44マグナム
「……!」
理江の体が大きく傾き、右側から地面に倒れて無様に転倒。
体に伝わる衝撃で頭が軽く揺れる。
揺れる視界の端に映る、空薬莢を踏みつけて転倒した男が起き上がらんとする姿。
その上半身に右手を伸ばし、銃口を定めようとするが、その男は犬が這うように1mほど目の前に有る、錆びたドラム缶の陰に飛び込む。
理江の位置からは16m。
『全く問題無い距離』だった。
理江は引き金を引く。
ダブルアクションの重い引き金だった。
右手の中で爆発する衝撃を押さえ込むのに必死だった。
ここで力を下手に抜いてはS&W M29がすっぽ抜けてしまう。
グリップにしがみつく思いで握った発砲。
……その銃弾は錆びたドラム缶を、『遮蔽以上の役目を果たさせなかった』。
アーマーピアシングの前に防弾効果は皆無だった。
ドラム缶の向こうで呻き声を挙げた男。
ずしゃりと崩れる肉袋のような生々しい音。
ドラム缶の向こうの出来事を目視するよりも理江の動作は速かった。
いつまでも同じ場所で寝転がっていてはいい標的だ。
体を後方に回転させ、今し方まで潜んでいた遮蔽の陰に再び引き篭もる。丸太を転がしているような無様な移動で長年愛用しているハーフコートが埃塗れになる。
その遮蔽の陰に移動してもそこで長く引き篭もらない。
理江はバックステップで素早い後ずさりを始める。連中の動揺が伝わる。
殆ど同時に2人の戦力を失った。
それも、理江からして大きく右手側、大きく左手側の、挟撃に持ち込める布陣が破られた。挽回しようにも……イニシアティブは今や理江の手中に有る。
バックステップの途中から地面を背中から転がり始める。
頭を低く、素早く短い距離を移動する為だ。
この廃工場の梁を支える鉄筋の柱に飛び込んで陣取る。
一抱え以上も有る、太く四角い柱の陰に飛び込むと立ち上がる。
左手に持ち替えたS&W M29で、理江の軌道が読めない移動を追っていた自動拳銃を携えた男を狙って撃つ。
狙うと言うより、直感で『先に、隠れると解っていた遮蔽物』に銃口を振って引き金を引いた。
後を追っていた男……12mほど後方に位置していた男は、ポリタンクや空の一斗缶を積んだ遮蔽物に飛び込んだが、飛び込んだ位置でそれら遮蔽を段ボールのように貫通して、直進したアーマーピアシング弾に左脇腹を捉えられて右側に吹っ飛ぶ。
アーマーピアシングは貫通していたが、重要な臓器を破壊されて即座に吐血以外の行動が出来なくなる。
先行していた2人があっと言う間に屠られ、残り3人の足並みに齟齬が発生する。
左手側の男が44マグナムで撃たれた瞬間に勢い余って飛び出た人影が有った。
本来なら撃たれた男の後続として距離を縮める為に控えていた要員なのだろう。
その勢いが余った男の左胸部に向けて左片手で発砲。
銃口が大きく跳ねる。
弾頭は男の左胸部に命中し、独楽が回転するようにその体が大きく翻りながら地面に倒れる。
右手側に移動する人影。理江が遮蔽にしている柱に銃弾が集中する。 もうイニシアティブは連中の手の内には無い。
地面に顔を擦りつけるようなモーションで、ハーフコートが汚れるのも気にせずに咄嗟に伏せて、見上げるような角度で銃口を保持。
撃鉄を起こす。
カチリとシリンダーが6分の1回転する。
