拝啓、素浪人様
向かいのビルに狙撃手。
美冴が居る部屋を狙った。
追撃の銃弾は無し。
其処へ情報を追加してゆく。
辺りに耳を済ませる。
鉄筋コンクリートの鉛筆ビルの外から聞こえる騒音を情報として処理。ケルテックPMR-30のスライドを引いて薬室に実包を送り込む。金属フレームとは違う安っぽい作動音。作動音が安っぽいからと言って22WMRの威力は変わらない。
カタギの人様が逃げ惑う足音はかなり減った。
聞こえてくるのはビル越しに怒鳴りあう別組織や敵対組織の三下の声。早くも窓越しに銃撃戦が始まる。散発的な銃声。
【ハート金融】の事務員は1人しか残っていないので、まさかそんな馬鹿げた挑発に乗るまい。あの事務員は生きていればそれで良い。電話を受け応えするだけの思考が回転すればそれで良い。
アソセレススタンスを維持。鉛筆ビルから出ようとこのフロアの階段を下る。
「!」
人の足音。複数。足音を意識して殺している。話し声は聞こえない。呼吸を感じさせる足音ではない。
プロかそれに近い職業だ。
その不気味な足音が階段の踊り場の下から聞こえてくる。
靴底は全員ラバーソール。丁寧にも重心移動の際に踵が床を擦り付ける音すら発しない。
最低5人。
階下で銃声。悲鳴。罵声。怒声。威勢の良い怒鳴り声は銃声のたびに一つずつ消えていく。
クリアリング。
全てのフロアを制圧してこのビルを『無人』にする心算だろう。
向う三軒両隣のビルの銃声にも変化。くぐもった銃声が連なる。『建物内部で、建物内部に向かって発砲している』銃声。
この街を『喧しくした』連中の意図は今は推し量らない。
即座に、このビルの死守に思考を固定する。階下からも反撃の銃声が聞こえるが直ぐに多数の銃声で黙らされる。
窓の外には『狙撃できる腕前を持った、見えない敵』。
このビルは階下より昇る敵が居る。向かいのビルの何れかのテナントに狙撃手が陣取っている。今はもう移動したのかもしれない。
複数の足音がこのフロアを上り詰めて完全に制圧する前に階段を降りる。エレベーターを使うのは危険だ。
踊り場でくるりと体を反転させたときに、2階フロアより銃声。
自動拳銃。9mmパラベラムの銃声。
美冴のフィールドコートの後ろ首に付いたフードの端を掠る。反射神経のみで即座に応戦。崩れたアソレススタンスから右手を一杯に伸ばして右半身の状態に体を捻って発砲。
22口径のマグナムは階下に見えた、階段を昇ろうとしていたバラクラバを被った、男と思しきシルエットの左肩に命中し、呻く。
その隙に胸部に2発叩きこむ。距離7m。足音が殺到。2階フロアが沈黙……否、残党狩りを任させられたらしい1人が各テナントで発砲している。
今し方1人仕留めた。殺到しつつある残りの足音に耳を傾ける。4人……5人。5人だ。
敵戦力5。
脅威。
強力な火器やマグナム拳銃ではない。
数で押すか連携で押すか、それによって作戦が変わってくる。……尤もどの様な作戦であってもこのビルは死守するが。
発砲。先手を打つ。牽制程度に疎らな発砲。
指先の記憶が確かならば右手側に3発左手側に4発。その隙に頭の記憶力が左右から押し寄せようとしていた戦力を記憶する。
右手側に3人。左手側に2人……それと残党狩りの1人。このフロアに飛び出す真似はしない。ここを遮蔽として応戦する。
連中の狙いがクリアリングなら全ての人間を始末するまで撤退は試みない。何割の損害で撤退するのか解らないからこそ、最悪の事態を想定する。
