44マグナム
キャットウォークに小石を縛り付けた毛糸の先を放り投げ、キャットウォークの手摺を滑車にして少ない力で手榴弾の安全ピンを抜けるように細工する為にS&W M29を遮蔽に挟み込み……その引き金にも毛糸を縛り、左足の足首に結び付けて出鱈目な方向に発砲するように仕掛けた。
弾が当たらなくてもいい。
『あいつ』が予想していない方向から銃声を聞かせる事が出来ればよかった。
「…………」
手榴弾が巻き起こした粉塵を頭から被る。
バレッタで止めていた髪を解いて、かぶりを左右に振る。
両手の指で髪を梳く。
大雑把に埃を頭や体から叩くと、『あいつ』が所持していたデザートイーグルを蹴り飛ばして、『あいつ』の肉片から遠ざけた。
ハーフコートを拾って安葉巻を銜える。
作法を無視した着火。
銜え葉巻のまま、辺りを見回す。
この惨状を作り上げるのに20年もかけた。
自分の本懐は正に遂げられた。
本懐を遂げた暁に吸う安葉巻はハバナシガーのように美味く感じるかと思ったがそうでもなかった。
……味がしない。
S&W M29を回収して薬室から全弾、弾き出す。
首からぶら下げていた、本懐を遂げた後に使用する自決用の実包を取り出し、薬室に落とす。
「…………」
薬室に落とし込んだ実包の尻を見る。
シリンダーを填め込まない。
暫し、考える。
安葉巻を半分ほど灰になるまでそのまま立ち尽くす。
そして、葉巻は、吐き捨てた。
やがて、彼女は薬室5個の孔の内、4箇所に実包を詰めてシリンダーを填め込んだ。
静かな顔でシリンダーをルーレットのように回転させる。
6個の薬室の内、5個が装填された状態だ。
シリンダーの回転が止まった時に、撃鉄を起こして口に銜えて眼を硬く閉じる。
――――これが私の生き方だ!
彼女は、静かに、静かに、とても、静かに引き金を引いた。
不発。
否、その薬室には実包が装填されていなかった。
もう一度、撃鉄を起こそうと指先を動かす。
その彼女を鋭い叱責で止める女の声がする。この声は……。
「……!」
「やめなさい。貴女にここで死んでもらうわけには行かないのです。貴女の死体が司直の手に渡ると我々も危険に晒されます」
顔役の声だ。相変わらず姿は見えない。
だが、あの顔役が直接出向いている。『この場のどこか居る』。
「死ぬのなら、我々の与り知らぬ場所で死になさい」
顔役の声は抑揚の無いいつもの口調だ。
理江は静かに言った。
「やだね」
撃鉄を起こし、シリンダーを再びルーレットのように回して回転が止まると、今度は口角を上げてこの世の全てを満喫した笑顔で引き金を引いた。
乾いた、『打撃音』。
またも薬室は空だった。
その瞬間に、理江はその場に崩れ落ちた。
体力の限界だったのだ。
最後の一撃。の、はず。
その一撃が空撃ち。
何れも空撃ち。2回とも空撃ち。
もう彼女には自決するだけの体力も無かった。
フェイドアウトする意識の中、彼女は自分に近付く爪先を見ていた……そして意識が途切れる。
世間では政権与党だけでなく、野党も巻き込んだスキャンダルがエンターテイメントとしてニュースで取り上げられて大いに活気が有った。 人間の闇も、突き詰めればショービジネスに昇華できる例を見ているようだ。
髪をばっさり切った理江は場末の中華料理店で大して美味くない、香辛料が利いただけの中華そばと餃子のランチセットを胃袋に収めると、店内のテレビが騒ぎ立てる日本の行方とやらに興味は示さずに安葉巻を銜えて店を出た。
彼女の懐には拳銃は無い。
拳銃を捨てる事を条件に顔役に逃走の手助けをしてもらった。
裸同然の丸腰。
誰に襲われても反撃できない。
彼女はどこかの誰かに命を狙われる人生を歩く事になったのだ。
それは自分が撒いた種でもある。
沢山の人間の恨みを買ったのだ。
彼女を殺したいと強く願う復讐者は数え切れない。