埃の舞う空気を我慢し、呼吸を整える間も無く発砲。
木製のパレットの向こうに潜んでいた男は、遮蔽を破壊しながら直進してきた弾頭に腹部を捉えられ、体をジャックナイフのように折り曲げてその場に崩れ落ちた。
残りの1人……銃口を左右に振って居るはずの影を探す。
悲鳴。男の悲鳴。頼りない悲鳴。
その方向に銃口を素早く向ける。
「……」
「動くな!」
残りの1人は、FN HPの自動拳銃を、エサとして使われただけの情報屋の首を背後から掴まえ、その体を盾にしている。
密着した体。
2人分の体など簡単に貫通できる実包を装填している。
よく考えた人間の盾だ。
情報屋を殺害するのは賢い選択とは言えない。
情報屋が街の趨勢を左右する事も多い。……絶大な『メディア』である情報屋を殺害したのが理江だと判明すると、どこへ逃げようとも落とし前をつけるべく情報屋の組合に所属する始末屋が追いかけてくる。
あの情報屋が顔役の息が掛かっていないと分かっていても、情報屋を手にかけるのは気が引ける。引き金が鈍る。
自動拳銃を持った男は、情報屋を盾に疎らな発砲を繰り返す。
命中精度も何も無い。唯、銃弾をばら撒いているだけだ。
柱の影から顔を大きく覗かせてFN HPを握る男を見る。
途端に弾倉は空になる。
片手で再装填を目論むと思っていたが、そのFN HPを捨てて情報屋の後ろ腰から45口径のデトニクスを引き抜き、発砲を再開する。 理江の付近から益々、着弾が外れる。
奪ったばかりの、慣れない拳銃で一定の成果が出せるわけが無い。
6連発のデトニクスは直ぐにスライドが後退したまま弾切れを報せる。
無様にも最後の1人はデトニクスを13mも離れている理江に投げつける。
理江は嘲りの微笑を堪え、体をひょいと逸らして投げつけられたデトニクスを避けた。
「……!」
その男は情報屋の首を掴んだまま手榴弾を取り出し、安全ピンを前歯に掛けていた。
情報屋が一気に恐慌を起こす。
騒ぎ散らす情報屋を最後まで盾にしようと、男はその首を窒息しそうなほどに掴む。
手榴弾の安全ピンを銜える口角が吊り上る。
理江は手榴弾の出現に驚いたものの、それ以上のリアクションは見せない。
手榴弾の安全ピンを引き抜くのに必要な力は4kg以上の瞬間的な張力が必要だ。
映画のように人間が歯で安全ピンを簡単に抜ける訳が無い。
逆に歯が欠けたり抜けたりするのがオチだ。
冷静にS&W M29を両手で構えてスッと腰を落とし、アソセレススタンスで構える。
薬室には2発の残弾。
目前の動体目標を仕留めるのに充分だ。
情報屋に擦過傷を与える事になるだろうが、死ぬよりはマシだろう。
銃声。爆発音に似た銃声。
マグナム。腹にくぐもる迫力。空気が震える。
「!」
理江は構えを素早く解いて地面に伏せた。
『あの銃声は自分のマグナムではない!』
撃鉄を咄嗟にデコックして遮蔽にしていた柱の影に身を滑らせる。
滑らせながら、廃工場内部に轟く自分以外の銃声を耳で辿る。
僅かに拾う、軽い涼しげな金属音。
勿論、理江のS&W M29は発砲すると空薬莢を自動で排出する機能は有していない。
……だからこそ、今、こうしてS&W M29の薬室に、新しいバラ弾を空薬莢と入れ替えているのだ。
――――マグナム!
――――新手!
――――どこ?
