咲かない華
そんな小さな匙加減だけで生き残る世界。
この世界に帰ってきたのだと思い知らされる。
8インチのコルト・パイソンのサイトは思ったほど大きくずれていないのを視覚で知る。
感覚に頼るはずだったが、つい、目でサイトと標的を追い、引き金を引いた。
それも2度も。
2度も銃口の先に居る標的はハンマーで殴られたように大きく吹っ飛び、床に投げ出されたまま動かなくなっていた。
サイトの違和感が小さかった。
それを認識。
左手が閃き、再び、2.5インチ銃身のコルト・パイソンを抜く。
そのまま抜き放つモーションを維持して、大きく左手側に放り出す。くるくると回転しながら、短銃身のコルト・パイソンは放物線を描き、大型自動拳銃を構えようとしていたネクタイにワイシャツ姿の男の胸に当たり、男は反射的にそれを落とすまいと2.5インチのコルト・パイソンをお手玉のように受け取った。
その男の右手側に立っていた1人のパーカー姿の三下がスナブノーズを懐から抜き出した。すかさず、357マグナムの餌食になる。
パーカーの男の年齢や顔付きを確認する前に、顔面が破壊されて頭部が後方に直角に折れて、後頭部から脳細胞の殆ど全てを床にぶちまける。
硝煙と血煙の濃厚な臭いが立ち込める。
エアコンが効いた部屋。室内の空気清浄機が作動し始める。
2.5インチ銃身を放り投げて手渡した男に銃口を向け、殺意を放つ。
その男は銃口と温子の視線に縫い付けられて、自分の得物を床に落とす。
そのまま温子は8インチのコルト・パイソンの銃口を右に大きく流してパーテーションを遮蔽にして、発砲を開始した影に向かって引き金を引く。
相手の豆鉄砲に思える銃弾は掠りもしない。
温子の放った357マグナムのシルバーチップホローポイントは12mの距離に有るパーテーションを障子紙のように破り、その向こうに潜む人影の脇腹に深くめり込んだ。
助からない音が聞こえた。
紙風船を割るような音が聞こえた。
横隔膜が破れたかもしれない。消化器官が破裂したのかもしれない。
どのみち重傷だ。重体に陥るのに30分も掛からないだろう。
その男に憐憫の念を抱かずに、能の面のような顔でスチール製の観音開きのロッカーに隠れた男を視界の右端に捉えたので、構わず、スチールのドア諸共、撃ち抜く。
薄いスチールで作られた灰色のロッカーがビリビリと震える。
変形しやすいシルバーチップホローポイントの弾頭は妙にマッシュルーミングしながら、絶妙に殺傷力を高めた形に変形してロッカー内部に隠れた男の体のどこかに命中した。
ロッカーからは何も聞こえなかった。
ガタリと揺れたかと思うと、ロッカーのドアの下側隙間からドス黒い血液が溢れ出した。
「……」
温子の右手に有る8インチのコルト・パイソンがゆらりと最後に残った男の方に向く。
放り投げられた2.5インチ銃身のコルト・パイソンを思わず受け止めて、何故か後生大事に抱いている男が居た。
まだそこにいた。
男の本来の得物であるベレッタM92FSか、そのコピーと思われる大型自動拳銃は床に転がったまま出番を失っていた。
どうやら最後の1人だ。
「正直に言うと、この銃にタマが残っているかどうか数えていないの。何人殺したか覚えていないの。運が良かったらあなたを逃がしてあげる」
温子は声の抑揚を殺してガタガタ震えながら内股になって小便を漏らし始める男を睨んで言う。
小便の池の中に大事なコルト・パイソンを落とされては堪ったものではない。
ツカツカと足早に歩み寄り、2.5インチ銃身のコルト・パイソンを捥ぎ取る。
至近距離から男の心臓に向かって8インチ銃身のコルト・パイソンの引き金を引く。
無慈悲に銃声が轟く。
男は心臓を金属の弾で激しく叩き潰されて大の字になって後方へ吹っ飛び、仰向けに倒れる。爪先が痙攣している。
「運が悪かったのね……」
銃口から薄っすらと煙が立ち昇る8インチのコルト・パイソンを左脇に収めて、左手に持っていた2.5インチのコルト・パイソンを手首を返しながら右腰に収める。
辺りに生きている人間の反応は無い。
6人、倒した。
一方的な屠殺に近い。
それでも、最盛期の自分と比べればかなりかなり鈍った方だと実感していた。リハビリに時間が掛かる。
踵を180度返し、この部屋を出る。
思わずポケットを探るが、いつもの黒い紙箱とライターは預けたままだというのに気が付き、小さな苦笑いを浮かべて鉛筆ビルを出る。
涼しくなった風が顔の下半分を巻いたショールの端を靡かせる。
もう秋だ。
そろそろ脂の乗ったサンマが美味い季節が来る。
今年も良乃が焼いてくれたサンマが食べられるだろうか……。
※ ※ ※
