咲かない華

 確認するまでも無く、そこに倒れているのは男だ。
 暗くて年齢は解らない。髪型からして男だろう。
 光源が少なく、限られた範囲しか照らしていないので、明るさによる自然の紫煙は期待しない。
 その銃声を聞いた誰かが発砲した。
 どこかの誰かの喧嘩ではない。
 直ぐ近く。
 悪意と敵意の有る銃弾が飛来する。
 幾つもの銃声。拳銃。
 銃弾は数を揃えて、無闇に撃っているだけ。至近距離に着弾する銃弾は皆無だった。
 にやりと笑う。余りにも演技臭い。
 安全だと思わせているルートを辿らせたいから、明後日の方向に無為に発砲している……自分ならそうする。
 恐らく目前10mにある、廃工場の角の全てに使い捨ての人間を立たせて、どの方向から温子が襲撃してくるか試していたのだろう。
 立たされた人間も金で雇われただけの何も知らない使い捨てに違いない。
 その罠に乗る。
 罠の反対側に廻っても、無用な怪我をする。
 罠を食い千切った方が解決は早いと踏んだ。
 実際に罠と思われるルートは、漏斗にたらされる液体のように確実に工場内部に導かれる道順だった。
 態々連中に余計な手間を取らせない。
 違うルートを通るつもりなら、直ぐに軌道修正をするための銃弾が襲ってくるのだろう。廃工場の建屋に踏み込むまで何の反応もない。
 建屋の中はベルトコンベアや見上げるような樹脂製タンクが並んでいた。
 錆びて久しい機械の数々。
 電灯が点っている。
 罠の真ん中だと認識した。
――――さあ、殺しに来るのは誰?
 耳鳴りが聞こえそうなほどの静寂。
 静かに2.5インチのコルト・パイソンを左手に持ち替えて素早く空いた右手を左脇に滑り込ませ、刀を抜くように8インチのそれを携えた。
 気配だらけ。
 10人以下。
 使い物になる遣い手とは思えない。
 ひそひそと声で連絡を交わす、小さな雑音が混じり始めた。
「…………」
――――あー。そう言うこと……。
 振り向き様に左手の2.5インチが火を噴いた。
 大して狙っていない発砲。
 いつものスネークショットはその場……5mほど向こうの遮蔽でしゃがんで身を潜めていた影の太腿部分に命中した。
 粒弾の数発が命中して血飛沫を撒き散らす。
 その影は自動拳銃を落として膝から崩れる。負傷箇所を押さえて悶えるが、反応が全くの素人でそれ以上は相手にせず、違う方向にそれぞれの銃口を向ける。
「!」
 2.5インチの派手な銃声を先途に、あらゆる方向から銃弾が浴びせられる。
 ここに誘い出されるまでに……少し開けたこの場所に立たされるまでに機械類の設置場所や遮蔽に足る部分は殆ど覚えた。
 怪しいと思う部分は全てマークしていた。
 その全ての怪しいと思われる方向から銃弾が飛来した。
 『それらの角度からは大きく身を乗り出さないと狙い辛いのも解っている』。
 左軸足を中心。右爪先が地面を蹴る。
 体が人の形を象った黒い造形を為す。
 体が回転しながら右、左、右、左と、交互に左右のコルト・パイソンが発砲される。
 被弾。呻き声。呻き声すら挙げず倒れる重い音。
 あたかも、ネズミ花火が地面を回転するように温子の体は両手を広げて舞い、発砲を同時にこなした。
 轟き、連なる銃声。回転はたったの2回。
 その間に、温子を囲んでいたと思しき戦力は半数以下に減る。
 頭の中で勿論の事、装填されている実包の数は数えていた。
 2回転の乱舞を見せた後に、その惰性に任せるように仰向けに地面に倒れ込むように転がって後転し、3mほど移動して遮蔽の影に体を滑り込ませる。
 すっくと立ち上がったときに、その遮蔽で潜んでいた男と目が合い、余裕の『悪い笑顔』で、左手に握った2.5インチのコルト・パイソンの銃口を腹に押し当てた。
 20代前半と思われる若い男は、声にならない声で喚き、拳銃を放り出して背中を見せて遁走しだした。
