証明不可のⅩ=1
奪還。
遂行に必要な人数は詩織1名。
警護要員の数は5人。
即席で雇われた守り屋崩れや、拳銃使いばかりだと聞いている。
それらのプロフィールまでは不明。……それが少し不安だった。
拳銃を使うのか短機関銃を使うのかでは、全く脅威の度合いが違う。ゆかりの調査不足ではなく、情報を買う金をケチって調査をしなかっただけだ。
深夜1時の港湾部。
朽ち果てそうな桟橋に何十隻ものランチが係留されている。
その中に幾つか、中型の砂利運搬船が混じっている。
夜風が涼しい。生臭い潮風を我慢すれば都市部よりも快適だった。
湿度が少し高い。少しばかり気温が低い。
小さな耳鳴り……もう直ぐ雨が降るのかもしれない。メディアでの海と山の天気予報は当てにするだけ無駄だ。
この港湾部の桟橋へと続く護岸周辺に、各地区で奪われた盗品が集められる。
組織Ⅹの噂も絡んでいる事から、この現場を押さえるべく別で雇われた第三勢力が介入する可能性も有る。
ここで行われる取引で顔を揃える面子は、詩織も知っているコソ泥の頭領だ。
危ない橋を渡ってでも金が欲しい人間と、どんな事があっても手に入れたいブツを探している人間が握手をして、ちょっとしたフリーマーケットを開く。
双方の要人は合計4人。
片方に2人ずつ。
この4人を殺傷する予定は無い。
数台の軽トラックから下されたダンボールや衣装箱の中から2kgの麻薬を探し出して奪うだけ。
それ以外の金目の物には一切手を付けない。
2kgの麻薬はビニール袋に油紙、更に透明のビニール袋に封じてその外周を業務用の透明な梱包シートでぐるりと囲み、赤いマジックで二重丸を描いてある。
それが目印だ。たった1個のブツを奪還するために、この場を荒らす真似をするのは大人気ない連中が居たもんだと、心の中で依頼人を嗤った。
黒い夏用のパーカー。紺色のポロシャツ。黒い短パン。運動靴。
濃い灰色のキャスケットを被り直し、使い捨て立体マスクの位置を正す。暑いが暫くの我慢だ。
そして黒ブチの伊達眼鏡を掛ける。
夏にしては気温が低い夜。湿度が僅かに変わる。
早く終わらせてハンデルスゴールド・バニラで一服したい。
直線距離、60m。
コンテナの陰からオペラグラスで覘く。
日中は作業で使われている現場なので、外灯だらけで光源には困らない。
手配した船が来るまでに極小規模のフリーマーケットが開かれて売買や交換の場が開かれる。
3人の警護要員の影が見える。
そのシルエットから、何れも男。
コンテナの陰を縫いながら近付く。
右腰の簡素な革製のホルスターからFN M1910を抜き、静かにスライドを引く。
移動しながら弾倉を引き抜き1発、補弾し、再びグリップに押し込む。
距離40mまで詰める。
数台の軽トラックを運転してきた運び屋達は『何も見ないために』、早々にこの場から立ち去っている。
全ての商談が終わってから、再び呼び戻されて軽トラックに乗って去るのだろう。
先制を仕掛けるのなら今しかなかった。
自分に訴えて、自分を強迫観念に囚われさせているのではなく、単純に9mmショートがそれなりの仕事が出来る距離はこの距離が限界だった。
精密な射撃が出来るサイトではない。もっと近付くのが理想。
しかし、経験と勘で『命中はさせられる』。
どこの部位にどのように命中させるのかが不可能なだけだ。
「!」
シュポンという間の抜けた砲撃音。
左手40mの位置から打ち上げられた信号弾。
続いて照明弾。
――――【河川砲艦】!
――――まさか!
自分の存在が既に察知されていたのかと背中に嫌な汗が噴出す。腋の下の温度が下がる。
その2発を境に40m左手の方で銃撃戦が始まる。
「…………」
コンテナの陰に身を潜めながら頭を巡らせる。
呼吸が速くなり、立体マスクが邪魔だった。
数秒間の銃撃戦。
自動小銃が瞬くマズルフラッシュが見える。
吼え狂う銃火の中で小さな発砲音を聞いた。
――――!
