44マグナム
午前0時。足音。光源に乏しい。
作業員用の通路に設けられた水銀灯が幾つか点いている。
これは理江が勝手に接続した物だ。
自分の都合のいいように光源や照射範囲を調整している。
午前0時と共に聞こえた足音の主の真正面から歩き出し、その人物と3mの距離を置いて対峙する。
30代前半の、冬用の生地が分厚いパーカーを着て、ジーンズパンツを穿いた男。
一見すると拳銃を呑み込んでいる様には見えないが、後ろ腰に小型の拳銃を差し込んでいるつもりで、面と向かう。
「玉置……というより【野川一誠会】の情報だ。料金は前払い。デジタルは嫌いなんでね。だからこうして直接交渉を持った。どうだい?」
「悪くないわよ。私も明朗会計の方が好きだし……幾ら?」
「松竹梅で」
「そうね……」
理江はわざとらしく悩む振りをした。
情報屋の……特徴が無いのが特徴のような……平凡な容貌や表情の端からその水面下の情報を引き出そうとする。
「!」
理江は銃撃された。
背後から突然。
銃弾は耳朶を掠り、浅い火傷に似た痛みを覚える。
目前の情報屋は一瞬の事で何が起きたのか解らずに、その場に腰を落として呆然とする。
自分がエサとしてこの場で理江と引き合わされたのも知らぬ顔だった。
理江は頭を低くしながら、錆びたドラム缶の遮蔽に飛び込む。
限られた、狭い戦闘区域。
銃声から距離を割り出す。
足音などの小さな音も拾いながら戦力を分析。
錆びたドラム缶では防弾の役目を果たさない。
直ぐに場所を変える。頭を更に低くして匍匐前進に近い移動。
銃声が理江の後を追う。複数。
5挺。
伏兵の可能性も考慮。
先にこの場で待ち伏せていたか、情報屋と会話している最中に展開したか。
周囲から包囲するような気配は感じられない。
複数の人影が視界の端をチラチラと動き回る。
飛蚊症のように鬱陶しい。
廃棄されて久しい廃材の山に飛び込む。S&W M29を左脇からずるりと抜く。
撃鉄を起こす。
ジンクスのように右手の人差し指の腹を噛む。
そうする事により、指先の神経を敏感にさせる。
左手にスピードローダーを抜いて小指に挟む。
連中に無駄な銃撃が無い。着弾するポイントも的確。
その辺の三下を掻き集めたとは思えない動きを見せる。
同時に理江は心の端で微笑を浮かべる。『あいつ』は相当焦っている。
簡単に捻り殺せるのなら、もう少し静観を決め込んでいるだろうが、時間を空けたくないほど焦っているので『情報屋界隈を敵に回してでも』理江を葬りたいらしい。
足音。気配を消す様子が感じられない。
足音の反響から全員が25平米の空間に納まったと察する。
無駄な発砲は無い。
発砲音と『音の軽さ』から鑑みるに輪胴式と自動式の混合。差異の有る足音や歩幅で5人だと判明。
5人。
その数も頭から信じ込むのは危険だ。
初手から全戦力で蹂躙する作戦はあまり『頭が良くない』戦法だと言えた。
5人が追いたてた後に、伏兵の狙撃手が葬る。
『あいつ』でなくとも、理江でもそう考える。
複数の人数を動員できるのなら、狭い空間に大量に投入するのではなく、退路を押さえさせから、伏兵を潜伏させる。
――――まあ、使えるか。
自分でプラグを差してブレーカーを操作して通電させた水銀灯を見る。
この場に居る人数と配置を逸早く確認できたのは水銀灯の力によるところも大きい。
水銀灯を遮断されなかったのは運がいい。連中も完全な暗がりでの銃撃戦では心許ないと感じたのだろう。
銃弾が集中し始める。
遮蔽からリップミラーを突き出し、水銀灯の間接的な光源を拾い、緩いハレーションを1人の人影に向ける。
その人物はハレーションで顔を舐められた瞬間に、遮蔽に飛び込んで前進する歩みを止めた。
