銃弾は間違えない
「!」
足元に着弾。
咄嗟に優子はZKR-551を頭上に翳す。
銃口の先に居た人影は、暗い空に紛れるようにコンテナの天辺から姿を消した。
銃声は特徴的。長銃身の輪胴式。
マグナムではない。
だが、38口径にしてはパワフル。
38spl+pか+p+を用いているのかもしれない。
コンテナを駆ける足音からして、この場からの遁走を試みたわけでは無い。直ぐに足音は止まって消えたのだ。
「…………」
――――駄目! 罠だ!
その足音を追ってコンテナを攀じ登ろうかと思った。
直ぐにそのコンテナの上半分が明るい事を見てあきらめる。
その位置は外灯の明かりの恩恵を受ける範囲で、15m向こうで牽制を放っている連中からしても絶好の標的となりえた。
このならず者連中を雇った側は、今夜の鉄火場で負けたはずだ。
だからこの場所に追い立てられている。
追い立てる包囲網が段々と狭くなっているはず。
それも予定のうちだ。
やがて縮まった包囲網の中で残党は一網打尽となり、雇われ者もその依頼側も打ち倒される……その予定は確実に遂行されている。
遂行しているならず者が居てくれたお陰だ。……その連携をここで破るわけには行かない。そして自分の宣伝と経歴の為にもここで必ずカタを付ける。
優子は遮蔽の中を走り回る。
遮蔽の隙間から銃弾が飛び込む。
今もどこかでナビゲートしている奴が潜んでいる。
背後か頭上か、壁一枚向こうか……それは解らない。
気配をここまで隠して、尚且つ友軍の腕前的に劣る技量を最大限に引き上げる采配。見事だ。
きっと名前の有るアンダーグラウンドの住人なのだろう。
その人物が加担していながら、今夜は敗走を余儀なくされるとは運が無かった。
そして最後の番人が優子なのは運が良かったのか悪かったのか。……それを思い知らせてやる。
喉の渇きを我慢。ニコチンの渇望も我慢。
心理的に自分を納得させる便利な言葉は幾らでも思いつくが、生理的な反応を黙らせる言葉は思いつかない。
銃声が小癪。
牽制の域を出ない銃撃。
弾着するたびに弾頭が爆ぜて火花を散らす。
9mmパラベラムの弾頭。大型軍用オート。
多弾数に圧されていては相棒のZKR-551に面目が立たない。
弾倉には残り5発。
左手のストラップに予備弾薬が填め込まれている。大人しく排莢と装填を許してくれるかどうか怪しい。
走る。止まっては駄目だ。それでいて2人を常に視界に捕らえて逃がさないように……。
頭上を駆ける音がする。
下を覗き込む素振りを見せたら直ぐ様発砲してやろうと目論む。足音しか聞こえない。
頭上の足音でプレッシャーを掛けて任意の場所に追い込もうとしている節さえ感じる。
その証拠に、2人の牽制の銃撃だ。
遮蔽の陰を走っている間は発砲はしない。
遮蔽から飛び出た瞬間に銃弾が襲い来る。
2人の腕前に問題が有るのか、確実な命中は今のところは無く、決定打に欠ける。
埒が明かない。名案も浮かばない。今回の仕事前に一口呷ったスキットルの中身が恋しい。そろそろ一息ついて葉巻に火を点けたい。
焦りが尻を焦がす。
走ってばかりなので疲労も蓄積する。
実は遮蔽に残された2人は捨て駒で、その合間に後続がどんどんと逃げているのではないかと、不安が膨らむ。
ここで優子を仕留めんばかりに執拗に追い回している男とその仲間。……考えれば『動き』が変だ。
幾らでも逃げるだけの時間を頭上の男が稼いだのに、誰も持ち場を離れようとしない。
嫌な予感がする。
嫌な予感。
それは形勢逆転だ。
流動的な鉄火場で風向きが変わった可能性が有る。
それを疑った優子は左手にストラップを挟んだまま、携帯電話を取り出して然るべき相手を呼び出す。
本来なら必ず繋がる。
この場に派遣された司令塔的存在のクライアントの部下が仕切っている。その男に連絡を取るが一向に繋がらない。
呼び出し音が続く。
舌打ち。
