44マグナム
ダブルアクション。連続で発砲。
心の中では自分のペースで呼吸を整えて狙って撃っているつもりだ。
引き金を引く。
弾倉が6分の1回転して更に発砲。
いつもの愛銃の咆哮。
この銃でこの世界で生きていくのだと決めた。
だからこそのマグナム。
鋭い反動。銃口が跳ねる。充分に制御できる。
今の自分はこの時の為に存在していたと信じ込む。
そしてこれからも存在するのだと心に誓う。
2発目は玉置一の背中から覆いかぶさった警護要員である秘書の格好をした男の腰部に命中する。
僅かな焦りが着弾をずらしている。
落ち着け、と生体電流の早さで体の末端まで命令する。
3発目は虚しく空を穿つ。
その時に自分の体から脱力を感じる急激な脱力。
3発目が空振りに終わったのを感じた瞬間だった。
秘書の1人が抜いた拳銃からの発砲。大型自動拳銃。
全員が何かしらの武装を呑んでいる事を失念していたわけではない。反撃の余地を与えてしまった。
自分の腹部に9mmパラベラムと思しき弾頭が命中し、内臓を破壊した感触を覚えるよりも早く脱力が襲ってきた。
自分の死を感じるよりも、死の恐怖を感じるよりも早い、『何が起きたのか解らないパニック』。
ふと脳裏に、過去に被弾した人間が、怪我の度合いよりも自分が撃たれた事によるパニックで出血が加速し、あっという間に死に到るケースがあった事を思い出す。
相棒の大型輪胴式拳銃が中空を舞う。
撃たれた反動で手から愛銃がすっぽ抜けた。
次々に自分の体に鉛弾が叩き込まれるが、世界は静寂の中に在った。
何も聞こえない。何も感じない。
重力しか……否、重力に引っ張られて自分がアスファルトに崩れ落ちた事を認識するが、その際に体に受けるはずの衝撃も感じない。
やがて……『彼』の意識は遠ざかったまま還る事が無かった。
『彼』は愛銃のトーラスの357マグナムリボルバーと共に地面の上に在った。
殺し屋の世界で一旗揚げようと、伊達ではない357マグナムを連れ添って踊り込んだが、……こうして、数回目の仕事で呆気無く命を落とした。
『彼』は手配師から玉置一という有力者を殺す依頼を間接的に請け負っただけに過ぎない。
どこの誰が『彼』を雇ったかは不明だ。
開いたままの『彼』の瞳孔は玉置一の遥か向こうの路地裏から『1人の女が大型リボルバーを発砲』するのが見えていたが、その風景を、精気の宿らない網膜に映し出していただけで何も感じていない。
何も覚えていない。何も考えていない。
そもそも、『彼』の呼吸は止まっているのだ。
『彼女が雇った若手の殺し屋が、充分に警護要員である3人の男をひきつけていたからこそ、その隙は大きかった』。
玉置一に覆い被さって腰部に被弾した男にのしかかるようにして倒された。
その隙に隣の警護要員は目前の若い殺し屋――357マグナムを使う、自称・新進気鋭で才気煥発溢れるルーキー――は撃ち倒された。
大きなロスが抉じ開けられた。
玉置一も健在な警護要員も、殺し屋の『彼』に釘付けになった。
その背後から……玉置一の前方の路地裏から理江はS&W M29を発砲した。
357マグナムとは違う、腹にくぐもる轟音。
警護要員の脊椎を完全に破壊して一瞬で絶命させる。
彼我の距離45m。
理江には問題の無い距離。
日が高い。雑踏の隙間。
往来には人が居る。
だが、本当の意味での一撃離脱を敢行するにはこの位置が最適だった。
……防犯カメラの死角なのだ。
防犯カメラに写っている被害者と襲撃者。その死角から……被害者の背後から襲撃するもう一人の人物。
それが理江だった。
44マグナムなら45mの距離は大した距離ではない。