「…………」
――――面倒臭い。
連中は顔見知り同士なのか、連携が成っている。
牽制よりも正確な銃撃で自分達が本命だと思わせておいて、その隙に友軍1人を陰から前進させる。
連中が潜んでいる遮蔽や防弾効果が期待できる廃材の山は水銀灯の光源を背負っているので、人数が容易く把握できた。
その陰で別働する1人が距離を詰めて迂回し、背後から理江を仕留める算段だったようだ。……その別働を今し方、押さえた。
撃鉄が起きたままのS&W M29を右手に待機させているのは筋力的に疲れる。
連携の取れている殺し屋に囲まれているとなると、流石に余裕が削られる。
膠着させられているのには変わらない。
業腹ながら貴重な44マグナムを牽制に用いる。
散発的で間延びした発砲を繰り出す。
空気を震わせる爆音も虚しく、16gの弾頭は空を切るだけの無為。 その威力で以って遮蔽は役に立たないとアピールする役目は果たせるが、打撃を与えられないのは悔しい。
少なくともここに居る全員を無力化させないと、生きて撤退できない気がする。
拳銃弾が飛来する。
集中するその位置には既に理江は居ない。
後退を余儀なくさせられているからだ。勿論、背後にも気を向ける。ブラフに次ぐブラフで神経がジリジリと磨り減る。
銃撃戦と言うより心理戦の相を呈する。
銃声一発にしても、着弾一箇所にしても、転がる空薬莢1個にしても、何かしらの意味があるように思える。
そして意味が有るように思わせて、勝手に膠着状態を作り出させて自爆させる戦法なのかと疑わせる。
ここで裏を掻いて、何も考えずに吶喊すれば良いカモだ。
連中は数に恃んで圧倒的に押し潰す真似をしていない。
包囲は隙間こそタイトだが、そのタイトな隙間に逃げ込むように誘っているように思えるのも面倒臭い展開を形成している。
リップミラーのハレーションがやけに嫌われるのがその主な理由だった。
裏を掻いてスマートに仕事を片付けるのを得意とするチームの殺し屋なのだろう。
プロの矜持があるのなら、連中の最大戦力は5人。
その5人の連携を少しばかり狂わせてしまったリップミラーのハレーションは大きな手掛かりになる。
牽制程度の銃撃で無為にした巨大な破壊力の残滓をシリンダーから弾き出し、スピードローダーで素早く再装填。
廃材の隙間から再び連中の配置を窺う。
右手側に2人。左手側に1人。恐らく、背後に2人。
一斉に発砲しない辺りは流石だった。
互いの直線上付近には仲間が居る。そして直線距離で約25m。
同士撃ちが発生する可能性が高い。無線機よりも早い連携を見せる事から横の連携でハンドシグナルを用いていると思われる。
「……」
素早く首を前後左右に振って水銀灯の位置を再確認。
遮蔽にしている廃材の山は拳銃弾程度なら停止させられる。
ブリキの屋根が落ちている廃工場。その向こうに高い建物や電柱などは見えない。
狙撃手が潜んでいる恐れは無い。廃工場の窓際からは隣の廃工場の壁が見えており、少なくとも長物を担ぎ込めるロケーションではなかった。
木製のパレット。ドラム缶。廃材の山……廃棄予定のまま放置された障害物。
それらの位置は水銀灯の光源が明確に教えてくれている。
工場の壁側に取り付けられた水銀灯。その内側に連中。更にその内側に理江を守るように遮蔽物と障害物。
静か。
音が聞こえない。
……そう、錯覚するほどに静かな銃撃戦だった。
硝煙の香りが漂ってこなければ現実から遊離しそうな静けさを覚える。
物理的な銃声は相変わらず。
だが、それすらも『静かに聞こえるのだ』。
自分がここに存在していないかのような錯覚を引き起こす。
