44マグナム
【野川一誠会】が警察に幾ら賄賂をばら撒いていても、ここまで騒ぎが大きくなると賄賂の金額や足元の見られ方も大きな打撃になる。
畢竟、玉置一は非協力的な態度を警察に示し、組織に内々で調査を進めさせるだろう。
裏手口から飛び出る。
この辺りは隣接する家屋の勝手口と背中合わせになっている関係上、人通りも少なく路地も細めだ。
細かな路地に入り込める余地が多く見つかる。
左脇にS&W M29を戻し、足早に路地を進む。
防犯カメラを意識して、できるだけ街灯の照射範囲から外れる。
※ ※ ※
玉置一の邸宅で撮影した画像はセーフハウスに帰宅するなり、直ぐに解析に掛かった。
ログインを只管繰り返してアカウントとパスワードを変更する。
一時的にこのアカウントは理江が乗っ取ったのと同じだ。
どれもこれも興味深いHPにアクセスする物ばかりだ。
アカウントを管理するメールアドレスのパスワードすら紙に書いてノートパソコンの下に隠していたのだから、いかに危機管理意識が薄いか窺える。
紙に書いたアナログは確かにどこかへ隠していれば強みを発揮する。だが、宝箱とその鍵を同じ場所に置いているのでは危機管理が低すぎる。
玉置一が執務室のような私室に篭るときは誰も、家族すら一歩も部屋に入れないと言う情報を怪訝に思い、深く情報を集めると『あの狭いスペースに探している物が有る』と確信に到り、長く玉置一を私室から遠ざける方法を選んだ。
金庫や棚を怪しいとは思わなかったわけではない。
デジタルネイティブでなく、中年世代で顎で人を使う……等のプロファイリングから必ず、『忘れないように書いた紙を、直ぐに手元に引き寄せられ場所に置いている』と導いた結果だ。
尤も、それらのプロファイリングも外注……元プロの解析専門の情報屋に頼った。
誰の息の掛かっていない、元プロ――プロファイリングの――は人知れずに消える予定だ。
『恐らく、強盗にでも背中から撃たれて財布を抜き取られるのだろう』。
玉置一がHPの管理人に問い合わせても最早遅い。
セーフハウスで黙々と20を下らない数のHPをことごとくスクリーンショットで画像を収め、URLもコピーする。
これらのHPは裏帳簿を保有する有力者たちの影の口座に直結する情報だ。
使い方次第では余波が現政権の端にまで届いてしまう。
クラッキング専門の情報屋を雇おうにも、どこのサーバーを経由しているのか解らない以上、追加料金だけが膨大に膨れる。
【野川一誠会】幹部へのハニートラップを敢行させた女への代金だけで財政は逼迫していた。
顔役に泣きつきすぎるのも限度が有る。
顔役の融通ばかりを使っていると、今度は顔役と理江の間に上下の利権関係が発生してしまう。
そうなれば対等の取引が出来なくなる。
この諸々のアカウントを奪ったことによるイニシアティブは大きい。
飾り物の玉置一1人の問題ではなくなったのだ。
興味深い内容が、羅列するサーバーからの賜物だが、この一部だけでも……そもそもアカウントを乗っ取っただけでも、背後の『あいつ』には脅威なのだ。
もう『あいつ』は黙ってはいない。
大人しく操り人形で遊んでいられない。
大事に作った操り人形が野良猫に銜えられて走り去ったのだ。
トカゲの尻尾程度……普通なら玉置一はその程度だ。玉置本人は。……だが、連綿と受け継がせる予定のアカウントが第三者に知られて利用された形跡が見つかったとなると、尻尾の数の問題ではなくなる。
出て来い……理江はそう念じる。
家族を殺してのうのうと生きている『あいつ』だけは許せない。
唯の復讐。
自分の心を晴らすためだけの復讐。
後は野と為れ山と為れ。
人間が、人間を恨む単純な感情だけでここまで道も人生もへし曲げられる恐ろしさを思い知れ。
家族がどのような思いでこの世を去ったか、などと言う『細かな事は問題ではない』。
目の前で大事な家族を殺された事実だけが全ての根源。
もうすぐ……もうすぐ、『あいつ』の喉に手が届く。
そう思うと凄惨な笑みが顔に張り付いたまま変化しない。子宮が疼くほどに熱い興奮を覚える。
※ ※ ※
月末が近付く。
玉置一は入院したまま。
料金が発生しない、噂程度の話では廃人のように反応に乏しい入院生活を送っているそうだ。
女房と次男を殺され、ノートパソコンの履歴のコピーではなくアカウントを乗っ取られた事実を知らされて、破滅の音を聞いたのだろう。
僅か2週間程度で20歳は老け込んだらしい。
余りに老け込んだので、千切れた右腕の断面が中々癒着せずに治療が長引きそうだという。
理江は奪ったアカウントやスクリーンショットを記録したSDカードをコピーして左派の新聞社やテレビ局、極左活動家の拠点などにばら撒く。……郵便で隣の県から投函した。
