そして紫煙は香る
ここの遮蔽に飛び込むまでに3人の三下を片付けた。
練度が低い。
辺りにはまだ三下が潜んでいると思われる。風や風が生み出す異音のお陰で気配を察知し難い。
モーゼル・パラベラムの弾倉を引き抜き、バラ弾を補弾する。
「…………」
苛立ちを抑える様に再びバスコダガマ・オロを口に銜え、軸長マッチで火を点ける。
口から煙突の如く紫煙を吐き散らしながら耳を澄ます。
移動する足音は聞こえない。聞き取りづらい。
潜む三下よりも、膠着状態に追い込んだ『あの女達』が厄介だ。
あのシルエットは見間違えようも無い。
後援会事務所窓口の建物の内部で邂逅した女達だ。
間違いなく、腕が立つ。
真正面から、正攻法で、馬鹿正直に吶喊したのでは蜂の巣だ。
配置された三下も恐らくは女達が指示を出して、遮蔽の山に誘導する為に仕立てられたのだろう。
リップミラーを翳して辺りを窺う。
三下の影が見える。リップミラーで確認できるだけで3人。
トリガーハッピーじみた乱射は厳しく禁止されているのか、必要以上に発砲しない。
伏兵も居るだろう。
問題の女達は隠れもせずに、遮蔽から体を半身出して悠然とこちらを窺っている。
こちらが頭を出せば357マグナムが飛来する。飛び出せば9mmの雨が降り注ぐ。
「面倒臭い……」
補弾を終えた弾倉を叩き込む。掌の中のバラ弾をポケットに落とす。
「………………」
――――ん?
――――待てよ……。
――――この臭い……何だろう?
鼻を突く異臭。
揮発性の塗料か接着剤。引火性の液体の臭いだ。
鼻を働かせて近くの遮蔽を見る。
「……」
立ち上がった時に、こつんと爪先が500mlの長方形の缶に触れる。
ラベルが朽ちていたので解らなかったが、似たような缶が大量に廃棄されている。
有機溶剤を主成分にした、廃棄するのに特別な許可が必要な液体。
何かしらの廃液が詰まっているのだろう。
その缶が10個ほど。
美殊は直ぐに閃く物があり、その缶をアーミーナイフの缶切りで次々と穴を開けていく。
中身を地面にぶちまけて、その地面の上に直径3cm四方の角材を幾つか並べ、今度はアーミーナイフのプライヤーでバラ弾を分解する。
5発ほど分解して内容物の炸薬を角材の上から零れないように線を引くように流す。その炸薬の上にバラ弾を20個ほど並べる。
その真下では揮発しつつある、ぶちまけられた液体。
鼻を強烈に刺す。
軸長マッチを擦って、引火性の液体が染み込む地面に落とす。
すると青白い炎を上げて一気に火柱が立つ。
巻き上がる火柱はじっくりと角材を舐める。
特大のマッチを燃やしたような音を立てて炸薬に引火した。
それを見ると美殊はモーゼル・パラベラムを右手に構え、遮蔽の角から、三下の潜む辺りを狙って撃つ。当たらなくてもいい。
左手に予備弾倉を抜く。疎らな牽制射撃を繰り返す。
勿論、反撃がある。
357マグナムが吼える。
着弾した遮蔽が大きく震える。
グロックG18cによるフルオート射撃も始まる。
『連中の注意をこちらに暫く引かせるのが狙い』だ。
焦りは禁物。散発的な銃撃を繰り返して女達や三下の注意を引く。
予想通りに357マグナムと9mmが襲い掛かる。
潜む遮蔽の反対側へ廻ろうとしている、一見すると頓珍漢な三下には充分な注意を払った。
そんな三下には殺意しか込めない発砲を行う。
殺す必要は無いが、無力化させるだけの負傷を負わせる。
三下の1人が脱落する。
残りの三下はある程度訓練されていたのか、機織を思わせるような挙動で互いをカバーしながら、モーゼル・パラベラムの真正面から突進してくる。
