遠い海の下

 人探しから人殺しまで……そのように看板を掲げてはいるが、実際は人殺ししか依頼が来ない因果な殺し屋稼業に落ちぶれた芹野美華(せりの みか)だったが、心までは卑屈に折れていないつもりだった。
 今もこうして笊で漉くって一山幾らの鉄砲玉を引き受けていたとしても自分が生きていくための手段でしかない。
 この仕事を蹴ってしまっては、次回への仕事の糸口に繋がる可能性が低くなるからだ。
 自分の職掌が、即ち自分の名刺である。
 右手にAPSグリップキットをグリップに組み込んだスチェッキンを携えて、左手に予備弾倉を保持したままフィストグリップでアソセレススタンスもどきの構えで淡々と9mmマカロフを発砲する。
 セレクターを切り替えれば短機関銃のように、有りっ丈の弾頭をばら撒くマシンピストルとして有名な大型拳銃のスチェッキンだが、現在はセレクターがセミオートに合わせられている。
 無駄弾をばら撒く主義ではない……と言うわけではない。単純にフルオート射撃の出番が無いだけだ。
 廃工場区域。港湾部。
 コンビナートの切り離された区画。
 人気が絶えて久しい。否、まともな人間がこの場所に踏み込まなくなってから久しい。
 日は高い。
 先ほど、古いだけのタイメックスの腕時計で確認したところ午前11時を報せていた。
 携帯電話のアンテナは不安定だが辛うじて通話できる。
 錆びの浮きが激しいコンビナート群は日中でも物悲しい雰囲気に包まれている。
 海からの潮風と鉄錆びの匂いが混じって情緒をぶち壊す。
 ……尤も、美華の陣取る場所からは海を一望できるわけも無く、海を眺めに来たわけでもないので問題は無い。
 遠くで、近くで、銃声。
 罵声。ヤクザ同士が実銃を用いてサバイバルゲームに洒落込んでいるのかと思うほど『長閑な空気』だ。
 しかし、れっきとした殺し合いだ。
 三竦みでこのコンビナートに集団が放り込まれて互いを殺しあう。
 鉄砲玉同士で殺し合い、最後に生存した者が属する組織が『この賭場の勝者となる』……無意味な殺し合い。
 鉄砲玉というレッテルで塗り固められたゲームの駒。
 3つの勢力がそれぞれ用意した10人の……ゲームの駒同然の鉄砲玉で殺し合いを展開させて、それを博打の対象にする。
 鑑みるに、3つの勢力は均衡を上手く保っているのだ。
 シマの奪い合いや嫌がらせのカチコミとは違う。3つの勢力が手を結び合えるほどに平和なので共同で賭場が開けるのだ。
 この殺し合いのゲームも、各所に設けられたカメラで中継されている。
 それを見ながら博打のオッズが微調整される。
 自分がゲームの駒として、承諾してこの場に臨んだ連中は一体どれほど居るだろう。
 少なくとも美華は報酬の打ち合わせの段階で、後ろ暗い仕掛けが有る事を看破していた。
 唯の勢力争いとは思えない理由が有った。
 敵対する組織の背景を手繰り寄せれば、この界隈を仕切る大手の3つの組織に集約されるのだ。
 それらを悟ることが出来ない末端組織の三下は組の命運を背負ってこのフィールドであるコンビナートに勇んで飛び込む。三下だけでは勝敗が荒れないので賭場としての魅力が薄い。
 故に金で雇われた、殺しを専門にする稼業の人間も投入される。
 その道のプロが何人送り込まれたのかは知らない。
 この場所に放り込まれると言うことは、少なくともプロの看板を背負っていても毎日を生きていくので精一杯の駆け出しばかりだろう。
 軌道に乗ったプロなら、まず、この様な胡散臭い話には乗らない。
 残念な事に、暫く仕事日照りで預金の残高が心許無い、軌道に乗っているはずのプロである美華はこの依頼を受けるしかなかった。
 ゲームの駒として参加すると言う名目では、後に司直の手が入った時に3つの組織がそれぞれ、誤魔化しきれない部分が発生する。