此方に増援の頼みは無し。事務員が命惜しさに外部と都合よく連絡をとっても、この戦略的価値の低い『拠点』を守る為に【谷野興業】が戦力を割いてまで助けてくれるとは思わない。
遮蔽……階段の有る角へ頭を引っ込めて床に再び這う。
冷たい土の地面よりマシだった。
リップミラーを翳して遮蔽の角から窺う。狭い世界に映る敵影は少なくとも前後に5mの間隔を保ってジリジリと詰め寄っている。
動き……物腰が明らかに訓練を積んでいる。
左右の壁に距離違いで1人ずつ。廊下の真ん中に1人が基本。アソセレススタンスを共通の構えとしている。全員、バラクラバを被っている。衣服はバラバラ。この後に逃走することを前提にしているからだろう。
やや戦力に分散が見られる左手側に向かって発砲。
牽制。足止め。
鋭い銃声が突き抜ける。
1発の22口径は廊下の右側を歩いていた男と思しき人物の左太腿に被弾して機動力を失う。
大型軍用自動拳銃を構え直そうとする廊下の真ん中の男にも発砲。2発。1発は逸れる。1発が左脇腹に命中する。……紛う事無き22マグナムだ。脇腹に直撃して立っていられるはずが無い。ジャケッテットホローポイントの弾頭は左脇腹を中心に充分に衝撃を浸透させてその男をその場に蹲らせた。
蹲ったまま前のめりにスローモーションで倒れる。
僅かにケルテックPMR-30の銃口を振って引き金を引く。牽制1発。直ぐに頭を引っ込めて再びリップミラーで窺う。
連中も立っているだけの案山子ではない。反撃すべく銃弾を浴びせてくる。遮蔽の角が容赦なく削られる。
舞い上がった粉塵で視界が霞む。
後方に撤退しようと立ち上がる。美冴、一歩、退く。途端に右手側の遮蔽の角から伸びた強力な指で左手首を掴まれる。
「!」
牽制で足止めしたはずの1人が腕を伸ばし、美冴の手首付近を捕まえた。この1人を先行させる為に左手側の3人は銃撃を浴びせて美冴に撤退させる隙を与えた。
その隙に詰め寄った男が今、美冴の手首を捕まえている。握力だけで骨が軋む。冷たい汗が噴き出る。その掴む手に向かってケルテックPMR-30の銃口を押し当てる。引き金を引く。
「……!」
――――外れた!
男の手首が撓って手首に巻かれた腕時計を弾いただけで終わる。素早い。反射神経。殆ど判断するだけの時間は無いはずなのに直感だけで手首を撓らせた。
その腕が強引に遮蔽から美冴を引きずり出そうと力が込められる。
美冴は男の足の甲にケルテックPMR-30を向けて引き金を引いた。矢張り、男は一拍早く足を引く。
――――畜生!
美冴は抵抗を止めた。正確には男の腕に自分を『全力で任せた』。
男の引く方向へ勢い良く自分から飛び込む。男の胸に顔をぴたりと密着させる。
「!」
男の鼓動が跳ね上がった。
だが、遅い。『今頃、美冴の魂胆が理解できても遅い』。
男の右手が大きく振り上げられる。美冴の脳天を大型軍用自動拳銃――CZ-75のコピー――のグリップエンドで叩き割る算段だ。
美冴の引き金の方が早い。男の右脇腹から左肩へと向けられた銃口から22WMRの弾頭が弾き出されて充分な破壊力を撒き散らしながら、小さく軽い弾頭は体内を出鱈目に進んで停止する。
バラクラバから覗く男の目が血走ったまま停止。直ぐに男に左手首を握らせたまま美冴は絶命寸前の男の背中側に廻る。人体の構造上、この体勢だと握った側の手首は解けてしまう。
今にも床に落ちそうな巨体の陰から反対側の通路で拳銃を構えていた3人に向かって3発発砲。狙った射撃ではない。距離と時間が稼げれば良い。更に振り向いて1発。背後の通路の残党狩りを任された男の足元に着弾して弾頭が砕け散る。
