風速で去る明日
ソウドオフショットガンはブラジルのロシー社製オーバーランSモデル99を切り詰めた物だ。
ロシー・オーバーランドSモデル99は銃身長が僅かに330mmしかなく、ブラジル国内の司法機関や警備会社向けに作られたが、装弾数の少なさから不評で直ぐに生産が打ち切られた。
後に銃身を伸ばし、先台下部のフォアグリップを切り落とした普通の水平2連発モデルが製造されたらしいが、民間向けの平凡な散弾銃として農家の倉庫ではどこでも見かける銃砲……否、農具という扱いになっていた。
ただでさえ短いロシー・オーバーランドSモデル99のストックとフォアグリップと銃身を更に切り詰めたモノが町乃の右脇に吊られている。
殆どの国では銃身を切り詰めた散弾銃の所持は違法だ。
米国でも、だ。
銃身が短いとそれだけ早く散弾が大きくパターンを開いて飛んでいく。
1発で複数の標的に被弾させることが十分可能で、古式ゆかしいテロリストが好んで使っていた。西部劇の中でも良く見かける銃だ。
銃身が短いので大した射程は期待できないが、単純に計算して32口径の短機関銃1連射分に相当する火力を1発で撒き散らせるのは大きな強みだった。
遮蔽や弾除けの向こうに居る敵勢力とのドンパチになれば心理的に優位に立てる。
1980年代後半に製造が中止されたロシー・オーバーランドSモデル99だが、今尚現役。
メンテナンスが行き届いていれば長く使える事を証明したようなものだ。
それに水平2連発の撃鉄内蔵式は構造的にシンプルで故障し難いというメリットも大きい。
内部の部品が壊れてもホームセンターで売られているレベルの材料で代用が利くのも助かる話だ。
幾ら切り詰めても総重量1.5kgを越える。
携行するには疲労が溜まり不利だ。だが、発砲するとなるとこれくらいの重量が無ければ反動で銃口が暴れて片手で制御できない。小型で軽ければそれで良いという考え方ではこの銃はまともに扱えない。
一方、左脇に吊られたコルトM1911A1は言わずと知れたコルトガバメントだ。45口径7+1発。
今現在はコンディション1で待機させられている。……つまり、薬室に1発送り込まれ、弾倉には7発の実包を飲み込み、撃鉄が起きた状態でセフティが掛かっている。
有事にはセフティを解除すれば即応できる。
……所謂、コック&ロック状態で待機させているが、これにはユーザーにより賛否が分かれる。
内部のバネが早くへたるので止めた方が良いという考えと、小まめなメンテナンスさえ怠らなければ問題無い。そもそもコック&ロックくらいで不具合を来たす拳銃は軍用として採用されない……などだ。
評論家がどんなに持論を展開させても、彼女の耳には何も聞こえない。
引き金を引いたら弾が出てちゃんと的に当たればそれで良いという簡単すぎる思考で銃を扱っているからだ。
ロシー・オーバーランドSモデル99もコルトM1911A1も瑕だらけの年季が入った代物で、確実に彼女より長生きしている。
確実に丁寧に手入れされている。
外見は傷だらけでも中身は新品同様に、鋭い作動を見せるかもしれない。
ショルダーホルスターを外し、ズボンやパーカーなどもまとめて籠に放り込む。
脱衣室も含めて内側から鍵をかけられる完全個室のシャワーブースなので安心して脱衣できる。
しなやか。なれど、優れた筋骨。
一糸まとわぬその姿は名の有る造詣家が丹精に削り上げたように滑らかで美しい筋肉に薄く包まれていた。
腹筋が微かに割れている。背筋も薄く浮かんでいる。胸や尻も丸みを残したまま、主張は控え目に女性特有の色香を放っている。
その、美術品に例えられる造形美が合計で20を越える創傷や銃創で穢されているのが残念だった。
生傷が痛々しく生々しい。
そして辛く悲しい過去を物語っている。
髪を指で雑に解きながらシャワールームに入り、荒れた黒髪の天辺からシャワーを盛大に浴びて丹念に垢を落とす。
いつかはさっぱりと切り落としたいと思っている髪だが、気が付けば腰の辺りまで伸びてしまった。
流れた街の中で親切で器用な住民――多くの場合は老婆――に髪を事務用ハサミで整えてもらっているだけだ。
肌が赤く腫れるかと思うほど石鹸で強く擦って何度も体を洗う。
次はいつゆっくりとシャワーを浴びられるか解らない。
出来るものなら大きな浴槽に浸かって背骨と腰を伸ばしたい……彼女には過ぎた贅沢だ。
愛車のジムニーをモグリの車検に預けてはいるが、いつ完了の報せが来るのか判然としない。
期日が確約できないデメリットは大きいが、非合法で違法な手段でジムニーを蘇らせてくれる車検場は全国にそんなに多くは無い。
その間に自分の身の置き場所を考えるべく、カプセルホテルの分煙室で葉巻を吸う。ドミニカ葉巻のベガフィナ・コロナだ。