 だからシンプルな筋書きの抗争の延長として、鉄砲玉同士の衝突……曳いては弱小組織同士のいつもの抗争として片付けられるように仕組まれた物語が用意されている。
 依頼を受けて報酬の話を聞くうちにこの話のからくりを既に見破っていた美華だが、仕方なく引き受けた。
 仕事の規模としては難易度が高いものではない。『一定の条件の元、最後まで生き残れば』報酬がもらえる。
 それと同時に自分のような一応のプロが投入される賭場と言うことは、何人かのプロも何かしらの理由で潜んでいるはずだ。
 最近の仕事日照りもこの時の為に3つの勢力が結託して、わざと自分に仕事を廻さなかったのではないかと勘繰ってしまう。
 午前8時から始まった実弾を用いたサバイバルゲーム。
 脱落していくのはイナセな若い三下ばかり。
 それぞれ用意された10人。
 今、美華の側には半数が生き残っている。
 ルールは正午までに生き残っていた勢力が勝ちで、引き分けならサドンデスで試合続行……そんなところだろう。殺し合いに金で雇われる身分に落ちたかと情けなくなってくる。
 美華は一応、万ずを引き受ける便利屋として生計を立てているが、街が平穏になってから、本当に憎念で突き動かされるコロシの依頼は少なくなった。
 仕事を斡旋する組合自体が大手組織の息が掛かってしまい、私立探偵未満の人探しまで始めた。
 一時は引越しの手伝いや、町内会主催のゴミ拾いの助っ人をしていた時期がある。
 皮肉な話に、血生臭い世界の収入よりも、常に依頼が殺到する町内での便利屋稼業の方が実入りが良かった。
 闇社会の人間が全員、目も眩むような金額を常に右から左へと動かしているわけではない。
 そこへ舞い込んだ久々の鉄火場の荒事。
 聞けば聞くほど命の安売りが拭えない依頼。
 厳密には依頼と言えない。時間制で命を買い取られたのと同然だ。
 そんな裏社会のドンを気取った連中に、いいように顎で扱われても正直の所、心の底から悔しいと思えなかった。
 何しろ、預金の残高が少ないのだ。
 万が一の逃走費用や武器弾薬の流通経路の確保費用、闇医者、情報屋、運び屋、清掃屋などの伝に払う金額もバカには出来ない。
 殺し屋だろうと人探しだろうと、六次の隔たりを以ってすれば解決できる。
 六次の隔たりを維持するのには金が最大の武器だ。
 情報屋稼業とは全く関係の無い武器屋の窓口で座る老年が、実は尋ね人その人だったと言う例も多い。
 いつどこで何がどのように『何かが』働いて解決の糸口を見せてくれるか解らない。
 孤高で孤独のヒットマンとはスクリーンの中だけの話で、意外と現実では縦横の繋がりが蜘蛛の糸の如く張り巡らされている。……勿論、昨日の友が今日は敵と言う事態も良くある話だ。
 美華の髪が揺れる。
 肩下20cmまで伸びた色素の薄い、茶色がかった髪を黒いゴムでポニーテールに結わえて前髪を腕で払う。
 そろそろ髪を切りたい。
 美華は今年で29歳になるが、この業界では若くして成功している方だと言える。
 170cm近い長身を黒いパーカーとデザートパターンのカーゴパンツで包み、顔の下半分をバラクラバで隠している。
 他の連中は誰も顔を隠す真似はしていない。
 最初からこの鉄火場自体が怪しいと踏んでいたので、面が割れるリスクを減らす為に覆面をしているのだ。
 スチェッキンが軽い発砲音と共に空薬莢を弾き出す。
 性能的には9mmショートと同程度の9mmマカロフ弾を使用する自動拳銃。
 今更ながらに自分がこの場に『招かれた』理由が解ったような気がする。
 誰も長物を携えていないのだ。
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