咲かない華
近距離でのバーミントハント用の実包。
357マグナムで6粒の丸弾を撃ち出せばどのような事態になるか。 人間に対して使うと云うのなら、一撃必殺の弾頭にはなりえない。
距離が開けばそれだけエネルギーが低下して目潰し程度の威力しか無くなってしまう。
だが、出会い頭の至近距離で腹に1発、マグナムのエネルギーで6粒の散弾を叩き込まれて無事で済む訳が無い。
重傷に近い負傷を負うだろう。勿論、戦線離脱だ。
今までにこの実包に助けられた数は数え切れない。
2.5インチ銃身のコルト・パイソンのサムピースを操作してシリンダーをスイングアウトする。指先や掌に快調に作動する感触が伝わる。間違いなく業物の手応え。
スイングアウトさせて、空の薬室にブリスターパックに詰まったスネークショットを1発ずつ落とし込む。
銃身が短いとエネルギーは期待できないが、その分、取り回しが楽で即応性に優れる。
咄嗟に引き金を引いて発砲するのに適している。
更に詰めた実包はスネークショット。
散弾。
適当に狙って引き金を引けば標的のどこかに必ず被弾して怯ませるのに充分な負傷を負わせることが出来る。
充分に狙わなくとも、一定の成果が出るのが大きな強みだ。
距離が開きすぎると役に立たない一面を補って余りある。
2.5インチのコルト・パイソンを右腰の革製のホルスターに差す。
8インチのコルト・パイソンを手に取り、シリンダーをスイングアウト。
滑らかに作動する。淀みの無い心地よい作動音。金属が掠れる音は極上の音楽に聞こえる。
惚れ惚れするほどに完璧。
8インチ銃身のコルト・パイソンの薬室には、シルバーチップホローポイントを詰め込む。
ハイベロシティでどこにでもある、シルバーチップホローポイント。海の向こうではハンティングの際のサイドアームに用いられる実包だ。このクラス以下の実包ではハンティングでの護身用には心許ない。S&W M500でも心許無い世界での話しだ。
勿論の事、国内のサンデーハンターには関係の無い話である。
敢えて言うなら、国内では357マグナムを用いた狩猟用ライフルが有るのなら、充分に小型から中型の軟皮獣を仕留められるだろう。その場合、弾頭はシルバーチップホローポイントではなく、フルメタルジャケットである場合が望ましい。
8インチ銃身のコルト・パイソンにシルバーチップホローポイントを詰める。
この長さの銃身で撃ち出されるシルバーチップホローポイントのエネルギーは実に素晴らしいものだ。殆どの人間を一発で無力化できる。
そして、かなりの人間を重体に陥れる事が出来る。
手足に命中しても、動脈を遡った衝撃で心臓麻痺を起こして一瞬で絶命したケースを何度か見たことがある。
手首を引き千切られただけなのに、その惨状を見て泡を吹いてショック死した例も見た。
人間を破壊するのに最も適した実包だと思っている。
これ以上に強力な実包となると、反動の制御云々よりも弾頭のエネルギーが無駄になる場合が多い。例えば、人間の体が10のエネルギーで貫通する物体だとすると、14のエネルギーを持つ44マグナムを1発叩き込めば4のエネルギーが貫通して無駄になってしまう。
ならば9のエネルギーを持つ357マグナムを2発叩き込めば、効率的に18のエネルギーを無駄にせずに叩き込むことが出来る。停止力の概念の最も単純な思想だ。
悪魔的破壊力を秘めた実包を無表情で薬室に落としこむ。
8インチ銃身のコルト・パイソンは左脇の革製ショルダーホルスターに差し込む。
早撃ちには不向きだが、これはそれを想定した拳銃ではない。抜いてから始まる鉄火場を想定した拳銃だ。
2挺のコルト・パイソン。
重量3kgを超える。
それをサファリジャケットの内側に飲み込む。
周りのスピードローダーのポーチに次々と装弾した予備弾を差し込んでいく。
バラ弾もショルダーホルスターの右脇のホルダーに差し込んでいく。
ずしりと重い。懐かしい加重。
軽くストレッチ。
挙動に制限が掛かる不便具合も懐かしく、苦笑いが出る。
過去に戻った自分を喜んでいいのか、過去と決別できなかった自分を蔑んでいいのか……その両方の感情が一気に押し寄せる。
過去と……今までと違う点は良乃を心配させない為に負傷せずに必ず生きて還る事だった。
もう自分独りの体ではない。
何も知らず、自分の帰りだけを待っている可愛い女が居る。
それは大きな足枷であると同時に大きな原動力だった。
まともに生きて帰る必要が有る。今までに無い新鮮で残酷な条件。
トラックの不安定な荷台の中で、自然と足腰がバランスを保っている事に気がつく。
まだ体も鈍ってはいなかった。
足元を包む運動靴がどこかチープで何となく面白い。