十分に狙いを定められる時間を与えてくれるのなら、必ず当てられる距離だ。
四つん這いになり、立ち上がろうとする玉置一の右腕を44マグナムのシルバーチップで圧し折る。
肘から下が殆ど千切れかける。玉置一は悲鳴を挙げなかった。
次から次に襲い掛かる非現実な風景が脳味噌で処理できないのだ。
目前で自分の右腕が不具にされても、顔をだらしなく呆けさせて涎を垂らさんばかりに放心していた。
突然すぎる出来事に新陳代謝が停止しているのか、千切れかけの腕からは大した出血は無い。
それもまた放心してしまう理由の一つなのだろう。
他人の血には鈍感でも、自分の流血は酷く取り乱す。取り乱す脳味噌がそれを極めれば感情が処理しきれず、現実逃避へと切り替わる。
表通りが騒がしくなる。
銃声を聞いても平穏を維持できるほどの他人ではない。
その銃火が自分たちに瞬く事が無いとは限らない。
通報する人間が10人や20人居ても不思議ではない。
尤も、その頃には理江はここには居なかった。
玉置一の腕を捥いだ瞬間に踵を返して路地裏を伝い、人気や雑踏から離れて大きくダイブするように赤いカローラフィールダーの後部座席――予め、ドアは大きく開け放たれていた――に飛び込み、爪先でドアを閉めると、こう、言い放った。
「早く車を出して! 私をあの場所に『運んで』!」
……と。
手配していた運び屋に『自分を荷物に準えて運搬させた』のだ。
※ ※ ※
玉置一に対する直接的な襲撃は予想以上の効果だった。
結局右腕を切断する他無かった玉置一は、地元の総合病院の病室に閉じ篭ったままで外部との連絡は全て電話で行っていると推測される。
顔役に報せるまでも無くその動向の大きさは伝わっていた。
顔役のメッセンジャーを務める40代後半の古ぼけたブルゾンにハンチング帽を被った男は、顔役が理江の為に用意したセーフハウスで胡坐を書いて遠慮なく煙草を吹かしていた。
「顔役はアンタの動きに注意している。敵か味方か未だ解らんからだ。玉置一が飾り物だってのは解りきっている。なのに捉えてそのバックを誘き出すエサにしないアンタが不審なんだ。何を考えている? 顔役はズバリ、アンタの今後の予定を聞きたいと仰せだ。好き勝手に暴れてそのままどこかへトンズラされたのでは……」
「言いたい事はそれだけ?」
「……何?」
理江の冷たい口調に男は気色ばんだ。
理江は男の前に胡坐を書いて座り、ウエスで油を拭き取っていた。S&W M29のメンテナンス中にこの男が現れたのではない。
この男とここで落ち合う予定を立てていたが、時間まで手持ち無沙汰だったのでグリスを可動部位に差して作動を確実にすべく簡単なメンテナンスを施していただけだ。
プレートを外したりサイトを微調整したりするような手間のかかる部位は弄っていない。
それこそ、万が一に即応できない。
窓を開け放った1Kの部屋。換気扇も回している。グリスやスプレーの引火性物質が部屋に充満しないようにする。下手に吸い込めば急性中毒症状を引き起こす。
S&W M29に実包を装填し、シリンダーを手癖で素早く回転させる。これは単純に彼女の癖だ。
「顔役はお前の身の振り方が見えないからはっきりさせろと仰っている。こちらも只でこんな部屋やタマを手配してるんじゃ無いんだ。ウチとアンタの繋がりが連中にバレたら顔役と【野川一誠会】は戦争になる」
「だから……都合のいい、言い逃れを考える為に私の作戦を教えろと?」
「有り体に言えば……そうだ」
ハーフコートを脱ぎショルダーホルスターを剥き出しにした理江は左脇にS&W M29を差し込む。