美冴が居る部屋を狙った。
追撃の銃弾は無し。
其処へ情報を追加してゆく。
辺りに耳を済ませる。
鉄筋コンクリートの鉛筆ビルの外から聞こえる騒音を情報として処理。ケルテックPMR-30のスライドを引いて薬室に実包を送り込む。金属フレームとは違う安っぽい作動音。作動音が安っぽいからと言って22WMRの威力は変わらない。
カタギの人様が逃げ惑う足音はかなり減った。
聞こえてくるのはビル越しに怒鳴りあう別組織や敵対組織の三下の声。早くも窓越しに銃撃戦が始まる。散発的な銃声。
【ハート金融】の事務員は1人しか残っていないので、まさかそんな馬鹿げた挑発に乗るまい。あの事務員は生きていればそれで良い。電話を受け応えするだけの思考が回転すればそれで良い。
アソセレススタンスを維持。鉛筆ビルから出ようとこのフロアの階段を下る。
「!」
人の足音。複数。足音を意識して殺している。話し声は聞こえない。呼吸を感じさせる足音ではない。
プロかそれに近い職業だ。
その不気味な足音が階段の踊り場の下から聞こえてくる。
靴底は全員ラバーソール。丁寧にも重心移動の際に踵が床を擦り付ける音すら発しない。
最低5人。
階下で銃声。悲鳴。罵声。怒声。威勢の良い怒鳴り声は銃声のたびに一つずつ消えていく。
クリアリング。
全てのフロアを制圧してこのビルを『無人』にする心算だろう。
向う三軒両隣のビルの銃声にも変化。くぐもった銃声が連なる。『建物内部で、建物内部に向かって発砲している』銃声。
この街を『喧しくした』連中の意図は今は推し量らない。
即座に、このビルの死守に思考を固定する。階下からも反撃の銃声が聞こえるが直ぐに多数の銃声で黙らされる。
窓の外には『狙撃できる腕前を持った、見えない敵』。
このビルは階下より昇る敵が居る。向かいのビルの何れかのテナントに狙撃手が陣取っている。今はもう移動したのかもしれない。
複数の足音がこのフロアを上り詰めて完全に制圧する前に階段を降りる。エレベーターを使うのは危険だ。
踊り場でくるりと体を反転させたときに、2階フロアより銃声。
自動拳銃。9mmパラベラムの銃声。
美冴のフィールドコートの後ろ首に付いたフードの端を掠る。反射神経のみで即座に応戦。崩れたアソレススタンスから右手を一杯に伸ばして右半身の状態に体を捻って発砲。
22口径のマグナムは階下に見えた、階段を昇ろうとしていたバラクラバを被った、男と思しきシルエットの左肩に命中し、呻く。
その隙に胸部に2発叩きこむ。距離7m。足音が殺到。2階フロアが沈黙……否、残党狩りを任させられたらしい1人が各テナントで発砲している。
今し方1人仕留めた。殺到しつつある残りの足音に耳を傾ける。4人……5人。5人だ。
敵戦力5。
脅威。
強力な火器やマグナム拳銃ではない。
数で押すか連携で押すか、それによって作戦が変わってくる。……尤もどの様な作戦であってもこのビルは死守するが。
発砲。先手を打つ。牽制程度に疎らな発砲。
指先の記憶が確かならば右手側に3発左手側に4発。その隙に頭の記憶力が左右から押し寄せようとしていた戦力を記憶する。
右手側に3人。左手側に2人……それと残党狩りの1人。このフロアに飛び出す真似はしない。ここを遮蔽として応戦する。
連中の狙いがクリアリングなら全ての人間を始末するまで撤退は試みない。何割の損害で撤退するのか解らないからこそ、最悪の事態を想定する。
