銃弾は間違えない
『弾が届くのなら必ず仕留められる』……それが彼女のセールス文句だった。
そのセールスの通りの仕事を果たす時が来たのだ。
今までと同じ。
今までの仕事と同じだ。
銃火。散発的。弾薬の節約ではない。
発砲する隙が有るのなら早く遁走したい心境の表れだ。
真っ直ぐ標的達は走ってくる。
自らの足で走って逃げている。
この場所しか、この鉄火場を抜ける道が無いのを知っている、迷いの無い全力疾走。
連中の主な戦力は自動車で駆けつけたはずだが、それすらも頼れないほどに焦っている。
呪詛。怒号。罵声。罵詈雑言。
様々な汚らしい言葉が潮風に乗ってやって来る。
段々と近づく。
ゆっくりと、優子はZKR-551を抜き放つ。
ハーフコックのまま待機させていた撃鉄をカチリと起こす。
シリンダーが6分の1回転して撃発の準備が整う。
サイトには蓄光白色ドットが刻まれている。予め、LEDライトを照射してたっぷりとドットには光を蓄えさせた。
外灯の下を走る人影が次々と視界に入る。
外灯の位置を目印に距離を計算する。
同時に自分が仕留めるべき標的の数も確認する。
この後も追い立てられた連中が転がり出てくるはずだ。この仕事が終わるまでに合計何人の標的を仕留めればいいのか解らない。……仕留めた分だけ報酬が貰えるのだから文句は言わない。
――――距離……30m……頃合か。
優子は心の中で呟く。
フロントサイトと銃口は最初の標的の胸を掴んだ。
5人ほどの塊の一番奥に居る男だった。
手前の標的を片付けるのは確率からして簡単だ。先頭から片付けている間に、その向こうの標的に姿を晦まされては彼女の計算が狂う。
発砲。
軽いトリガープル。
38splの軽い反動。
この潮風で流されてしまいそうな心許無い銃声。
弾頭のエネルギーでさえも、向かい風に煽られれば消えてしまいそうだ。
初撃は狙った男の胸のど真ん中に命中する。
男が倒れるのを見たわけではない。肉袋が落ちるような音を聞いただけで命中したと判断した。
空かさず、銃口を僅かに横へ滑らせながら撃鉄を起こす。
途端に、混乱しだした一団の一番奥の標的を更に狙う。
相変わらず軽い引き金と軽い反動。そして小さな呻き声。
流石に黙っていない連中。
3人の人影がくっきりと外灯に照らし出される。
優子の位置は外灯の直下ではない。彼我の距離20m。……反撃が有る。それらの銃弾は掠りもしない。合計3挺の拳銃の反撃。後続が到着すると面倒だ。
銃口を僅かに動かし、冷静に撃鉄を操作して引き金を引く。
優子の足元に連中の着弾が発生したが、彼女の顔色に動揺の色は皆無だ。冬の夜よりも冷たい顔。
3人の後方30m以上向こうにも銃火が見える。
遁走組の第2陣だろう。
彼女の顔に焦りは無い。
経験則から、焦るだけ無駄である事を知っているからだ。
撃鉄を起こし、引き金を引く。
僅かに銃口を左右へ振る。
1kgの鉄の塊を片手で保持して淡々と作業をこなす。
彼女にとっては作業だった。
いつもの事ゆえに何の焦りも無い。
今し方、1発外して、5人組の最後の一人の額に38口径を叩き込んで、シリンダーに詰められた実包が全て空薬莢と化しても焦らない。
左掌にZKR-551のシリンダー部を叩きつけるように移し変えてその動作の中でローディングゲートを親指で弾いて開放。左手の親指が撃鉄をハーフコックの位置で固定。
これでシリンダーは自由に回転する。
引き金は引いても押しても動かない。
銃身下部に伸びたエジェクターロッドで1個ずつ、空薬莢を押し出す。
1個、押し出しては、指先の動きだけの手動で、シリンダーを回転させて次の薬室をローディングケートに合わせてエジェクターロッドで空薬莢を押し出す。