聞き間違えるはずが無い。
自分も使っている弾薬。
9mmショートの銃声。
取引に介入する勢力への反撃だ。
その銃声が子犬が吼えるように聞こえると、確実に一つの銃声が止んだ。
取引現場にオペラグラスを向ける。
騒がしい動き。撤収を始めている。
取引要員だけでなく、別に報酬を払うからとでも言われたのか、警護要員までが拳銃を懐に仕舞い込んで、荷物を軽トラックに運び込み始めた。
40m向こうの銃撃戦はまだまだ終わりそうに無い。
今の内に美味しい部分だけいただく。
愛焦がれたベレッタの少女が居るかもしれない。コンテナの向こうは今は双方ともに知覚の外だ。
詩織は一気に駆けた。
直線を馬鹿正直に走る。
右手にFN M1910。それを両手で保持し、右斜め下に銃口を向けて走る。
呼吸を整える暇も無くFN M1910をアソセレススタンスで構え直す。
距離を20mまで詰めた。
真っ先に詩織に気が付いた取引要員に向かって発砲する。
荒い呼吸で銃口がぶれるのを押さえるべく、一瞬だけ呼吸を止める。引き金、引く。
取引要員の影が一つ倒れる。
背中に命中した。肩甲骨に命中したのなら死にはしない。
銃声。こちらに向かって瞬く。
警護要員が拳銃を抜いて反撃に出た。
アソセレススタンスを崩す。辺りには飛び込める遮蔽は無い。突っ立っていても的になるだけだ。
咄嗟に右膝を地面に衝いて、低い姿勢を取る。
そのまま両手の小脇を締め、銃口の先と視線を同じ方向に向けて素早く銃口を振る。
引き金を引く。
海に銃声が吸い込まれて遠く乾く。
9mmの弾頭は、軽トラックの荷台から身を乗り出していた警護要員の腹に命中したらしく、その場に体を折って尻餅をついて崩れていく。
左足の瞬発力だけで体を前転させる。
警護要員の銃弾が集まり始めた。
2人。
取引要員も拳銃を携行していたが、全く明後日の方向に穴を穿つ。
前転を続ける。背中が地面に当たる度にコンクリの硬さに顔を顰める。
感覚で3mほどの移動。前方へ移動。
素早く立ち上がり、そのままのモーションでうつ伏せになって両手でFN M1910を保持して2発撃つ。
警護要員と、直ぐ隣で荷物を運んでいた取引要員の腹部や胸部に命中する。
カカシを撃つように当たるが、詩織も全身がコンクリの上を転げ回ったお陰で満遍なく痛みを感じる。
ボートの発動機の音が聞こえる。
姿が見えない取引要員は、荷物を捨てて桟橋の直ぐ近くに係留してあった小型ボートで逃走したらしい。
罵声を挙げながら、残された警護要員は拳銃を乱射し、荷物がそこそこに積み込まれた軽トラックの運転席に滑り込んでキーを捻る。
古臭く懐かしい、咳き込むようなエンジン音を轟かせて軽トラックが前進する。
軽トラックの運転席側のウインドウとドアに9mmショートを叩き込む。
20mの距離だが、人間よりも大きな的なので当てるのは簡単だった。
体勢を整えながら、弾倉を交換してスライドを引き絞る。
薬室に実包を送り込んで有りっ丈の……6発の9mmショートを運転席側のウインドウに叩き込む。
軽トラックは蛇行した後、ボラードに追突して停止する。弾倉を交換し軽トラックに近寄る。
「……」
割れたウインドウ。
側頭部に2発の孔を拵えた男がハンドルに頭を叩き付けたまま動かなくなっていた。
潮風に鉄錆と硝煙の臭いが混じり始める。
ここにはもう誰も居ない。
今となっては50m以上向こうの、コンテナ群の向こうで銃撃戦が続いていたが、オーラスを迎えようとしていた。
全く……どこの勢力だ。と、心で毒づく。
遂行に必要な人数は詩織1名。
警護要員の数は5人。
即席で雇われた守り屋崩れや、拳銃使いばかりだと聞いている。
それらのプロフィールまでは不明。……それが少し不安だった。
