そして紫煙は香る
――――手強い!
直感で悟る。
真正面から衝突すればまともじゃ済まない。
連携が完璧だ。
最初にコルト・ピースキーパーを放ったのは美殊の気を引くため。
その足元で一気にけりをつける為に控えていたのが、マシンピストルの遣い手だ。
マシンピストルの種類までは判別していないが、異常に早いサイクルレートからしてロシア流れのスチェッキンではない。
このまま膠着するのかと、冷たい汗を流しながら壁に背を預けて呼吸を整えていた。
「! ……まさか」
左手を手品のように閃かせ、角からリップミラーを突き出す。
「…………」
――――やっぱり……。
あの女達は『階段を確保した』だけだ。
自分達が階段を守っている間に、この建物内部に居る幹部を始め、暴力団構成員が駆け足で撤退する。
その後ろ姿がリップミラーに映る。
リップミラーに40代前半と思われる、緩いソバージュの女がスーツにオリーブドラブのフィールドコート姿で立っていた。
両手でコルト・ピースキーパーを保持し、美殊の潜む辺りに銃口を固定している。その足元で肩膝立ちで控える30代後半の、ベリーショートのハーフコート姿の女が鋭い目つきで、グロックG18cを構えていた。
悔しいが、暴力団たちの足音が過ぎるのを聞くだけだ。
あの女達に美殊を殺す命令が下っていないのか、膠着状態を作り出したまま状況は動かない。
状況に変化が出たのはそれから3分後の事だった。
マシンピストルのグロックG18cが唸り、壁紙に無数の孔を開けて粉塵を撒き散らす。
思わず目を閉じて怯んでしまい、座り込む美殊。
一連射分の乱射。それを最後に気配がぱったりと無くなる。
屋内の全員が退避した殿を充分に務めた女達。美殊が優勢だったのは襲撃前の花火として、M79グレネードランチャーで砲撃していた間だけだった。
今夜の働きで幹部の肝を冷やしたと信じたい。
幹部が上層組織……ひいては市会議員に泣きつく事を願うまで。
そうすれば、強行偵察という意味合いの今夜の襲撃は価値を持つ。
そろそろ騒がしくなるシャッター街の周辺。機材やM79グレネードランチャーを回収し、帰路に就くべく美殊もこの建物から足早に飛び出る。
※ ※ ※
「そうよねぇ……そうなるよね……」
冷たい地面に胡坐を書いて座る。
バスコダガマ・オロを無造作に口に銜える。
掌で風を除けながら、軸長マッチで葉巻の先端をじっくり炙る。
実を言うと、悠長にバスコダガマ・オロを吸っている場合ではない。
逃げも隠れも出来ない状態に放り込まれてしまった。
市会議員をしつこく付け狙うのが仇になったのか、罠に掛かった。掛かってしまったというより、『こちらから掛からなければ』状況が好転しない事態だった。
無駄に時間だけが過ぎる情報収集の毎日。
鎌掛けの隙でも見つかればと、欺瞞の情報を情報屋を介せずに流したのだ。
これでしくじればハイリスク・ハイリターン。上手くいってもハイリスク・ローリターン。作戦らしい作戦ではない。
叩けば出る埃を塵一つ残さず、みんな掻っ攫って情報屋に売買すれば大金になる。
その為には本丸……市会議員が『裏の世界で繋がりの有るフィクサーの寝首を掻こうとしている』というフェイクを流して、それに反応する情報屋から情報を買って、自分が流したフェイクの流れからどこの業界や個人や団体が騒がしくなるか洗い出す方法だ。
時間は掛からない。
脊髄反射で行動を起こす個人や集団が怪しい。
ネット界隈で言えばマッチポンプで炎上させて、その風評被害に悩んで反論する一番大きな声を聞けばいいのだ。
そこまでは上手くいった。
直ぐに反応を見せたのは先日の深夜にグレネードランチャーで洗礼を浴びせてやった暴力団だった。
