証明不可のⅩ=1

 予定通りに取引は行われる。
 連中も黙って、もぐら叩きのもぐらを演じているわけではない事を証明した。
 ……情報を先んじる能力を有している事が判明したのだ。
 今頃、情報屋界隈では、その情報の鮮度と出所の洗い出しに躍起になっているだろう。
「……」
暗い雑木林。藪蚊が耳元で五月蝿い。
 虫除けスプレーが丸で効いていない。
 自分のほかに最終的に6人の鉄砲玉が集まった。
 誰にも忠誠を誓わない、殺し屋紛いの鉄砲玉だ。
 どいつもこいつも、どこかで見たような顔ぶれで、名前を聞けば恐らく知っている仕事振りが連想されるだろう。
 詩織のような強盗もどきは一番の下っ端だった。それに一番年齢が若いはずだ。
 鉄火場は……現場である放置されたまま雑草が多い茂る造成地の真ん中にある小さなプレハブ小屋の中で『行われる予定』。
 連中の数は最低10人。
 その内、幹部と思しき人数は合計4人。
 双方とも血祭りに上げるつもりで臨む……厳密に言うと、どちらが組織Ⅹで、どちらが商売相手なのか教えてもらっていない。
 クライアントが入念なコロシを実行してくれる事を願い、標的を眩ました表現で依頼したのだ。
 『取引現場に居る全員に痛い目を見せてやれ』と。
 小屋に明かりが点る。
 腕時計を見る。取引開始時刻ぴったりだ。
 詩織は緩い斜面を駆け降りた。耳元で五月蝿い不快な藪蚊から逃げ出すように。
 他の6人も既に行動を起こしているはずだ。
 この小屋を……40m向こうに有るプレハブ小屋を目指して侵攻を開始したはずだ。
 途中での遭遇戦も計画のうちだ。
 右腰からFN M1910を抜いてスライドを引く。
 確実に作動して実包が薬室の送り込まれる。
 左腰から予備弾倉を引き抜いて、パーカーのポケットに押し込む。
「!」
 銃声。
 誰が先陣を切った?
 軽い発砲音。
 38splか9mmショートか。
 45口径やマグナムではない。
 その瞬間にあちらこちらで銃声が激しく瞬く。
 夜中に自分から発砲するのは、居場所を教える危険性を孕んでいるが、恐怖に一瞬でも足元を掬われると、プロでもパニックに陥る。
 誰でもパニックに陥る。いかにして、挽回し、正常な判断を下すかがプロだ。
 そのプロ根性通りに最初の数十秒だけの銃撃。
 直ぐに銃撃は止む。
 発砲していた位置を知る事は出来たが、今はもうその位置に誰も潜んでいないだろう。
 敵の配置はなおも不明。
「……!」
 咄嗟に伏せる。
 消灯したプレハブ小屋まで20mの位置で、砂利の中に顔を埋めた。その瞬間に頭上で白い太陽が炸裂した。
 照明弾。
 間延びした笛のような音を立ててゆっくりと落下する。
 詩織は姿勢を維持したままだ。
 銃声。またあの軽い銃声だ。
「!」
――――誰かやられた!
 悲鳴が確かに聞こえた。
 確かに、泥を詰めた麻袋が倒れるような音を聞いた。
 発砲音。確実にまた誰か倒された。
 悲鳴を挙げただろうが、その直後の銃撃戦で掻き消される。
――――いけない! ダメ!
 敵か味方か、銃声が出鱈目だ。
 円陣を組んで、全周に向かって乱射しているような銃撃。
 連携が取れていない。
 また一人、撃ち倒される。
 彼我の戦力の分析が間に合わない。
 地形は頭の中に入っているが、仲間も敵も自立した思考で移動する。行動する。
 状況が一瞬で混乱した。
――――読まれてる?
――――違う! 応戦された!
――――軽い銃声に照明弾……連中、襲撃に『慣れている』!