連中の発砲に無駄が無いからこその錯覚だ。
作業員用の通路に設けられた水銀灯が幾つか点いている。
これは理江が勝手に接続した物だ。
自分の都合のいいように光源や照射範囲を調整している。
午前0時と共に聞こえた足音の主の真正面から歩き出し、その人物と3mの距離を置いて対峙する。
30代前半の、冬用の生地が分厚いパーカーを着て、ジーンズパンツを穿いた男。
一見すると拳銃を呑み込んでいる様には見えないが、後ろ腰に小型の拳銃を差し込んでいるつもりで、面と向かう。
「玉置……というより【野川一誠会】の情報だ。料金は前払い。デジタルは嫌いなんでね。だからこうして直接交渉を持った。どうだい?」
「悪くないわよ。私も明朗会計の方が好きだし……幾ら?」
「松竹梅で」
「そうね……」
理江はわざとらしく悩む振りをした。
情報屋の……特徴が無いのが特徴のような……平凡な容貌や表情の端からその水面下の情報を引き出そうとする。
「!」
理江は銃撃された。
背後から突然。
銃弾は耳朶を掠り、浅い火傷に似た痛みを覚える。
目前の情報屋は一瞬の事で何が起きたのか解らずに、その場に腰を落として呆然とする。
自分がエサとしてこの場で理江と引き合わされたのも知らぬ顔だった。
理江は頭を低くしながら、錆びたドラム缶の遮蔽に飛び込む。
限られた、狭い戦闘区域。
銃声から距離を割り出す。
足音などの小さな音も拾いながら戦力を分析。
錆びたドラム缶では防弾の役目を果たさない。
直ぐに場所を変える。頭を更に低くして匍匐前進に近い移動。
銃声が理江の後を追う。複数。
5挺。
伏兵の可能性も考慮。
先にこの場で待ち伏せていたか、情報屋と会話している最中に展開したか。
周囲から包囲するような気配は感じられない。
複数の人影が視界の端をチラチラと動き回る。
飛蚊症のように鬱陶しい。
廃棄されて久しい廃材の山に飛び込む。S&W M29を左脇からずるりと抜く。
撃鉄を起こす。
ジンクスのように右手の人差し指の腹を噛む。
そうする事により、指先の神経を敏感にさせる。
左手にスピードローダーを抜いて小指に挟む。
連中に無駄な銃撃が無い。着弾するポイントも的確。
その辺の三下を掻き集めたとは思えない動きを見せる。
同時に理江は心の端で微笑を浮かべる。『あいつ』は相当焦っている。
簡単に捻り殺せるのなら、もう少し静観を決め込んでいるだろうが、時間を空けたくないほど焦っているので『情報屋界隈を敵に回してでも』理江を葬りたいらしい。
足音。気配を消す様子が感じられない。
足音の反響から全員が25平米の空間に納まったと察する。
無駄な発砲は無い。
発砲音と『音の軽さ』から鑑みるに輪胴式と自動式の混合。差異の有る足音や歩幅で5人だと判明。
5人。
その数も頭から信じ込むのは危険だ。
初手から全戦力で蹂躙する作戦はあまり『頭が良くない』戦法だと言えた。
5人が追いたてた後に、伏兵の狙撃手が葬る。
『あいつ』でなくとも、理江でもそう考える。
複数の人数を動員できるのなら、狭い空間に大量に投入するのではなく、退路を押さえさせから、伏兵を潜伏させる。
――――まあ、使えるか。
自分でプラグを差してブレーカーを操作して通電させた水銀灯を見る。
この場に居る人数と配置を逸早く確認できたのは水銀灯の力によるところも大きい。
水銀灯を遮断されなかったのは運がいい。連中も完全な暗がりでの銃撃戦では心許ないと感じたのだろう。
銃弾が集中し始める。
遮蔽からリップミラーを突き出し、水銀灯の間接的な光源を拾い、緩いハレーションを1人の人影に向ける。
その人物はハレーションで顔を舐められた瞬間に、遮蔽に飛び込んで前進する歩みを止めた。
