銃弾は間違えない
10mほど投げ出された2人はピクリとも動かない。
その2人の顔を覗き込んだだけで、既に息をしていないのが解る凄惨な死に顔だった。
正直なところ、その2発はそれぞれのバイクのどの部分に命中させたのか判然としない。
そのスピードならば、どこにでも当たれば只では済まないだろうという目算だけだった。
後続の到着までに消費した2発分を補弾。
「!」
ローディンゲートを閉めながら咄嗟にその場に伏せる。
伏せた途端に背後の遮蔽に着弾。
拳銃の銃声。
『誰かが狙った』気配がした。
寒気がした。嫌な予感がした。咄嗟に身を屈めた瞬間に着弾。
トレンチコートが汚れるのも気にせずに後転しながら銃弾がめり込んだ遮蔽――詰まれたドラム缶や一斗缶――の陰に飛び込む。
「…………」
左手でリップミラーを突き出して辺りを探る。
――――落ち着いて!
――――近くに居るはず!
姿が見えない逃走者。
ここを通すわけにはいかない。
かなりの手練。気配が無い。
撃つ時のみ現れる壮絶な殺気。
蛇に睨まれたような、という形容がぴったりだ。
銃声は一発きり。確かに潜んでいる。
ここを通り抜けなければ、安全な逃走ルートには就けない。
コンテナ群の外周にはクライアントが雇った優子と大差の無い、ならず者が控えている。
そこを突破するくらいなら一番手薄に見える、優子が護るこのルートを選んだ方が賢い選択だ。勿論、それは見せかけの『薄い壁』で本物の残党狩りとして、信頼されて配置された優子だ。
銃弾、飛来。
リップミラーのハレーションを狙ったのか、かなり正確に遮蔽の陰に潜む優子の左手首周辺を狙ってきた。
銃弾が遮蔽に着弾する瞬間にリップミラーの世界にその姿を捉えた。
「……!」
――――居た!
――――少し離れてる……ね。
外灯の間隔を目印に距離を測る。
一人。
遮蔽の陰を伝いながらこちらに向かってくる。
素早い足運び。低く屈めた姿勢。男だろうか。
手にした拳銃はシルエットがちらっと見えたが、長銃身の輪胴式らしい。
その銃のスペックを知ったところで意味は無い。
意味が有るのは標的が一人しか居ないという重要な情報だ。
鉄火場となっているはずの、遥か向こうはとうに静まって撤収が始まっているらしい。
主な現場は鎮火。
各ルートに逃げ出した残党を始末しておしまいだろうか。
銃撃してきた男がその最後の残党であることを強く願う。
「!」
現況は甘くは無かった。
遮蔽に飛び込んだ輪胴式の男の後ろに3人の影が走ってくるのが見える。
銃撃を浴びせてくる事から、追い上げてきた、クライアントが手配したならず者では無さそうだ。
優子は首を左右に小さくかざすように出して遮蔽の陰から次に移れる遮蔽を吟味しだした。
この場で居座っては包囲されて益々不利になり、返り討ちに遭う。
連中が鉄火場から逃げてきた残党だから戦力も微々たる物で恐れるに足りずと早合点するのは拙い。
命懸けでこのルートを選んだ連中だ。命懸けで活路を見出そうと足掻くに違いない。
人間のエピファニーは想像を絶する。
予想外の斜め上すら発生させる。
勝者の側だからとタカを括っていては命取りだ。
何しろ、この場を任されたのは優子一人なのだ。
援軍は期待できない。