シガーカッターで吸い口をフラットカットする必要が有るロングフィラーのプレミアムシガー。
低価格帯なれど、熟成させれば化ける物が多いので愛好家も多い。
ドミニカンシガーの吸い口をシガーカッターではなく、パーカーのハンドウォームから赤い樹脂グリップのアーミーナイフを取り出してブレードで吸い口を作るべきヘッド部分を浅く鈍角に切り込みを入れて吸い口を作る。
葉巻の愛好家が見たら噴飯しそうな光景だ。
直径約160mm全長約140mmの葉巻を銜えて先端をジッポーのオイルライターで炙る。
これもまた愛好家の間では禁忌とされている行為の一つだ。
オイルの臭いが葉巻に移ってしまうので葉巻にオイルライターは禁物だとされている。
「…………」
葉巻をくゆらせながら自販機で買ったミネラルウォーターのペットボトルを握ってベンチに座り、精彩を感じさせない瞳を中空に向けている。
彼女の脳内ではこの近辺の勢力図が広げられている。
群雄割拠の様子は一段落した街。
市内全域に地図を広げても、生き残るべくして生き残った勢力だけが小康状態のまま睨み合っている。
どこの組織に一時的に雇ってもらえるか考える。
ヤクザのパートタイマーなど誰も聴いたことが無い。どこもそんな半端者は必要としていない。
今回も一山幾らの鉄砲玉か、使い捨ての殺し屋として軒先を借りる程度で終わるだろうと予想がついた。
考えをあれこれ廻らせながら、ベガフィナ・コロナをくゆらせ終える……たっぷり1時間は熟考した事になる。
自分のカプセルに戻り、脇に抱え込んだままだった銃火器を素早く押し込み、予め用意してあった着替えを持ってレンタルの洗濯機の前に行く。
この街に来たばかりだ。時間は有る。今日一日は何もしない。
シャワーを浴びて、着替えて、洗濯物を片付けて、飯を食べてお終いだ。
ナイトキャップに売店で売られているウイスキーのポケット瓶を呷って本日は寝る。
酒類の持込は禁止でもホテル内では酒類の販売が行われているのは助かる。
明日から忙しくなる。金の臭いを嗅がないと草鞋銭が無くなって飢え死にする。
体を売れば何とかなるが、最近では娼婦だけの組合も力が強くなっているので気軽に路上で売春もできない。
自分のカプセルの中で色々と考えを廻らせている間に買ったウイスキーの小瓶を開封する間も無く、体がマットと一体化したように蕩けていく感触を覚えてそのまま泥のように眠った。
ロシー・オーバーランドSモデル99は銃身長が僅かに330mmしかなく、ブラジル国内の司法機関や警備会社向けに作られたが、装弾数の少なさから不評で直ぐに生産が打ち切られた。
後に銃身を伸ばし、先台下部のフォアグリップを切り落とした普通の水平2連発モデルが製造されたらしいが、民間向けの平凡な散弾銃として農家の倉庫ではどこでも見かける銃砲……否、農具という扱いになっていた。
ただでさえ短いロシー・オーバーランドSモデル99のストックとフォアグリップと銃身を更に切り詰めたモノが町乃の右脇に吊られている。
殆どの国では銃身を切り詰めた散弾銃の所持は違法だ。
米国でも、だ。
銃身が短いとそれだけ早く散弾が大きくパターンを開いて飛んでいく。
1発で複数の標的に被弾させることが十分可能で、古式ゆかしいテロリストが好んで使っていた。西部劇の中でも良く見かける銃だ。
銃身が短いので大した射程は期待できないが、単純に計算して32口径の短機関銃1連射分に相当する火力を1発で撒き散らせるのは大きな強みだった。
遮蔽や弾除けの向こうに居る敵勢力とのドンパチになれば心理的に優位に立てる。
1980年代後半に製造が中止されたロシー・オーバーランドSモデル99だが、今尚現役。
メンテナンスが行き届いていれば長く使える事を証明したようなものだ。
それに水平2連発の撃鉄内蔵式は構造的にシンプルで故障し難いというメリットも大きい。
内部の部品が壊れてもホームセンターで売られているレベルの材料で代用が利くのも助かる話だ。
幾ら切り詰めても総重量1.5kgを越える。
携行するには疲労が溜まり不利だ。だが、発砲するとなるとこれくらいの重量が無ければ反動で銃口が暴れて片手で制御できない。小型で軽ければそれで良いという考え方ではこの銃はまともに扱えない。
一方、左脇に吊られたコルトM1911A1は言わずと知れたコルトガバメントだ。45口径7+1発。
今現在はコンディション1で待機させられている。……つまり、薬室に1発送り込まれ、弾倉には7発の実包を飲み込み、撃鉄が起きた状態でセフティが掛かっている。
有事にはセフティを解除すれば即応できる。
……所謂、コック&ロック状態で待機させているが、これにはユーザーにより賛否が分かれる。