ホタル族。致し方なし。
ハイツの中でも喫煙者の肩身は狭いのだ。
熱いコーヒーが入った特殊な金属の保温マグカップを持ってベランダでパルタガス・セリークラブを愉しむ。
やや曇天の午後。
昼食の出汁巻き卵と小アジの南蛮漬けの脂分を脳内で反芻しながらキューバンシガリロの高い香りとマリアージュさせて過ごす。
好い脂の乗った食べ物を食べた後は、必ず葉巻を吸いたくなる。
嘗て現役だった頃、懐が暖かく、高級なハバナシガーばかり吸っていた。
湿度管理が必要な、職人が一本ずつ手で巻いた高級なプレミアムシガーを吸う愛好家に葉巻の貫徹主義者は居ない。
紙巻煙草をニコチン補給の道具としか看做していない人間なら特定の銘柄しか好まない人間が大多数だが、葉巻の場合はその姿形から、持ち時間や前後に何を飲食するかによって葉巻を選ばなければならない。
持ち時間が30分しか無いのに、吸い切るのに2時間もかかる葉巻を選ぶのは単なるバカだ。
葉巻愛好家のヒュミドールを開ければ必ず数種類の葉巻がぎっしりと詰まっている。
愛好家は必ずしも収集家ではないので、葉巻は吸って灰にして価値がある物だと考えている人間も多い。
ぎっしりとヒュミドールに数種類の葉巻を詰めるのは、好い熟成を進めるためだ。
密閉されているとはいえ、広い空間に葉巻を2、3本しか置いていない状態だと途端に味が劣化してしまう……そんな葉巻愛好の道も一通り歩いた末に温子は管理に手間が掛からず、大きな煙草屋ならどこでも手に入り、割と手頃な値段のドライシガーであるパルタガス・セリークラブに落ち着いた。
もう少し実入りが良いのなら、最近発売されたコイーバ・ショートに鞍替えしても良いかな? と考えている。
食後の一時を豊に過ごすのに金を惜しみたくない主義は、今も昔も全く変わっていない。
アウトドア用の折りたたみ椅子に腰掛けて、陽の方向を向き、マグカップを口に運んで頭を空っぽにして空を見る。
カバー範囲が広いスポーツ用のサングラスを掛けているので、鈍い太陽の照射が更に鈍く感じる。
涼しい風。時々、湿度を孕んだ風が吹き付ける。
空気が安定しない。台風が近付いているらしい。
天候の悪い時は憂鬱だ。
屋外で気楽にドライシガーが吸えない。
室内だと良乃が鬼のように怒るのだ。流石、ハイツの大家の娘。物件を大事に扱う心は忘れていない。
この世界に帰ってきたのだと思い知らされる。
8インチのコルト・パイソンのサイトは思ったほど大きくずれていないのを視覚で知る。
感覚に頼るはずだったが、つい、目でサイトと標的を追い、引き金を引いた。
それも2度も。
2度も銃口の先に居る標的はハンマーで殴られたように大きく吹っ飛び、床に投げ出されたまま動かなくなっていた。
サイトの違和感が小さかった。
それを認識。
左手が閃き、再び、2.5インチ銃身のコルト・パイソンを抜く。
そのまま抜き放つモーションを維持して、大きく左手側に放り出す。くるくると回転しながら、短銃身のコルト・パイソンは放物線を描き、大型自動拳銃を構えようとしていたネクタイにワイシャツ姿の男の胸に当たり、男は反射的にそれを落とすまいと2.5インチのコルト・パイソンをお手玉のように受け取った。
その男の右手側に立っていた1人のパーカー姿の三下がスナブノーズを懐から抜き出した。すかさず、357マグナムの餌食になる。
パーカーの男の年齢や顔付きを確認する前に、顔面が破壊されて頭部が後方に直角に折れて、後頭部から脳細胞の殆ど全てを床にぶちまける。
硝煙と血煙の濃厚な臭いが立ち込める。
エアコンが効いた部屋。室内の空気清浄機が作動し始める。
2.5インチ銃身を放り投げて手渡した男に銃口を向け、殺意を放つ。
その男は銃口と温子の視線に縫い付けられて、自分の得物を床に落とす。
そのまま温子は8インチのコルト・パイソンの銃口を右に大きく流してパーテーションを遮蔽にして、発砲を開始した影に向かって引き金を引く。
相手の豆鉄砲に思える銃弾は掠りもしない。
温子の放った357マグナムのシルバーチップホローポイントは12mの距離に有るパーテーションを障子紙のように破り、その向こうに潜む人影の脇腹に深くめり込んだ。
助からない音が聞こえた。
紙風船を割るような音が聞こえた。
横隔膜が破れたかもしれない。消化器官が破裂したのかもしれない。
どのみち重傷だ。重体に陥るのに30分も掛からないだろう。
その男に憐憫の念を抱かずに、能の面のような顔でスチール製の観音開きのロッカーに隠れた男を視界の右端に捉えたので、構わず、スチールのドア諸共、撃ち抜く。
薄いスチールで作られた灰色のロッカーがビリビリと震える。
