銃弾は間違えない
※ ※ ※
銃弾が飛び交う。
陳腐な表現。
乏しい語彙でしか表せない状況。
誰しもが言葉を失い、思考を停滞させてしまう環境。
短機関銃や自動小銃を相手に鉄火場を展開していると必ず、脳味噌と足が竦んでしまってその場で縫い付けられてしまう。
移動して然るべき行動を選択せねば死に直結すると解っていても……何度経験してもこの恐怖に慣れる気がしない。
プロだから冷徹に、とは昔気質すぎる職人の考えだ。
優子は本物のプロは、突然、急転した環境で如何にして挽回するかが、プロの本質だと思っている。
最初から最後までスムーズに仕事が運べるなどと言う甘い依頼は半分も無い。大概が予想外の連続だ。
今回の依頼にしても、廃ビルに潜んでいる逃走中の標的一人を仕留めるだけの簡単な仕事だと思っていた。
5階建ての廃ビル。シャッター街の中の建物。取り壊しが決定した商店街の中。
その無人になって久しいテナントビルの中に標的が逃げ込んで潜伏中と言う情報を元にビルに足を踏み入れた途端に銃弾が襲い掛かって来た。
連なる銃声と特徴的な発砲音からして短機関銃。
9mmパラベラムを使用する短機関銃。それも3挺。ZKR-551を抜き放つよりも早く連中の攻撃が始まった。
1階ロビーから階段を昇って2階へ進んで直ぐに頭を抑えられた。
9mmパラベラムの弾頭が猛然と優子に浴びせられる。
ZKR-551を抜くよりも早く優子の体は反応していた。
嫌な空気……肌に突き刺さるような殺気を感じて、先制攻撃よりも、たった一歩の後退を選択したのだ。
その結果、階段の角が遮蔽を為し、9mmパラベラムに全身を縫われる事は無かった。いつものトレンチコートの裾に2箇所ばかり孔が開いただけだ。
「………………」
動悸。鼓動が五月蝿い。
寒くて息が白い。更に白く口元が濁る。
遮蔽を背中にして、気付け代わりにスキットルを一口呷る。
舌を濡らす程度の量。
アルコールの痺れで絶頂に達しそうな興奮の度合いが一時的に下がる。
適量のアルコール摂取は判断を鈍らせるだけでなく、程よいアドレナリンの分泌も阻害する。
緊張感も緊迫感も無い精神状態で仕事に臨めば必ず致命的な怪我を負う。
今までにそれでしくじって姿を消した殺し屋を沢山見てきた。
指先の震えが鎮まる。
ガンベルトに差したZKR-551のグリップを握り、意を決したように引き抜く。
乏しい光源。
テナントビル内部は外部から差し込む外灯やアーケードの明かり以外に光源は無く、遮蔽だらけで視界も悪い。
遮蔽だらけの状況における利点難点は此方も向こうも同じだ。
マズルフラッシュが瞬く。その数を数えて短機関銃が3挺だと判明。 標的が独りでガタガタと震えている様をイメージしていただけに優子は大きく肝を潰された。
ZKR-551のグリップを握り直す。
左手の小指と薬指の間に補弾する為のストラップを1個、挟む。
無駄弾を吐き様が無い。
撃つ時は倒す時だと強く念じて呼吸を整える。
連中の銃弾が形成する死のゾーンの真ん中で弾切れを起こすと生存率が一気に低下する。
ZKR-551のサイトに小型LEDライトを密接させて入念に光を蓄えさせる。
サイクルレートの速い短機関銃にいつまでもこの場所で膠着させられるわけにはいかない。
連中が誰だか正体は不明だ。
標的である男――組織の上級幹部。謀反を起こし、失敗し逃走を計る――のプロフィールと居場所しか調べなかったのは痛いミスだ。
逃走用の持ち金を叩いてボディガード専門の『護り屋』を雇ったか、男に肩入れする組織の離反組と合流したか。
どちらにせよ短機関銃の脅威と評価は変わらない。
