咲かない華

 それだけ訓練された、あるいは経験の有る人間が大勢控えていた戦闘区域と言えるからだ。
 確かに、4人ほどの遣い手が必要だ。
 温子1人ではカバーしきれない事態が想像に容易い。
 UZIを使う男の気配が近付く。
 無口な男は特に喋る相手もいないので、黙々と45口径をばら撒いていた。
 銃身下部の銃剣から赤い雫が飛び散る。
 あの短い銃本体で本当に銃剣を活用したらしい。木製の頑丈なストックにも血の雫が付着しているのが見える。必要な時だけ、必要な分だけの銃弾をばら撒く姿を横目にじわじわと無口な男と近付く。
「!」
「!」
 温子も無口な男も針で突かれたように跳ねて反応した。
 無口な男は撃つよりも早く両手を一杯に伸ばし、銃剣で人影の胸を刺し、それと殆ど同時に温子の左手に構えた2.5インチのコルト・パイソンが火を噴き、人影の背中に6粒の丸弾を叩き込んだ。
 脇差を振り翳して、無口な男を遮蔽から強襲しようとしていたヤクザ者は刺されて、撃たれて、振り翳した脇差を滑り落として、自身も床に倒れ込んだ。
「……」
「……」
 無口な男には残念だが、恩義の貸し借りは無しだ。
 無口な男はこの小さな積み重ねで器用に鉄火場で生きてきたのだろう。自分から『自分は助かるが自分が優位に立てて相手が危ないと肝を冷やされる』状況というのは作ろうと思っても無理だ。
 それを意識して、誘導して作り出せるのなら、この無口な男は大きな脅威だ。
 背中を絶対に守らせたいと同時に、守らせたくないと思ってしまう嫌な存在だった。
 恩義の売買は口に出して行われるものではない。
 温子は咄嗟に腰の辺りで構えた8インチのコルト・パイソンを発砲した。
 観葉植物の向こうに隠れていた影が拳銃を放り出して仰向けに派手に倒れた。
 手薄だと感じる。
 SPAS-15の男を追って戦力が割かれたか。
 SPAS-15の男は1階と2階を往復して撹乱しているらしく、建物内部の人の流れが激しい。
 温子達はその人の流れに合流しようとする敵影を片付けている。
 だとすれば、あのSPAS-15の男も、場の流れをコントロールする術を知っている達者な人間だと漸く解った。
 階段の踊り場、直ぐに駆け上がろうとするが、階上から短機関銃が閃く。
 チェーンソウに似た発砲音。
 床や壁を縫う弾痕は小さく非力な印象。
 回転数が速い。
 スコーピオンに代表される32口径クラスの短機関銃だろう。少なくともスペクター短機関銃とは銃声が全く違う。
 その非力な短機関銃を挫く為に無口な男が2階へ向かって応戦する。指きり連射を何度も繰り返す。
 温子は無口な男と自分の近辺を警戒する。
 2挺のコルト・パイソンを、効率が悪いと思いながらも全く反対の方向に銃口を向けて首を素早く左右に振る。
 この場は無口な男のUZIに任せたほうが得策だ。
 無口な男は不意に上着の腰の辺りから左手で古風な手榴弾――パイナップル――を取り出し、右手の小指に引っ掛けて安全ピンを抜いた。 UZIだけが仕事道具だと思っていた温子が呆気に取られている間に、UZIの射撃を牽制に、無口な男は無口なまま手榴弾2階へと放り投げた。
 安全レバーが階段を転がって落ちてくる。無口な男の温子を見る眼が輝く。
「!」
 温子は違う意味で身の危険を感じた。
 思わず肩を張って怯んでしまう温子。
 咄嗟にこんな女性らしい反応をしたのは何年ぶりか。
 無口な男が温子を抱きかかえようとするモーションで壁に体ごと縫いつけてその場から動けなくする。
――――え……。
 爆発音。
 耳を劈くほどの音の塊が空気も建物も震わせる。
「…………」
 目を丸くして瞬きをする温子。
 温子の両耳は無口な男の掌で覆われて、大した爆発として鼓膜が認識していなかった。