内部のバネが早くへたるので止めた方が良いという考えと、小まめなメンテナンスさえ怠らなければ問題無い。そもそもコック&ロックくらいで不具合を来たす拳銃は軍用として採用されない……などだ。
評論家がどんなに持論を展開させても、彼女の耳には何も聞こえない。
引き金を引いたら弾が出てちゃんと的に当たればそれで良いという簡単すぎる思考で銃を扱っているからだ。
ロシー・オーバーランドSモデル99もコルトM1911A1も瑕だらけの年季が入った代物で、確実に彼女より長生きしている。
確実に丁寧に手入れされている。
外見は傷だらけでも中身は新品同様に、鋭い作動を見せるかもしれない。
ショルダーホルスターを外し、ズボンやパーカーなどもまとめて籠に放り込む。
脱衣室も含めて内側から鍵をかけられる完全個室のシャワーブースなので安心して脱衣できる。
しなやか。なれど、優れた筋骨。
一糸まとわぬその姿は名の有る造詣家が丹精に削り上げたように滑らかで美しい筋肉に薄く包まれていた。
腹筋が微かに割れている。背筋も薄く浮かんでいる。胸や尻も丸みを残したまま、主張は控え目に女性特有の色香を放っている。
その、美術品に例えられる造形美が合計で20を越える創傷や銃創で穢されているのが残念だった。
生傷が痛々しく生々しい。
そして辛く悲しい過去を物語っている。
髪を指で雑に解きながらシャワールームに入り、荒れた黒髪の天辺からシャワーを盛大に浴びて丹念に垢を落とす。
いつかはさっぱりと切り落としたいと思っている髪だが、気が付けば腰の辺りまで伸びてしまった。
流れた街の中で親切で器用な住民――多くの場合は老婆――に髪を事務用ハサミで整えてもらっているだけだ。
肌が赤く腫れるかと思うほど石鹸で強く擦って何度も体を洗う。
次はいつゆっくりとシャワーを浴びられるか解らない。
出来るものなら大きな浴槽に浸かって背骨と腰を伸ばしたい……彼女には過ぎた贅沢だ。
愛車のジムニーをモグリの車検に預けてはいるが、いつ完了の報せが来るのか判然としない。
期日が確約できないデメリットは大きいが、非合法で違法な手段でジムニーを蘇らせてくれる車検場は全国にそんなに多くは無い。
その間に自分の身の置き場所を考えるべく、カプセルホテルの分煙室で葉巻を吸う。ドミニカ葉巻のベガフィナ・コロナだ。
シガーカッターで吸い口をフラットカットする必要が有るロングフィラーのプレミアムシガー。
低価格帯なれど、熟成させれば化ける物が多いので愛好家も多い。
ドミニカンシガーの吸い口をシガーカッターではなく、パーカーのハンドウォームから赤い樹脂グリップのアーミーナイフを取り出してブレードで吸い口を作るべきヘッド部分を浅く鈍角に切り込みを入れて吸い口を作る。
葉巻の愛好家が見たら噴飯しそうな光景だ。
直径約160mm全長約140mmの葉巻を銜えて先端をジッポーのオイルライターで炙る。
これもまた愛好家の間では禁忌とされている行為の一つだ。
オイルの臭いが葉巻に移ってしまうので葉巻にオイルライターは禁物だとされている。
「…………」
葉巻をくゆらせながら自販機で買ったミネラルウォーターのペットボトルを握ってベンチに座り、精彩を感じさせない瞳を中空に向けている。
彼女の脳内ではこの近辺の勢力図が広げられている。
群雄割拠の様子は一段落した街。
市内全域に地図を広げても、生き残るべくして生き残った勢力だけが小康状態のまま睨み合っている。
どこの組織に一時的に雇ってもらえるか考える。
ヤクザのパートタイマーなど誰も聴いたことが無い。どこもそんな半端者は必要としていない。
今回も一山幾らの鉄砲玉か、使い捨ての殺し屋として軒先を借りる程度で終わるだろうと予想がついた。
考えをあれこれ廻らせながら、ベガフィナ・コロナをくゆらせ終える……たっぷり1時間は熟考した事になる。
自分のカプセルに戻り、脇に抱え込んだままだった銃火器を素早く押し込み、予め用意してあった着替えを持ってレンタルの洗濯機の前に行く。
この街に来たばかりだ。時間は有る。今日一日は何もしない。
シャワーを浴びて、着替えて、洗濯物を片付けて、飯を食べてお終いだ。
ナイトキャップに売店で売られているウイスキーのポケット瓶を呷って本日は寝る。
酒類の持込は禁止でもホテル内では酒類の販売が行われているのは助かる。
明日から忙しくなる。金の臭いを嗅がないと草鞋銭が無くなって飢え死にする。
体を売れば何とかなるが、最近では娼婦だけの組合も力が強くなっているので気軽に路上で売春もできない。
自分のカプセルの中で色々と考えを廻らせている間に買ったウイスキーの小瓶を開封する間も無く、体がマットと一体化したように蕩けていく感触を覚えてそのまま泥のように眠った。