月が変わる頃にはテレビやSNS界隈では盛大なショーが始まっているだろう。
トカゲの尻尾に与えた重要なアカウントを乗っ取られた。
これだけで直ぐに玉置一ではなく【野川一誠会】に動きがあった。
これからは玉置一ではなく【野川一誠会】に揺さぶりをかける。
その道程に『あいつ』は必ず尻尾を出す。
この街で潜んで玉置一を近い距離から操っているのは判明している。直ぐに使いたい駒を手や眼が物理的に届く距離……文字通り手元に置いておきたいのは『あいつ』の悪い癖だ。
その癖を逆手に取る。
街中はざわつく。
普通の生活をしている、明るい世界の人間には何の平凡も無い日常だが、路地裏に入れば情報や噂が喧騒のように、しかし静かに飛び交う。 一番大きな話題は、一匹狼の女がこの街を牛耳るために、最大勢力の【野川一誠会】に喧嘩を売ったと言う『論点』で、情報や話題や噂が有象無象に売り買いされていた。
その情報の発信源は理江本人だ。
自分で虚実を混ぜた情報をばら撒いて【野川一誠会】を撹乱させるのが目的だ。
※ ※ ※
夜。郊外の廃工場。
段ボールを製造する工場の跡。
【野川一誠会】の情報を売りたいと言う情報屋が接触を図ってきた。 理江は断らなかった。
その情報屋の『筋』は顔役でも【野川一誠会】でもなかった。
今、この街で女の一匹狼と【野川一誠会】の情報を欲しがる闇社会の人間は幾らでも居る。
数多の取引の一つとして理江はその情報屋と接触した。
嘘の情報をばら撒いている本人が、正確でない情報を買う理由は……その情報屋が『あいつ』の息が掛かった使いっ走りだと簡単に想像できたからだ。
来るべき時が来た。と、理江は悟った。
その接触予定時間より1時間早く到着し、夜陰に身を潜ませながら寒さを堪えて連中の配置を見る。
情報屋は単純に情報を売りに来ただけで何も知らないだろう。
情報屋をエサに『あいつ』の手先となった【野川一誠会】の殺し屋連中がここに来る。
この廃工場に来るまでに安葉巻を何本も灰にした。
緊張と興奮が収まらず、軽い武者震いを覚える。
廃工場に到着するや否や、腕時計で時間を確認して午後11時だと判明。
流れる動作でホンジュラスの葉巻を銜えて、使い捨てライターで先端を炙る。
暗闇で蛍の灯りよりも大きな火の粒を灯す自殺行為。
自分の思わず行った動作に苦笑いしながら、安葉巻を1cmほど灰にして、直ぐに地面に落とし、踵で踏み潰す。
畢竟、玉置一は非協力的な態度を警察に示し、組織に内々で調査を進めさせるだろう。
裏手口から飛び出る。
この辺りは隣接する家屋の勝手口と背中合わせになっている関係上、人通りも少なく路地も細めだ。
細かな路地に入り込める余地が多く見つかる。
左脇にS&W M29を戻し、足早に路地を進む。
防犯カメラを意識して、できるだけ街灯の照射範囲から外れる。
※ ※ ※
玉置一の邸宅で撮影した画像はセーフハウスに帰宅するなり、直ぐに解析に掛かった。
ログインを只管繰り返してアカウントとパスワードを変更する。
一時的にこのアカウントは理江が乗っ取ったのと同じだ。
どれもこれも興味深いHPにアクセスする物ばかりだ。
アカウントを管理するメールアドレスのパスワードすら紙に書いてノートパソコンの下に隠していたのだから、いかに危機管理意識が薄いか窺える。
紙に書いたアナログは確かにどこかへ隠していれば強みを発揮する。だが、宝箱とその鍵を同じ場所に置いているのでは危機管理が低すぎる。
玉置一が執務室のような私室に篭るときは誰も、家族すら一歩も部屋に入れないと言う情報を怪訝に思い、深く情報を集めると『あの狭いスペースに探している物が有る』と確信に到り、長く玉置一を私室から遠ざける方法を選んだ。
金庫や棚を怪しいとは思わなかったわけではない。
デジタルネイティブでなく、中年世代で顎で人を使う……等のプロファイリングから必ず、『忘れないように書いた紙を、直ぐに手元に引き寄せられ場所に置いている』と導いた結果だ。
尤も、それらのプロファイリングも外注……元プロの解析専門の情報屋に頼った。
誰の息の掛かっていない、元プロ――プロファイリングの――は人知れずに消える予定だ。
『恐らく、強盗にでも背中から撃たれて財布を抜き取られるのだろう』。
玉置一がHPの管理人に問い合わせても最早遅い。
セーフハウスで黙々と20を下らない数のHPをことごとくスクリーンショットで画像を収め、URLもコピーする。
これらのHPは裏帳簿を保有する有力者たちの影の口座に直結する情報だ。
使い方次第では余波が現政権の端にまで届いてしまう。
クラッキング専門の情報屋を雇おうにも、どこのサーバーを経由しているのか解らない以上、追加料金だけが膨大に膨れる。
