銃弾は間違えない
唐突な背後からの襲撃に残りの2人は振り向きながら拳銃を乱射する。
非常に低い位置からの発砲で尚且つレールの間に体を沈ませた暗い位置に居る優子の姿を目視できるわけも無く、弾倉をたちまち空にする。
匍匐全身よりももっと低い大勢……仰向けになって背中の肩甲骨と腰を左右に振る動作だけで上方へと移動する。スピードは出ない。……連中が目測を付けた地点より離れる事ができれば成功だ。
無様な移動を2mほど続ける。
残りの2人は流石に発砲を止めて左右に散って遮蔽に滑り込み、様子を窺う。
動く物を見たら即座に発砲するつもりで自動拳銃を手に持っているが、銃口と視線が一致していない。
極端に低い位置から空を見上げる格好の優子からは、首を左右に振るだけで大きな視界が確保できた。
この状態で足元から突然、馬乗りでもされない限り安全だ。
……とは言え。膠着には違いない。
ジリジリと背中と腰の運動だけで移動を繰り返す。
トレンチコートや髪が砂利に揉まれて汚れる。いつもの事だと割り切る。
このままレール沿いに車輌基地の外れまで移動できればどんなに楽か。
「!」
途轍もない、殺気。
敵意に悪意も上乗せされた、それ。
見ている。どこかで誰かが見ている。
観察と言う生易しい物ではない。
突き刺して貫くような凝視を感じる。
背筋に氷を這わされたような寒気。
地面からの冷えとは明らかに違う。
警鐘が五月蝿い。脳味噌が今直ぐに体を起こして走れと命令すよりも早く体は動いていた。
立ち上がる。連中の発砲よりも恐ろしい。
20m向こうの2挺よりも恐ろしい何かがこの近辺に潜んで、優子を睨んでいる。
弄ぶつもりは無さそうだ。
殺す気迫しか感じない。
気配に圧される。
本当に背中を巨大な掌で押されているようなプレッシャーだ。
立ち上がって走り出した瞬間に銃声。
その着弾は先ほどまで優子が仰向けで寝転がっていた位置。
突き抜ける銃声。
車輌基地の複雑な構造により、銃声が様々な方向に木霊して位置を特定できない。兎に角走る。
前方へ。
背中を見せる。
その背中を銃弾が貫く。
トレンチコートの背部のど真ん中に孔が開く。だが、上下逆様になっていたコート。
裕子は作業員用の溝に飛び込んで大きく裏返ったトレンチコートの背中に孔を開けられたのだ。溝に飛び込むや否や、咄嗟にコートを脱ぎ大きくはためかせた彼女は無傷だ。
息が上がる。肩で呼吸をする。兎に角、心臓を宥める。
自分の心肺機能の限界を信じる。
衣服の下は汗で濡れている。またも風邪をひかぬようにコートの袖に腕を通す。
2人のならず者が雑魚以下に見える圧倒的な何か。
再び頭を整理。
これからいかに行動するかも思案。
この鉄火場は……否、狩場の『主人公』は優子だ。
優子の命を狙っている奴が仕組んだ罠だ。情報屋に握らされた偽の依頼。
情報屋は後で落とし前を付ける。
敵の心当たりは多いが、初めて顔を合わせた連中がここに居る。と、言う事は、この場に参じた4人は金で雇われただけのならず者。
首魁か、それに相当する存在が居る。
そいつはここに居るのか、どこかでふんぞり返っているのかは不明。途轍もない強敵を投入してきたのは確かだ。
使っているのは拳銃。
突き抜けるような銃声からマグナムかそれに近いパワーを持つ実包で長銃身だと判断できた。
自動拳銃のような速射は利かないのか、追撃する銃声に少々の開きが有った。
その人物は2人からは視認し難いレールの隙間に隠れていた優子の位置を正確に特定し、充分に狙って狙撃してきた。
雇われたならず者は最初から捨て駒として使われた可能性が高い。
1人が最初に撃ち倒された時に増援として駆けつけなかったのがその根拠だ。
