風速で去る明日
外観で見て2階部分の4室の窓に灯りが見える。カーテンが掛かっているのでそれ以上は解らない。
この仕事を完遂させなければ未来の手配師としての第一歩が挫かれる。
それ以前に、折角確保した武器弾薬の流通経路から弾薬を仕入れる金が稼げない。
……それにだ、ヤードがなまくらな仕事をしてくれているお陰で未だに車検と整備が終了した事を報せる連絡が入らない。
もうこの際、未来の元で幾らか稼いで盗難車を購入して他の街へ渡った方が早い気がしてきた。
兎も角、泣き言と愚痴は後だ。
今は目前の標的を仕留める事に集中する。
火が消えて半分程が灰になったベガフィナ・コロナを吐き捨ててロッジ風宿泊施設に近づく。
見張りは居ない。標的は3人。
警護要員は少なく見積もっても5人。
標的の顔は覚えた。そいつらが何をしでかしたのかは知らない。未来も知らない。
未来はこの仕事を書類の上で町乃を雇っただけだ。
未来は手配師として、今回の件に最適な人員であると宣伝した町乃を派遣しただけだ。
余計な情報は知らない方が良い。その方が依頼主も無用な警戒をしないで済む。
いつものオーバーサイズのオリーブドラブのパーカー。
その左脇に右手を伸ばし、コルトM1911A1を抜き出す。
コンディション1。セフティを解除すればいつでも撃てる。
永らく米軍で正式採用されていた履歴は伊達ではなく、少々の事では故障しない上に操作とメンテナンスがシンプルだ。
シングルマガジン採用でグリップも握りこみ易い。
掌を負傷していない限り、グリップセフティの操作も問題ない。
45口径という実包自体も暗黒社会の相場では値段は安い方で、伝とコネがあれば割と簡単に手に入る。
そのコルトガバメントとも呼ばれるコルトM1911A1を携え、ロッジ風の建物の正面入り口から廻り込む。
正面の大きなガラス扉が既に開け放たれていて多数の足跡が見られる。
薄暗い奥行き。廊下全ては蛍光灯ではなく保安球が点灯していて光源に乏しい。
生活に必要な設備や部屋だけ、蛍光灯の恩恵を受けているようだ。
エアコンが作動している。
殺害すべき対象も頭に叩き込んだ。
警護要員を付けるほどだから、かなりの重要人物が潜んでいると思われるが、連中の背後関係など知った事ではない。
ついこの間、未来が町乃に嗾けた三下の上層組織と賠償金を払う事で手打ちとなった。
それでまたも借金を背負ったのだから未来にとっては良い教訓となっただろう。
賠償金……半分以上は三下連中の上層組織と敵対している組織が扱っている麻薬を強奪してそれを支払いに当てた。
残りは『有る時払いの催促無し』の条件を付けさせた。
勿論、組織連中は未来を手配師として扱き使い倒すだろう。
『未来の手駒に使える人材が居る』という遠回しな宣伝にも一役買ったのだ。
直ぐにフロアに踊りこむ。
この階には人影は無い。
脳内にこの建物の地図を素早く展開する。
直線廊下を基準に作られた宿泊施設だ。遮蔽のポイントは限定的だ。廊下の真ん中で会敵すれば咄嗟に身を隠すのに苦労する。
アソセレススタンス。フィストグリップ。
左手の小指と薬指の間に予備弾倉を挟んで進む。
どこの部屋に電灯が灯っていたか確認したので進軍は簡単。
難しいのは警護の数と標的の所在。
警護の数は少なく見積もっても5人。
全て殺しても料金には含まれないので、無力化させるだけで充分だ。……だが、殺害対象は確実に仕留めなければならない。
依頼者からは、半殺しも許されないと聞いている。随分と酷い事をしでかしたのだろう。
保安球が廊下を照らす。幾つかある2階へ通じる階段のうち一つを足音を殺して昇る。