自分以外のマグナムが発した銃弾は、手榴弾を銜えていた男の頭部を破砕して地面に崩れ落ちていた。
頭から大量の脳漿と血液を浴びた情報屋は今にも抜けそうな腰で四つん這いになって尺取虫のように戦闘区域から離脱し始めた。
その情報屋を背中から撃つマグナムの唸りは聞こえない。
新手は情報屋を殺す事を良しとせずに逃走させたのだろう。
即ち、情報屋の優位性を知る以前に『誰が情報屋で誰が殺し屋なのか』を知っていた人物だと言える。
理江には、脅威の順番から殺したとは思えなかった。
柱の遮蔽の角から意を決して前転で移動。
一回転の後に、放置されたままのフォークリフトの陰に転がり込む。相手がマグナムならこれくらいの防弾性能は必要だ。
理江の体が大きく傾き、右側から地面に倒れて無様に転倒。
体に伝わる衝撃で頭が軽く揺れる。
揺れる視界の端に映る、空薬莢を踏みつけて転倒した男が起き上がらんとする姿。
その上半身に右手を伸ばし、銃口を定めようとするが、その男は犬が這うように1mほど目の前に有る、錆びたドラム缶の陰に飛び込む。
理江の位置からは16m。
『全く問題無い距離』だった。
理江は引き金を引く。
ダブルアクションの重い引き金だった。
右手の中で爆発する衝撃を押さえ込むのに必死だった。
ここで力を下手に抜いてはS&W M29がすっぽ抜けてしまう。
グリップにしがみつく思いで握った発砲。
……その銃弾は錆びたドラム缶を、『遮蔽以上の役目を果たさせなかった』。
アーマーピアシングの前に防弾効果は皆無だった。
ドラム缶の向こうで呻き声を挙げた男。
ずしゃりと崩れる肉袋のような生々しい音。
ドラム缶の向こうの出来事を目視するよりも理江の動作は速かった。
いつまでも同じ場所で寝転がっていてはいい標的だ。
体を後方に回転させ、今し方まで潜んでいた遮蔽の陰に再び引き篭もる。丸太を転がしているような無様な移動で長年愛用しているハーフコートが埃塗れになる。
その遮蔽の陰に移動してもそこで長く引き篭もらない。
理江はバックステップで素早い後ずさりを始める。連中の動揺が伝わる。
殆ど同時に2人の戦力を失った。
それも、理江からして大きく右手側、大きく左手側の、挟撃に持ち込める布陣が破られた。挽回しようにも……イニシアティブは今や理江の手中に有る。
バックステップの途中から地面を背中から転がり始める。
頭を低く、素早く短い距離を移動する為だ。
この廃工場の梁を支える鉄筋の柱に飛び込んで陣取る。
一抱え以上も有る、太く四角い柱の陰に飛び込むと立ち上がる。
左手に持ち替えたS&W M29で、理江の軌道が読めない移動を追っていた自動拳銃を携えた男を狙って撃つ。
狙うと言うより、直感で『先に、隠れると解っていた遮蔽物』に銃口を振って引き金を引いた。
後を追っていた男……12mほど後方に位置していた男は、ポリタンクや空の一斗缶を積んだ遮蔽物に飛び込んだが、飛び込んだ位置でそれら遮蔽を段ボールのように貫通して、直進したアーマーピアシング弾に左脇腹を捉えられて右側に吹っ飛ぶ。
アーマーピアシングは貫通していたが、重要な臓器を破壊されて即座に吐血以外の行動が出来なくなる。
先行していた2人があっと言う間に屠られ、残り3人の足並みに齟齬が発生する。
左手側の男が44マグナムで撃たれた瞬間に勢い余って飛び出た人影が有った。
本来なら撃たれた男の後続として距離を縮める為に控えていた要員なのだろう。
その勢いが余った男の左胸部に向けて左片手で発砲。
銃口が大きく跳ねる。
弾頭は男の左胸部に命中し、独楽が回転するようにその体が大きく翻りながら地面に倒れる。
右手側に移動する人影。理江が遮蔽にしている柱に銃弾が集中する。 もうイニシアティブは連中の手の内には無い。
地面に顔を擦りつけるようなモーションで、ハーフコートが汚れるのも気にせずに咄嗟に伏せて、見上げるような角度で銃口を保持。
撃鉄を起こす。
カチリとシリンダーが6分の1回転する。
