証明不可のⅩ=1

 45分間、充分に時間を活用する為に、この男優は一気に勃起しないように頭の中で世界の国々とその主要都市を羅列しているか、素数でも数えているのだろう。
 いつもの手つき。竿をしごき始める。
 人差し指は握り込まず、折り曲げる。
 左手は玉袋から離さない。
 右手の中でモノが段々と熱を帯び始めた。
 頃合だと見計らって亀頭に唾液を垂らす。
 口の中で存分に溜め込んでいた唾液を一気に垂らす。
 亀頭から根元まで粘液でコーティングしたようにぬめりを帯びる。
 右手を上下させ続けている為に、くちゃくちゃと唾液が竿に塗りつけられて泡立つ。
 男優の鼻息がここまで届く。
 睾丸もほんのりと赤みを帯びる。充分に硬い。これなら挟んでも乳圧に負けないだろう。
 詩織はベッドに更に近付き、背筋を伸ばして上半身を真っ直ぐにする。
 去年に計った時は91のFだった胸で、勿体ぶって竿の根元からゆっくりと包むように挟み込む。男優は低く呻いた。
 男優も辛いところで、女優のテクニックが一流でも必要が無ければ、マイクに出来るだけ声や吐息が乗らないように歯を食い縛らなければならない。
 完全に剥き出しになり、大きく育った男根は当初に見た可愛らしい面影は無かった。
 直径も全長も逞しさも別物で、力強く脈打つ。
 挟んだ谷間が熱い。挟んでも尚、はみ出る長さ。
 後はアドリブで射精に導けばいい。
 逞しいモノを挟みながら更に唾液を垂らす。
 ローションの代わりを務める。敏感な皮の内側が捲れている状態なので男優の竿に気を配らなければならない。
 粘膜に近い竿の表面を守るにはローションやそれに準ずる液体が必要だ。それが唾液。
 身体を上下に揺すりながら、左右で挟み込む手の力に強弱をつけて変化の有る快楽を与える。
 独立した生き物のように……姿を変えたかのように見えるその豊な胸も、ポイントの一つだ。
 観ている者をパイズリという単調な作業を単調に見せない工夫。それに表情。詩織はパイズリで優位に立ってその満足感に呑み込まれる、淫猥な表情で何度も何度も唾液を胸の間から覗く亀頭に垂らす。
 頭を上下に揺さぶられて、軽く三半規管が麻痺し始める。……軽い酩酊に似た感覚に身を任せる。
 自分の目が廻っているのか、一方的にパイズリで苛めている快楽に埋もれているのか判然とせずに、自然と上気した頬に笑みが零れる。
 詩織の呼吸も段々と荒くなる。
 熱い呼吸を吹き付けられた男根が悦んでいるのが解る。力強い脈動だ。
 しっかりと抱え込まないと……。
 頭が雰囲気に酔い始めた最中、それだけはしっかりと覚えていた。
 射精するタイミングは挟射。その後にお掃除フェラをする筋書。
 外出しで胸射とは訳が違う。
 呼吸が一層激しくなる。詩織も男優も昇りつめる息遣いだ。
 詩織は挟んでからどれ位の時間が経過したのか忘れた頃に、自分の胎の辺りが疼き出すのを感じた。
 男の悦ぶ姿を見て興奮してきた。
 一層、詩織の責めに熱が入る。
 乳首が痛いほどに突き出て敏感になっている。
 今直ぐにこの体勢を放置して本能に任せたオナニーに耽りたい。
 軽く耳鳴りがする。気の所為か、目の前が白く霞み始める。
 喉の奥、鼻の奥から熱波のような呼気が溢れる。
 唇の端に涎の筋が一筋流れる。……やけに赤い小さな舌をぺロッと出して唇を湿らせる。
 熱に魘される時に似た、感覚。
 胸の間の竿が灼熱する鉄の柱のように硬度と温度を持ち始める。胸に伝わる脈拍も最高潮に達しようとしていた。
――――あ……。
 一瞬だった。
 すっと肩を落とし、両手を押し上げて胸の位置を高くする。
 亀頭の先端が埋まった瞬間に射精した。
 男優が呻き声と荒い息を一気に吐く。胸の中に広がる熱い塊。
 まるで肌の下に直接注射されて放出されたような熱さだった。
