咲かない華

 顔の下半分、喉元に掛けて安物のショールを巻く。
 数十秒後にトラックが止まる。
 贔屓にしているパルタガス・セリークラブは既に吸い終えた。シガリロに気が廻るだけ心に余裕が出てきた。
 トラックを降りる。
「…………」
 目の前に3人の男が居る。
 青年達。無口そうな奴。ホストみたいな奴。小太りで機動力に乏しそうな奴。
 衣服も髪型も体型も雰囲気もバラバラ。職人気質という言葉から遠い。
 温子の目からすれば異質だった。
 仕事とは言え、殴り込みを掛けるのに、顔を隠そうともしていない。
 潮の風。鉄錆びの臭いが強い。
 辺りは深夜の港湾部。その中の計量事務所だ。
 港湾部のあらゆる事務を引き受けている建物なのか、規模が大きい。 なるほど、4人分の戦力が必要だ。
 頭の中の見取り図と、現在地がアイコン化されて表示。
 そこへ自分を含めた4人の人間のブレイクスルーからの戦術を仮想。
 理想的な戦術は正面口から1人が陽動を仕掛けて2階建ての建物の裏手口から……1階2階の非常階段、1階勝手口から侵入して銃弾をばら撒く。
 その案を現場に徒歩で近付きながら提案する。
 3人の反応はそれぞれだった。
 少なくともホスト風の若者は……肩からスペクター短機関銃を提げた青年は鼻で哂って、この場を勝手に仕切るなと年上を敬わない言葉で返した。
 無口そうな奴は無口だったが、一言だけ「肯定する」と温子の意見に従った。
 小太りで黄色いジャンパーを着た無精髭の青年はSPAS-15を両手に構えたまま此方を向こうともせずに「勝手にやらせてもらう。放っておいてくれ」と連携の意思を見せなかった。
 早くも不安。
 計量事務所の前に来るとさすがに青年達にも緊張が走り、遮蔽に滑り込んで各々が持参したノクトスコープで監視体制を確認する。
 小太りの青年が早くも行動を開始する。小走りに裏手口に廻る。
 ホスト風の赤茶けた髪をした青年は、紙巻煙草を銜え出した。
 火を点けようものなら即、殴り飛ばしてやろうかと思ったが、銜えただけで弄ぶ。そのスタイルが彼なりの験担ぎなのかもしれない。
 痩せた体躯の無口な青年は最初から顔色が悪かった。
 体調が悪いのかと思ったが、これが彼の正常らしい。
 彼は視線で温子に指示を仰ぐ。彼だけが温子を肯定したのだ。
 使う得物は木製ストックのUZIで銃剣を装着している。得物だけを見れば3人供、戦力として期待できた。
 目標、前方30m。建物の全ての窓には遮光カーテン。
 隙間から漏れる灯りからして全ての部屋に電灯が点る。
 正面玄関は強化ガラスの観音開き。右手側は駐車場。個性の無い黒塗りの車が並ぶ。
 昼間は真っ当な計量事務所。日が暮れると貴重な屯場となる。
 ただのたむろ場ではない。
 取引の要衝として利用されているので、計量事務所という隠れ蓑は大きな武器である。
 この組事務所と自分達の依頼人との関係性は不明。
 今夜限りの依頼に背後関係を洗うなど、野暮だ。
 情報屋を駆使してまで集めるべき情報は何も無い。
 欲しい情報は全て水山が集めて自分たちに配布する。
 それ以上の事は知る必要が無い。知る事になると命が消える。
 詰まらぬ詮索は寿命を縮める。街角の挙動不審を集めただけのような三下と紙一重の3人を見てやるせない溜息が出る。
 苛立ちに似た気分を抑えるために思わず懐を探ってしまう。
 いつものように探すべき黒い紙箱のシガリロは、あの熊髭の男に預けてしまった。
 鉄火場を潜り抜けても直ぐに至福の一服を味わえないのは残念の限り。
 そもそも、今ここで火種を点ける訳にはいかない。
 折角の隠密行動を自分がばらしてしまって意味が無い。
