証明不可のⅩ=1

 詩織は口の中で射精されたモノをそのまま一言も話さず、一度も放さず酸化させずに生一本で飲み下すのが好きだ。
 それでは視聴している側としては本当に射精して精飲したのか判断に困るので滅多に予定に組み込まれない。
 2分ほどのインタビューの後、口を開けて粘度が下がった精液をカメラに映して充分な唾液と共にゆっくりと飲み下す。
 喉に絡むコクの有る味。鼻を突き抜ける雄の臭い。
 打ち合わせの段階で、詩織のファンの男優は詩織にフェラチオをしてもらえると聞いて3日間も射精を断っていた。
 精力と性欲と精液が売り物の男優が3日間も我慢すると、こんな味でこんな喉越しなのかと味わいながら喉を鳴らして飲む。
 別の角度からは、詩織の喉の動く様を撮影している。精飲の姿を見て劣情を催す嗜好の人間はかなり多い。
 口の中の粘り気を楽しみながら、笑顔でカメラに向かって口を開けて舌を出して見せる。
 口の中のモノは全部飲んだ、というお決まりのポーズ。
 最後に舌足らずな雰囲気の鼻に掛かった声で「美味しかったです」とか「ちんちん、好き」とか「ちょっと疲れた」と言えば完了。
 この日の撮影は詩織の満面の笑みで幕を閉じた。
 今日の撮影はフェラチオ動画の撮影1本だけで終了で、貸衣装を脱いでスタイリストに返却しておしまい。
 撮影の後も次回への布石として、撮影スタッフや監督兼カメラマンと食事に行くが、皆は意外と紳士だ。
 仕事以外では誰も詩織に指一本触れない。
 詩織と言う二度と手に入らない、二度と現れない宝石だと命じているからだ。
 もっと大きな括りで言えば、女優ファーストの精神を彼らは第一に考えている。女優は大事に。女優の方から誘ってきても最終的にゴールするケースは非常に少ない。……ビジネスで割り切ったプロフェッショナルなのだ。
   ※ ※ ※
 構成部品が少ないとはいえ、工業製品である以上、磨耗や故障は必ず起きる。
 故に日頃のメンテナンスで『延命』を図る。
 全ての部屋の窓と言う窓を開けてFN M1910をクリーニングする。
 安くて有り触れていて金を払えばどこのルートでも買えるからといって雑な扱いは出来ない。故障が少ない名銃でも重要な局面で万が一が発生しないとは限らない。
 クリーニングに必要なリキッドで中毒になるのを恐れ、屋内の通気性を確保。
 真夏の昼の時間帯にエアコンを使わないのはちょっとした地獄だ。
 人目を忍んで銃火器を保有する人間にとって、夏場は非常に面倒な季節だと再認識。
 弾倉を抜く。スライドを外す。スプリングを抜く。火薬滓をこそぎ落とす。可動部位にグリスを差す。
 たったこれだけの動作で汗が滝のように流れ出る。
 時折、手元のミネラルウォーターのペットボトルを呷って水分を補給する。
 火薬滓の放置は錆びの原因だけでなく、発砲した時に塊となって射手の方へ飛んでくる。非常に危険だ。
 シューティンググラスを掛けているわけではないので、その火薬滓が眼に飛び込もうものなら失明の恐れもある。
 それを警戒しての伊達眼鏡でもある。
 弾倉の実包も抜き、バネのヘタリ具合も確かめる。
 常に危険に身を晒されている身分ではないので、弾倉に装填していても、薬室には実包を装填していない。
 それに出来るものなら、弾倉への装弾も必要な時にだけ行いたい。
 バネのヘタリが早くなるのを防ぐ為だ。薬室への装填後にセフティを掛けて持ち歩く真似もしたくない。
 薬室に実包が送り込まれた状態と言うのは、携行する人間からすれば大きなストレスだ。
 いつ暴発するかもしれないと言う負荷を抱えていれば、大きなアクションは取れないし、万が一、硬い地面に落としたり、どこかの壁や角にぶつけたりしたらそれだけで暴発しそうな危険を孕んでいる。
 FN M1910にはマニュアルセフティとマガジンセフティが具えられているが過信しない。
 それに何と言っても戦前の拳銃だ。
 現代のように安全機構で守られた自動拳銃ではない。
 鉄火場と言う非日常を意識せず、強盗や窃盗と言う日常の中で用いる拳銃なので発砲しない事が多い。
 ゆかり経由ではなく、自発的に犯罪行為で小金を稼ぐ時は尚更だ。
 万引きでスリルを得て快感を覚えるのと同じ小悪党な理屈で、強盗や窃盗を働く。
 そこで得た金をロンダリングしてハイツの家賃や生活費に当てている。
 有力者に『保証人』になってもらったがその権力にべったりでは身が重くなる。権力者の愛想が尽きない程度に小遣いを貰って、権力者の所有欲を満たさせる事はしばしば有るが、深い付き合いは避けている。
 そう言った意味では、詩織は器用に金を運用する善良な市民と変わらない。
 社交辞令を駆使してビジネスを展開して、闇社会のシステムを運用しているだけだ。
 民間で言えば公共サービスや三次産業を利用しているの同じ感覚だ。職業がゴロツキで心の有り様がヤクザなだけである。
 需要と供給を見極めればどこの世界も同じだ。
 無心にFN M1910をクリーニングする。
 汗をだらだらと垂らして水分と塩分不足の瀬戸際で戦いながらクリーニングをする。
 我慢らならず10分後にミネラルウォーターのペットボトルを呷りながら健康食品の塩飴を噛み砕く。
 今ここで倒れて救急搬送されるわけにはいかない。割と本気でそう考えている。
 この後、クリーニングキット一式を片付けてFN M1910をベッドの下に押し込む。全ての部屋の窓を閉め切ってエアコンを点け、冷たいシャワーを頭から浴びて冷却した。
 経口補水液のペットボトルをバスルームに持ち込んで存分に体の内外を一気に冷やした。