電話を再び懐に落とす。
その最中に銃声が聞こえる、少し離れた位置。
今度は銃声と言うほどお淑やかなものではない。
自動小銃の連射が幾つも聞こえる。その昔に良く聞き馴染んだAK-74の銃声。
それも何挺も。
そんな武装で固めた戦力は自分達には存在しない。
今回の作戦では聞き及んでいない。
逃走ルートを確保している、先ほどまで通話が可能だった逃走経路を確保しているチームの存在を思い出し、そこにも電話で確認を取るが、通話は繋がらない。
背筋に嫌な汗が浮かぶ。
包囲網は縮まっているはずだと信じていた。
こちら側の一方的な蹂躙が成功していたと思っていた。
その通りに遁走組が優子が番人を勤めるルートを逃げてきた。
それを迎撃した。
何もかも上手く進んでいると信じていた。
自分がここで仕事を完遂すればそれで万事解決だと疑わなかった。
いつから勝者だと勘違いしていた?
いつから形勢は入れ替わったと読めなくなっていた?
挟撃していた我々を、更に投入された敵戦力が友軍を食い破って反撃し、『生き残っているのは自分独りだと』何故疑わなかった?
「…………!」
だとすれば、いつまでもコンテナの隙間を伝いながら走り回るのは危険だ。
早くこの場から離脱を図らなければ。
きびすを返して2人が弾幕を張る位置から遠くへ行こうとコンテナ群の外側へと走る。その足元を、縫うように着弾が火花を散らす。
「!」
――――『勘付かれた!』
優子の目論見と優子が置かれた状況。
それを『理解した』事を連中に悟られた。
今度は狩られる番となったのだ。
その獲物の逃亡を阻止するように、出方が変わるのは当たり前だ。コンテナの上辺から38口径の銃声。
追い立てるような余裕の有る気配は感じない。
今度こそ殺しに掛かる気概を感じる。隠しもしない殺気と気配。
コンテナの天辺で派手に足音を立てて優子の恐怖心を煽る。追い込みつつ、自滅を狙いつつ、命を狙う。
「…………しつこい」
どこへ逃げようとも、いつまでも自分の頭上に輪胴式を駆る男が出方を抑えているので、自由に逃走経路を脳内に描けない。
2人分の銃声も止み、ちらりと見えた2人が潜んでいた遮蔽にその隠れる陰が無い事も確認した。
2人が、雇われたならず者ならば、流動的に変化した現場の指揮官の命令を聴いて、残党になってしまった優子を仕留める為に逆撃に出るだろう。
即ち、少なくともこの場での脅威である、その2人と輪胴式の男を片付けないとこの包囲網の一端は食い破れない。
ZKR-551のグリップを強く握り直す。
「……!」
咄嗟にZKR-551を左手にスイッチすると、右手をトレンチコートのハンドウォームに突っ込む。
その機を逃さない輪胴式の男。
突如停止した標的が目の前に居るのだ。ここで引き金を引かねば今度は彼が依頼不履行で評判が落ちる。
星空を背負って彼は長銃身を右半身で構え、銃口を提げてコンテナの天辺から僅かに顔を出す。
彼の銃口と視線は一致している。
撃鉄は起きている。
鈍い光沢を放つ禍々しい黒い肌の輪胴式。
コルト・ダイヤモンドバックの6インチ。
廉価版コルト・パイソンとして販売されたモデルで、当時は高級なコルト・パイソンを買えない層に人気が有った。販売は既に終了したが、往年のコルトリボルバーの一部がリバイバル生産された折にコルト・ダイヤモンドバックも短期間、少数のみ再生産されたらしい。
そのうちの一挺だろう。
足元に着弾。
咄嗟に優子はZKR-551を頭上に翳す。
銃口の先に居た人影は、暗い空に紛れるようにコンテナの天辺から姿を消した。
銃声は特徴的。長銃身の輪胴式。
マグナムではない。
だが、38口径にしてはパワフル。
38spl+pか+p+を用いているのかもしれない。
コンテナを駆ける足音からして、この場からの遁走を試みたわけでは無い。直ぐに足音は止まって消えたのだ。
「…………」
――――駄目! 罠だ!