 奇襲で一気に大火力を叩きつけるからこそ、雇われ鉄砲玉の価値が有るのだ。プロの矜持が有るのだ。
 無口な痩身の男以外は既に散開した。
 それぞれが自分勝手に行動する。
 一気に全戦力で攻めるセオリーを知らない2人なのか? 無口な、UZIを構えた男の視線は口よりも達者に喋った。
 早く突撃の指示をくれと頼んでいる。
 こんな奴はたまに居る。
 その場の雰囲気からリーダー格を勝手に選び出して、頭を下げて命令を守って気に入られようとする奴だ。
 気に入られる事で「あんたに従ってやった」という恩義を売って万が一の場合に助けてもらおうとするのだ。
 命の遣り取りの現場での恩義の売買は何よりも高くつく。
 そして売買を拒否するのが難しい。……人間の極限の心理状態を利用した処世術だ。
 この無口な男、これで生きてきたとするのなら……腕前は確かな物だ。
 銃声。長く響く。散弾銃。
 SPAS-15。
 続いて9mmパラベラムが瞬く音。
 激しい連射。裏手口。1階と2階の両方。
 この場所からは死角になって確認し辛い。
「あんた、前に出て正面玄関を『ノックしてきな』」
 温子は無口な男に鋭く言う。
 男はUZIをコッキングさせて頷き、頼もしい微笑を浮かべて駆け出した。
 無口な男は、不摂生な体に見える割に薄手のブルゾンの下にはマグポーチを何本もぶら下げていた。見た目以上に体力が有るのだろうと判断できた。
 あんなに重そうなポーチが左右に揺れるのにそれに体幹を狂わされる走り方をしていない。
 温子も直ぐにその男の後ろを付いて走った。
 やがて、UZIが吼え狂う。
 銃声からしてメジャーな9mmパラベラムのモデルではない。45口径を使用するモデルだ。
 45口径のフルオートは迫力が有る。
 夜中にその銃口が火を噴くと、マズルフラッシュが1mくらい伸びる。
 長い連射の後に弾倉交換を計算に入れた、短い指切り連射を繰り返し遮蔽にスッと消える。慣れた動きだ。
 背後に準備万端の温子の存在を悟っていたからこその行動だろう。
 温子は無口な男の次に前に出て、右手にしたコルト・パイソンを大きく伸ばして両手で構えて腰を落とした。
 呼吸2回分。
 破壊された正面玄関の強化ガラス。
 その陰から男の影がちらつき始める。距離20m。
 絶対に外さない距離。躊躇わない。
 温子自身は正面玄関の真正面に立っている。
 それでも躊躇わない。
 陰影の発生。連中の居る屋内は明るい。温子の立つ場所は暗い。それだけで今は有利だった。
 引き金を引く。
 予め起こされた撃鉄。軽い引き金を引く。
 轟音。
 正面玄関から見え始めた男を1人屠った。
 左脇腹にシルバーチップホローポイントをまともに食らった。もう動けない。
 防弾ベストは着ていない。派手に血が飛び散った。
 続けて発砲。発砲。
 2発とも命中。靡くカーテンの向こうで被弾した男の血が白いカーテンを真っ赤に染める。
 もう1発は、勇ましく短機関銃を抱えて飛び出してきた男の胸部の真ん中に命中。大の字になって吹っ飛ばされたまま、地面に張り付いて動かない。
 アソセレススタンスで移動。
 細かい歩幅。ジグザグを描く。
 連中の反撃が始まる。
 拳銃の盲撃ち。その銃弾は虚しく空を穿つ。
 温子は左手を後ろ腰に滑らせてスピードローダーを抜く。
 残弾3発。
 一発必中をモットーにしていても、残弾よりも連中の方が多い。
 建物の裏から廻り込んだ2人も威勢が良かったのは最初だけで、今はその場で縫い付けられているのか、前進する銃声が聞こえない。
 耳を劈くフルオート。無口な男の援護射撃だ。
 途端に正面玄関の左右の遮蔽に潜んで盲撃ちを敢行していた連中が引っ込む。
 直ぐに指切り連射。またもUZIは暫しの沈黙。
10/17ページ
スキ