風が運んだ細かい砂利を踏み締める小さな音が矢鱈と五月蝿い。
2階へ到着。
無事に到着した感慨に耽るのは早い。
男達の大きな話し声が聴こえる。酒でも呑んでいるのか、景気の良い声だ。
毎日がこんな調子の隠者生活ならあやかりたいものだ。
右手側と左手側に伸びる廊下。その両方に人の気配。
男達の大声。
角からリップミラーを突き出して確認。
廊下には誰も居ない。
一番近くの右手側の部屋に行く。この部屋がビンゴかどうかは、そこまでは解らない。ドアノブを捻ってからのお楽しみだ。
……ドアは閉まっている。エアコンが効いているのだろう。ドアの僅かな隙間から冷気が漏れる。この部屋だけエアコンが効いている。この部屋が一番使用頻度が高いことを物語っている。
ズカズカと進んで遠慮なくドアノブを捻って盛大な音を立てて開け放つ。
どうせ鉄火場が始まる。
どんなにお淑やかに振舞っていても爆竹を鳴らしたように、どいつもコイツもパニックになる。
ドアを開けた途端に目前の人間全てにダブルタップで45口径を叩き込む。
3人、居た。
ダブルタップは確実に殺す為の発砲ではない。
ドアを開けるのに左手を塞がれ、右手で45口径の反動を抑えにくくなったので、低くなった命中精度を弾数で誤魔化す為の、謂わば小さな弾幕だった。
たった6発。45口径の咆哮。
どんなに鈍重の弾速だと言っても、人間の動体視力で対処できる速度ではない。
完全に不意を衝かれた3人は反撃の余地すらなく絶命する。
最後に1発。3人のうちの1人の頭部を重く熱い弾頭で叩き割る。
射入孔が開いた程度の小さな孔が額に拵えられる。
勿論、おまけで頭部を破損させたわけではない。
その男が殺害対象の一人だったのだ。
直ぐ様、弾倉を交換。
その部屋に用は無い。警護の男2人はまだ息が有ったようだが殺す必要は無い。
床に倒れたまま苦悶の表情でカーペットを掻き毟る以上の動作が行えない。胴体に2発の銃弾を受けてそれだけ動けるのなら直ぐに死にはしない。
しかるべき処置を30分以内に受ければ十分に助かる。出血多量によるショック死が訪れた場合は何も保証できないが。
その銃声を先途に他の部屋が騒ぎ出す。
客室の構造で、消防法に則って設計されている以上、廊下からの出入り口以外にもダイレクトに外部に脱出できる緊急の梯子や隣室に移る薄い壁がベランダに有る。
ここは2階。
飛び降りても骨折だけで済む。
痛みを省みない気骨の有る人間なら戦うよりも先に脱出を優先するだろう。
部屋を出る。歩幅を大きく。
部屋のざわつきからして警護の数はもっと多い。
勝利条件を満たすべく次の部屋に移る。
直線の廊下。馬鹿正直に廊下の真ん中を大胆に歩く。
廊下に人影が見えなかった。こそこそと進軍するより障害になる警護が皆無の、視界の良い今の内に優位に立てるポジションを確保し、そのルートを直進するのが賢いと判断したからだ。
感覚としてはモグラ叩きに近い。
飛び出す奴を容赦無しに撃ち倒せば問題無い。
反撃の可能性も考慮済みだ。だからこその、廊下の真ん中の見晴らしのいい場所を選択したのだ。
鋭い金属音。複数。衣服がこすれる音。
予備弾倉を引き抜きながら、右手で照準を定め易くする。
左手に弾倉を掴んだと同時にドアが開き男が飛び出そうとした。それよりも早く町乃の人差し指は反応した。
発砲。
思い遣りの無い、無慈悲な発砲。
ドアは近過ぎた。
貫通力に乏しいと思われがちな45口径でも貫通できる距離。7m。弾頭は易々と貫通。
世間のイメージ通りに直進しない。
銃弾は障害物に触れると簡単に直進方向が逸らされる。