呼べば戦線を狭めた同業者が助けに来るだろうが、その時には優子の死体が転がり、悠々と連中は遁走を開始する。
この道路を抜けた先に別口で雇われたピックアップ組が待機しているが、連中の仕事は逃走経路の確保だ。
鉄火場への参加や残党狩りの手伝いは契約外だろう。目の前を逃げ果せた連中が過ぎ去っても何もしない。
次に移動すべき遮蔽を目印に脳内で自分が辿るべきルートを描く。
残党の連中の射線が重なる位置を探す。
射線が重なれば同士討ちを警戒して銃火も鈍る。
……仮に、連中も雇われただけのならず者なら、同士討ちを平気でやらかして勝手に戦力を低下させる。
一番に警戒すべきは、あの輪胴式を駆る男だ。
あの徒ならぬ雰囲気は放置しても良い事が無い。
逃がせば優子の信用商売に傷が付く。
一戦交えるしかない。
他の連中の練度も不明。
弾幕を張るしか能の無いヤクザ者であっても、その手に握られる拳銃の銃弾の威力が低いわけではない。命中すれば怪我をする。バイタルゾーンに被弾すればここで生涯を閉じる。
それに……大前提として、誰一人として逃がすなとの依頼だ。腕の見せ所なのだ。
左手にストラップを挟む。撃鉄を起こしたZKR-551を遮蔽の陰から2発だけ、引き金を引きっぱなしで撃鉄を弾いて速射。
牽制。
連中が形成しつつある包囲網の隙間を抉じ開ける。
輪胴式の男が頭を出そうとしていたが、それを押さえるのに成功する。
僅かな隙に5m右手側に有る、身の丈の倍以上もあるコイルの陰に飛び込んで、開きっ放しで放置されているコンテナのドアの陰へと滑り込む。……派手にトレンチコートが汚れる。
隠れ込んだ先は、先ほどの遮蔽以上に暗い。上等だ。
外灯の直下に居る連中からは暗がりで見え難い。
直ぐに狙いを定める。直ぐに足止めしなければ、最後の番人が消えたので大手を振って連中は逃げ出す。
撃鉄、起こす。
呼吸を一拍分止める。
心臓が原因の体の震動が生み出す『揺れ』の半ばで引き金を引く。
丁度背中を見せていた男の左脇腹に命中する。即死に到らない。
残りを片付ければ止めを刺しに行く。今は追い討ちの2発目を叩き込んでいる場合ではない。
直ぐにこちら方に銃火が集中する。連中は不用意に遮蔽から身を乗り出したり、姿を晒したりしない。
「…………?」
15m先で瞬く銃火を数える。
今し方1人分、消した。
もう1人の数が合わない。
銃火の質が違う。逃がしたか!
……そんな焦燥が群雲の如く心に湧く。
その不安を消すように撃鉄を起こす。
焦りが銃口の先端にある照星を揺らす。
ここでは場と空気が悪いと吐き捨てて、直ぐに銃口を下ろして撃鉄を戻すと、遮蔽を伝い、銃弾が集中し始めたコンテナのドアを放棄して次の遮蔽に隠れる。
今度は少し元に戻り、元居た場所……道路側に近い遮蔽で廃材が山積みされた場所だ。
港湾部の遮蔽は不規則で不定形なので、身を隠しながら移動するのに都合がいい。
襲撃する方も襲撃される方も条件は同じだ。
違うのはお互いそれぞれの勝利条件の違いだけだ。
仕留めるか逃げるかの違いだけだ。
目前15mの遮蔽群には2人の姿が確認できる。
矢張り、だ。
あの輪胴式の男が居ない。
あの銃身で発砲すれば独特の銃声と銃火が確認できる。2人を見捨てて逃げたか?