最初に4人のならず者を嗾けて炙り出し、絶好の狙撃ポイントで待ち構えて狙撃。
危険予知の直感が働き、間一髪で優子はそれを回避。
そして作業員用の地面に掘られた塹壕のような溝で身を潜めている。
これが現在までの大まかな状況だ。
細かな情報を加えれば、もう少し修正する余地が出てくるかもしれない。
残念な事に今回の仕事は……仕事という体の鉄火場では報酬前払い以上の金額が必要だ。
自分の命を張るには安過ぎる状況に変化しつつある。
殺し屋稼業を生業にして長いが、自分を明確に標的とする理不尽な罠と不条理な鉄火場は初めてだ。
作業員用の地面下の溝に隠れるなりZKR-551のローディングゲートを開いて排莢し、空薬莢だけを抜いて実包をストラップを押し当てて1発ずつ装填する。
今の内に蓄光ドットにLEDライトを至近距離で照射して光を蓄えさせる。
この溝は足場も左右の壁もコンクリで固められており、歩き易いように平坦だ。
今までと違ってストレス無く歩ける有り難さを感じる。
頭を出しすぎると狙撃されかねないので、矢張り、頭を意識して低くする。
通路を屈み気味になって走る。ZKR-551は構えない。
車輌基地からの遁走を試みた……と見せかけて返り討ちにする大雑把な思いつきを優先する。
敵の正体が解らないと、今後もしつこく付き纏われるだろう。
殺し屋に限らず、アンダーグラウンドの住人で、クライアントの名前をぺらっと吐いてしまう奴はそうそう居ない。そんな奴は早くに命を落とす。
「………?」
爪先が何かを蹴飛ばす。金属音。重い。思わずそちらの方へ視線を振る。
――――ジッポー?
――――銃弾?
世界的に有名なオイルライターが転がっていた。
それを蹴飛ばしたらしい。
作業員の私物が転がっていたのかと思ったが、それを手に取るとずっしりと重く、銃弾が突き刺さって貫通せずに停止している。
――――アーマーモデル……中身はオイルタンクを仕込んだ物か……。
定番のジッポーよりもケースが厚く作られて重量感を増したモデル。チタンの艶消し仕上げだった。
振ると中身で液体がちゃぷちゃぷと音を立てる。サードパーティが造った非公式アイデアグッズのオイルタンクを差し込んであるようだ。
文字通りのアイデアグッズで、従来のようにコットンにオイルを染み込ませるのではなく、オイルを液体のまま溜めておくタンクを内蔵する。
唯でさえ頑丈なアーマーモデルに全部が金属で拵えられたオイルタンクを仕込んだジッポーならば、弱装の銃弾くらいなら停止できる。
そのジッポーのボディに突き刺さっている実物の銃弾は実際に撃たれてこれで命を救われたのだと言う物語が容易に想像できた。
「!」
ふと足を止めて、銀色のジッポーを眺めていた彼女は背筋に視線を感じて駆け出す。
足元に特に頓着の無いジッポーを捨てるように落とす。
彼女の足元に着弾。
数発が彼女の足元を削る。
頭上からの銃撃。この位置で待ち構えられていたらしい。
絶好の狙撃ポイントに仕掛けられた餌を物色していた獲物を狙う算段が上手く進んでいた……優子の方が僅かばかりに勘が良かっただけだ。
作業員用通路が前方で左右に分かれていた。
頭部を降下のように護れる遮蔽が有る左側へは折れずに右へと折れた。
遮蔽を求めて左側へ折れる。そこで何かが仕掛けられている気がした。直感だ。根拠は無い。
右側へ折れると、微かに耳が砂利の音を拾う。
咄嗟に前転しながらZKR-551の撃鉄を起こし、左手で軽い受身を取る。
背中がコンクリの床を滑る。銃口を翳す。仰向け。視線と銃口が一致。
その先に人影。距離、3m。2人のうちの1人。
奴の銃口がこちらを向いている。
こちらの銃口も奴を向いている。