自動拳銃が全盛を誇る現代では信じられないほどに気が遠くなる作業だ。
……だが、彼女の指先は澱みを見せない。
滑らかにスムーズにスピーディに、懐中時計のギミックが作動するように正確に往復し、空薬莢を全て排莢する。
続いて、右手の小指と薬指の間に待機させていたストラップに嵌め込まれた6発の38splを1個ずつ空の薬室に押し込んでは、左手の指先でシリンダーを回転させて次の薬室を覗かせて38splを押し込んでいく。
このストラップはダブルアクションリボルバーの装填時に用いられる、バラ弾を6発1組に纏めた便利なアイテムだが、スピードローダーより安価で嵩張らない利点が有るので愛用者は多い。
優子のようにシングルアクションリボルバーでストラップを多用するユーザーは少ないだろうが、西武開拓時代後期よりは効率良く再装填できる。
クザーノ・コロナを大きく一服しながらローディングゲートを左手の人差し指で閉じる。
お手玉のようにZKR-551をパシッと右手に移すと、直ぐに次の標的を探す。
視線と銃口の動きが一致している。
既に打ち倒された5人分の死体に等しい負傷者に蹴躓いて4人の遁走者が顔色を変えて近くの遮蔽を探している。
目前の、唐突に現れた動かない人間達を見て完全にパニックを起こして遮蔽を探す視線が挙動不審に泳いでいる。
連中から優子は見えているはずだ。
優子も連中が見ている。
大きな歩幅で優子は歩き出した。
外灯が照射する範囲を避けながらZKR-551を右手だけで保持し、銃口を後続の4人に大雑把に向けながら速く歩く。
連中からの反撃。盲撃ちに等しい。数発が優子の風に靡く髪を穿つ。勿論のこと、生命の維持に何の支障も無い。
心許ない光源。彼我の距離25mまで迫る優子。
彼女は遮蔽を一切利用しない。
左右に飛び込めば幾らでも遮蔽になる物体は転がっている。
ドラム缶、積み重ねられたパレット、うずたかく積もった資材等だ。
連中も同じ条件。
連中は迷わずに遮蔽に飛び込もうと、怖気づく体と心に鞭を打ってこけつまろびつ、遮蔽を目指す。
反撃を止めて遮蔽に飛び込もうとする人影から始末する。
撃鉄が起きる。
重々しい音を立ててシリンダーが6分の1回転する。
なのに吐き出される弾は低威力も甚だしい38口径だ。
ホットロードでもワイルドキャットカートリッジでもない。
弾頭も有り触れたジャケッテッドホローポイントで、別段、珍しい弾頭ではない。
シルバーチップホローポイントの様に存分にエネルギーを撒き散らすというほどのマッシュルーミングは見せない。
そこそこの低進性と命中精度が確保された、そこそこの停止力を持った実包だ。
各国の司法実包としてもそろそろ現役を退き始めている弾頭。
だからこそ彼女はその弾頭を用いる。
何しろ、単価が安い。
それに公からの横流しが横行するマーケットから購入しているので、信頼性が高い。
黒い市場で白い弾薬を買うのは彼女にとってはコンビニで握り飯とインスタント味噌汁を買うほどに硬い選択なのだ。
ZKR-551の出所は彼女には解らない。
仕事道具としてたまたま行き着いたのがZKR-551だったというだけだ。
少々荒く扱ってもガタがこない射的競技用拳銃で38口径を使用するのが気に入った。
コルトのシングルアクションリボルバーに似た煩わしい操作方法とデメリットは腕前でカバーしてきた。
第一、一発で仕留めれば何の問題も無い。
無為に弾丸をばら撒くのは彼女のスタイルではない。
必ず狙って必ず1発で仕留める。
職業『殺し屋』の大波優子だが、38口径のシングルアクションリボルバーを使う変わり者としてその界隈では珍獣を見るような目で見られてきた。