連中は血眼になって情報を収集するが、それは全て美殊がばら撒いたフェイクばかり。情報の売れ行きは情報屋の組合が示すトレンドワードを辿れば簡単に検索できる。
暴力団の反応も速かった。
件の市会議員とはほとぼりが冷めるまで距離を置く方向で、関係各所に連絡を入れていた。
市会議員の秘書の動きも同様だった。
市会議員と暴力団の受動的な切り離し工作が成功。完全に距離が離れた時に『暴力団側を探って、実はあの市会議員と繋がりが有りました』という、事実の確証となる言質や物品、書類などを押さえて情報屋に売り渡せば市会議員の面目も、市会議員と繋がりの有る暴力団も、市会議員と懇意にしていたフィクサーも破滅する。
破滅に追い込む大きな情報。
強固な結束を一度切り離させて、その影で切り離せていない部分を掻き集め、『分離した勢力は、実はまだ切り離された関係ではなかったと売り込む』方法だ。
最近のネット界隈でよく見かける、デマゴーグの塊を最大限に悪用した方法だが、実際に当事者ともなると心が穏やかではないのが人情だ。
その作戦は半分以上成功。
それから新年を迎えても動向が無かった。
3ヶ月もの沈黙。
そんな時に美殊の情報網に、世間――裏の世界――に顔向けが出来なくなった市会議員が急な辞職をする前に子飼いの暴力団組長と手切れ金を払う算段が有るとの情報を掴んで現場に乗り込んだ。
現場に乗り込んだが、99%、罠だと思っていた。
権力に固執する人間がそう簡単に権力を手放すものか。
それも金で売買するほどの安い物ではないはずだ。
市会議員という席は韜晦の席。
実際はそのネームバリューを活用した人脈や、資金が最大の武器だ。それを維持するには『市会議員の椅子に座っている自分』という目印が必要。広告塔が必要。
市内湾部に直面した廃材置き場。
広大な敷地。
埋め立て予定地なので不法投棄が後を絶たない。
どんなにゴミを捨ててもいつかは必ず埋め立てられる。
その廃材の山で、罠は張られていたのだ。
市会議員がこの場に直接赴き、各方面の有力者のメッセンジャー達と会談するという情報だ。
勿論、嘘だ。罠だ。
市会議員は自分を分裂作戦の罠に陥れようとした人物の炙り出しにトラップを織り込んだ情報を流布した。
それに乗っかるのも……敢えて罠に嵌るのも計算のうちだ。……計算のうちだと『思いたい』。
午後10時。
潮風が錆びの臭いを運んでくる。
風が強い。
バスコダガマ・オロが通常の倍の早さで短くなる。
バスコダガマ・オロを銜えた理由は、最早、隠れるだけ無駄だからだ。
膠着している。
この場に踏み込んで、数分後に鉄火場が形成される。静かなものだ。散発的な銃声も聞こえない。
最初に美殊を歓迎したのはマシンピストル。
グロックG18c。それに追い立てられて、今の廃材の山に飛び込んだ。
その廃材を今にも貫通しそうな勢いでコルト・ピースキーパーの357マグナムが叩き込まれる。
どこから、どんな距離から発砲しているのか判明しているのに、膠着した。
このまま凍え死にさせるのが作戦かと舌打ちした。
勿論、モーゼル・パラベラムを抜いた……バスコダガマ・オロを銜えて火を点けてからだが。
星空や月夜でもない。曇り空の夜。光源があちらこちらで点いている。作業用の水銀灯も幾つか含まれる。
残り3分の1ほどの長さになったバスコダガマ・オロを吐き捨てる。
この廃材の陰から飛び出ようとしても、縫い付けるように銃弾が飛来する。
直径10mほどの廃材の山。炭鉱のボタ山のようなオブジェじみた廃材の塊が何十箇所にも点在する。そのうちの一つに膠着させられている。