1人が発砲している間にもう1人が前進。
1人が遮蔽に飛び込むともう1人が前進し、遮蔽の1人がそれを牽制射撃して、美殊の頭を押さえるのだ。その背後より、同じようなカバーで女達が駒を進める。
25m四方の戦闘区域が発生。ここまで時間にして5分。
5分経過した途端に、将棋盤をひっくり返すような出来事が起きた。
それまでは発砲の応酬。
互いに決定打に欠ける発砲。
命の危険性を憂慮した、牽制しか重用しない発砲。
女達は足止めや確保には、確かに優れたコンビネーションを見せていた。
警護専門を生業とする『護り屋』崩れなのかもしれない。
その女達ですら思わず、足を止めてしまう状況。……美殊が遮蔽に頭を引っ込めて弾倉交換している時だった。
発砲音が……否、腑抜けな爆発音が聞こえた。
火縄銃を発砲するような湿った撃発音。
重く長く、それでいて余韻を引かない爆発音。
その場に居た、美殊以外の全員が一気に顔を引き攣らせた。
突如の伏兵が、自分達が攻め込む遮蔽の反対側から発砲してきたのだと勘違いした。
勘違いでなくとも、鋭い異音に虚を衝かれたらしい。
全員の脚が一瞬、止まる。
それは美殊の目前15mでの膠着が解けた瞬間。
速射。
あるいは調子の悪い機関銃のような咳き込んだ連射。
足元が縫い付けられたように動けない三下2人とコルト・ピースキーパーの女。
三下の腹部に2発ずつ9mmパラベラムを叩き込む。
素早く銃口を振る。
コルト・ピースキーパーを使う女は、僅かに体を逸らせて右上腕に被弾しただけで命に別状は無かった。
愛銃のコルト・ピースキーパーを衝撃で放り出し、よろめく体をよろめくままに任せながら、地面を転がり、遮蔽の陰に隠れる。
右上腕部の骨が折れたのか、手首が『違う方向を向いて』ダラリと下がる。
グロックG18cの女は咄嗟に弾幕を張りながら、バックステップを踏んで後退。
美殊は更に振り向き様に発砲。
距離を稼ぐ為に発砲。
そこには迫り来る伏兵の影が有った。
合計2人。
この布陣から考えて、市会議員は、本当に嗅ぎまわる情報収集要員を殺害するつもりだったらしい。
叩けば幾らでも出る埃だが、その埃を観測する人物が居なければ根も葉もない噂で済む。
根も葉もない噂で持ち切りに成るのは、マスコミとタブロイド紙と井戸端会議だけだ。
3ヶ月の間に情報収集要員が特定のために活動していると読んで、更にどこの誰が付け狙っているのかを判別し、選別し、断定したのは別段、驚きはしなかった。
市会議員も子飼いの情報屋くらいは居るだろう。
情報屋の掲示板にフェイクを流したのが誰であるのかを特定するのも難しくは無いはずだ。
問題は、いつ、美殊が特定されていつから狙われていたか、だ。
場合によってはユキも危なくなる。
ただの商売女だからと見逃してくれはしないだろう。
ここ暫く、惰性でユキと出会って一緒に食事をするだけで、性的な交渉は一切行っていなかったのでそろそろ人肌が恋しくなる。
今夜の山が収まったら明日にでも予約を入れてユキを呼ぼう。
久し振りに1日拘束して、惰性的な時間を過ごそう。
美味い酒も揃えなきゃ……。
頭の中の一部が現実逃避を始める。
口に銜えたまま、いつの間にか火が消えていたバスコダガマ・オロのニコチンが沈着した苦味が、美殊を現実に引き戻す。
2、3秒のエアポケット。
その間に攻め込まれなかったのは幸いだ。
牽制で距離を離した伏兵は、少しはマシな三下だった。
咄嗟に地面に伏せたのだ。体の面積を晒したまま逃げ出す真似はしなかった。
弾倉を交換。
軽快に作動する尺取虫。
伏せたまま動く気配が無い伏兵の三下と同じ目線……即ち、同じく伏せて掃討する。