 その男に向ける銃口は無い。
 温子の両手の拳銃は弾切れだ。
 この遮蔽が一番安全だと思っていたから、避難場所として失敬しただけだ。
 2.5インチのコルト・パイソンのグリップを口に銜えて8インチのコルト・パイソンから再装填する。
 この遮蔽に疎らな銃撃が襲うが、建屋のコンクリの柱やベルトコンベアの制御盤が邪魔をして貫通や命中には至らない。
 357マグナムを片手だけで、それぞれの方向に向かってダブルアクションで発砲するのは指先の負担が大きい。
 射撃場で撃つように悠々と時間は無い。
 速射が求められる。
 右手に装填が終わった8インチのコルト・パイソンを構え、左手でコンパクトの鏡を翳して辺りを警戒する。
 呻き声を挙げる者はスネークショットで浅い傷を負って動けなくなったらしい。
 物も言わずに倒れて血の池を広げているのはシルバーチップホローポイントの直撃を受けて生死の境を彷徨っているらしい。
 コンパクトを戻した手に2.5インチのコルト・パイソンを握り直す。
 これ以上の戦力が増援される前にカタを付ける。
 優勝賞金の良乃は『エサの都合上、分かり易い場所に連行されているはずだ』。
 そうでなければこのロケーションは理解できない。
 怨恨か売名か。それは解らない。
 その中にあっても、この場所に温子を誘い出すところまでは連中の思った通りだったのだろう。
 遮蔽に銃弾が集中し始める。
 戦闘継続が可能な戦力が体勢を立て直し、それぞれの位置から移動したらしい。
 2.5インチのコルト・パイソンで牽制する。1発に6粒の丸弾が入っている。
 銃身が極端に短いので充分なコローンを形成する前にパターンが広がり、面で圧す銃撃となって連中を威嚇する。
 小さいながらも散弾銃で用いる散弾と同じ効果が有る。
 このように狭い空間であれば牽制程度の弾幕を張るのに充分だ。
 自分が移動するだけの時間を稼ぐ事が出来ればいい。
 もっと粒弾が多く封入されると1発辺りのエネルギーが小さくなるデメリットが有る。
 厚手のコートで充分に防ぐ事が出来るので、目玉に飛び込まない限り有効な打撃は期待できなくなる。狭い空間で短い銃身でばら撒くから効果が有る類の実包だ。
 2発3発と立て続けに2.5インチ銃身から片手での発砲が続く。
 銃声と銃声の間は広い。
 その間に移動。
 ベルトコンベアの制御盤から身の丈を超える樹脂タンクの陰に滑り込んで、素早く左手に持った2.5インチのコルト・パイソンの補弾を開始する。
 跡を縫うように銃弾が走る。
 連中の腕がなまくらなので助かる。
 勿論、雑兵を幾ら倒しても何も状況は変わらない。
 この場を離脱するのではない。この場のどこかに用意されている『次のルート』を探すのだ。
 誘い込まれた。
 その場所で四方八方から銃撃された。
 だが、生き残ってこうして立っている。
 ならば次だ。
 敵が本懐を遂げるつもりなら、次の罠へと続くルートを用意しているはず。
 あれしきの三下連中で仕留められる標的だとは思っていまい。
 空気の流れが淀んでいる。
 硝煙が排気されずに空間の空気を汚す。
 肺の中まで侵蝕してくる臭いも、嘗ては普通に吸っていた空気だった。
 狭く遮蔽の多い空間をどんどん追い詰めようとする気配を様々な方向から感じる。
 指揮を執っている者が居るというより、打ち合わせの通りに動いているという雰囲気だ。
 益々、ここで時間を潰すわけにはいかない。
 連中の望み通りにこの場を仕切る人間を探し、対峙してやらねば気が済まないらしい。……温子はそんな事はどうでもよく、対峙も退治もする気は無い。
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