――――埒が開かない。
直感で悟る。
真正面から衝突すればまともじゃ済まない。
連携が完璧だ。
最初にコルト・ピースキーパーを放ったのは美殊の気を引くため。
その足元で一気にけりをつける為に控えていたのが、マシンピストルの遣い手だ。
マシンピストルの種類までは判別していないが、異常に早いサイクルレートからしてロシア流れのスチェッキンではない。
このまま膠着するのかと、冷たい汗を流しながら壁に背を預けて呼吸を整えていた。
「! ……まさか」
左手を手品のように閃かせ、角からリップミラーを突き出す。
「…………」
――――やっぱり……。
あの女達は『階段を確保した』だけだ。
自分達が階段を守っている間に、この建物内部に居る幹部を始め、暴力団構成員が駆け足で撤退する。
その後ろ姿がリップミラーに映る。
リップミラーに40代前半と思われる、緩いソバージュの女がスーツにオリーブドラブのフィールドコート姿で立っていた。
両手でコルト・ピースキーパーを保持し、美殊の潜む辺りに銃口を固定している。その足元で肩膝立ちで控える30代後半の、ベリーショートのハーフコート姿の女が鋭い目つきで、グロックG18cを構えていた。
悔しいが、暴力団たちの足音が過ぎるのを聞くだけだ。
あの女達に美殊を殺す命令が下っていないのか、膠着状態を作り出したまま状況は動かない。
状況に変化が出たのはそれから3分後の事だった。
マシンピストルのグロックG18cが唸り、壁紙に無数の孔を開けて粉塵を撒き散らす。
思わず目を閉じて怯んでしまい、座り込む美殊。
一連射分の乱射。それを最後に気配がぱったりと無くなる。
屋内の全員が退避した殿を充分に務めた女達。美殊が優勢だったのは襲撃前の花火として、M79グレネードランチャーで砲撃していた間だけだった。
今夜の働きで幹部の肝を冷やしたと信じたい。
幹部が上層組織……ひいては市会議員に泣きつく事を願うまで。
そうすれば、強行偵察という意味合いの今夜の襲撃は価値を持つ。
そろそろ騒がしくなるシャッター街の周辺。機材やM79グレネードランチャーを回収し、帰路に就くべく美殊もこの建物から足早に飛び出る。
※ ※ ※
「そうよねぇ……そうなるよね……」
冷たい地面に胡坐を書いて座る。
バスコダガマ・オロを無造作に口に銜える。
掌で風を除けながら、軸長マッチで葉巻の先端をじっくり炙る。
実を言うと、悠長にバスコダガマ・オロを吸っている場合ではない。
逃げも隠れも出来ない状態に放り込まれてしまった。
市会議員をしつこく付け狙うのが仇になったのか、罠に掛かった。掛かってしまったというより、『こちらから掛からなければ』状況が好転しない事態だった。
無駄に時間だけが過ぎる情報収集の毎日。
鎌掛けの隙でも見つかればと、欺瞞の情報を情報屋を介せずに流したのだ。
これでしくじればハイリスク・ハイリターン。上手くいってもハイリスク・ローリターン。作戦らしい作戦ではない。
叩けば出る埃を塵一つ残さず、みんな掻っ攫って情報屋に売買すれば大金になる。
その為には本丸……市会議員が『裏の世界で繋がりの有るフィクサーの寝首を掻こうとしている』というフェイクを流して、それに反応する情報屋から情報を買って、自分が流したフェイクの流れからどこの業界や個人や団体が騒がしくなるか洗い出す方法だ。
時間は掛からない。
脊髄反射で行動を起こす個人や集団が怪しい。
ネット界隈で言えばマッチポンプで炎上させて、その風評被害に悩んで反論する一番大きな声を聞けばいいのだ。
そこまでは上手くいった。
直ぐに反応を見せたのは先日の深夜にグレネードランチャーで洗礼を浴びせてやった暴力団だった。