練度が低い。
辺りにはまだ三下が潜んでいると思われる。風や風が生み出す異音のお陰で気配を察知し難い。
モーゼル・パラベラムの弾倉を引き抜き、バラ弾を補弾する。
「…………」
苛立ちを抑える様に再びバスコダガマ・オロを口に銜え、軸長マッチで火を点ける。
口から煙突の如く紫煙を吐き散らしながら耳を澄ます。
移動する足音は聞こえない。聞き取りづらい。
潜む三下よりも、膠着状態に追い込んだ『あの女達』が厄介だ。
あのシルエットは見間違えようも無い。
後援会事務所窓口の建物の内部で邂逅した女達だ。
間違いなく、腕が立つ。
真正面から、正攻法で、馬鹿正直に吶喊したのでは蜂の巣だ。
配置された三下も恐らくは女達が指示を出して、遮蔽の山に誘導する為に仕立てられたのだろう。
リップミラーを翳して辺りを窺う。
三下の影が見える。リップミラーで確認できるだけで3人。
トリガーハッピーじみた乱射は厳しく禁止されているのか、必要以上に発砲しない。
伏兵も居るだろう。
問題の女達は隠れもせずに、遮蔽から体を半身出して悠然とこちらを窺っている。
こちらが頭を出せば357マグナムが飛来する。飛び出せば9mmの雨が降り注ぐ。
「面倒臭い……」
補弾を終えた弾倉を叩き込む。掌の中のバラ弾をポケットに落とす。
「………………」
――――ん?
――――待てよ……。
――――この臭い……何だろう?
鼻を突く異臭。
揮発性の塗料か接着剤。引火性の液体の臭いだ。
鼻を働かせて近くの遮蔽を見る。
「……」
立ち上がった時に、こつんと爪先が500mlの長方形の缶に触れる。
ラベルが朽ちていたので解らなかったが、似たような缶が大量に廃棄されている。
有機溶剤を主成分にした、廃棄するのに特別な許可が必要な液体。
何かしらの廃液が詰まっているのだろう。
その缶が10個ほど。
美殊は直ぐに閃く物があり、その缶をアーミーナイフの缶切りで次々と穴を開けていく。
中身を地面にぶちまけて、その地面の上に直径3cm四方の角材を幾つか並べ、今度はアーミーナイフのプライヤーでバラ弾を分解する。
5発ほど分解して内容物の炸薬を角材の上から零れないように線を引くように流す。その炸薬の上にバラ弾を20個ほど並べる。
その真下では揮発しつつある、ぶちまけられた液体。
鼻を強烈に刺す。
軸長マッチを擦って、引火性の液体が染み込む地面に落とす。
すると青白い炎を上げて一気に火柱が立つ。
巻き上がる火柱はじっくりと角材を舐める。
特大のマッチを燃やしたような音を立てて炸薬に引火した。
それを見ると美殊はモーゼル・パラベラムを右手に構え、遮蔽の角から、三下の潜む辺りを狙って撃つ。当たらなくてもいい。
左手に予備弾倉を抜く。疎らな牽制射撃を繰り返す。
勿論、反撃がある。
357マグナムが吼える。
着弾した遮蔽が大きく震える。
グロックG18cによるフルオート射撃も始まる。
『連中の注意をこちらに暫く引かせるのが狙い』だ。
焦りは禁物。散発的な銃撃を繰り返して女達や三下の注意を引く。
予想通りに357マグナムと9mmが襲い掛かる。
潜む遮蔽の反対側へ廻ろうとしている、一見すると頓珍漢な三下には充分な注意を払った。
そんな三下には殺意しか込めない発砲を行う。
殺す必要は無いが、無力化させるだけの負傷を負わせる。
三下の1人が脱落する。
残りの三下はある程度訓練されていたのか、機織を思わせるような挙動で互いをカバーしながら、モーゼル・パラベラムの真正面から突進してくる。
1人が発砲している間にもう1人が前進。