拳銃を使うのか短機関銃を使うのかでは、全く脅威の度合いが違う。ゆかりの調査不足ではなく、情報を買う金をケチって調査をしなかっただけだ。
深夜1時の港湾部。
朽ち果てそうな桟橋に何十隻ものランチが係留されている。
その中に幾つか、中型の砂利運搬船が混じっている。
夜風が涼しい。生臭い潮風を我慢すれば都市部よりも快適だった。
湿度が少し高い。少しばかり気温が低い。
小さな耳鳴り……もう直ぐ雨が降るのかもしれない。メディアでの海と山の天気予報は当てにするだけ無駄だ。
この港湾部の桟橋へと続く護岸周辺に、各地区で奪われた盗品が集められる。
組織Ⅹの噂も絡んでいる事から、この現場を押さえるべく別で雇われた第三勢力が介入する可能性も有る。
ここで行われる取引で顔を揃える面子は、詩織も知っているコソ泥の頭領だ。
危ない橋を渡ってでも金が欲しい人間と、どんな事があっても手に入れたいブツを探している人間が握手をして、ちょっとしたフリーマーケットを開く。
双方の要人は合計4人。
片方に2人ずつ。
この4人を殺傷する予定は無い。
数台の軽トラックから下されたダンボールや衣装箱の中から2kgの麻薬を探し出して奪うだけ。
それ以外の金目の物には一切手を付けない。
2kgの麻薬はビニール袋に油紙、更に透明のビニール袋に封じてその外周を業務用の透明な梱包シートでぐるりと囲み、赤いマジックで二重丸を描いてある。
それが目印だ。たった1個のブツを奪還するために、この場を荒らす真似をするのは大人気ない連中が居たもんだと、心の中で依頼人を嗤った。
黒い夏用のパーカー。紺色のポロシャツ。黒い短パン。運動靴。
濃い灰色のキャスケットを被り直し、使い捨て立体マスクの位置を正す。暑いが暫くの我慢だ。
そして黒ブチの伊達眼鏡を掛ける。
夏にしては気温が低い夜。湿度が僅かに変わる。
早く終わらせてハンデルスゴールド・バニラで一服したい。
直線距離、60m。
コンテナの陰からオペラグラスで覘く。
日中は作業で使われている現場なので、外灯だらけで光源には困らない。
手配した船が来るまでに極小規模のフリーマーケットが開かれて売買や交換の場が開かれる。
3人の警護要員の影が見える。
そのシルエットから、何れも男。
コンテナの陰を縫いながら近付く。
右腰の簡素な革製のホルスターからFN M1910を抜き、静かにスライドを引く。
移動しながら弾倉を引き抜き1発、補弾し、再びグリップに押し込む。
距離40mまで詰める。
数台の軽トラックを運転してきた運び屋達は『何も見ないために』、早々にこの場から立ち去っている。
全ての商談が終わってから、再び呼び戻されて軽トラックに乗って去るのだろう。
先制を仕掛けるのなら今しかなかった。
自分に訴えて、自分を強迫観念に囚われさせているのではなく、単純に9mmショートがそれなりの仕事が出来る距離はこの距離が限界だった。
精密な射撃が出来るサイトではない。もっと近付くのが理想。
しかし、経験と勘で『命中はさせられる』。
どこの部位にどのように命中させるのかが不可能なだけだ。
「!」
シュポンという間の抜けた砲撃音。
左手40mの位置から打ち上げられた信号弾。
続いて照明弾。
――――【河川砲艦】!
――――まさか!
自分の存在が既に察知されていたのかと背中に嫌な汗が噴出す。腋の下の温度が下がる。
その2発を境に40m左手の方で銃撃戦が始まる。
「…………」
コンテナの陰に身を潜めながら頭を巡らせる。
呼吸が速くなり、立体マスクが邪魔だった。
数秒間の銃撃戦。
自動小銃が瞬くマズルフラッシュが見える。
吼え狂う銃火の中で小さな発砲音を聞いた。
――――!