引き金、引く。
銃声、重なる。
非常に低い位置からの発砲で尚且つレールの間に体を沈ませた暗い位置に居る優子の姿を目視できるわけも無く、弾倉をたちまち空にする。
匍匐全身よりももっと低い大勢……仰向けになって背中の肩甲骨と腰を左右に振る動作だけで上方へと移動する。スピードは出ない。……連中が目測を付けた地点より離れる事ができれば成功だ。
無様な移動を2mほど続ける。
残りの2人は流石に発砲を止めて左右に散って遮蔽に滑り込み、様子を窺う。
動く物を見たら即座に発砲するつもりで自動拳銃を手に持っているが、銃口と視線が一致していない。
極端に低い位置から空を見上げる格好の優子からは、首を左右に振るだけで大きな視界が確保できた。
この状態で足元から突然、馬乗りでもされない限り安全だ。
……とは言え。膠着には違いない。
ジリジリと背中と腰の運動だけで移動を繰り返す。
トレンチコートや髪が砂利に揉まれて汚れる。いつもの事だと割り切る。
このままレール沿いに車輌基地の外れまで移動できればどんなに楽か。
「!」
途轍もない、殺気。
敵意に悪意も上乗せされた、それ。
見ている。どこかで誰かが見ている。
観察と言う生易しい物ではない。
突き刺して貫くような凝視を感じる。
背筋に氷を這わされたような寒気。
地面からの冷えとは明らかに違う。
警鐘が五月蝿い。脳味噌が今直ぐに体を起こして走れと命令すよりも早く体は動いていた。
立ち上がる。連中の発砲よりも恐ろしい。
20m向こうの2挺よりも恐ろしい何かがこの近辺に潜んで、優子を睨んでいる。
弄ぶつもりは無さそうだ。
殺す気迫しか感じない。
気配に圧される。
本当に背中を巨大な掌で押されているようなプレッシャーだ。
立ち上がって走り出した瞬間に銃声。
その着弾は先ほどまで優子が仰向けで寝転がっていた位置。
突き抜ける銃声。
車輌基地の複雑な構造により、銃声が様々な方向に木霊して位置を特定できない。兎に角走る。
前方へ。
背中を見せる。
その背中を銃弾が貫く。
トレンチコートの背部のど真ん中に孔が開く。だが、上下逆様になっていたコート。
裕子は作業員用の溝に飛び込んで大きく裏返ったトレンチコートの背中に孔を開けられたのだ。溝に飛び込むや否や、咄嗟にコートを脱ぎ大きくはためかせた彼女は無傷だ。
息が上がる。肩で呼吸をする。兎に角、心臓を宥める。
自分の心肺機能の限界を信じる。
衣服の下は汗で濡れている。またも風邪をひかぬようにコートの袖に腕を通す。
2人のならず者が雑魚以下に見える圧倒的な何か。
再び頭を整理。
これからいかに行動するかも思案。
この鉄火場は……否、狩場の『主人公』は優子だ。
優子の命を狙っている奴が仕組んだ罠だ。情報屋に握らされた偽の依頼。
情報屋は後で落とし前を付ける。
敵の心当たりは多いが、初めて顔を合わせた連中がここに居る。と、言う事は、この場に参じた4人は金で雇われただけのならず者。
首魁か、それに相当する存在が居る。
そいつはここに居るのか、どこかでふんぞり返っているのかは不明。途轍もない強敵を投入してきたのは確かだ。
使っているのは拳銃。
突き抜けるような銃声からマグナムかそれに近いパワーを持つ実包で長銃身だと判断できた。
自動拳銃のような速射は利かないのか、追撃する銃声に少々の開きが有った。
その人物は2人からは視認し難いレールの隙間に隠れていた優子の位置を正確に特定し、充分に狙って狙撃してきた。
雇われたならず者は最初から捨て駒として使われた可能性が高い。
1人が最初に撃ち倒された時に増援として駆けつけなかったのがその根拠だ。
