44マグナム
必要な時に必要なだけの発砲。
それはこちらも向こうも同じ。
だが、決定打に欠ける。
44マグナムの弾頭は容赦無く連中が潜む防弾効果が高そうな障害物を砕く。
しかし、その時にはもうそこに敵の姿は無い。
誰かがどこからか、援護しながら窮地の仲間を助ける。
依然、包囲網は同じ半径。
S&W M29が無為に吼えるだけの空間で、遊離感が一層酷くなる。
今の自分なら体のどこに被弾しても痛みすら感じないのではないかと疑ってしまう。現実に起きている状況だと脳味噌が理解していない。
この場を切り抜けなければならないと言う強い思いと、それと同じくらいに覆いかぶさる恐怖が拮抗した結果、そのような遊離感を招いている。
一種の逃避行動とも言える。
体だけは動く。
遮蔽から遮蔽へ伝い、人影を確認すると発砲する。
一方で発砲した数も数えており、再装填も流れるような手つきで完璧に行う。
状況は乱戦に近くなる。
一時的な遊離感に掴まれてしまった理江は右頚部に焼け火箸を押し当てられたような感覚と共に一気に現実に引き戻された。
銃弾による擦過傷で肌の表面を削られただけで、怪我の範疇にも入らない。
熱い感覚の痛みで『目が覚める』。
右手が異様に思い。
S&W M29の重さすら忘れていた遊離感から解放される。
右手に鉛の袋を吊り下げられたように急激な疲労を感じる。
直ぐ様、両手で構える。カップ&ソーサー。アソセレススタンス。
凡そ、映画の中でしか見かけないような構え。
余裕の有る左手で重いS&W M29のグリップ底部を押し上げるように保持するのは効果的で右手が一気に軽くなる。
まだまだ集中する銃弾。
そのいずれもが遮蔽や障害物の陰から、理江を追い立てようとする牽制の銃撃。
25平米の戦闘区域では更に複雑に駒が移動していた。
誰がイニシアティブを所持しているのか解らない。
理江がこまめな移動を繰り返す為に場がまとまらず、連中もその度に陣取りを変更し、止めを刺す機会を失っていたのだ。
リロード。
図太く長い空薬莢をシリンダーから押し出してスピードローダーを押し込む。
硝煙が立ち込める空間で、助けを求めるように紫煙を渇望した。
空薬莢が無秩序に転がる。
誰か1人……連中の内、誰か1人でも仕留める事が出来れば大きな突破口になる。
連中も同じだろう。
標的のどこかに被弾させれば勝ちだと思っている。
水銀灯を背負いながら、また水銀灯の陰に潜みながら理江も5人の刺客も発砲。
ダブルアクションでの発砲にセミオートを心掛ける発砲。
必要な分量しか弾薬を消費しない。
5人を相手に、理江はこの狭い空間で頸への擦過傷以外に被弾せずに粘る。
5人の移動パターンに焦りは見えない。
着実に駒を進めている。
誰がリーダーなのかも皆目見当がつかない。
誰が脱落しても、誰がリーダーになっても、チームを指揮できるように訓練しているのだろう。
5人全員の足並みや発砲の間合いを見れば解る。
最強の駒が居ないかわりに、最弱の駒も居ない。
戦力の平坦化に成功した理想的なチームだ。
たった一つ……たった一つだけの『豪華な鍵』が有るとすれば1人ずつの脱落ではなく、2人以上が同時に脱落する状況が訪れた時だ。
それは普通、ありえない。
2挺拳銃でも至難の業だろう。
2人同時に脱落すると言うのは、チームの均衡が大きく崩れるだけでなく、指揮権……イニシアティブがスムーズに委任され難い状況が僅かに発生する事を意味する。
今は5人の内、誰かがイニシアティブを握って指揮をしているのだろう。
それを突き崩す条件は誰でも良い。2人を同時に脱落させる事だ。
再装填。44マグナムの空薬莢が転がる。
この戦闘区域を抜けようと何度も試みた。
だが、イニシアティブは向こうに有る。
足元を銃弾で縫い付けられてそれ以上進めない。後退すら出来ない。 人の命を弄ぶ狡猾な空気を感じないのが更に不気味だった。
辺りの遮蔽や壁面に、銃弾の着弾痕が数え切れないほど穿かれる。44マグナムの着弾痕は流石に二周り以上巨大だ。
ドラム缶や木製のパレットなど盾にもならない。
それだけ無駄に銃弾をばら撒いた。
スピードローダーも残り少ない。
バラ弾はハーフコートの内ポケットに剥き出しの状態で放り込んでいるが、そのバラ弾を一々シリンダーの薬室に落とすとなれば面倒な事この上ない。
使用済みのスピードローダーに実包を詰めさせてもらえる時間を期待するなど言語道断だ。
水銀灯に照らし出された陰が壁に踊る。
銃を構え銃を撃ち、遮蔽に転がり、低い姿勢で走り回り……間抜けな影絵がそこに映し出される。
2人。2人以上だ。
何としても1発で2人を仕留めなければ。
44マグナムなら可能だ。
実包も先ほどからアーマーピアシングを装填している。