そのセールスの通りの仕事を果たす時が来たのだ。
今までと同じ。
今までの仕事と同じだ。
銃火。散発的。弾薬の節約ではない。
発砲する隙が有るのなら早く遁走したい心境の表れだ。
真っ直ぐ標的達は走ってくる。
自らの足で走って逃げている。
この場所しか、この鉄火場を抜ける道が無いのを知っている、迷いの無い全力疾走。
連中の主な戦力は自動車で駆けつけたはずだが、それすらも頼れないほどに焦っている。
呪詛。怒号。罵声。罵詈雑言。
様々な汚らしい言葉が潮風に乗ってやって来る。
段々と近づく。
ゆっくりと、優子はZKR-551を抜き放つ。
ハーフコックのまま待機させていた撃鉄をカチリと起こす。
シリンダーが6分の1回転して撃発の準備が整う。
サイトには蓄光白色ドットが刻まれている。予め、LEDライトを照射してたっぷりとドットには光を蓄えさせた。
外灯の下を走る人影が次々と視界に入る。
外灯の位置を目印に距離を計算する。
同時に自分が仕留めるべき標的の数も確認する。
この後も追い立てられた連中が転がり出てくるはずだ。この仕事が終わるまでに合計何人の標的を仕留めればいいのか解らない。……仕留めた分だけ報酬が貰えるのだから文句は言わない。
――――距離……30m……頃合か。
優子は心の中で呟く。
フロントサイトと銃口は最初の標的の胸を掴んだ。
5人ほどの塊の一番奥に居る男だった。
手前の標的を片付けるのは確率からして簡単だ。先頭から片付けている間に、その向こうの標的に姿を晦まされては彼女の計算が狂う。
発砲。
軽いトリガープル。
38splの軽い反動。
この潮風で流されてしまいそうな心許無い銃声。
弾頭のエネルギーでさえも、向かい風に煽られれば消えてしまいそうだ。
初撃は狙った男の胸のど真ん中に命中する。
男が倒れるのを見たわけではない。肉袋が落ちるような音を聞いただけで命中したと判断した。
空かさず、銃口を僅かに横へ滑らせながら撃鉄を起こす。
途端に、混乱しだした一団の一番奥の標的を更に狙う。
相変わらず軽い引き金と軽い反動。そして小さな呻き声。
流石に黙っていない連中。
3人の人影がくっきりと外灯に照らし出される。
優子の位置は外灯の直下ではない。彼我の距離20m。……反撃が有る。それらの銃弾は掠りもしない。合計3挺の拳銃の反撃。後続が到着すると面倒だ。
銃口を僅かに動かし、冷静に撃鉄を操作して引き金を引く。
優子の足元に連中の着弾が発生したが、彼女の顔色に動揺の色は皆無だ。冬の夜よりも冷たい顔。
3人の後方30m以上向こうにも銃火が見える。
遁走組の第2陣だろう。
彼女の顔に焦りは無い。
経験則から、焦るだけ無駄である事を知っているからだ。
撃鉄を起こし、引き金を引く。
僅かに銃口を左右へ振る。
1kgの鉄の塊を片手で保持して淡々と作業をこなす。
彼女にとっては作業だった。
いつもの事ゆえに何の焦りも無い。
今し方、1発外して、5人組の最後の一人の額に38口径を叩き込んで、シリンダーに詰められた実包が全て空薬莢と化しても焦らない。
左掌にZKR-551のシリンダー部を叩きつけるように移し変えてその動作の中でローディングゲートを親指で弾いて開放。左手の親指が撃鉄をハーフコックの位置で固定。
これでシリンダーは自由に回転する。
引き金は引いても押しても動かない。
銃身下部に伸びたエジェクターロッドで1個ずつ、空薬莢を押し出す。
1個、押し出しては、指先の動きだけの手動で、シリンダーを回転させて次の薬室をローディングケートに合わせてエジェクターロッドで空薬莢を押し出す。
