径のような小口径高速弾には違いないが何処か違和感を覚える。
 その銃弾は美冴の目前に着弾し、派手にコンクリの地面を削って塵埃を巻き上げた。
「!」
 迷わず体が動く。左側転。その場で居れば次は確実に頭を吹き飛ばされる。動き続けなければ!
 顔面にコンクリの塵埃を叩きつけられて左目が塞がれる。コンクリの破片が入った。涙を流しながら左手へ側転。
 残念だが、自分の戦闘力は確実に低下した。都合よく目薬を持っていても今直ぐの回復は見込めない。
 遮蔽が無いので駐車場脇の乾いた側溝に体を落とす。衝撃。踵と左掌で受身。左目を擦らずにその不快な苦痛は無視。
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