 まさか態と恩義を売る機会を手榴弾で拵えたわけでは有るまい! と、温子は漸く思考が廻り始めた。
「あんた! 耳!」
 そして自分の耳を守ってくれた無口な男の至近距離に有る顔を見る。無口な男はUZIを咄嗟に捨てていたのか、床に転がった相棒を拾い上げていた。
 男は何も聞こえていないようだ。
「あんた!」
 温子が無口な男の右肩を背後からコルト・パイソンのグリップエンドで叩く。
「……!」
 無口な男は当初、この女は何を言っているのか、と訝しげな表情をしていたが、直ぐに空いた左手を耳に持っていき、耳穴からオレンジ色のウレタン製の耳栓を抜いた。
「あ…………」
 口が間抜けに開く温子。
 元からこの男は耳栓をしていたのだ。
 確かに屋内で銃を発砲するときは、銃声が篭るので耳栓が必要になる。
 ここに来るまでに温子の鼓膜も相当なダメージを受けている。
 銃声を気にせず乱射できるのは映画やTVの中だけだ。それに理解した。この男は無口なキャラじゃない。
 耳栓をしていたので、聞き取れる音声を選別していただけなのだ。
 手榴弾の戦果は目覚しいもので、五月蝿く囀っていた2階からの短機関銃が沈黙していた。
「あんた……なんでそんな物……いや、何か言いなさいよ」
 温子は開いた口を何とか閉めて辺りを警戒する。
 無口な男は耳栓をズボンのポケットに捻じ込んで、反対側から新しい耳栓を取り出して両耳を塞ぐ。……どうやら元から口数の少ない方らしい。
 UZIを構え直した男は階段を駆け上がる。
 背中ががら空きだが、温子に警戒を任せているので安心しているのだろう。
 手榴弾が巻き上げた粉塵の中に男の背中が消える。
 散弾銃の銃声が聞こえる。拳銃の銃声も聞こえる。
 2階は依然として鉄火場を形成している。
 2階へ上る前に、両手のコルト・パイソンをバラ弾で補弾する。
 粉塵が階段からゆっくりと降りてくる。その塵芥の中を突っ切るのに少し嫌な顔を見せる。
 息を大きく吸って、水中に潜るように、意を決して温子は階段を1段飛ばしで昇る。
 粉塵が大きな遮蔽を形成し、僅かなスペースだが気流が無いのでその部分だけを包んでいた。
 温子はその粉塵の中を突っ切り、人の気配を察知したと同時に前転して滑り込み、無造作に左手の2.5インチのコルト・パイソンを放つ。 目算で距離2m。
 そこに遮蔽を為す粉塵の中を窺おうとしていた人影に命中する。
 続けざまにもう1発。
 その人影の陰でおっかなびっくりと窺っていた影も、弾き飛ばされたように左足を軸に体を回転させながら倒れる。
 なるほど、これでは迂闊に手榴弾は使えない。敵も味方もどこに居るのか判然としない。
 屋内ではただでさえ風の流れが無いために、硝煙で薄曇に空気が汚れ、視界に靄が掛かったような状況だ。……手榴弾は使うのは簡単だが、使った後が面倒だ。
 前転からの肩膝立ち。
 そこから2人を倒した直後にすっくと立ち上がって、体勢を整えて前方を行く。
 腕時計にちらりと視線を向ける。10分経過。
 そろそろ汐時だ。これだけ痛めつければ充分だ。
 趨勢からして温子達が優位。
 連中は逃走を計る者も出てきた。
 隣の駐車場が騒がしいのもそのせいだ。
 4人で合計何人仕留めたかは解らない。これ以上の長居はクライアントも望まないだろう。速やかに圧倒的に。それを望んでいるはずだ。
 勝利条件も満たした。腕時計のクロノグラフを目を凝らして視る。あと数十秒でかねてからの打ち合わせ通りに撤退。
 各自のルートで退いて、各自がピックアップされる。
「……」
――――止まったな……。
 特徴的な銃声が止まる。
 散弾銃もUZIも沈黙。スペクター短機関銃の遣い手は討ち取られたのだろう。
12/17ページ
スキ