銃弾は間違えない

 更に20分経過。
「…………来たか……な?」
 右手でトレンチコートの前を廻して後ろ腰に雑に纏める。
 ガンベルトのホルスターに収まるZKR-551のグリップの表面に寒風が当たる。
 後ろと左右を確認。
 いつでも飛び込める遮蔽が有る。
 見慣れたパレットの山。廃棄されたコイルの山。錆びたドラム缶や一斗缶の山。
 背後は国道へ通じる道路。この道幅は2車線。
 自動車での遁走が充分に予想される。
 本来なら名前通りのロードブロック……10番口径マグナムを詰め込んだ散弾銃が頼りになるはずの状況を38口径6連発のシングルアクションリボルバーで全滅させよというのだから、これは何かの罰ゲームかと勘繰ったりもした。
 だが、仕事は仕事だ。
 優子もプロだ。
 前金を確認した以上、逃げはしない。
 クライアントが満足する仕事振りを発揮するまで。
 ……『例え、目前に民生向けハンヴィーが吶喊してきても』。
 コンテナの群れの中から突如として飛び出てハンドルを切ったハンヴィーは真っ直ぐこのルートを目指している。
 乗車人数は不明。
 黒い装甲車のような巨躯は大排気量に物を言わせて尻を振りながら、遮蔽を轢き飛ばしながら猛スピードでこちらに向かってくる。
「!」
 距離50m。問題は無い。ここで抜く。撃つ。さもなくば突破される。
 2発。
 クイックドロウから人指し指と中指を撃鉄の上を滑らかに撫でて発砲。
 腰溜め。
 38口径で黙ってくれる相手ではない。
 エンジンはそんな小石のような礫で黙りはしない。
 ゆえに、フロントガラスの運転席側に2発叩き込んだ。
 流石のハンヴィーだ。民生向けに設計し直したとはいえ、フロントガラスに握り拳程度の白い曇りが2個広がっただけ。
 反撃や挟撃を予想していない人間特有の反応。
 運転手は突如刻まれた、フロントガラスの貫通していない弾痕に肝を潰されて反射的にハンドルを切る。
 優子の30m前方で、彼女がいつか必ず利用しようと考えていた背丈ほどに積み重ねられたパレットに突っ込んでエアバッグが作動する……最近の高級外車は全速力で追突しても、ゴミ袋10個分のアルミ缶を大きなハンマーで叩き潰したように拍子抜けする衝突音しか出さないのだと豆知識を拾った。
 運転手は脳震盪で気絶したか、エンジンが唸ったまま停止した。
 その助手席側のドアと後部のドアが開き、3人の人影が砂利をばら撒くように降車した。
 降車した人影は拳銃や水平2連発の散弾銃を優子に向けて発砲しながらコンテナ群へ逃げ込もうとする。
 今回の依頼はこのルートを逃走する標的全員の丁寧な死の供給だ。誰も逃がしはしない。直ぐに優子も追う。
 連中の逃げながらの発砲は大した脅威ではない。
 纏まって逃げてくれているだけ仕留め易い。
 早く仕留めて元のポジションに戻らなければ。
 ZKR-551を抜き放つ。
 擦り傷だらけの銃身が鈍い光沢を閃かせて銃口を這わせる。撃鉄を起こす。
 コンテナの隙間を走る3人。優子も追跡。
 推定15mの距離。遮蔽や角が多過ぎて狙いを定め難い。
 それに光源も圧倒的に不足。不利な状況。……否、考え方次第では有利に働く状況でもある。
 連中が時折、振り向いて散発的な牽制を仕掛けるのだ。
 疎らな銃火。その銃弾は掠りもしない。
 発砲すればするほど、目視で距離や辺りの状況が確認し易くなって助かる。
 停止。1秒以下の時間。
 全力で走った為に鼓動が五月蝿い。
 体が心臓の震動で空気を貪る。
 それも1秒以下の時間だけ、我慢した。
 優子を象った人影がそこに立つ。
 間違いなくZKR-551を両手で構えた優子自身。
 アソセレススタンス。カップ&ソーサー。
 次に体が呼吸を求めるまでの刹那の時間。
