銃弾は間違えない

 そのイメージは定着しつつあり、今もこうして残党狩り程度のポジションしか与えられていない。
 ……彼女もプロだ。
 殺し屋を自称するだけの仕事はする。
 それが例え、都合の良い鉄砲玉扱いだったとしても仕留めれば文句は出ない。
 今回は丁寧な殺しを依頼されたわけではない。無力化させるだけの重傷を負わせれば履行となる。
 眼が、サイトが、銃口が遮蔽に飛び込もうとする男の左側頭部を捉える。
 引き金を引く。
 38口径の弾頭が、音速より少しばかり遅い速度で男の左側頭部にめり込み、男は首を衝撃で不自然な方向に不自然な角度で折ってそのまま前のめりに倒れる。
 銃口は次の標的を捉える。
 既に遮蔽に飛び込んだ男が潜望鏡のように拳銃を突き出して盲撃ちしている。そんな射撃では当たりも掠りもしない。
 またも悠々とクザーノ・コロナを一服すると、その拳銃を握る腕に熱い弾頭を叩き込んで、殆ど千切れ飛びかけの大怪我を負わせた。
 遮蔽の男は右腕を失った事で戦闘能力が著しく低下した。その男は体を半分に折って怪鳥のような叫び声を挙げながら苦悶した。
 パレットを積んだ遮蔽の角から負傷した男の上半身が飛び出る。
 自分が痛みと腕を失ったショックで、敵である優子に捉えられた事を全く自覚していない。そんな標的にも彼女は容赦無かった。
 発砲。
 弾頭は頸部に深々と刺さり、男は腕の痛みどころではない事態に陥る。……ほぼ即死だった。
 左右に散らばって遮蔽に隠れようとした途端に、先に向かった仲間が目前で銃弾に倒れたのを見て残りの2人は踵を返し、今来た方向を逆走しようと走り出す。
 絶好の標的だった。
 2人とも背中に1発ずつの弾丸を叩き込まれ、膝から崩れ落ちた。骨に命中する嫌な感触を音で掴む。どちらか一人は背骨を砕かれたらしい。
 5発消費。後続が現れるまでに実包を補弾する。薬莢の尻に打痕が有る空薬莢だけを捨てて、ストラップで再装填。
 決して外灯の光源下に立たず、左手側に遮蔽の陰を意識しながら港湾部の出入り口で佇む。
 クザーノ・コロナの大量の煙が潮風に吸い上げられて夜空に溶け込んで消えてしまう。
 耳に嵌め込んだままのブルートゥースのイヤホンからは何も連絡が来ない。通話は繋がったままで、通話相手の男の呼吸が聞こえる。
 呼吸のペースからして絶賛、銃撃中らしい。明らかに興奮状態の呼吸。
 ……今は何を言っても聞いてはくれないだろう。
 無理に戦況を問うてクライアントである彼を怒らせては、今後の好いラポールに支障を来たしそうなので優子は何も喋らない。
「…………」
 更に後続に2人の人影が見える。タクティカルライトと思しき眩い電灯で大きくゆっくり円を書いて合図するのが見える。……それは、あらかじめ打ち合わせていた、この鉄火場の終了の合図だ。
 即ち、速やかな撤収を促されている。
「もしもし。聞こえる?」
 優子はブルートゥースのイヤホン越しに通話を試みる。
「合図は見たな。直ぐに撤収だ。こちらは押さえるモノは押さえた。早くずらかれ!」
 通話の相手はそれだけ言うと通話を切って二度と応答に出なかった。
 今夜の仕事は非合法な取引現場での荒らしだった。
 クライアントはその取引に臨む一方の組織。
 もう一方の組織をこの場で片付けて取引する現物を手に入れてしまうのが大きな目的だった。
 今夜の鉄火場を境に巷では派手な抗争が始まるらしいが、直接自分に火の粉が掛かるわけではないので優子は何も怖気づく事はなかった。
 金で戦力を売り買いされる殺し屋稼業というのは実は珍しくは無い。都合の良い時だけ殺し屋を生業とし、アルバイト感覚で鉄砲玉の真似事も引き受ける。
 今の時代、堅苦しい殺し屋一辺倒だけの生活では満足に家賃も払えない。
 報酬さえもらえば何でも屋に成り下がる。
 プライドも意識も低い、どこにでもいる殺し屋だった。
 一つ、彼女なりに譲れないポイントが有るとすれば、それは金で裏切らない事だ。
 この業界は信用商売だ。
 金で掌を返すと二度とこの業界で仕事が出来なくなる。
 信用が失墜して殺し屋としての依頼が金輪際、やって来ないのだと肝に銘じている。
 映画やドラマでよく見かける、金で買収される殺し屋は確率的には極端に少ない希少種だ。最初に商談をして提示された金額で満足したらそれ以上の金額を望んではいけない。歩合制であっても、取れ高が低いからと敵に寝返るのは商売の仁義に反する。
 一つの依頼を完璧以上に遂行してこそ初めて評価される世界だ。
 学校の試験のように100点満点で褒めてもらえる世界ではない。プロなのだから100点満点で当たり前だ。
 それを鑑みると、今夜の彼女の仕事は100点満点以上だと言えた。最初に聞いていた敵戦力は22人。
 その内9人を残党狩りで屠った。
 遁走する、戦意を失った連中とはいえ、半分の戦力を削いだ。
 今ここで戦意が削がれて無傷で逃がしてしまうと、気力を挽回した時に新しい脅威として次回の鉄火場で戦力として加算されてしまう。
 それを防ぐ為の残党狩りだ。
 実に面白味の無い仕事だった。
 歩合制なので充分な数を仕留めたと言えるが、達成感が今一つだ。
 ZKR-551を右腰に戻し、トレンチコートのベルトを締め直す。左懐から取り出したスキットルと葉巻を交互に口に当てながら夜陰に乗じて消える。
 彼女が去った後には死に切れないで居る連中が9人居たが、止めを刺せとは命令されていない。
 無力化させろと言われただけだ。
 頭部、頚部、左胸部に38口径の直撃を受けても、適切な処置が間に合えば充分に社会生活が営める。
 二度と粋がってハジキを持つ事は出来ないだろうが、死ぬよりはマシだろう。
 だからと言って、連中の為に救急車を手配するつもりは無い。
 今この場で連中は、自分の強運と生命力を試しているのだと考えている。自分も同じ目に遭えば同じ事を考えるだろう。連中も同じに違いないと勝手に信じる事にした。