1人が遮蔽に飛び込むともう1人が前進し、遮蔽の1人がそれを牽制射撃して、美殊の頭を押さえるのだ。その背後より、同じようなカバーで女達が駒を進める。
25m四方の戦闘区域が発生。ここまで時間にして5分。
5分経過した途端に、将棋盤をひっくり返すような出来事が起きた。
それまでは発砲の応酬。
互いに決定打に欠ける発砲。
命の危険性を憂慮した、牽制しか重用しない発砲。
女達は足止めや確保には、確かに優れたコンビネーションを見せていた。
警護専門を生業とする『護り屋』崩れなのかもしれない。
その女達ですら思わず、足を止めてしまう状況。……美殊が遮蔽に頭を引っ込めて弾倉交換している時だった。
発砲音が……否、腑抜けな爆発音が聞こえた。
火縄銃を発砲するような湿った撃発音。
重く長く、それでいて余韻を引かない爆発音。
その場に居た、美殊以外の全員が一気に顔を引き攣らせた。
突如の伏兵が、自分達が攻め込む遮蔽の反対側から発砲してきたのだと勘違いした。
勘違いでなくとも、鋭い異音に虚を衝かれたらしい。
全員の脚が一瞬、止まる。
それは美殊の目前15mでの膠着が解けた瞬間。
速射。
あるいは調子の悪い機関銃のような咳き込んだ連射。
足元が縫い付けられたように動けない三下2人とコルト・ピースキーパーの女。
三下の腹部に2発ずつ9mmパラベラムを叩き込む。
素早く銃口を振る。
コルト・ピースキーパーを使う女は、僅かに体を逸らせて右上腕に被弾しただけで命に別状は無かった。
愛銃のコルト・ピースキーパーを衝撃で放り出し、よろめく体をよろめくままに任せながら、地面を転がり、遮蔽の陰に隠れる。
右上腕部の骨が折れたのか、手首が『違う方向を向いて』ダラリと下がる。
グロックG18cの女は咄嗟に弾幕を張りながら、バックステップを踏んで後退。
美殊は更に振り向き様に発砲。
距離を稼ぐ為に発砲。
そこには迫り来る伏兵の影が有った。
合計2人。
この布陣から考えて、市会議員は、本当に嗅ぎまわる情報収集要員を殺害するつもりだったらしい。
叩けば幾らでも出る埃だが、その埃を観測する人物が居なければ根も葉もない噂で済む。
根も葉もない噂で持ち切りに成るのは、マスコミとタブロイド紙と井戸端会議だけだ。
3ヶ月の間に情報収集要員が特定のために活動していると読んで、更にどこの誰が付け狙っているのかを判別し、選別し、断定したのは別段、驚きはしなかった。
市会議員も子飼いの情報屋くらいは居るだろう。
情報屋の掲示板にフェイクを流したのが誰であるのかを特定するのも難しくは無いはずだ。
問題は、いつ、美殊が特定されていつから狙われていたか、だ。
場合によってはユキも危なくなる。
ただの商売女だからと見逃してくれはしないだろう。
ここ暫く、惰性でユキと出会って一緒に食事をするだけで、性的な交渉は一切行っていなかったのでそろそろ人肌が恋しくなる。
今夜の山が収まったら明日にでも予約を入れてユキを呼ぼう。
久し振りに1日拘束して、惰性的な時間を過ごそう。
美味い酒も揃えなきゃ……。
頭の中の一部が現実逃避を始める。
口に銜えたまま、いつの間にか火が消えていたバスコダガマ・オロのニコチンが沈着した苦味が、美殊を現実に引き戻す。
2、3秒のエアポケット。
その間に攻め込まれなかったのは幸いだ。
牽制で距離を離した伏兵は、少しはマシな三下だった。
咄嗟に地面に伏せたのだ。体の面積を晒したまま逃げ出す真似はしなかった。
弾倉を交換。
軽快に作動する尺取虫。
伏せたまま動く気配が無い伏兵の三下と同じ目線……即ち、同じく伏せて掃討する。