その足音を追ってコンテナを攀じ登ろうかと思った。
直ぐにそのコンテナの上半分が明るい事を見てあきらめる。
その位置は外灯の明かりの恩恵を受ける範囲で、15m向こうで牽制を放っている連中からしても絶好の標的となりえた。
このならず者連中を雇った側は、今夜の鉄火場で負けたはずだ。
だからこの場所に追い立てられている。
追い立てる包囲網が段々と狭くなっているはず。
それも予定のうちだ。
やがて縮まった包囲網の中で残党は一網打尽となり、雇われ者もその依頼側も打ち倒される……その予定は確実に遂行されている。
遂行しているならず者が居てくれたお陰だ。……その連携をここで破るわけには行かない。そして自分の宣伝と経歴の為にもここで必ずカタを付ける。
優子は遮蔽の中を走り回る。
遮蔽の隙間から銃弾が飛び込む。
今もどこかでナビゲートしている奴が潜んでいる。
背後か頭上か、壁一枚向こうか……それは解らない。
気配をここまで隠して、尚且つ友軍の腕前的に劣る技量を最大限に引き上げる采配。見事だ。
きっと名前の有るアンダーグラウンドの住人なのだろう。
その人物が加担していながら、今夜は敗走を余儀なくされるとは運が無かった。
そして最後の番人が優子なのは運が良かったのか悪かったのか。……それを思い知らせてやる。
喉の渇きを我慢。ニコチンの渇望も我慢。
心理的に自分を納得させる便利な言葉は幾らでも思いつくが、生理的な反応を黙らせる言葉は思いつかない。
銃声が小癪。
牽制の域を出ない銃撃。
弾着するたびに弾頭が爆ぜて火花を散らす。
9mmパラベラムの弾頭。大型軍用オート。
多弾数に圧されていては相棒のZKR-551に面目が立たない。
弾倉には残り5発。
左手のストラップに予備弾薬が填め込まれている。大人しく排莢と装填を許してくれるかどうか怪しい。
走る。止まっては駄目だ。それでいて2人を常に視界に捕らえて逃がさないように……。
頭上を駆ける音がする。
下を覗き込む素振りを見せたら直ぐ様発砲してやろうと目論む。足音しか聞こえない。
頭上の足音でプレッシャーを掛けて任意の場所に追い込もうとしている節さえ感じる。
その証拠に、2人の牽制の銃撃だ。
遮蔽の陰を走っている間は発砲はしない。
遮蔽から飛び出た瞬間に銃弾が襲い来る。
2人の腕前に問題が有るのか、確実な命中は今のところは無く、決定打に欠ける。
埒が明かない。名案も浮かばない。今回の仕事前に一口呷ったスキットルの中身が恋しい。そろそろ一息ついて葉巻に火を点けたい。
焦りが尻を焦がす。
走ってばかりなので疲労も蓄積する。
実は遮蔽に残された2人は捨て駒で、その合間に後続がどんどんと逃げているのではないかと、不安が膨らむ。
ここで優子を仕留めんばかりに執拗に追い回している男とその仲間。……考えれば『動き』が変だ。
幾らでも逃げるだけの時間を頭上の男が稼いだのに、誰も持ち場を離れようとしない。
嫌な予感がする。
嫌な予感。
それは形勢逆転だ。
流動的な鉄火場で風向きが変わった可能性が有る。
それを疑った優子は左手にストラップを挟んだまま、携帯電話を取り出して然るべき相手を呼び出す。
本来なら必ず繋がる。
この場に派遣された司令塔的存在のクライアントの部下が仕切っている。その男に連絡を取るが一向に繋がらない。
呼び出し音が続く。
舌打ち。
電話を再び懐に落とす。