此方に増援の頼みは無し。事務員が命惜しさに外部と都合よく連絡をとっても、この戦略的価値の低い『拠点』を守る為に【谷野興業】が戦力を割いてまで助けてくれるとは思わない。
遮蔽……階段の有る角へ頭を引っ込めて床に再び這う。
冷たい土の地面よりマシだった。
リップミラーを翳して遮蔽の角から窺う。狭い世界に映る敵影は少なくとも前後に5mの間隔を保ってジリジリと詰め寄っている。
動き……物腰が明らかに訓練を積んでいる。
左右の壁に距離違いで1人ずつ。廊下の真ん中に1人が基本。アソセレススタンスを共通の構えとしている。全員、バラクラバを被っている。衣服はバラバラ。この後に逃走することを前提にしているからだろう。
やや戦力に分散が見られる左手側に向かって発砲。
牽制。足止め。
鋭い銃声が突き抜ける。
1発の22口径は廊下の右側を歩いていた男と思しき人物の左太腿に被弾して機動力を失う。
大型軍用自動拳銃を構え直そうとする廊下の真ん中の男にも発砲。2発。1発は逸れる。1発が左脇腹に命中する。……紛う事無き22マグナムだ。脇腹に直撃して立っていられるはずが無い。ジャケッテットホローポイントの弾頭は左脇腹を中心に充分に衝撃を浸透させてその男をその場に蹲らせた。
蹲ったまま前のめりにスローモーションで倒れる。
僅かにケルテックPMR-30の銃口を振って引き金を引く。牽制1発。直ぐに頭を引っ込めて再びリップミラーで窺う。
連中も立っているだけの案山子ではない。反撃すべく銃弾を浴びせてくる。遮蔽の角が容赦なく削られる。
舞い上がった粉塵で視界が霞む。
後方に撤退しようと立ち上がる。美冴、一歩、退く。途端に右手側の遮蔽の角から伸びた強力な指で左手首を掴まれる。
「!」
牽制で足止めしたはずの1人が腕を伸ばし、美冴の手首付近を捕まえた。この1人を先行させる為に左手側の3人は銃撃を浴びせて美冴に撤退させる隙を与えた。
その隙に詰め寄った男が今、美冴の手首を捕まえている。握力だけで骨が軋む。冷たい汗が噴き出る。その掴む手に向かってケルテックPMR-30の銃口を押し当てる。引き金を引く。
「……!」
――――外れた!
男の手首が撓って手首に巻かれた腕時計を弾いただけで終わる。素早い。反射神経。殆ど判断するだけの時間は無いはずなのに直感だけで手首を撓らせた。
その腕が強引に遮蔽から美冴を引きずり出そうと力が込められる。
美冴は男の足の甲にケルテックPMR-30を向けて引き金を引いた。矢張り、男は一拍早く足を引く。
――――畜生!
美冴は抵抗を止めた。正確には男の腕に自分を『全力で任せた』。
男の引く方向へ勢い良く自分から飛び込む。男の胸に顔をぴたりと密着させる。
「!」
男の鼓動が跳ね上がった。
だが、遅い。『今頃、美冴の魂胆が理解できても遅い』。
男の右手が大きく振り上げられる。美冴の脳天を大型軍用自動拳銃――CZ-75のコピー――のグリップエンドで叩き割る算段だ。
美冴の引き金の方が早い。男の右脇腹から左肩へと向けられた銃口から22WMRの弾頭が弾き出されて充分な破壊力を撒き散らしながら、小さく軽い弾頭は体内を出鱈目に進んで停止する。
バラクラバから覗く男の目が血走ったまま停止。直ぐに男に左手首を握らせたまま美冴は絶命寸前の男の背中側に廻る。人体の構造上、この体勢だと握った側の手首は解けてしまう。
今にも床に落ちそうな巨体の陰から反対側の通路で拳銃を構えていた3人に向かって3発発砲。狙った射撃ではない。距離と時間が稼げれば良い。更に振り向いて1発。背後の通路の残党狩りを任された男の足元に着弾して弾頭が砕け散る。