連中は血眼になって情報を収集するが、それは全て美殊がばら撒いたフェイクばかり。情報の売れ行きは情報屋の組合が示すトレンドワードを辿れば簡単に検索できる。
暴力団の反応も速かった。
件の市会議員とはほとぼりが冷めるまで距離を置く方向で、関係各所に連絡を入れていた。
市会議員の秘書の動きも同様だった。
市会議員と暴力団の受動的な切り離し工作が成功。完全に距離が離れた時に『暴力団側を探って、実はあの市会議員と繋がりが有りました』という、事実の確証となる言質や物品、書類などを押さえて情報屋に売り渡せば市会議員の面目も、市会議員と繋がりの有る暴力団も、市会議員と懇意にしていたフィクサーも破滅する。
破滅に追い込む大きな情報。
強固な結束を一度切り離させて、その影で切り離せていない部分を掻き集め、『分離した勢力は、実はまだ切り離された関係ではなかったと売り込む』方法だ。
最近のネット界隈でよく見かける、デマゴーグの塊を最大限に悪用した方法だが、実際に当事者ともなると心が穏やかではないのが人情だ。
その作戦は半分以上成功。
それから新年を迎えても動向が無かった。
3ヶ月もの沈黙。
そんな時に美殊の情報網に、世間――裏の世界――に顔向けが出来なくなった市会議員が急な辞職をする前に子飼いの暴力団組長と手切れ金を払う算段が有るとの情報を掴んで現場に乗り込んだ。
現場に乗り込んだが、99%、罠だと思っていた。
権力に固執する人間がそう簡単に権力を手放すものか。
それも金で売買するほどの安い物ではないはずだ。
市会議員という席は韜晦の席。
実際はそのネームバリューを活用した人脈や、資金が最大の武器だ。それを維持するには『市会議員の椅子に座っている自分』という目印が必要。広告塔が必要。
市内湾部に直面した廃材置き場。
広大な敷地。
埋め立て予定地なので不法投棄が後を絶たない。
どんなにゴミを捨ててもいつかは必ず埋め立てられる。
その廃材の山で、罠は張られていたのだ。
市会議員がこの場に直接赴き、各方面の有力者のメッセンジャー達と会談するという情報だ。
勿論、嘘だ。罠だ。
市会議員は自分を分裂作戦の罠に陥れようとした人物の炙り出しにトラップを織り込んだ情報を流布した。
それに乗っかるのも……敢えて罠に嵌るのも計算のうちだ。……計算のうちだと『思いたい』。
午後10時。
潮風が錆びの臭いを運んでくる。
風が強い。
バスコダガマ・オロが通常の倍の早さで短くなる。
バスコダガマ・オロを銜えた理由は、最早、隠れるだけ無駄だからだ。
膠着している。
この場に踏み込んで、数分後に鉄火場が形成される。静かなものだ。散発的な銃声も聞こえない。
最初に美殊を歓迎したのはマシンピストル。
グロックG18c。それに追い立てられて、今の廃材の山に飛び込んだ。
その廃材を今にも貫通しそうな勢いでコルト・ピースキーパーの357マグナムが叩き込まれる。
どこから、どんな距離から発砲しているのか判明しているのに、膠着した。
このまま凍え死にさせるのが作戦かと舌打ちした。
勿論、モーゼル・パラベラムを抜いた……バスコダガマ・オロを銜えて火を点けてからだが。
星空や月夜でもない。曇り空の夜。光源があちらこちらで点いている。作業用の水銀灯も幾つか含まれる。
残り3分の1ほどの長さになったバスコダガマ・オロを吐き捨てる。
この廃材の陰から飛び出ようとしても、縫い付けるように銃弾が飛来する。
直径10mほどの廃材の山。炭鉱のボタ山のようなオブジェじみた廃材の塊が何十箇所にも点在する。そのうちの一つに膠着させられている。
――――埒が開かない。