金属と革が擦れる心地の良い擦過音がする。
心の中では自分のペースで呼吸を整えて狙って撃っているつもりだ。
引き金を引く。
弾倉が6分の1回転して更に発砲。
いつもの愛銃の咆哮。
この銃でこの世界で生きていくのだと決めた。
だからこそのマグナム。
鋭い反動。銃口が跳ねる。充分に制御できる。
今の自分はこの時の為に存在していたと信じ込む。
そしてこれからも存在するのだと心に誓う。
2発目は玉置一の背中から覆いかぶさった警護要員である秘書の格好をした男の腰部に命中する。
僅かな焦りが着弾をずらしている。
落ち着け、と生体電流の早さで体の末端まで命令する。
3発目は虚しく空を穿つ。
その時に自分の体から脱力を感じる急激な脱力。
3発目が空振りに終わったのを感じた瞬間だった。
秘書の1人が抜いた拳銃からの発砲。大型自動拳銃。
全員が何かしらの武装を呑んでいる事を失念していたわけではない。反撃の余地を与えてしまった。
自分の腹部に9mmパラベラムと思しき弾頭が命中し、内臓を破壊した感触を覚えるよりも早く脱力が襲ってきた。
自分の死を感じるよりも、死の恐怖を感じるよりも早い、『何が起きたのか解らないパニック』。
ふと脳裏に、過去に被弾した人間が、怪我の度合いよりも自分が撃たれた事によるパニックで出血が加速し、あっという間に死に到るケースがあった事を思い出す。
相棒の大型輪胴式拳銃が中空を舞う。
撃たれた反動で手から愛銃がすっぽ抜けた。
次々に自分の体に鉛弾が叩き込まれるが、世界は静寂の中に在った。
何も聞こえない。何も感じない。
重力しか……否、重力に引っ張られて自分がアスファルトに崩れ落ちた事を認識するが、その際に体に受けるはずの衝撃も感じない。
やがて……『彼』の意識は遠ざかったまま還る事が無かった。
『彼』は愛銃のトーラスの357マグナムリボルバーと共に地面の上に在った。
殺し屋の世界で一旗揚げようと、伊達ではない357マグナムを連れ添って踊り込んだが、……こうして、数回目の仕事で呆気無く命を落とした。
『彼』は手配師から玉置一という有力者を殺す依頼を間接的に請け負っただけに過ぎない。
どこの誰が『彼』を雇ったかは不明だ。
開いたままの『彼』の瞳孔は玉置一の遥か向こうの路地裏から『1人の女が大型リボルバーを発砲』するのが見えていたが、その風景を、精気の宿らない網膜に映し出していただけで何も感じていない。
何も覚えていない。何も考えていない。
そもそも、『彼』の呼吸は止まっているのだ。
『彼女が雇った若手の殺し屋が、充分に警護要員である3人の男をひきつけていたからこそ、その隙は大きかった』。
玉置一に覆い被さって腰部に被弾した男にのしかかるようにして倒された。
その隙に隣の警護要員は目前の若い殺し屋――357マグナムを使う、自称・新進気鋭で才気煥発溢れるルーキー――は撃ち倒された。
大きなロスが抉じ開けられた。
玉置一も健在な警護要員も、殺し屋の『彼』に釘付けになった。
その背後から……玉置一の前方の路地裏から理江はS&W M29を発砲した。
357マグナムとは違う、腹にくぐもる轟音。
警護要員の脊椎を完全に破壊して一瞬で絶命させる。
彼我の距離45m。
理江には問題の無い距離。
日が高い。雑踏の隙間。
往来には人が居る。
だが、本当の意味での一撃離脱を敢行するにはこの位置が最適だった。
……防犯カメラの死角なのだ。
防犯カメラに写っている被害者と襲撃者。その死角から……被害者の背後から襲撃するもう一人の人物。
それが理江だった。
44マグナムなら45mの距離は大した距離ではない。