 照明弾が地表に落ちて、鼻を突く異臭を発しながら煙を燻らせる。
 このままプレハブ小屋に吶喊するのは無理だ。
 銃声の中には短機関銃や散弾銃も混じっている。
 当初の予定では、緩く包囲しながらプレハブ小屋の2面から銃撃を外壁諸共浴びせて、中の人間を掃討するはずだった。
 匍匐前進で砂利の上を前進。
 プレハブ小屋への襲撃は無理でも遮蔽が欲しい。
「!」
 軽い銃声。
 『この銃声』はいつもこうだ。
 必ず指揮を取るかのように発砲する。
 そして必ず1人の人間が命を落とす。
 取引現場には10人。
 内、戦力足り得る者は6人。こちらは7人。
 数では辛うじて勝っている。
 だが、誰がどこで討ち取られたか不明だ。
 目前10mでプレハブのドアが開く。中から人影が2つ、飛び出た。
 星の明るさを頼りにサイトを覘かず、伏せた状態でFN M1910の引き金を咄嗟に引く。
 先にプレハブから飛び出た影の腰辺りに命中し、その場に砕けるように落ちて悲鳴を挙げた。命に別状は無いが行動は不能だ。
 その後続のもう1つの影がプレハブ小屋に引き返そうとしたので、逸早く、プレハブの壁面に発砲して威嚇し、一瞬だけその人物の判断を遅らせた。
 影が驚きを見せ、足を踏ん張って急ブレーキを駆ける。
 その刹那を待っていた。プレハブの出入り口の外灯を頼りに引き金を引く。
 13m程度の距離。FN M1910を護身用拳銃程度にしか思っていない人間には当てられない距離だ。
 だが、詩織は自分を普通のそれ以上の存在だと信じている。『自惚れでは無く、当たると信じている』。
 銃声。空薬莢が弾き出される。
 9mmショートのフルメタルジャケットは、足を止めた人物の腹の辺りに命中して小屋の中に退き返す事が出来なかった。
「…………小屋の中?」
――――なんだろう?
――――静かだ……。
――――反撃は警護の人間に任せっきりか?
 詩織は匍匐前進で移動を始める。
 小屋の出入り口を正面にしていたのでは危険だと直感が囁く。
 プレハブ小屋の北側に出入り口。東側に簡易トイレのブース。
 その東側に向かう。
 遮蔽が多い方が安心だ。
 FRP製のトイレブースでも、姿を隠す事が出来るだけマシだろう。 匍匐前進のゆっくりとした移動。砂利が時々、肘や膝に当たって擦り傷を作る。
 身体に傷が付くと、暫くは動画撮影のバイトは断らないといけないから辛い。
 トイレブースの前に来ても一気に駆け寄らず、短パンのサイドポケットからばら弾を3発取り出し、今し方、消費した2発と薬室に持っていかれた分の1発を弾倉に補弾する。これで7連発だ。
 耳を澄ます。
 50m四方の空間で銃撃戦が行われている。
 短機関銃が囀る。散弾銃が吼える。自動拳銃が喚く。
 敵と味方が混戦している。罵声や怒号も聞こえる。
 その声を少しばかり、冷静になって分析する。
「…………」
――――圧されてる!
 聞いた事の有る声が少ない。
 どちらに何人が行ったとか、どこから撃ってきやがったとか、『小さい』のが居るとか喚いている。
「?」
――――『小さい』の?
――――何それ?
――――鉄砲が? 使い手が?
――――何が小さいの?
 再び照明弾。
 プレハブの南側の向こうからだ。
 近い。発砲音が聞こえた。
 擲弾。グレネードランチャーの類だろう。
 最初からランダムな陣形で包囲したので、砲弾で薙ぎ倒される事が無かったのは幸いだ。
 一塊で吶喊していたら、数発の砲撃で全滅していただろう。
 照明弾がゆっくり降下する。
 その間だけは祈りながら顔を砂利や下草に埋めて死体の振りをする。 もしくは捨てられたセメント袋の真似だ。
 人間の心理として、照明弾の支配する世界では、動く物体の方が良く目に映える。
 すると咄嗟に動く物体に攻撃が集中する。照明弾が打ち上げられると兎に角伏せてやり過ごすのが最善だ。
――――照明弾……。
――――まだこちらに生き残りが居るということね……。
 照明弾が神々しい世界で激しい銃撃が聞こえた。
 数挺の銃が一斉に1つの標的……1つの方向に向いて乱射している。
 水が詰まった大型の皮袋を平手で叩くような音が幾つも聞こえた。悲鳴は聞こえなかった。
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