「…………」
――――面倒臭い。
連中は顔見知り同士なのか、連携が成っている。
牽制よりも正確な銃撃で自分達が本命だと思わせておいて、その隙に友軍1人を陰から前進させる。
連中が潜んでいる遮蔽や防弾効果が期待できる廃材の山は水銀灯の光源を背負っているので、人数が容易く把握できた。
その陰で別働する1人が距離を詰めて迂回し、背後から理江を仕留める算段だったようだ。……その別働を今し方、押さえた。
撃鉄が起きたままのS&W M29を右手に待機させているのは筋力的に疲れる。
連携の取れている殺し屋に囲まれているとなると、流石に余裕が削られる。
膠着させられているのには変わらない。
業腹ながら貴重な44マグナムを牽制に用いる。
散発的で間延びした発砲を繰り出す。
空気を震わせる爆音も虚しく、16gの弾頭は空を切るだけの無為。 その威力で以って遮蔽は役に立たないとアピールする役目は果たせるが、打撃を与えられないのは悔しい。
少なくともここに居る全員を無力化させないと、生きて撤退できない気がする。
拳銃弾が飛来する。
集中するその位置には既に理江は居ない。
後退を余儀なくさせられているからだ。勿論、背後にも気を向ける。ブラフに次ぐブラフで神経がジリジリと磨り減る。
銃撃戦と言うより心理戦の相を呈する。
銃声一発にしても、着弾一箇所にしても、転がる空薬莢1個にしても、何かしらの意味があるように思える。
そして意味が有るように思わせて、勝手に膠着状態を作り出させて自爆させる戦法なのかと疑わせる。
ここで裏を掻いて、何も考えずに吶喊すれば良いカモだ。
連中は数に恃んで圧倒的に押し潰す真似をしていない。
包囲は隙間こそタイトだが、そのタイトな隙間に逃げ込むように誘っているように思えるのも面倒臭い展開を形成している。
リップミラーのハレーションがやけに嫌われるのがその主な理由だった。
裏を掻いてスマートに仕事を片付けるのを得意とするチームの殺し屋なのだろう。
プロの矜持があるのなら、連中の最大戦力は5人。
その5人の連携を少しばかり狂わせてしまったリップミラーのハレーションは大きな手掛かりになる。
牽制程度の銃撃で無為にした巨大な破壊力の残滓をシリンダーから弾き出し、スピードローダーで素早く再装填。
廃材の隙間から再び連中の配置を窺う。
右手側に2人。左手側に1人。恐らく、背後に2人。
一斉に発砲しない辺りは流石だった。
互いの直線上付近には仲間が居る。そして直線距離で約25m。
同士撃ちが発生する可能性が高い。無線機よりも早い連携を見せる事から横の連携でハンドシグナルを用いていると思われる。
「……」
素早く首を前後左右に振って水銀灯の位置を再確認。
遮蔽にしている廃材の山は拳銃弾程度なら停止させられる。
ブリキの屋根が落ちている廃工場。その向こうに高い建物や電柱などは見えない。
狙撃手が潜んでいる恐れは無い。廃工場の窓際からは隣の廃工場の壁が見えており、少なくとも長物を担ぎ込めるロケーションではなかった。
木製のパレット。ドラム缶。廃材の山……廃棄予定のまま放置された障害物。
それらの位置は水銀灯の光源が明確に教えてくれている。
工場の壁側に取り付けられた水銀灯。その内側に連中。更にその内側に理江を守るように遮蔽物と障害物。
静か。
音が聞こえない。
……そう、錯覚するほどに静かな銃撃戦だった。
硝煙の香りが漂ってこなければ現実から遊離しそうな静けさを覚える。
物理的な銃声は相変わらず。
だが、それすらも『静かに聞こえるのだ』。
自分がここに存在していないかのような錯覚を引き起こす。
連中の発砲に無駄が無いからこその錯覚だ。