突き抜けた弾頭は大きく下方へ逸らされて、ドアの向こうに居た男の下腹部辺りに命中した。
この仕事を完遂させなければ未来の手配師としての第一歩が挫かれる。
それ以前に、折角確保した武器弾薬の流通経路から弾薬を仕入れる金が稼げない。
……それにだ、ヤードがなまくらな仕事をしてくれているお陰で未だに車検と整備が終了した事を報せる連絡が入らない。
もうこの際、未来の元で幾らか稼いで盗難車を購入して他の街へ渡った方が早い気がしてきた。
兎も角、泣き言と愚痴は後だ。
今は目前の標的を仕留める事に集中する。
火が消えて半分程が灰になったベガフィナ・コロナを吐き捨ててロッジ風宿泊施設に近づく。
見張りは居ない。標的は3人。
警護要員は少なく見積もっても5人。
標的の顔は覚えた。そいつらが何をしでかしたのかは知らない。未来も知らない。
未来はこの仕事を書類の上で町乃を雇っただけだ。
未来は手配師として、今回の件に最適な人員であると宣伝した町乃を派遣しただけだ。
余計な情報は知らない方が良い。その方が依頼主も無用な警戒をしないで済む。
いつものオーバーサイズのオリーブドラブのパーカー。
その左脇に右手を伸ばし、コルトM1911A1を抜き出す。
コンディション1。セフティを解除すればいつでも撃てる。
永らく米軍で正式採用されていた履歴は伊達ではなく、少々の事では故障しない上に操作とメンテナンスがシンプルだ。
シングルマガジン採用でグリップも握りこみ易い。
掌を負傷していない限り、グリップセフティの操作も問題ない。
45口径という実包自体も暗黒社会の相場では値段は安い方で、伝とコネがあれば割と簡単に手に入る。
そのコルトガバメントとも呼ばれるコルトM1911A1を携え、ロッジ風の建物の正面入り口から廻り込む。
正面の大きなガラス扉が既に開け放たれていて多数の足跡が見られる。
薄暗い奥行き。廊下全ては蛍光灯ではなく保安球が点灯していて光源に乏しい。
生活に必要な設備や部屋だけ、蛍光灯の恩恵を受けているようだ。
エアコンが作動している。
殺害すべき対象も頭に叩き込んだ。
警護要員を付けるほどだから、かなりの重要人物が潜んでいると思われるが、連中の背後関係など知った事ではない。
ついこの間、未来が町乃に嗾けた三下の上層組織と賠償金を払う事で手打ちとなった。
それでまたも借金を背負ったのだから未来にとっては良い教訓となっただろう。
賠償金……半分以上は三下連中の上層組織と敵対している組織が扱っている麻薬を強奪してそれを支払いに当てた。
残りは『有る時払いの催促無し』の条件を付けさせた。
勿論、組織連中は未来を手配師として扱き使い倒すだろう。
『未来の手駒に使える人材が居る』という遠回しな宣伝にも一役買ったのだ。
直ぐにフロアに踊りこむ。
この階には人影は無い。
脳内にこの建物の地図を素早く展開する。
直線廊下を基準に作られた宿泊施設だ。遮蔽のポイントは限定的だ。廊下の真ん中で会敵すれば咄嗟に身を隠すのに苦労する。
アソセレススタンス。フィストグリップ。
左手の小指と薬指の間に予備弾倉を挟んで進む。
どこの部屋に電灯が灯っていたか確認したので進軍は簡単。
難しいのは警護の数と標的の所在。
警護の数は少なく見積もっても5人。
全て殺しても料金には含まれないので、無力化させるだけで充分だ。……だが、殺害対象は確実に仕留めなければならない。
依頼者からは、半殺しも許されないと聞いている。随分と酷い事をしでかしたのだろう。
保安球が廊下を照らす。幾つかある2階へ通じる階段のうち一つを足音を殺して昇る。
風が運んだ細かい砂利を踏み締める小さな音が矢鱈と五月蝿い。