 男優の腰が痙攣して尿道から精液の残りを迸らせる。
「…………」
 詩織は呆然としたまま何も言えなかった。
 自分がどこに居て何をしていたのかも把握していない。……そんなポケットに陥った。
 ただ呼吸が荒かった。
 胸にいつまでも熱い何かが張り付いていた。
 膝立ちのまま、詩織は両手をだらんと垂らして、痙攣する腰や太腿で精一杯にその場で居た。
 何も喋られない。言葉が出ない。
 頭を攪拌されて判断力を失っただけではない。
 詩織の股間から一滴、雫が落ちる。その雫を先途に小さな水音を立てて、小水がとめどなく溢れ出る。
 目が霞む。背筋が震える。
 撮影スタッフに見られている前で粗相をしている。筋書にはない。後で何を言われるか……。
 背徳や羞恥が混じった感情が詩織を一層興奮させた。
「!」
 いつまでも呆けている詩織の下唇に生臭いモノが押し付けられる。
 いまだに少量の精液が噴出し、射精後の痙攣に不気味に動く男根の先端が押し付けられる。
 何も考えられない頭で、呆然としたままの顔で、機械的にその先端にキスをしてから唇を窄めて吸い込むように、勢いを無くし始めた竿を口中に飲み込んだ。
 生臭く薄い塩の味が口内に広がる。粘り気が強い。
 少しずつ飲み下しても喉の奥で絡みつく。
 喉が渇いて唾液が充分に分泌できていないので、眉を寄せて苦しそうな顔になる……尤も、その顔も、観る者が嗜虐を愉しむのに必要なファクターだ。
 性的快楽に溺れた女の不快感や、苦痛に歪む顔を喜ぶマニアは一定数居る。
 最後の技を完成させるのは寧ろこの顔だと常々、詩織は思っている。今の自分にはこれくらいしか出来ない。
 萎れていく男根を吸い上げ、舌で竿を削ぎながら、霞む目で咳き込みそうになるのを我慢しながら雄の味を体に染み渡らせる。
 この姿を観てカメラの、モニターの向こうの男達は劣情の思いの丈を吐き出しているのかと思うと、更に興奮してしまい、止まった小水がまたも小さく飛沫をこぼす。
 男が自ら腰を引いて詩織の口から完全に戦意を失ったモノを引き抜く。
 唇から粘りの強い精液が糸のように伸びる。
 とうとう、詩織は自分の小水が溜まったその場にぺたりと座り込んで小さな咳をし出した。
 喉に絡まった精液が気道付近まで下がって、生理的反応を示したのだ。
 無理をして顎をくいと上げて、疲労を隠さない顔で、しかし、可愛い微笑を作ってこう言った。
「…………ちかれた」
 舌足らずな一言。
 その一言を捉えたカメラはそこで数秒の編集点を残し、撮影が終了した。
 空かさず、スタッフが冷えた水のペットボトルを詩織に差し出す。
 別のスタッフが詩織の身体にバスタオルを掛ける。
 フローリングの洋間にエアコンとベッドしかない一室。こうして本日の撮影は何事も無く終わった。
 いつも通りの撮影だった。


 午前中の撮影の疲労はどこにも無い。
 貪るように眠り、にんにくエキス配合の栄養剤をザラザラと口に放り込んでバリボリと噛み砕いた。
 喉に絡んでいた精液の残滓は既に無い。
 口の奥からこみ上げる精液の臭いも無い。
 オーラルセックスでも性病になる可能性が高いので、撮影の前には抗生物質を飲んでいる。
 今は『明るい世界を生きる自分の姿』を忘れる事にした。
 右腰にFN M1910を差している。山のように弾薬を携行している。
 暑さと戦うべく、衣装も職人の店で買っておいた通気性の良い濃紺のポロシャツを着ている。
 その上に長袖の黒いパーカーを羽織る。これもまた通気性を優先で選んだ薄い生地だ。
 下はオリーブドラブの短パン。
 『少しばかり』、予定と違う事が有ったとすれば、情報の欺瞞工作のお陰で取引現場が実は山間部の廃村付近だったという事だ。
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