【野川一誠会】幹部へのハニートラップを敢行させた女への代金だけで財政は逼迫していた。
顔役に泣きつきすぎるのも限度が有る。
顔役の融通ばかりを使っていると、今度は顔役と理江の間に上下の利権関係が発生してしまう。
そうなれば対等の取引が出来なくなる。
この諸々のアカウントを奪ったことによるイニシアティブは大きい。
飾り物の玉置一1人の問題ではなくなったのだ。
興味深い内容が、羅列するサーバーからの賜物だが、この一部だけでも……そもそもアカウントを乗っ取っただけでも、背後の『あいつ』には脅威なのだ。
もう『あいつ』は黙ってはいない。
大人しく操り人形で遊んでいられない。
大事に作った操り人形が野良猫に銜えられて走り去ったのだ。
トカゲの尻尾程度……普通なら玉置一はその程度だ。玉置本人は。……だが、連綿と受け継がせる予定のアカウントが第三者に知られて利用された形跡が見つかったとなると、尻尾の数の問題ではなくなる。
出て来い……理江はそう念じる。
家族を殺してのうのうと生きている『あいつ』だけは許せない。
唯の復讐。
自分の心を晴らすためだけの復讐。
後は野と為れ山と為れ。
人間が、人間を恨む単純な感情だけでここまで道も人生もへし曲げられる恐ろしさを思い知れ。
家族がどのような思いでこの世を去ったか、などと言う『細かな事は問題ではない』。
目の前で大事な家族を殺された事実だけが全ての根源。
もうすぐ……もうすぐ、『あいつ』の喉に手が届く。
そう思うと凄惨な笑みが顔に張り付いたまま変化しない。子宮が疼くほどに熱い興奮を覚える。
※ ※ ※
月末が近付く。
玉置一は入院したまま。
料金が発生しない、噂程度の話では廃人のように反応に乏しい入院生活を送っているそうだ。
女房と次男を殺され、ノートパソコンの履歴のコピーではなくアカウントを乗っ取られた事実を知らされて、破滅の音を聞いたのだろう。
僅か2週間程度で20歳は老け込んだらしい。
余りに老け込んだので、千切れた右腕の断面が中々癒着せずに治療が長引きそうだという。
理江は奪ったアカウントやスクリーンショットを記録したSDカードをコピーして左派の新聞社やテレビ局、極左活動家の拠点などにばら撒く。……郵便で隣の県から投函した。
月が変わる頃にはテレビやSNS界隈では盛大なショーが始まっているだろう。
トカゲの尻尾に与えた重要なアカウントを乗っ取られた。
これだけで直ぐに玉置一ではなく【野川一誠会】に動きがあった。
これからは玉置一ではなく【野川一誠会】に揺さぶりをかける。
その道程に『あいつ』は必ず尻尾を出す。
この街で潜んで玉置一を近い距離から操っているのは判明している。直ぐに使いたい駒を手や眼が物理的に届く距離……文字通り手元に置いておきたいのは『あいつ』の悪い癖だ。
その癖を逆手に取る。
街中はざわつく。
普通の生活をしている、明るい世界の人間には何の平凡も無い日常だが、路地裏に入れば情報や噂が喧騒のように、しかし静かに飛び交う。 一番大きな話題は、一匹狼の女がこの街を牛耳るために、最大勢力の【野川一誠会】に喧嘩を売ったと言う『論点』で、情報や話題や噂が有象無象に売り買いされていた。
その情報の発信源は理江本人だ。
自分で虚実を混ぜた情報をばら撒いて【野川一誠会】を撹乱させるのが目的だ。
※ ※ ※
夜。郊外の廃工場。
段ボールを製造する工場の跡。
【野川一誠会】の情報を売りたいと言う情報屋が接触を図ってきた。 理江は断らなかった。
その情報屋の『筋』は顔役でも【野川一誠会】でもなかった。
今、この街で女の一匹狼と【野川一誠会】の情報を欲しがる闇社会の人間は幾らでも居る。
数多の取引の一つとして理江はその情報屋と接触した。
嘘の情報をばら撒いている本人が、正確でない情報を買う理由は……その情報屋が『あいつ』の息が掛かった使いっ走りだと簡単に想像できたからだ。
来るべき時が来た。と、理江は悟った。
その接触予定時間より1時間早く到着し、夜陰に身を潜ませながら寒さを堪えて連中の配置を見る。
情報屋は単純に情報を売りに来ただけで何も知らないだろう。
情報屋をエサに『あいつ』の手先となった【野川一誠会】の殺し屋連中がここに来る。
この廃工場に来るまでに安葉巻を何本も灰にした。
緊張と興奮が収まらず、軽い武者震いを覚える。
廃工場に到着するや否や、腕時計で時間を確認して午後11時だと判明。
流れる動作でホンジュラスの葉巻を銜えて、使い捨てライターで先端を炙る。
暗闇で蛍の灯りよりも大きな火の粒を灯す自殺行為。
自分の思わず行った動作に苦笑いしながら、安葉巻を1cmほど灰にして、直ぐに地面に落とし、踵で踏み潰す。