2階へ到着。
無事に到着した感慨に耽るのは早い。
男達の大きな話し声が聴こえる。酒でも呑んでいるのか、景気の良い声だ。
毎日がこんな調子の隠者生活ならあやかりたいものだ。
右手側と左手側に伸びる廊下。その両方に人の気配。
男達の大声。
角からリップミラーを突き出して確認。
廊下には誰も居ない。
一番近くの右手側の部屋に行く。この部屋がビンゴかどうかは、そこまでは解らない。ドアノブを捻ってからのお楽しみだ。
……ドアは閉まっている。エアコンが効いているのだろう。ドアの僅かな隙間から冷気が漏れる。この部屋だけエアコンが効いている。この部屋が一番使用頻度が高いことを物語っている。
ズカズカと進んで遠慮なくドアノブを捻って盛大な音を立てて開け放つ。
どうせ鉄火場が始まる。
どんなにお淑やかに振舞っていても爆竹を鳴らしたように、どいつもコイツもパニックになる。
ドアを開けた途端に目前の人間全てにダブルタップで45口径を叩き込む。
3人、居た。
ダブルタップは確実に殺す為の発砲ではない。
ドアを開けるのに左手を塞がれ、右手で45口径の反動を抑えにくくなったので、低くなった命中精度を弾数で誤魔化す為の、謂わば小さな弾幕だった。
たった6発。45口径の咆哮。
どんなに鈍重の弾速だと言っても、人間の動体視力で対処できる速度ではない。
完全に不意を衝かれた3人は反撃の余地すらなく絶命する。
最後に1発。3人のうちの1人の頭部を重く熱い弾頭で叩き割る。
射入孔が開いた程度の小さな孔が額に拵えられる。
勿論、おまけで頭部を破損させたわけではない。
その男が殺害対象の一人だったのだ。
直ぐ様、弾倉を交換。
その部屋に用は無い。警護の男2人はまだ息が有ったようだが殺す必要は無い。
床に倒れたまま苦悶の表情でカーペットを掻き毟る以上の動作が行えない。胴体に2発の銃弾を受けてそれだけ動けるのなら直ぐに死にはしない。
しかるべき処置を30分以内に受ければ十分に助かる。出血多量によるショック死が訪れた場合は何も保証できないが。
その銃声を先途に他の部屋が騒ぎ出す。
客室の構造で、消防法に則って設計されている以上、廊下からの出入り口以外にもダイレクトに外部に脱出できる緊急の梯子や隣室に移る薄い壁がベランダに有る。
ここは2階。
飛び降りても骨折だけで済む。
痛みを省みない気骨の有る人間なら戦うよりも先に脱出を優先するだろう。
部屋を出る。歩幅を大きく。
部屋のざわつきからして警護の数はもっと多い。
勝利条件を満たすべく次の部屋に移る。
直線の廊下。馬鹿正直に廊下の真ん中を大胆に歩く。
廊下に人影が見えなかった。こそこそと進軍するより障害になる警護が皆無の、視界の良い今の内に優位に立てるポジションを確保し、そのルートを直進するのが賢いと判断したからだ。
感覚としてはモグラ叩きに近い。
飛び出す奴を容赦無しに撃ち倒せば問題無い。
反撃の可能性も考慮済みだ。だからこその、廊下の真ん中の見晴らしのいい場所を選択したのだ。
鋭い金属音。複数。衣服がこすれる音。
予備弾倉を引き抜きながら、右手で照準を定め易くする。
左手に弾倉を掴んだと同時にドアが開き男が飛び出そうとした。それよりも早く町乃の人差し指は反応した。
発砲。
思い遣りの無い、無慈悲な発砲。
ドアは近過ぎた。
貫通力に乏しいと思われがちな45口径でも貫通できる距離。7m。弾頭は易々と貫通。
世間のイメージ通りに直進しない。
銃弾は障害物に触れると簡単に直進方向が逸らされる。
突き抜けた弾頭は大きく下方へ逸らされて、ドアの向こうに居た男の下腹部辺りに命中した。