直線上に2人並べば貫通させる事も充分に可能だ。
そろそろ44マグナムの強烈な反動に右手首が悲鳴を挙げる。
ここまでの長丁場は初めてだった。
鉄火場での心掛けは無駄なくスムーズに、だ。
鉄塊と呼ぶに相応しいS&W M29をカップ&ソーサーとはいえ長く保持しているのは苦痛だ。更に強烈な反動が拍車を掛ける。……強く握り込みすぎて、グリップパネルのチェッカリングが痣となって残るだろう。
遮蔽の隙間を走りながら時折、リップミラーのハレーションを拾って、水銀灯の明かりが及ばない場所で潜む人影を照らし出してプレッシャーを与える。
走る足にも負担が圧し掛かる。
言うなれば体の末端に錘を保持したまま、不自然に頭を低くして全速力をしているようなものだ。
何もしなくとも体は疲労を覚え、休息と冷たい水を要求し始める。
随分と長く、この戦闘区域で銃撃戦を展開していた。
時間が迫る。離脱できない。
弾切れが命のリミット。
何度もリップミラーの反射で連中を撹乱させる。
一定の効果は挙げられる。連中の足が鈍くなる。連中の発砲も正確さが劣り始める。
小癪なハレーションが確実に連中の集中力を逆撫でしている。
44マグナムよりも100円均一で売られているようなリップミラーの方が頼り甲斐があるとは皮肉なものだ。
左手に持ったリップミラーが砕ける。
自分の左拳が破裂したのかと錯覚した。
腹に据えかねた連中の銃弾が掠って、リップミラーが粉砕しただけだ。ガラス片を浴びまいと眼を伏せる。。
「……!」
その瞬間だった。閉じ気味の視界に飛び込んだ好機。
連中の内、援護を受けて前進していた男が空薬莢を踏みつけ、派手に尻餅を搗いて転倒した。
アニメーションのように見事な回転を見せて、背中から地面に叩きつけられる。
それに驚いたのは理江ではない。
彼を援護していた左手側に位置する、遮蔽から半身を突き出した男だ。援護すべき対象がハプニングで転倒。
「!」
「……」
その援護していた男と眼が合う。
ガラス片を庇っていた瞼をしっかり開けて、S&W M29の銃口を振りながら、体を右手側に倒しながら……遮蔽物の陰から上半身を晒しながら両手で構えて発砲する。
轟音。手応え。
目前17mで遮蔽の陰に隠れていた男は遮蔽を貫通したアーマーピアシングの弾頭に胸骨を貫通させられ、大の字になりながら仰向けに倒れる。
それはこちらも向こうも同じ。
だが、決定打に欠ける。
44マグナムの弾頭は容赦無く連中が潜む防弾効果が高そうな障害物を砕く。
しかし、その時にはもうそこに敵の姿は無い。
誰かがどこからか、援護しながら窮地の仲間を助ける。
依然、包囲網は同じ半径。
S&W M29が無為に吼えるだけの空間で、遊離感が一層酷くなる。
今の自分なら体のどこに被弾しても痛みすら感じないのではないかと疑ってしまう。現実に起きている状況だと脳味噌が理解していない。
この場を切り抜けなければならないと言う強い思いと、それと同じくらいに覆いかぶさる恐怖が拮抗した結果、そのような遊離感を招いている。
一種の逃避行動とも言える。
体だけは動く。
遮蔽から遮蔽へ伝い、人影を確認すると発砲する。
一方で発砲した数も数えており、再装填も流れるような手つきで完璧に行う。
状況は乱戦に近くなる。
一時的な遊離感に掴まれてしまった理江は右頚部に焼け火箸を押し当てられたような感覚と共に一気に現実に引き戻された。
銃弾による擦過傷で肌の表面を削られただけで、怪我の範疇にも入らない。
熱い感覚の痛みで『目が覚める』。
右手が異様に思い。
S&W M29の重さすら忘れていた遊離感から解放される。
右手に鉛の袋を吊り下げられたように急激な疲労を感じる。
直ぐ様、両手で構える。カップ&ソーサー。アソセレススタンス。
凡そ、映画の中でしか見かけないような構え。
余裕の有る左手で重いS&W M29のグリップ底部を押し上げるように保持するのは効果的で右手が一気に軽くなる。
まだまだ集中する銃弾。
そのいずれもが遮蔽や障害物の陰から、理江を追い立てようとする牽制の銃撃。
25平米の戦闘区域では更に複雑に駒が移動していた。
誰がイニシアティブを所持しているのか解らない。
理江がこまめな移動を繰り返す為に場がまとまらず、連中もその度に陣取りを変更し、止めを刺す機会を失っていたのだ。
リロード。
図太く長い空薬莢をシリンダーから押し出してスピードローダーを押し込む。
硝煙が立ち込める空間で、助けを求めるように紫煙を渇望した。
空薬莢が無秩序に転がる。
誰か1人……連中の内、誰か1人でも仕留める事が出来れば大きな突破口になる。
連中も同じだろう。
標的のどこかに被弾させれば勝ちだと思っている。