それにしては2人は縫い付けられたようにその場所から移動しようとせず、牽制のような射撃を続ける。実際に先を読まれたかのような射撃で、遮蔽の間を伝う優子の背後に着弾している。
誰かが手引きしている。
この場合の『誰か』は推察が付く。
輪胴式を駆る男がこの暗がりばかりの遮蔽群のどこかに潜み、連絡を連中に遣しているのだ。
ナビゲーション役を買って出たのだ。
それは即ち、直ぐ背後に敵が居て、目前にも敵が居る状態だ。
挟み撃ちの一方を請け負っていたはずが、いつの間にか挟み撃ちされた標的となっている。
停止は危険だ。
連中に読めない挙動を交えながら移動するしかない。折角の遮蔽も活用せずに直ぐに移動だ。
その2人の顔を覗き込んだだけで、既に息をしていないのが解る凄惨な死に顔だった。
正直なところ、その2発はそれぞれのバイクのどの部分に命中させたのか判然としない。
そのスピードならば、どこにでも当たれば只では済まないだろうという目算だけだった。
後続の到着までに消費した2発分を補弾。
「!」
ローディンゲートを閉めながら咄嗟にその場に伏せる。
伏せた途端に背後の遮蔽に着弾。
拳銃の銃声。
『誰かが狙った』気配がした。
寒気がした。嫌な予感がした。咄嗟に身を屈めた瞬間に着弾。
トレンチコートが汚れるのも気にせずに後転しながら銃弾がめり込んだ遮蔽――詰まれたドラム缶や一斗缶――の陰に飛び込む。
「…………」
左手でリップミラーを突き出して辺りを探る。
――――落ち着いて!
――――近くに居るはず!
姿が見えない逃走者。
ここを通すわけにはいかない。
かなりの手練。気配が無い。
撃つ時のみ現れる壮絶な殺気。
蛇に睨まれたような、という形容がぴったりだ。
銃声は一発きり。確かに潜んでいる。
ここを通り抜けなければ、安全な逃走ルートには就けない。
コンテナ群の外周にはクライアントが雇った優子と大差の無い、ならず者が控えている。
そこを突破するくらいなら一番手薄に見える、優子が護るこのルートを選んだ方が賢い選択だ。勿論、それは見せかけの『薄い壁』で本物の残党狩りとして、信頼されて配置された優子だ。
銃弾、飛来。
リップミラーのハレーションを狙ったのか、かなり正確に遮蔽の陰に潜む優子の左手首周辺を狙ってきた。
銃弾が遮蔽に着弾する瞬間にリップミラーの世界にその姿を捉えた。
「……!」
――――居た!
――――少し離れてる……ね。
外灯の間隔を目印に距離を測る。
一人。
遮蔽の陰を伝いながらこちらに向かってくる。
素早い足運び。低く屈めた姿勢。男だろうか。
手にした拳銃はシルエットがちらっと見えたが、長銃身の輪胴式らしい。
その銃のスペックを知ったところで意味は無い。
意味が有るのは標的が一人しか居ないという重要な情報だ。
鉄火場となっているはずの、遥か向こうはとうに静まって撤収が始まっているらしい。
主な現場は鎮火。
各ルートに逃げ出した残党を始末しておしまいだろうか。
銃撃してきた男がその最後の残党であることを強く願う。
「!」
現況は甘くは無かった。
遮蔽に飛び込んだ輪胴式の男の後ろに3人の影が走ってくるのが見える。
銃撃を浴びせてくる事から、追い上げてきた、クライアントが手配したならず者では無さそうだ。
優子は首を左右に小さくかざすように出して遮蔽の陰から次に移れる遮蔽を吟味しだした。
この場で居座っては包囲されて益々不利になり、返り討ちに遭う。
連中が鉄火場から逃げてきた残党だから戦力も微々たる物で恐れるに足りずと早合点するのは拙い。
命懸けでこのルートを選んだ連中だ。命懸けで活路を見出そうと足掻くに違いない。
人間のエピファニーは想像を絶する。
予想外の斜め上すら発生させる。
勝者の側だからとタカを括っていては命取りだ。
何しろ、この場を任されたのは優子一人なのだ。
援軍は期待できない。