埃の舞う空気を我慢し、呼吸を整える間も無く発砲。
木製のパレットの向こうに潜んでいた男は、遮蔽を破壊しながら直進してきた弾頭に腹部を捉えられ、体をジャックナイフのように折り曲げてその場に崩れ落ちた。
残りの1人……銃口を左右に振って居るはずの影を探す。
悲鳴。男の悲鳴。頼りない悲鳴。
その方向に銃口を素早く向ける。
「……」
「動くな!」
残りの1人は、FN HPの自動拳銃を、エサとして使われただけの情報屋の首を背後から掴まえ、その体を盾にしている。
密着した体。
2人分の体など簡単に貫通できる実包を装填している。
よく考えた人間の盾だ。
情報屋を殺害するのは賢い選択とは言えない。
情報屋が街の趨勢を左右する事も多い。……絶大な『メディア』である情報屋を殺害したのが理江だと判明すると、どこへ逃げようとも落とし前をつけるべく情報屋の組合に所属する始末屋が追いかけてくる。
あの情報屋が顔役の息が掛かっていないと分かっていても、情報屋を手にかけるのは気が引ける。引き金が鈍る。
自動拳銃を持った男は、情報屋を盾に疎らな発砲を繰り返す。
命中精度も何も無い。唯、銃弾をばら撒いているだけだ。
柱の影から顔を大きく覗かせてFN HPを握る男を見る。
途端に弾倉は空になる。
片手で再装填を目論むと思っていたが、そのFN HPを捨てて情報屋の後ろ腰から45口径のデトニクスを引き抜き、発砲を再開する。 理江の付近から益々、着弾が外れる。
奪ったばかりの、慣れない拳銃で一定の成果が出せるわけが無い。
6連発のデトニクスは直ぐにスライドが後退したまま弾切れを報せる。
無様にも最後の1人はデトニクスを13mも離れている理江に投げつける。
理江は嘲りの微笑を堪え、体をひょいと逸らして投げつけられたデトニクスを避けた。
「……!」
その男は情報屋の首を掴んだまま手榴弾を取り出し、安全ピンを前歯に掛けていた。
情報屋が一気に恐慌を起こす。
騒ぎ散らす情報屋を最後まで盾にしようと、男はその首を窒息しそうなほどに掴む。
手榴弾の安全ピンを銜える口角が吊り上る。
理江は手榴弾の出現に驚いたものの、それ以上のリアクションは見せない。
手榴弾の安全ピンを引き抜くのに必要な力は4kg以上の瞬間的な張力が必要だ。
映画のように人間が歯で安全ピンを簡単に抜ける訳が無い。
逆に歯が欠けたり抜けたりするのがオチだ。
冷静にS&W M29を両手で構えてスッと腰を落とし、アソセレススタンスで構える。
薬室には2発の残弾。
目前の動体目標を仕留めるのに充分だ。
情報屋に擦過傷を与える事になるだろうが、死ぬよりはマシだろう。
銃声。爆発音に似た銃声。
マグナム。腹にくぐもる迫力。空気が震える。
「!」
理江は構えを素早く解いて地面に伏せた。
『あの銃声は自分のマグナムではない!』
撃鉄を咄嗟にデコックして遮蔽にしていた柱の影に身を滑らせる。
滑らせながら、廃工場内部に轟く自分以外の銃声を耳で辿る。
僅かに拾う、軽い涼しげな金属音。
勿論、理江のS&W M29は発砲すると空薬莢を自動で排出する機能は有していない。
……だからこそ、今、こうしてS&W M29の薬室に、新しいバラ弾を空薬莢と入れ替えているのだ。
――――マグナム!
――――新手!
――――どこ?
自分以外のマグナムが発した銃弾は、手榴弾を銜えていた男の頭部を破砕して地面に崩れ落ちていた。
頭から大量の脳漿と血液を浴びた情報屋は今にも抜けそうな腰で四つん這いになって尺取虫のように戦闘区域から離脱し始めた。
その情報屋を背中から撃つマグナムの唸りは聞こえない。
新手は情報屋を殺す事を良しとせずに逃走させたのだろう。
即ち、情報屋の優位性を知る以前に『誰が情報屋で誰が殺し屋なのか』を知っていた人物だと言える。
理江には、脅威の順番から殺したとは思えなかった。
柱の遮蔽の角から意を決して前転で移動。
一回転の後に、放置されたままのフォークリフトの陰に転がり込む。相手がマグナムならこれくらいの防弾性能は必要だ。