その運動靴はモデルも色も違うが、実際に、事に臨む場合は必ず履いていた。
革靴やラバーソールを貼り付けただけの革靴と運動靴の中間のようなファッション性の高い靴よりも、最初から走り回るために作られた運動靴のほうが足が疲れない。
足の裏の疲労は想像以上だ。
日常生活でも度々、足の裏が浮腫んでしまうほどの疲労を感じてしまうのに、ましてや鉄火場などの体力と脚力が試される状況では出来るだけ、疲労は軽減させたかった。
何と言っても、この運動靴は薄利多売の中国製だ。
地面に足跡が付いても、滑り止めのパターンからアシを洗うのは少し時間が掛かる。
その間に証拠を充分に隠滅できる。尤も、証拠を隠滅できるだけの有力者と渡りをつけて欲しいというのも、水山と交わした条件の内だった。
水山ほどの手配師になれば、隠し玉として温存している権力者とのコネクションは一つや二つではない。
今夜、臨む鉄火場は鉄砲玉だ。
小さな組事務所の襲撃。
鉛筆ビルに入るテナントの一部屋を完全に制圧するのが依頼だった。
リタイヤした拳銃遣いを叩き起こしてまで当たらせる依頼にしては、規模が小さすぎる。
この程度なら一山幾らの使い捨ての三下で充分だ。
恐らく、温子がどの程度使えるか、どの程度鈍っているのか調べたいのだろう。
何の縁も恨みも無い組事務所。
LEDの蛍光灯の下でタブレット端末の表示された情報を最終確認して、あらかじめ覚えた内容と齟齬が無いか目を通す。
このトラックのサポートが受けられるのはあと5分ほどだ。
腕時計を確認する。
腕時計を『出勤』用のオメガのままだったのを忘れていて、直ぐに外し、荷台の端で煙草を吸っていた男に渡す。この男に着替えや私物は全て渡している。
撤収ポイントで再び受け取る事になっているが、その時に手渡されるのはこの男の手からではない。違う人物で違う車輌だ。
一時とはいえ、衣服を含めた個人的な私物を他人の手に委ねるのは軽い嫌悪を抱く。
女としての恥じらいなのかどうかは解らない。
顔の下半分を100円均一で売っている、薄く短い焦げ茶色のショールで巻きつける。これで簡素ながら素顔を隠す。
特徴的なマスクやバラクラバは意外と顔のシルエットを覚えられやすい。人込みでサングラスをかけた人間がいつまでも印象に残るのと同じだ。
煙草を吸っていた男が、こちらを見てハンドシグナルを送る。
357マグナムで6粒の丸弾を撃ち出せばどのような事態になるか。 人間に対して使うと云うのなら、一撃必殺の弾頭にはなりえない。
距離が開けばそれだけエネルギーが低下して目潰し程度の威力しか無くなってしまう。
だが、出会い頭の至近距離で腹に1発、マグナムのエネルギーで6粒の散弾を叩き込まれて無事で済む訳が無い。
重傷に近い負傷を負うだろう。勿論、戦線離脱だ。
今までにこの実包に助けられた数は数え切れない。
2.5インチ銃身のコルト・パイソンのサムピースを操作してシリンダーをスイングアウトする。指先や掌に快調に作動する感触が伝わる。間違いなく業物の手応え。
スイングアウトさせて、空の薬室にブリスターパックに詰まったスネークショットを1発ずつ落とし込む。
銃身が短いとエネルギーは期待できないが、その分、取り回しが楽で即応性に優れる。
咄嗟に引き金を引いて発砲するのに適している。
更に詰めた実包はスネークショット。
散弾。
適当に狙って引き金を引けば標的のどこかに必ず被弾して怯ませるのに充分な負傷を負わせることが出来る。
充分に狙わなくとも、一定の成果が出るのが大きな強みだ。
距離が開きすぎると役に立たない一面を補って余りある。
2.5インチのコルト・パイソンを右腰の革製のホルスターに差す。
8インチのコルト・パイソンを手に取り、シリンダーをスイングアウト。
滑らかに作動する。淀みの無い心地よい作動音。金属が掠れる音は極上の音楽に聞こえる。
惚れ惚れするほどに完璧。
8インチ銃身のコルト・パイソンの薬室には、シルバーチップホローポイントを詰め込む。
ハイベロシティでどこにでもある、シルバーチップホローポイント。海の向こうではハンティングの際のサイドアームに用いられる実包だ。このクラス以下の実包ではハンティングでの護身用には心許ない。S&W M500でも心許無い世界での話しだ。
勿論の事、国内のサンデーハンターには関係の無い話である。
敢えて言うなら、国内では357マグナムを用いた狩猟用ライフルが有るのなら、充分に小型から中型の軟皮獣を仕留められるだろう。その場合、弾頭はシルバーチップホローポイントではなく、フルメタルジャケットである場合が望ましい。
8インチ銃身のコルト・パイソンにシルバーチップホローポイントを詰める。