聞き間違えるはずが無い。
自分も使っている弾薬。
9mmショートの銃声。
取引に介入する勢力への反撃だ。
その銃声が子犬が吼えるように聞こえると、確実に一つの銃声が止んだ。
取引現場にオペラグラスを向ける。
騒がしい動き。撤収を始めている。
取引要員だけでなく、別に報酬を払うからとでも言われたのか、警護要員までが拳銃を懐に仕舞い込んで、荷物を軽トラックに運び込み始めた。
40m向こうの銃撃戦はまだまだ終わりそうに無い。
今の内に美味しい部分だけいただく。
愛焦がれたベレッタの少女が居るかもしれない。コンテナの向こうは今は双方ともに知覚の外だ。
詩織は一気に駆けた。
直線を馬鹿正直に走る。
右手にFN M1910。それを両手で保持し、右斜め下に銃口を向けて走る。
呼吸を整える暇も無くFN M1910をアソセレススタンスで構え直す。
距離を20mまで詰めた。
真っ先に詩織に気が付いた取引要員に向かって発砲する。
荒い呼吸で銃口がぶれるのを押さえるべく、一瞬だけ呼吸を止める。引き金、引く。
取引要員の影が一つ倒れる。
背中に命中した。肩甲骨に命中したのなら死にはしない。
銃声。こちらに向かって瞬く。
警護要員が拳銃を抜いて反撃に出た。
アソセレススタンスを崩す。辺りには飛び込める遮蔽は無い。突っ立っていても的になるだけだ。
咄嗟に右膝を地面に衝いて、低い姿勢を取る。
そのまま両手の小脇を締め、銃口の先と視線を同じ方向に向けて素早く銃口を振る。
引き金を引く。
海に銃声が吸い込まれて遠く乾く。
9mmの弾頭は、軽トラックの荷台から身を乗り出していた警護要員の腹に命中したらしく、その場に体を折って尻餅をついて崩れていく。
左足の瞬発力だけで体を前転させる。
警護要員の銃弾が集まり始めた。
2人。
取引要員も拳銃を携行していたが、全く明後日の方向に穴を穿つ。
前転を続ける。背中が地面に当たる度にコンクリの硬さに顔を顰める。
感覚で3mほどの移動。前方へ移動。
素早く立ち上がり、そのままのモーションでうつ伏せになって両手でFN M1910を保持して2発撃つ。
警護要員と、直ぐ隣で荷物を運んでいた取引要員の腹部や胸部に命中する。
カカシを撃つように当たるが、詩織も全身がコンクリの上を転げ回ったお陰で満遍なく痛みを感じる。
ボートの発動機の音が聞こえる。
姿が見えない取引要員は、荷物を捨てて桟橋の直ぐ近くに係留してあった小型ボートで逃走したらしい。
罵声を挙げながら、残された警護要員は拳銃を乱射し、荷物がそこそこに積み込まれた軽トラックの運転席に滑り込んでキーを捻る。
古臭く懐かしい、咳き込むようなエンジン音を轟かせて軽トラックが前進する。
軽トラックの運転席側のウインドウとドアに9mmショートを叩き込む。
20mの距離だが、人間よりも大きな的なので当てるのは簡単だった。
体勢を整えながら、弾倉を交換してスライドを引き絞る。
薬室に実包を送り込んで有りっ丈の……6発の9mmショートを運転席側のウインドウに叩き込む。
軽トラックは蛇行した後、ボラードに追突して停止する。弾倉を交換し軽トラックに近寄る。
「……」
割れたウインドウ。
側頭部に2発の孔を拵えた男がハンドルに頭を叩き付けたまま動かなくなっていた。
潮風に鉄錆と硝煙の臭いが混じり始める。
ここにはもう誰も居ない。
今となっては50m以上向こうの、コンテナ群の向こうで銃撃戦が続いていたが、オーラスを迎えようとしていた。
全く……どこの勢力だ。と、心で毒づく。