   ※ ※ ※

 2階建て3LDKのハイツ。南東向きの角部屋。
 そこが大波優子の居城であった。
 駅からは徒歩25分。バス停まで徒歩15分。微妙に交通の便が悪い。
 生活に必要な商業施設が近所に有り、総合病院は無い。
 この新興住宅地を拓くに当たって最初から計画されていた【クリニックブロック】と銘打たれた一角が有り、そこにあらゆる診察科の医院が犇き合っているので急病でも何とか凌げた。
 ドラッグストアや調剤薬局も、同じ区画に有るので医薬品には困らない。
 新しく住宅地を拓くと言う事はそれだけ人口も増えるのだから、大方の住民が直ぐに欲する施設や店舗が有れば心強いだろうという自治体の計画の一環だった。
 午前11時。太陽は高い。
 冬の気候にしては珍しく快晴だ。
 遮光カーテンの隙間から差し込む暖かい日差しに額を撫でられ、優子はベッドで目を覚ました。
 昨夜の仕事が終わるなり、盗難車を乗り継いで帰宅したのだ。辺りには脱ぎ散らかした衣服。
 薄い黄土色のトレンチコートだけはハンガーに掛けていたのは流石に苦笑した。
 自分が衣服を脱ぎ散らかしたのは全く覚えていない中、トレンチコートだけは無意識に大事にハンガーに掛けていたのだ……ZKR-551が収まったガンベルトは床に転がったままなのに……。
3/18ページ
スキ