どこかの誰かに殺されるその日まで、彼女は只管、虚無な毎日を生き続けた。
《静寂の降りる頃・了》
弾が当たらなくてもいい。
『あいつ』が予想していない方向から銃声を聞かせる事が出来ればよかった。
「…………」
手榴弾が巻き起こした粉塵を頭から被る。
バレッタで止めていた髪を解いて、かぶりを左右に振る。
両手の指で髪を梳く。
大雑把に埃を頭や体から叩くと、『あいつ』が所持していたデザートイーグルを蹴り飛ばして、『あいつ』の肉片から遠ざけた。
ハーフコートを拾って安葉巻を銜える。
作法を無視した着火。
銜え葉巻のまま、辺りを見回す。
この惨状を作り上げるのに20年もかけた。
自分の本懐は正に遂げられた。
本懐を遂げた暁に吸う安葉巻はハバナシガーのように美味く感じるかと思ったがそうでもなかった。
……味がしない。
S&W M29を回収して薬室から全弾、弾き出す。
首からぶら下げていた、本懐を遂げた後に使用する自決用の実包を取り出し、薬室に落とす。
「…………」
薬室に落とし込んだ実包の尻を見る。
シリンダーを填め込まない。
暫し、考える。
安葉巻を半分ほど灰になるまでそのまま立ち尽くす。
そして、葉巻は、吐き捨てた。
やがて、彼女は薬室5個の孔の内、4箇所に実包を詰めてシリンダーを填め込んだ。
静かな顔でシリンダーをルーレットのように回転させる。
6個の薬室の内、5個が装填された状態だ。
シリンダーの回転が止まった時に、撃鉄を起こして口に銜えて眼を硬く閉じる。
――――これが私の生き方だ!
彼女は、静かに、静かに、とても、静かに引き金を引いた。
不発。
否、その薬室には実包が装填されていなかった。
もう一度、撃鉄を起こそうと指先を動かす。
その彼女を鋭い叱責で止める女の声がする。この声は……。
「……!」
「やめなさい。貴女にここで死んでもらうわけには行かないのです。貴女の死体が司直の手に渡ると我々も危険に晒されます」
顔役の声だ。相変わらず姿は見えない。
だが、あの顔役が直接出向いている。『この場のどこか居る』。
「死ぬのなら、我々の与り知らぬ場所で死になさい」
顔役の声は抑揚の無いいつもの口調だ。
理江は静かに言った。
「やだね」
撃鉄を起こし、シリンダーを再びルーレットのように回して回転が止まると、今度は口角を上げてこの世の全てを満喫した笑顔で引き金を引いた。
乾いた、『打撃音』。
またも薬室は空だった。
その瞬間に、理江はその場に崩れ落ちた。
体力の限界だったのだ。
最後の一撃。の、はず。
その一撃が空撃ち。
何れも空撃ち。2回とも空撃ち。
もう彼女には自決するだけの体力も無かった。
フェイドアウトする意識の中、彼女は自分に近付く爪先を見ていた……そして意識が途切れる。
世間では政権与党だけでなく、野党も巻き込んだスキャンダルがエンターテイメントとしてニュースで取り上げられて大いに活気が有った。 人間の闇も、突き詰めればショービジネスに昇華できる例を見ているようだ。
髪をばっさり切った理江は場末の中華料理店で大して美味くない、香辛料が利いただけの中華そばと餃子のランチセットを胃袋に収めると、店内のテレビが騒ぎ立てる日本の行方とやらに興味は示さずに安葉巻を銜えて店を出た。
彼女の懐には拳銃は無い。
拳銃を捨てる事を条件に顔役に逃走の手助けをしてもらった。
裸同然の丸腰。
誰に襲われても反撃できない。
彼女はどこかの誰かに命を狙われる人生を歩く事になったのだ。
それは自分が撒いた種でもある。
沢山の人間の恨みを買ったのだ。
彼女を殺したいと強く願う復讐者は数え切れない。
どこかの誰かに殺されるその日まで、彼女は只管、虚無な毎日を生き続けた。
《静寂の降りる頃・了》
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