その最中に銃声が聞こえる、少し離れた位置。
今度は銃声と言うほどお淑やかなものではない。
自動小銃の連射が幾つも聞こえる。その昔に良く聞き馴染んだAK-74の銃声。
それも何挺も。
そんな武装で固めた戦力は自分達には存在しない。
今回の作戦では聞き及んでいない。
逃走ルートを確保している、先ほどまで通話が可能だった逃走経路を確保しているチームの存在を思い出し、そこにも電話で確認を取るが、通話は繋がらない。
背筋に嫌な汗が浮かぶ。
包囲網は縮まっているはずだと信じていた。
こちら側の一方的な蹂躙が成功していたと思っていた。
その通りに遁走組が優子が番人を勤めるルートを逃げてきた。
それを迎撃した。
何もかも上手く進んでいると信じていた。
自分がここで仕事を完遂すればそれで万事解決だと疑わなかった。
いつから勝者だと勘違いしていた?
いつから形勢は入れ替わったと読めなくなっていた?
挟撃していた我々を、更に投入された敵戦力が友軍を食い破って反撃し、『生き残っているのは自分独りだと』何故疑わなかった?
「…………!」
だとすれば、いつまでもコンテナの隙間を伝いながら走り回るのは危険だ。
早くこの場から離脱を図らなければ。
きびすを返して2人が弾幕を張る位置から遠くへ行こうとコンテナ群の外側へと走る。その足元を、縫うように着弾が火花を散らす。
「!」
――――『勘付かれた!』
優子の目論見と優子が置かれた状況。
それを『理解した』事を連中に悟られた。
今度は狩られる番となったのだ。
その獲物の逃亡を阻止するように、出方が変わるのは当たり前だ。コンテナの上辺から38口径の銃声。
追い立てるような余裕の有る気配は感じない。
今度こそ殺しに掛かる気概を感じる。隠しもしない殺気と気配。
コンテナの天辺で派手に足音を立てて優子の恐怖心を煽る。追い込みつつ、自滅を狙いつつ、命を狙う。
「…………しつこい」
どこへ逃げようとも、いつまでも自分の頭上に輪胴式を駆る男が出方を抑えているので、自由に逃走経路を脳内に描けない。
2人分の銃声も止み、ちらりと見えた2人が潜んでいた遮蔽にその隠れる陰が無い事も確認した。
2人が、雇われたならず者ならば、流動的に変化した現場の指揮官の命令を聴いて、残党になってしまった優子を仕留める為に逆撃に出るだろう。
即ち、少なくともこの場での脅威である、その2人と輪胴式の男を片付けないとこの包囲網の一端は食い破れない。
ZKR-551のグリップを強く握り直す。
「……!」
咄嗟にZKR-551を左手にスイッチすると、右手をトレンチコートのハンドウォームに突っ込む。
その機を逃さない輪胴式の男。
突如停止した標的が目の前に居るのだ。ここで引き金を引かねば今度は彼が依頼不履行で評判が落ちる。
星空を背負って彼は長銃身を右半身で構え、銃口を提げてコンテナの天辺から僅かに顔を出す。
彼の銃口と視線は一致している。
撃鉄は起きている。
鈍い光沢を放つ禍々しい黒い肌の輪胴式。
コルト・ダイヤモンドバックの6インチ。
廉価版コルト・パイソンとして販売されたモデルで、当時は高級なコルト・パイソンを買えない層に人気が有った。販売は既に終了したが、往年のコルトリボルバーの一部がリバイバル生産された折にコルト・ダイヤモンドバックも短期間、少数のみ再生産されたらしい。
そのうちの一挺だろう。