最初に4人のならず者を嗾けて炙り出し、絶好の狙撃ポイントで待ち構えて狙撃。
危険予知の直感が働き、間一髪で優子はそれを回避。
そして作業員用の地面に掘られた塹壕のような溝で身を潜めている。
これが現在までの大まかな状況だ。
細かな情報を加えれば、もう少し修正する余地が出てくるかもしれない。
残念な事に今回の仕事は……仕事という体の鉄火場では報酬前払い以上の金額が必要だ。
自分の命を張るには安過ぎる状況に変化しつつある。
殺し屋稼業を生業にして長いが、自分を明確に標的とする理不尽な罠と不条理な鉄火場は初めてだ。
作業員用の地面下の溝に隠れるなりZKR-551のローディングゲートを開いて排莢し、空薬莢だけを抜いて実包をストラップを押し当てて1発ずつ装填する。
今の内に蓄光ドットにLEDライトを至近距離で照射して光を蓄えさせる。
この溝は足場も左右の壁もコンクリで固められており、歩き易いように平坦だ。
今までと違ってストレス無く歩ける有り難さを感じる。
頭を出しすぎると狙撃されかねないので、矢張り、頭を意識して低くする。
通路を屈み気味になって走る。ZKR-551は構えない。
車輌基地からの遁走を試みた……と見せかけて返り討ちにする大雑把な思いつきを優先する。
敵の正体が解らないと、今後もしつこく付き纏われるだろう。
殺し屋に限らず、アンダーグラウンドの住人で、クライアントの名前をぺらっと吐いてしまう奴はそうそう居ない。そんな奴は早くに命を落とす。
「………?」
爪先が何かを蹴飛ばす。金属音。重い。思わずそちらの方へ視線を振る。
――――ジッポー?
――――銃弾?
世界的に有名なオイルライターが転がっていた。
それを蹴飛ばしたらしい。
作業員の私物が転がっていたのかと思ったが、それを手に取るとずっしりと重く、銃弾が突き刺さって貫通せずに停止している。
――――アーマーモデル……中身はオイルタンクを仕込んだ物か……。
定番のジッポーよりもケースが厚く作られて重量感を増したモデル。チタンの艶消し仕上げだった。
振ると中身で液体がちゃぷちゃぷと音を立てる。サードパーティが造った非公式アイデアグッズのオイルタンクを差し込んであるようだ。
文字通りのアイデアグッズで、従来のようにコットンにオイルを染み込ませるのではなく、オイルを液体のまま溜めておくタンクを内蔵する。
唯でさえ頑丈なアーマーモデルに全部が金属で拵えられたオイルタンクを仕込んだジッポーならば、弱装の銃弾くらいなら停止できる。
そのジッポーのボディに突き刺さっている実物の銃弾は実際に撃たれてこれで命を救われたのだと言う物語が容易に想像できた。
「!」
ふと足を止めて、銀色のジッポーを眺めていた彼女は背筋に視線を感じて駆け出す。
足元に特に頓着の無いジッポーを捨てるように落とす。
彼女の足元に着弾。
数発が彼女の足元を削る。
頭上からの銃撃。この位置で待ち構えられていたらしい。
絶好の狙撃ポイントに仕掛けられた餌を物色していた獲物を狙う算段が上手く進んでいた……優子の方が僅かばかりに勘が良かっただけだ。
作業員用通路が前方で左右に分かれていた。
頭部を降下のように護れる遮蔽が有る左側へは折れずに右へと折れた。
遮蔽を求めて左側へ折れる。そこで何かが仕掛けられている気がした。直感だ。根拠は無い。
右側へ折れると、微かに耳が砂利の音を拾う。
咄嗟に前転しながらZKR-551の撃鉄を起こし、左手で軽い受身を取る。
背中がコンクリの床を滑る。銃口を翳す。仰向け。視線と銃口が一致。
その先に人影。距離、3m。2人のうちの1人。
奴の銃口がこちらを向いている。
こちらの銃口も奴を向いている。
引き金、引く。
銃声、重なる。