変形しやすいシルバーチップホローポイントの弾頭は妙にマッシュルーミングしながら、絶妙に殺傷力を高めた形に変形してロッカー内部に隠れた男の体のどこかに命中した。
ロッカーからは何も聞こえなかった。
ガタリと揺れたかと思うと、ロッカーのドアの下側隙間からドス黒い血液が溢れ出した。
「……」
温子の右手に有る8インチのコルト・パイソンがゆらりと最後に残った男の方に向く。
放り投げられた2.5インチ銃身のコルト・パイソンを思わず受け止めて、何故か後生大事に抱いている男が居た。
まだそこにいた。
男の本来の得物であるベレッタM92FSか、そのコピーと思われる大型自動拳銃は床に転がったまま出番を失っていた。
どうやら最後の1人だ。
「正直に言うと、この銃にタマが残っているかどうか数えていないの。何人殺したか覚えていないの。運が良かったらあなたを逃がしてあげる」
温子は声の抑揚を殺してガタガタ震えながら内股になって小便を漏らし始める男を睨んで言う。
小便の池の中に大事なコルト・パイソンを落とされては堪ったものではない。
ツカツカと足早に歩み寄り、2.5インチ銃身のコルト・パイソンを捥ぎ取る。
至近距離から男の心臓に向かって8インチ銃身のコルト・パイソンの引き金を引く。
無慈悲に銃声が轟く。
男は心臓を金属の弾で激しく叩き潰されて大の字になって後方へ吹っ飛び、仰向けに倒れる。爪先が痙攣している。
「運が悪かったのね……」
銃口から薄っすらと煙が立ち昇る8インチのコルト・パイソンを左脇に収めて、左手に持っていた2.5インチのコルト・パイソンを手首を返しながら右腰に収める。
辺りに生きている人間の反応は無い。
6人、倒した。
一方的な屠殺に近い。
それでも、最盛期の自分と比べればかなりかなり鈍った方だと実感していた。リハビリに時間が掛かる。
踵を180度返し、この部屋を出る。
思わずポケットを探るが、いつもの黒い紙箱とライターは預けたままだというのに気が付き、小さな苦笑いを浮かべて鉛筆ビルを出る。
涼しくなった風が顔の下半分を巻いたショールの端を靡かせる。
もう秋だ。
そろそろ脂の乗ったサンマが美味い季節が来る。
今年も良乃が焼いてくれたサンマが食べられるだろうか……。
※ ※ ※
ホタル族。致し方なし。
ハイツの中でも喫煙者の肩身は狭いのだ。
熱いコーヒーが入った特殊な金属の保温マグカップを持ってベランダでパルタガス・セリークラブを愉しむ。
やや曇天の午後。
昼食の出汁巻き卵と小アジの南蛮漬けの脂分を脳内で反芻しながらキューバンシガリロの高い香りとマリアージュさせて過ごす。
好い脂の乗った食べ物を食べた後は、必ず葉巻を吸いたくなる。
嘗て現役だった頃、懐が暖かく、高級なハバナシガーばかり吸っていた。
湿度管理が必要な、職人が一本ずつ手で巻いた高級なプレミアムシガーを吸う愛好家に葉巻の貫徹主義者は居ない。
紙巻煙草をニコチン補給の道具としか看做していない人間なら特定の銘柄しか好まない人間が大多数だが、葉巻の場合はその姿形から、持ち時間や前後に何を飲食するかによって葉巻を選ばなければならない。
持ち時間が30分しか無いのに、吸い切るのに2時間もかかる葉巻を選ぶのは単なるバカだ。
葉巻愛好家のヒュミドールを開ければ必ず数種類の葉巻がぎっしりと詰まっている。
愛好家は必ずしも収集家ではないので、葉巻は吸って灰にして価値がある物だと考えている人間も多い。
ぎっしりとヒュミドールに数種類の葉巻を詰めるのは、好い熟成を進めるためだ。
密閉されているとはいえ、広い空間に葉巻を2、3本しか置いていない状態だと途端に味が劣化してしまう……そんな葉巻愛好の道も一通り歩いた末に温子は管理に手間が掛からず、大きな煙草屋ならどこでも手に入り、割と手頃な値段のドライシガーであるパルタガス・セリークラブに落ち着いた。
もう少し実入りが良いのなら、最近発売されたコイーバ・ショートに鞍替えしても良いかな? と考えている。
食後の一時を豊に過ごすのに金を惜しみたくない主義は、今も昔も全く変わっていない。
アウトドア用の折りたたみ椅子に腰掛けて、陽の方向を向き、マグカップを口に運んで頭を空っぽにして空を見る。
カバー範囲が広いスポーツ用のサングラスを掛けているので、鈍い太陽の照射が更に鈍く感じる。
涼しい風。時々、湿度を孕んだ風が吹き付ける。
空気が安定しない。台風が近付いているらしい。
天候の悪い時は憂鬱だ。
屋外で気楽にドライシガーが吸えない。
室内だと良乃が鬼のように怒るのだ。流石、ハイツの大家の娘。物件を大事に扱う心は忘れていない。