咄嗟に伏せる。
頭上を9mmの弾頭が一舐めする。
遮蔽である角が削られて内装が剥き出しになる。細かな粉塵を吸い込んで呼吸が乱れてはいけないので、口元を左手にしたハンドタオルで押さえる。
伏せたまま右手を床から突き出して顔を上半分覗かせる。
乱射気味の短機関銃の距離と位置を計算する。
それぞれは階段の角や給湯室の入り口などに陣取っているが、奥まった部分は真っ暗で距離が計り辛い。
脳内にこのビルの見取り図が入っているが……見通しが利かないと正確な位置関係が割り出せない。
連中が短機関銃をそれぞれ、連携を見せずに好きなだけ発砲してくれているので最低3人の戦力が居る事は理解した。
暗がりでの乱射と言うのは相手にとって、自分の位置を報せているようなもので何かと敬遠される行為ではあるが、この様に閉鎖的な空間で弾幕を張られると、逆に圧倒されて萎縮してしまう。
目前、右手側。
距離20m辺りの給湯室入り口に陣取る短機関銃が突然黙る。
弾切れを起こしたか、ジャミングを起こしたか。……その隙を見逃さない優子。
撃鉄を起こし呼吸を止めて発砲。
他の2挺が乱射を続ける中、確かに、重い砂袋が床に落ちるのに似た音を聞いた。
給湯室の隣で乱射する短機関銃のマズルフラッシュが給湯室の入り口付近で突然沈黙した男の影を浮かび上がらせたので狙うのに阻害する材料が減った瞬間に発砲したのだ。
確かに、一人、仕留めた。
呻き声も悲鳴も聞こえない。
短機関銃を乱射している2人が突然、沈黙してその姿を完全に遮蔽に引っ込めたのだ。
明らかに連中の戦力が減ったのだと雰囲気が伝える。
タクティカルライト仕様のLEDライトを点滅に切り替え、連中が居る辺りにそれを床に滑らせて陽動を仕掛ける。
LEDライトは床を滑りながら点滅を繰り返し、2人の短機関銃の銃口を引きつけた。
2つの銃口は床を素早く滑る点滅するLEDライトを追って脊髄反射的に乱射する。
足元に突然、ネズミ花火を放り込まれたような効果だ。
左手側の遮蔽に身を隠していた男の短機関銃の銃口付近が見える。シルエットからして、H&K MP5だ。
そのハンドガードを狙って発砲。
男の手からH&K MP5が弾き飛ぶ。
驚愕と苦悶が混じった声が聞こえた。直ぐにその男は遮蔽に身を隠し、懐を探り出した。携行している拳銃を引き抜くつもりか。
同じく床を滑るLEDライトを9mmの銃弾で追っていたもう一人は慌てて遮蔽である給湯室に身を隠そうとするが、その右足の膝をZKR-551に撃ち抜かれ、脱力し、力無く崩れる。
優子は続けてその男に狙いを定めて遮蔽から飛び出た頭部に向かって床に伏せたまま発砲する。
違える事無く、38口径の豆弾は男の左側頭部に命中して完全に無力化した。
「………………」
――――少し長引くかな?
優子は体勢を立て直し、その場にしゃがみこむ。
今の内にZKR-551の弾倉から空薬莢を押し出してストラップの実包を装填していく。
床に転がったまま無意味に点滅を繰り返すLEDライトが作るハレーションが癪に障る。何故か神経を逆撫でされる。……緊張している神経を掻き乱す不自然な眩さが気に入らない。
新しいストラップを左手の指の間に挟むと、ZKR-551の撃鉄を起こして立ち上がる。
忌々しく思えるLEDライトのハレーションが、直線上の廊下を浮かび上がらせる。皮肉にも距離や位置を計算するのに充分な光源を提供している。
「…………?」
違和感。
連中の動きが『小さくなった』。
今までは無駄に短機関銃を振り回す素人だと思っていたが、戦力が低下した途端に鳴りを潜める。
恐怖に圧されたとは考え難い。