証明不可のⅩ=1

 ここはそう言う場所だ。
 ここはそう言うことをする場所だ。
 そしてここでそう言うことをする為に少女と男はスケジュールを調整してやってきたのだ。
 男は少女の顔元から離れる。
 少女の小さく、ピンクのルージュが引かれた唇からとろりとした銀糸の繋がりが伸びて、千切れる。
「お疲れ様。OKです!」
 ベッドの向こう。
 壁際に控えた撮影クルーの1人が声を掛ける。
 この部屋はレンタルされたラブホテルの一室で、素人娘の無修正動画を撮影する現場だ。
 弱い光源の照明に、少しばかり高性能なデジタルカメラ、それにスチール撮影の為のデジタルカメラ。
 竿役の男優はベッドに座り込んで肩で息をしている。
 その男優の背中を見て少女は心の中で悪戯っぽく笑う。
 自分の蜜壷のメカニズムが非常に複雑で稀有な存在である事を自覚しているのだ。
 括約筋を何度も意識的に操作し、膣圧を高めて入り口と最奥、それに途中の肉壁を締め付ける三段締めで男の竿を責め立てていたのだ。
 加えて、裏筋を妖しく撫でるミミズ千匹の膣壁にGスポット付近の数の子は挿入しただけで、殆どの男が呻き声を上げる。
 文字通り三擦り半で射精したデビューしたばかりの男優も居た。
 挿入されてから2cmくらい侵入させると、少し肛門に力を入れる。それだけで膣の入り口は急激に閉まり、男は少女を褒めるように一気に名刀を押し込む。
 快楽に負けてしまった華奢な少女を演じながらも、自分を維持する。 自分の体の価値を知っている女のいたぶり方だ。
 勿論、セックスの楽しみも享受して、好きなだけ喘ぎ声を挙げる。
 自らも液体を放出させてベッドを盛大に汚す。自宅のベッドでは絶対にできない痴態だ。
 彼女の名は野川詩織。
 今年18歳になったばかりだ。
 最終学歴は中学。
 高校へは元から進学の意思を表明していない。
 大柄な男優と並んだ為に、小さな身体と思われるが、これでも身長は164cm有る。
 フェチズムを刺激されるロリータフェイスを売り物にしている新人の素人女優だ。
 動画女優が本職ではない。
 これはあくまで、一時的なバイトだ。
 彼女の出演する動画は少ない。
 マニアの間では希少な価値で、彼女が出演する動画は高額な有料サイトでのみ閲覧できる。
 あどけなさが全く抜けない容貌。
 すっぴんの方が可愛いと評判。
 メイクを施して動画に出演した事もあったが、閲覧数は大して伸びなかった。
 エロスとは対極に居る、純粋無垢な笑顔が武器。
 ベッドの上でも淑やかで何も知らない少女を演じる。
 今風の少女。
 少女の皮を被った何か。
 幼く可愛らしく控えめな少女の姿をした彼女は……ただのゴロツキだ。
 有り体に言えば、少しばかり可愛いからと自分を売り込んだだけに過ぎない。
 最初の男の名前も顔も忘れた。
 自分の初物を捧げた記憶が早くも風化しようとしている。
 避妊薬で生理を調整し、性病予防に抗生物質を飲む小器用な知恵も今となってはどこで拾った知識なのか判然としない。
 完全に崩壊した家庭を飛び出して2年。
 一通りの刑法で裁かれる犯罪はやらかしたと自負する。
 彼女、野川詩織にとって生きるのが辛い世界で、死ぬまで待つのが更に辛い問題だった。
 故に、自分の居場所を求めて、自分からアングラの世界に進み入り、闇社会の人間とも交流を持ち自分が住み易い環境を作る事を目標とした。
 偶々、彼女が目指そうとしているものが、暗い世界の中に有る可能性が高いだけだ。
 明るい世界の奇麗事と欺瞞には吐き気がする。
 詩織は撮影クルーに促されるままシャワールームへと、営業スマイルを浮かべて駆け込む。
 内腿を伝う精液が不快だ。
 膣内に残る精液も早く掻き出したい。
 何より、早く奇麗にして仕事の後の一服をコーヒーと楽しみたい。