この長さの銃身で撃ち出されるシルバーチップホローポイントのエネルギーは実に素晴らしいものだ。殆どの人間を一発で無力化できる。
そして、かなりの人間を重体に陥れる事が出来る。
手足に命中しても、動脈を遡った衝撃で心臓麻痺を起こして一瞬で絶命したケースを何度か見たことがある。
手首を引き千切られただけなのに、その惨状を見て泡を吹いてショック死した例も見た。
人間を破壊するのに最も適した実包だと思っている。
これ以上に強力な実包となると、反動の制御云々よりも弾頭のエネルギーが無駄になる場合が多い。例えば、人間の体が10のエネルギーで貫通する物体だとすると、14のエネルギーを持つ44マグナムを1発叩き込めば4のエネルギーが貫通して無駄になってしまう。
ならば9のエネルギーを持つ357マグナムを2発叩き込めば、効率的に18のエネルギーを無駄にせずに叩き込むことが出来る。停止力の概念の最も単純な思想だ。
悪魔的破壊力を秘めた実包を無表情で薬室に落としこむ。
8インチ銃身のコルト・パイソンは左脇の革製ショルダーホルスターに差し込む。
早撃ちには不向きだが、これはそれを想定した拳銃ではない。抜いてから始まる鉄火場を想定した拳銃だ。
2挺のコルト・パイソン。
重量3kgを超える。
それをサファリジャケットの内側に飲み込む。
周りのスピードローダーのポーチに次々と装弾した予備弾を差し込んでいく。
バラ弾もショルダーホルスターの右脇のホルダーに差し込んでいく。
ずしりと重い。懐かしい加重。
軽くストレッチ。
挙動に制限が掛かる不便具合も懐かしく、苦笑いが出る。
過去に戻った自分を喜んでいいのか、過去と決別できなかった自分を蔑んでいいのか……その両方の感情が一気に押し寄せる。
過去と……今までと違う点は良乃を心配させない為に負傷せずに必ず生きて還る事だった。
もう自分独りの体ではない。
何も知らず、自分の帰りだけを待っている可愛い女が居る。
それは大きな足枷であると同時に大きな原動力だった。
まともに生きて帰る必要が有る。今までに無い新鮮で残酷な条件。
トラックの不安定な荷台の中で、自然と足腰がバランスを保っている事に気がつく。
まだ体も鈍ってはいなかった。
足元を包む運動靴がどこかチープで何となく面白い。
その運動靴はモデルも色も違うが、実際に、事に臨む場合は必ず履いていた。
革靴やラバーソールを貼り付けただけの革靴と運動靴の中間のようなファッション性の高い靴よりも、最初から走り回るために作られた運動靴のほうが足が疲れない。
足の裏の疲労は想像以上だ。
日常生活でも度々、足の裏が浮腫んでしまうほどの疲労を感じてしまうのに、ましてや鉄火場などの体力と脚力が試される状況では出来るだけ、疲労は軽減させたかった。
何と言っても、この運動靴は薄利多売の中国製だ。
地面に足跡が付いても、滑り止めのパターンからアシを洗うのは少し時間が掛かる。
その間に証拠を充分に隠滅できる。尤も、証拠を隠滅できるだけの有力者と渡りをつけて欲しいというのも、水山と交わした条件の内だった。
水山ほどの手配師になれば、隠し玉として温存している権力者とのコネクションは一つや二つではない。
今夜、臨む鉄火場は鉄砲玉だ。
小さな組事務所の襲撃。
鉛筆ビルに入るテナントの一部屋を完全に制圧するのが依頼だった。
リタイヤした拳銃遣いを叩き起こしてまで当たらせる依頼にしては、規模が小さすぎる。
この程度なら一山幾らの使い捨ての三下で充分だ。
恐らく、温子がどの程度使えるか、どの程度鈍っているのか調べたいのだろう。
何の縁も恨みも無い組事務所。
LEDの蛍光灯の下でタブレット端末の表示された情報を最終確認して、あらかじめ覚えた内容と齟齬が無いか目を通す。
このトラックのサポートが受けられるのはあと5分ほどだ。
腕時計を確認する。
腕時計を『出勤』用のオメガのままだったのを忘れていて、直ぐに外し、荷台の端で煙草を吸っていた男に渡す。この男に着替えや私物は全て渡している。
撤収ポイントで再び受け取る事になっているが、その時に手渡されるのはこの男の手からではない。違う人物で違う車輌だ。
一時とはいえ、衣服を含めた個人的な私物を他人の手に委ねるのは軽い嫌悪を抱く。
女としての恥じらいなのかどうかは解らない。
顔の下半分を100円均一で売っている、薄く短い焦げ茶色のショールで巻きつける。これで簡素ながら素顔を隠す。
特徴的なマスクやバラクラバは意外と顔のシルエットを覚えられやすい。人込みでサングラスをかけた人間がいつまでも印象に残るのと同じだ。
煙草を吸っていた男が、こちらを見てハンドシグナルを送る。