自動拳銃が全盛を誇る現代では信じられないほどに気が遠くなる作業だ。
……だが、彼女の指先は澱みを見せない。
滑らかにスムーズにスピーディに、懐中時計のギミックが作動するように正確に往復し、空薬莢を全て排莢する。
続いて、右手の小指と薬指の間に待機させていたストラップに嵌め込まれた6発の38splを1個ずつ空の薬室に押し込んでは、左手の指先でシリンダーを回転させて次の薬室を覗かせて38splを押し込んでいく。
このストラップはダブルアクションリボルバーの装填時に用いられる、バラ弾を6発1組に纏めた便利なアイテムだが、スピードローダーより安価で嵩張らない利点が有るので愛用者は多い。
優子のようにシングルアクションリボルバーでストラップを多用するユーザーは少ないだろうが、西武開拓時代後期よりは効率良く再装填できる。
クザーノ・コロナを大きく一服しながらローディングゲートを左手の人差し指で閉じる。
お手玉のようにZKR-551をパシッと右手に移すと、直ぐに次の標的を探す。
視線と銃口の動きが一致している。
既に打ち倒された5人分の死体に等しい負傷者に蹴躓いて4人の遁走者が顔色を変えて近くの遮蔽を探している。
目前の、唐突に現れた動かない人間達を見て完全にパニックを起こして遮蔽を探す視線が挙動不審に泳いでいる。
連中から優子は見えているはずだ。
優子も連中が見ている。
大きな歩幅で優子は歩き出した。
外灯が照射する範囲を避けながらZKR-551を右手だけで保持し、銃口を後続の4人に大雑把に向けながら速く歩く。
連中からの反撃。盲撃ちに等しい。数発が優子の風に靡く髪を穿つ。勿論のこと、生命の維持に何の支障も無い。
心許ない光源。彼我の距離25mまで迫る優子。
彼女は遮蔽を一切利用しない。
左右に飛び込めば幾らでも遮蔽になる物体は転がっている。
ドラム缶、積み重ねられたパレット、うずたかく積もった資材等だ。
連中も同じ条件。
連中は迷わずに遮蔽に飛び込もうと、怖気づく体と心に鞭を打ってこけつまろびつ、遮蔽を目指す。
反撃を止めて遮蔽に飛び込もうとする人影から始末する。
撃鉄が起きる。
重々しい音を立ててシリンダーが6分の1回転する。
なのに吐き出される弾は低威力も甚だしい38口径だ。
ホットロードでもワイルドキャットカートリッジでもない。
弾頭も有り触れたジャケッテッドホローポイントで、別段、珍しい弾頭ではない。
シルバーチップホローポイントの様に存分にエネルギーを撒き散らすというほどのマッシュルーミングは見せない。
そこそこの低進性と命中精度が確保された、そこそこの停止力を持った実包だ。
各国の司法実包としてもそろそろ現役を退き始めている弾頭。
だからこそ彼女はその弾頭を用いる。
何しろ、単価が安い。
それに公からの横流しが横行するマーケットから購入しているので、信頼性が高い。
黒い市場で白い弾薬を買うのは彼女にとってはコンビニで握り飯とインスタント味噌汁を買うほどに硬い選択なのだ。
ZKR-551の出所は彼女には解らない。
仕事道具としてたまたま行き着いたのがZKR-551だったというだけだ。
少々荒く扱ってもガタがこない射的競技用拳銃で38口径を使用するのが気に入った。
コルトのシングルアクションリボルバーに似た煩わしい操作方法とデメリットは腕前でカバーしてきた。
第一、一発で仕留めれば何の問題も無い。
無為に弾丸をばら撒くのは彼女のスタイルではない。
必ず狙って必ず1発で仕留める。
職業『殺し屋』の大波優子だが、38口径のシングルアクションリボルバーを使う変わり者としてその界隈では珍獣を見るような目で見られてきた。