   ※ ※ ※
 野川詩織。18歳。
 職業、無職。
 恐喝、強盗、窃盗などを生業にする。
 性的嗜好が女子高生やロリータフェイスだと言う、この街界隈の有力者や統括者に取り入り、生活空間の3LDKのハイツや、非合法な品物の数々を仕入れる。
 彼女が独りで狡猾にそれらの権力者や上位者を探し出して、ピンポイントに身体を委ね、引き換えに『今』を得たわけではない。
 詩織には協力者が居る。
 情報屋と言う、状況如何ではこの街全部の犯罪者よりも畏れられる強力な協力者が居る。
 情報を制する者は全てを制す……この格言通りに、詩織は一人の情報屋の横流しされた情報だけで、ここまで来たのだ。
 大きな力を持つ存在に飼われて、安穏と生きるのは詩織の目指すスタイルではない。
 底辺から這い上がるのも人生の面白みだ。
 どこで何が起きて、何がどのように変化し、変化した事象は何をもたらすのかが全く予想できないからこその人生だ。
 表の世界の理と同じだが、リスクと見返りの幅が果てしなく大きい。詩織は自分と言う個性をキャラシートにして命を賭け金として生きていたいのだ。
 その上で最初に出会ったのが末端とは言え、情報屋の1人だったのは運がいい。
 情報は途轍もない武器だ。
 それゆえに、誰しもがその職業を生業に出来る筈が無い。
 この暗い世界では、職業の向き不向きは即ち、生命に直結する。
 生き馬の目を抜く世界を泳ぐように徘徊する情報屋は、実に頼もしい……『他は兎も角、この女だけは見た目で判断すると確実に痛い目を見る』。
 水島ゆかり。
 22歳。
 公的に無職を名乗る情報屋。
 外見は詩織と同じ世代に見られるが、見た目だけで判断される世界では、その容姿だけで損をしている。
 身長160cm。
 病的な痩身痩躯。眼の下に隈。ソバカス。猫背気味。
 手入れが行き届いていない、寝癖なのか地毛なのか解らない天然パーマのショートカット。
 卑屈な笑顔が印象に残る。
 いつも薄汚れたジャージ姿でサンダル履き。
 精気の無い眼光や、眼の下の隈を隠す為に黒ブチの眼鏡を掛けているが、フケと埃がレンズに薄っすらと纏う。
 この女が詩織の命綱だった。
 詩織が家を飛び出た16歳のその日に、ゆかりと『出遭った』。
 4月の麗らかな午前。
 公園のベンチで行く宛が無く、空を仰いでいるだけの死体のような詩織に声を掛けたのはゆかりだった。
 ゆかりが何を思って詩織に声を掛けたのかは今でも解らない。
 恐らく、訊いてもまともな返事は返ってこないだろう。
「いい仕事紹介するよ」
 ゆかりの第一声がそれだった。
 風俗のスカウトには見えないゆかりを怪訝な顔で見たのを覚えている。
 今から思えば、この一言は、表の世界の人間を軽率に裏の世界に引き摺り込む一言だった。
 断ればそこまで。
 話に乗れば、後には引き返せない転落人生。
 この世界は表裏一体なのだと直ぐに悟る事になる。
 映画の中のように、日常と非日常は明らかに線引きされていない。
 表裏の世界は……実際には表裏ではなく、同じ直線の上に点在するポイントだったのだ。
 特に目標も目的も何も無かった詩織は、実家から遠い場所で自立できるのなら手段を選びたくなかった。
 春をひさぐ事も視野に置いて糊口を凌ぐ事も考えていた。
 ゆかりという人物は出会ったばかりの詩織に唐突にスカウトしたと思ったら脈絡無く、こう切り出した。
「お金と引き換えに人を殺してみたいと思わない?」
 殺人依頼。
 使い捨ての殺し屋を雇う使い古されたフレーズだった。
 その瞬間まで、善良な市民であった詩織の世界が逆転した。
 足元を掬われたような眩暈を覚えた。
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