銃弾は間違えない

 張り詰める、空気。
 呼吸すらも凍りそうな冷たさ。
 夜の冷え込みが靴の裏から這い上がり、その場で足を凍りつかせようとする。
「……」
「……」
 2人の呼吸が同時に止まる。
 優子はZKR-551を抜いた。
 男も右手を閃かせた。
 優子の左手はZKR-551の撃鉄に覆い被さり、撃鉄を弾いた。
 男のコルト・ダイヤモンドバックの方が速い。
 優子の放った銃弾は男の右肩の肉を浅く削った。
 男の増薬された38口径は……優子の左胸に吸い込まれた。
 優子は被弾した衝撃で仰向けに大の字に倒れる。
 目が裏返り脳震盪を起こした……負傷した……左胸に穿った孔を塞ぐ事が出来なかった。
 男は、何の感慨も見せない表情で銃口を下ろすと、踵を返して元来た道を辿ろうと、歩き出す。
 優子の左胸の孔は塞ぎようが無い。
 大の字に倒れたまま彼女は小さな痙攣を繰り返していた。
 これで男の雪辱は晴らせた。
 この場にコルト・ダイヤモンドバックの男が長居する理由は無い。
 左手で右肩の傷を押さえながら男は、今度は本当に体を左右に振って歩く。
 彼こそ、ごく軽微な脳震盪を起こしていた。
 男の右手から用済みのようにコルト・ダイヤモンドバックが滑り落ちる。
「……!」
 その大事な商売道具が地面に落ちると同時に異質な金属音を聞く。
 男、弾かれたように振り向く。
「もうちょっと……遊んでよ……」
 優子が脳震盪で右に傾いた首を左掌でただしながら、右手にZKR-551を握っていた。
 サイトの向こうに男が居る。
「……そ、そんな!」
 その焦りを表した言葉が、男の今生に於ける最後の言葉だった。
 撃発するZKR-551。
 弾き出された38口径の弾頭は音速以下だが、今の人類では回避が至難の速度だった。
 男の喉仏に弾頭がめり込み、あらゆる組織や骨を粉砕した。
 派手に血飛沫が飛び散る。
 人間ではありえない方向に首を折って男はその場に崩れ落ちる。
「…………」
 大きく咳き込んで優子はZKR-551を手放し、左胸に手を差し込む。それを掴んで重々しく引きずり出す。
 口金に38口径のシルバーチップがへばりついた、変形したスキットル。
 チタン合金のスキットルの中でも一番堅牢に造られている飲み口に男が放った弾頭が溶接したようにめり込んでいる。
 スキットルの口金の隙間から中身が零れ出る。
 現実ではコルト・ダイヤモンドバックを駆る、眼帯の男の勝利だ。
 現実ならば……だ。
 その『現実』も覆す強運に護られた優子が最終的な勝者となった。
 脳震盪でまだ揺れる視界の真正面辺りで、人影の首の部分が嫌な音を立てて圧し折れて倒れているのを確認すると、優子は暫く意識を失った。
 胸を濡らして染み込んだアルコールが蒸発する不快感に顔を顰めながら気を取り戻してロンジンの腕時計を見る。
 車輌基地に踏み込んでから大した時間が経過していない。
 自分の体の各部が悲鳴を挙げるままに任せて眠りに落ちそうだった。
 彼女が奮起し、体を起こして帰路に着く。
 山間の廃棄された車輌基地を襲う風は一層冷たかった。

  ※ ※ ※

 優子が二股膏薬の情報屋を使ってまで広めさせた情報はたった一つ。これを以って、この情報屋とは縁を切る所存だ。
 『暫く休業します』。
 その一言だ。
 ZKR-551のライフリングがとうとう寿命を迎えた。
 ……既に迎えていた。
 車輌基地での銃撃戦の後に仕事を一件引き受けたが、彼女の腕前で必ず当たるはずの距離の標的を仕損じて逃がしてしまった。
 その案件は期日内に履行したので報酬の返金には到らなかった。
 不調を探った結果、ZKR-551のライフリングが磨り減ってしまい、まともな命中精度が期待できないレベルの一歩手前だった。
 このまま仕事を続けていたのでは、必ず失態をしでかすと感じて、早々に休業の札を出したのだ。
 行く宛ては、有るようで無い。
 同業者の納田が前に言っていた、『地下で活躍する、くだんの女性のガンスミス』を探す旅に出る。
 暫くは街を転々としながら溜め込んだ貯金を切り崩しながら生活をする。
 広いようで、狭いようで、本当に広い世界のアンダーグラウンドを地道に自分の足で探す。
 目的のガンスミスが見つかったからと言って、ZKR-551が息を吹き返す保証は無い。
 それでも尚、ZKR-551は彼女の体の一部だ。
 ならば不調を訴える部位を治療するのは人情として当然だ。



 だからこそ、彼女はたった一言、鍵を閉めた自宅のドアを見て呟いた。

「行ってきます」

《銃弾は間違えない・了》
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