 発砲。
 38口径の豆鉄砲でも、コンテナに挟まれた空間ではその銃声は耳を劈かんばかりに響き渡る。
 目前15m。3人組1番、後方を走っていた男の後頭部に命中。
 発砲の反動を感じた。その瞬間に呼吸を再開し、優子は前に倒れるような低いモーションで全速力に移る。
 撃鉄を起こす。呼吸を止める。鼓動が相変わらず五月蝿い。
 今度は2秒以下の時間、停止した。
 連中が振り向いて一斉に発砲。外灯の間隔から逆算して、約20mの距離だと銃火が教えてくれた。
 この距離で、この位置だと銃火が教えてくれた。
 躊躇わない。早く撃たねば体が次の呼吸を求めてしまう。
 更に心臓が鼓動を全身に伝えてしまう。
 2秒もじっくりと狙った38口径の銃口は、音速以下の速度で一番前方を走っていた人影の頚部に命中した。
 頚部だ。この音は頚部に命中した音だ。
 血飛沫の飛び散り方で解る。助からない血飛沫だ。
 3人組の最後の一人である、散弾銃を握った男は再装填のもどかしさに耐えられず、ストックと銃身を短く引き切っていない水平2連発の散弾銃を放り出してジャケットの左懐に手を突っ込んだ。
 遅い。
 その男の行動は全てが遅かった。
 3秒も待ったのに、3秒も呼吸を整えるのに優子は大きな隙を見せたのに、男は有ろう事か散弾銃を捨てて懐の拳銃を引きずり出す事で貴重なイニシアティブを消費した。
 そんな彼が撃鉄が起きて既に狙いを済ませたZKR-551を駆る優子の敵であるはずが無かった。
 その男は胸部に銃弾を叩き込まれてその場に落ちる。
 優子は近寄り、その苦悶する男の頭部に冷徹に銃弾で孔を開けた。この男だけは放置しても助かる見込みが有ったのだ。
 静かになったコンテナの隙間を足早に大股で歩きながら排莢と装填を済ませる。
 いつの間にか、口に銜えていた葉巻を吐き捨てていたらしく、唇の端に寂しさを感じた。
 それは正解だったのかもしれない。
 銜えたままだと今度はその火種が、この暗いコンテナの隙間で目印となって銃弾が集中していたかもしれない。
 再び港湾のボトルネック型通路の入り口付近に出る。
 辺りを見回しても後続が過ぎた形跡は無い。
 地面のタイヤの跡や、更に後方で待機している優子をピックアップする逃走経路を確保するグループに連絡も取るが、誰も通過した形跡は無い。
 取り敢えずは安心か。
 無意識に左手が右懐を探ってスキットルに触れる。その表面の冷たさで目が覚める。
 今は呑んでいる場合ではない。心理的に逃避行動に出ている自分を叱り付ける。
 肩を上下させて呼吸を整えていた。
 潮風が冷たさを孕んで急激に体を冷やしてくれた。お陰でクールダウンは早かった。
 喉が渇く。アドレナリンの分泌が激しい。
 コンテナの隙間での発砲は、恐怖が紛れるのに充分な脳内麻薬に助けられた。
 今から考えれば数cmでもずれていたら自分に命中している弾丸が幾つか有ったのを思い出し、背中に冷たいものが走る。
「休ませてくれないわよね……」
 ニヒルな嗤いが頬に浮かぶ。
 更に後続。750ccのバイクが2台。
 スピードも緩めず、優子を相手にもせず、そのままこの場を逃げるのが見え透いている。
 併走する2台の運転手は体を前傾にしてヘルメットも被らずに、ジャケットの裾を風に靡かせて走りぬけようとした。
 優子の脇を過ぎようとしても優子など眼中に無い。
 2発。無造作。
 ただ、銃身を左右に振っただけのような執念も信念も感じない発砲。 2台のバイクは優子の両脇を過ぎながら横転し、停めてあった大型トラックや廃材の山に突っ込んで停止した。
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