十分に狙いを定められる時間を与えてくれるのなら、必ず当てられる距離だ。
四つん這いになり、立ち上がろうとする玉置一の右腕を44マグナムのシルバーチップで圧し折る。
肘から下が殆ど千切れかける。玉置一は悲鳴を挙げなかった。
次から次に襲い掛かる非現実な風景が脳味噌で処理できないのだ。
目前で自分の右腕が不具にされても、顔をだらしなく呆けさせて涎を垂らさんばかりに放心していた。
突然すぎる出来事に新陳代謝が停止しているのか、千切れかけの腕からは大した出血は無い。
それもまた放心してしまう理由の一つなのだろう。
他人の血には鈍感でも、自分の流血は酷く取り乱す。取り乱す脳味噌がそれを極めれば感情が処理しきれず、現実逃避へと切り替わる。
表通りが騒がしくなる。
銃声を聞いても平穏を維持できるほどの他人ではない。
その銃火が自分たちに瞬く事が無いとは限らない。
通報する人間が10人や20人居ても不思議ではない。
尤も、その頃には理江はここには居なかった。
玉置一の腕を捥いだ瞬間に踵を返して路地裏を伝い、人気や雑踏から離れて大きくダイブするように赤いカローラフィールダーの後部座席――予め、ドアは大きく開け放たれていた――に飛び込み、爪先でドアを閉めると、こう、言い放った。
「早く車を出して! 私をあの場所に『運んで』!」
……と。
手配していた運び屋に『自分を荷物に準えて運搬させた』のだ。
※ ※ ※
玉置一に対する直接的な襲撃は予想以上の効果だった。
結局右腕を切断する他無かった玉置一は、地元の総合病院の病室に閉じ篭ったままで外部との連絡は全て電話で行っていると推測される。
顔役に報せるまでも無くその動向の大きさは伝わっていた。
顔役のメッセンジャーを務める40代後半の古ぼけたブルゾンにハンチング帽を被った男は、顔役が理江の為に用意したセーフハウスで胡坐を書いて遠慮なく煙草を吹かしていた。
「顔役はアンタの動きに注意している。敵か味方か未だ解らんからだ。玉置一が飾り物だってのは解りきっている。なのに捉えてそのバックを誘き出すエサにしないアンタが不審なんだ。何を考えている? 顔役はズバリ、アンタの今後の予定を聞きたいと仰せだ。好き勝手に暴れてそのままどこかへトンズラされたのでは……」
「言いたい事はそれだけ?」
「……何?」
理江の冷たい口調に男は気色ばんだ。
理江は男の前に胡坐を書いて座り、ウエスで油を拭き取っていた。S&W M29のメンテナンス中にこの男が現れたのではない。
この男とここで落ち合う予定を立てていたが、時間まで手持ち無沙汰だったのでグリスを可動部位に差して作動を確実にすべく簡単なメンテナンスを施していただけだ。
プレートを外したりサイトを微調整したりするような手間のかかる部位は弄っていない。
それこそ、万が一に即応できない。
窓を開け放った1Kの部屋。換気扇も回している。グリスやスプレーの引火性物質が部屋に充満しないようにする。下手に吸い込めば急性中毒症状を引き起こす。
S&W M29に実包を装填し、シリンダーを手癖で素早く回転させる。これは単純に彼女の癖だ。
「顔役はお前の身の振り方が見えないからはっきりさせろと仰っている。こちらも只でこんな部屋やタマを手配してるんじゃ無いんだ。ウチとアンタの繋がりが連中にバレたら顔役と【野川一誠会】は戦争になる」
「だから……都合のいい、言い逃れを考える為に私の作戦を教えろと?」
「有り体に言えば……そうだ」
ハーフコートを脱ぎショルダーホルスターを剥き出しにした理江は左脇にS&W M29を差し込む。
金属と革が擦れる心地の良い擦過音がする。