――――しくじった!
 詩織は奥歯を食い縛った。FN M1910を右手に路地裏を走り抜ける。
 直線では絶対に走らない。必ず角を曲がる。
 完全なアウェー。
 強盗として2人の不良少年から金を脅し取ったが、その少年がポケットから少量のシャブが入ったパケを落としたのだ。
 どこかの組織に伝を持つ少年だと分かる。
 その証拠に、詩織が見せた瞬間に少年は2人ともパーカーやジーパンのポケットに突っ込んでいたスナブノーズを抜いて不意に発砲した。 
 じっくりと狙った発砲ではない。詩織には当たらなかった。
 詩織は2mの距離から体を捻りながら、FN M1910を発砲した。
 その2発も少年には当たらなかった。
 人間は土壇場でどうしようもなくなると最後の手段として、咄嗟に体を捻る。
 防衛本能が最後の悪足掻きをするのだ。
 その悪足掻きで助かるケースは意外と多い。
 少年達は練度が低く、38口径の先制攻撃は虚しく空を撃つ。体を捻った体勢からの無理な発砲だった為に詩織の9mmショートも当たらなかった。
 距離は稼げた。少年達が怯んだ隙に踵を返して路地の奥に逃げた次第だ。

 少し前。午後11時頃。
 街角でホットドッグを買う感覚で強盗を働くべく夜の繁華街に繰り出した詩織。
 頭を紺色のバンダナで覆うように巻き、アンダーリムの伊達眼鏡を掛けて立体マスクを着ける。
 ノースリーブの白いパーカーにデニムの短パン、水色のスニーカー。背中に黒い小さなボディバッグ。
 その姿で獲物を物色していたところ、路地裏に入る少年2人を見かけて、カモが自分から罠に飛び込んだと思い、その後ろから尾行して路地の奥まったところでホールドアップをさせた。
 2人の少年は何れも十代半ば。
 同性愛で結ばれた仲で人気の無い路地を確認するや否や、背の高い方が壁に押し付けられて、やや背の低い方に乱暴に唇に吸い付かれた。
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