水銀灯を背負いながら、また水銀灯の陰に潜みながら理江も5人の刺客も発砲。
ダブルアクションでの発砲にセミオートを心掛ける発砲。
必要な分量しか弾薬を消費しない。
5人を相手に、理江はこの狭い空間で頸への擦過傷以外に被弾せずに粘る。
5人の移動パターンに焦りは見えない。
着実に駒を進めている。
誰がリーダーなのかも皆目見当がつかない。
誰が脱落しても、誰がリーダーになっても、チームを指揮できるように訓練しているのだろう。
5人全員の足並みや発砲の間合いを見れば解る。
最強の駒が居ないかわりに、最弱の駒も居ない。
戦力の平坦化に成功した理想的なチームだ。
たった一つ……たった一つだけの『豪華な鍵』が有るとすれば1人ずつの脱落ではなく、2人以上が同時に脱落する状況が訪れた時だ。
それは普通、ありえない。
2挺拳銃でも至難の業だろう。
2人同時に脱落すると言うのは、チームの均衡が大きく崩れるだけでなく、指揮権……イニシアティブがスムーズに委任され難い状況が僅かに発生する事を意味する。
今は5人の内、誰かがイニシアティブを握って指揮をしているのだろう。
それを突き崩す条件は誰でも良い。2人を同時に脱落させる事だ。
再装填。44マグナムの空薬莢が転がる。
この戦闘区域を抜けようと何度も試みた。
だが、イニシアティブは向こうに有る。
足元を銃弾で縫い付けられてそれ以上進めない。後退すら出来ない。 人の命を弄ぶ狡猾な空気を感じないのが更に不気味だった。
辺りの遮蔽や壁面に、銃弾の着弾痕が数え切れないほど穿かれる。44マグナムの着弾痕は流石に二周り以上巨大だ。
ドラム缶や木製のパレットなど盾にもならない。
それだけ無駄に銃弾をばら撒いた。
スピードローダーも残り少ない。
バラ弾はハーフコートの内ポケットに剥き出しの状態で放り込んでいるが、そのバラ弾を一々シリンダーの薬室に落とすとなれば面倒な事この上ない。
使用済みのスピードローダーに実包を詰めさせてもらえる時間を期待するなど言語道断だ。
水銀灯に照らし出された陰が壁に踊る。
銃を構え銃を撃ち、遮蔽に転がり、低い姿勢で走り回り……間抜けな影絵がそこに映し出される。
2人。2人以上だ。
何としても1発で2人を仕留めなければ。
44マグナムなら可能だ。
実包も先ほどからアーマーピアシングを装填している。
直線上に2人並べば貫通させる事も充分に可能だ。
そろそろ44マグナムの強烈な反動に右手首が悲鳴を挙げる。
ここまでの長丁場は初めてだった。
鉄火場での心掛けは無駄なくスムーズに、だ。
鉄塊と呼ぶに相応しいS&W M29をカップ&ソーサーとはいえ長く保持しているのは苦痛だ。更に強烈な反動が拍車を掛ける。……強く握り込みすぎて、グリップパネルのチェッカリングが痣となって残るだろう。
遮蔽の隙間を走りながら時折、リップミラーのハレーションを拾って、水銀灯の明かりが及ばない場所で潜む人影を照らし出してプレッシャーを与える。
走る足にも負担が圧し掛かる。
言うなれば体の末端に錘を保持したまま、不自然に頭を低くして全速力をしているようなものだ。
何もしなくとも体は疲労を覚え、休息と冷たい水を要求し始める。
随分と長く、この戦闘区域で銃撃戦を展開していた。
時間が迫る。離脱できない。
弾切れが命のリミット。
何度もリップミラーの反射で連中を撹乱させる。
一定の効果は挙げられる。連中の足が鈍くなる。連中の発砲も正確さが劣り始める。
小癪なハレーションが確実に連中の集中力を逆撫でしている。
44マグナムよりも100円均一で売られているようなリップミラーの方が頼り甲斐があるとは皮肉なものだ。
左手に持ったリップミラーが砕ける。
自分の左拳が破裂したのかと錯覚した。
腹に据えかねた連中の銃弾が掠って、リップミラーが粉砕しただけだ。ガラス片を浴びまいと眼を伏せる。。
「……!」
その瞬間だった。閉じ気味の視界に飛び込んだ好機。
連中の内、援護を受けて前進していた男が空薬莢を踏みつけ、派手に尻餅を搗いて転倒した。
アニメーションのように見事な回転を見せて、背中から地面に叩きつけられる。
それに驚いたのは理江ではない。
彼を援護していた左手側に位置する、遮蔽から半身を突き出した男だ。援護すべき対象がハプニングで転倒。
「!」
「……」
その援護していた男と眼が合う。
ガラス片を庇っていた瞼をしっかり開けて、S&W M29の銃口を振りながら、体を右手側に倒しながら……遮蔽物の陰から上半身を晒しながら両手で構えて発砲する。
轟音。手応え。
目前17mで遮蔽の陰に隠れていた男は遮蔽を貫通したアーマーピアシングの弾頭に胸骨を貫通させられ、大の字になりながら仰向けに倒れる。