呼べば戦線を狭めた同業者が助けに来るだろうが、その時には優子の死体が転がり、悠々と連中は遁走を開始する。
この道路を抜けた先に別口で雇われたピックアップ組が待機しているが、連中の仕事は逃走経路の確保だ。
鉄火場への参加や残党狩りの手伝いは契約外だろう。目の前を逃げ果せた連中が過ぎ去っても何もしない。
次に移動すべき遮蔽を目印に脳内で自分が辿るべきルートを描く。
残党の連中の射線が重なる位置を探す。
射線が重なれば同士討ちを警戒して銃火も鈍る。
……仮に、連中も雇われただけのならず者なら、同士討ちを平気でやらかして勝手に戦力を低下させる。
一番に警戒すべきは、あの輪胴式を駆る男だ。
あの徒ならぬ雰囲気は放置しても良い事が無い。
逃がせば優子の信用商売に傷が付く。
一戦交えるしかない。
他の連中の練度も不明。
弾幕を張るしか能の無いヤクザ者であっても、その手に握られる拳銃の銃弾の威力が低いわけではない。命中すれば怪我をする。バイタルゾーンに被弾すればここで生涯を閉じる。
それに……大前提として、誰一人として逃がすなとの依頼だ。腕の見せ所なのだ。
左手にストラップを挟む。撃鉄を起こしたZKR-551を遮蔽の陰から2発だけ、引き金を引きっぱなしで撃鉄を弾いて速射。
牽制。
連中が形成しつつある包囲網の隙間を抉じ開ける。
輪胴式の男が頭を出そうとしていたが、それを押さえるのに成功する。
僅かな隙に5m右手側に有る、身の丈の倍以上もあるコイルの陰に飛び込んで、開きっ放しで放置されているコンテナのドアの陰へと滑り込む。……派手にトレンチコートが汚れる。
隠れ込んだ先は、先ほどの遮蔽以上に暗い。上等だ。
外灯の直下に居る連中からは暗がりで見え難い。
直ぐに狙いを定める。直ぐに足止めしなければ、最後の番人が消えたので大手を振って連中は逃げ出す。
撃鉄、起こす。
呼吸を一拍分止める。
心臓が原因の体の震動が生み出す『揺れ』の半ばで引き金を引く。
丁度背中を見せていた男の左脇腹に命中する。即死に到らない。
残りを片付ければ止めを刺しに行く。今は追い討ちの2発目を叩き込んでいる場合ではない。
直ぐにこちら方に銃火が集中する。連中は不用意に遮蔽から身を乗り出したり、姿を晒したりしない。
「…………?」
15m先で瞬く銃火を数える。
今し方1人分、消した。
もう1人の数が合わない。
銃火の質が違う。逃がしたか!
……そんな焦燥が群雲の如く心に湧く。
その不安を消すように撃鉄を起こす。
焦りが銃口の先端にある照星を揺らす。
ここでは場と空気が悪いと吐き捨てて、直ぐに銃口を下ろして撃鉄を戻すと、遮蔽を伝い、銃弾が集中し始めたコンテナのドアを放棄して次の遮蔽に隠れる。
今度は少し元に戻り、元居た場所……道路側に近い遮蔽で廃材が山積みされた場所だ。
港湾部の遮蔽は不規則で不定形なので、身を隠しながら移動するのに都合がいい。
襲撃する方も襲撃される方も条件は同じだ。
違うのはお互いそれぞれの勝利条件の違いだけだ。
仕留めるか逃げるかの違いだけだ。
目前15mの遮蔽群には2人の姿が確認できる。
矢張り、だ。
あの輪胴式の男が居ない。
あの銃身で発砲すれば独特の銃声と銃火が確認できる。2人を見捨てて逃げたか?
それにしては2人は縫い付けられたようにその場所から移動しようとせず、牽制のような射撃を続ける。実際に先を読まれたかのような射撃で、遮蔽の間を伝う優子の背後に着弾している。
誰かが手引きしている。
この場合の『誰か』は推察が付く。
輪胴式を駆る男がこの暗がりばかりの遮蔽群のどこかに潜み、連絡を連中に遣しているのだ。
ナビゲーション役を買って出たのだ。
それは即ち、直ぐ背後に敵が居て、目前にも敵が居る状態だ。
挟み撃ちの一方を請け負っていたはずが、いつの間にか挟み撃ちされた標的となっている。
停止は危険だ。
連中に読めない挙動を交えながら移動するしかない。折角の遮蔽も活用せずに直ぐに移動だ。