風速で去る明日

 ドアを取り払った部屋の内部。4人掛けのソファの背中。そのソファを押すようにスチールデスクがつっかえられている。
 ドアを取り払ったは良いが、ソファが邪魔でここを乗り越えるのは面倒臭い。
 依頼の上では十分にシマ荒らしをしているのだからここで撤収しても文句は無いだろう。
 だが、料金以上のサービスは必要だ。自分のためではなく、自分を雇ってくれている手配師の為に。
 必要以上に丁寧な仕事振りを依頼人に見せつければ、その後の評価も変わる。
 引いては未来の手配師としての株が上がる。
 早く独り立ちできる。……勿論、優秀な『現場作業員』の手配先を確保したらの話だが。
 ソファは遮蔽になっても弾除けにはならない。この距離――7m程度――だと9mmパラベラムを十分に停止させる事は難しい。簡単に貫通する。……ソファ越しの銃撃戦を強いられる。
 踵を返し、制圧完了の部屋に戻り、ポンプアクション式散弾銃を拾う。
 弾薬は気絶した男の足元に紙箱に入った物が落ちていた。
 弾薬には困らない。
 それにロシー・オーバーランドSモデル99でも使える3インチのマグナムシェルだ。9粒弾と同じ直径の散弾が27粒詰まったより密度の高いパターンを形成する散弾だった。1発辺りの威力は落ちるがパターンが濃密でロシー・オーバーランドSモデル99と同じくらいに頼りになる。
 それを携えて……アーミーナイフの鉄鋸を起こし、チューブマガジンの上辺りで突然切断する。町乃の膂力をもってすればこの程度の『鉄のパイプ』を切断するのは問題無い。
 切断する、不気味な音を聞いた篭城中の男達はまたもパニック気味に乱射する。
 銃身を切断したS&W M870。
 重心バランスがリアヘビーなので時間が有ればストックも切り落としたかった。
 薬室に2発。弾倉に1発。合計3発の即席ソウドオフ。
 試し撃ちが即ち実戦投入。
 口にショットシェルを2発、銜える。
 ドアの縁の陰からS&W M870の銃口を潜望鏡のように腕を突き出して乱射する。
 弾倉も薬室もたちまち空になる。
 銃口を引っ込めて、開かせた薬室に口に銜えていた1発を送り込み、そのまま弾倉にもう1発、送り込む。
 スライドさせたままの状態から前進させると2発が直ぐに発射可能となる。
 間髪入れずに2発、左右に銃口を振りながら発砲。
 合計で約135発の散弾がばら撒かれた。……悲鳴とも呻き声とも思える苦しそうな声が聞こえる。
 反撃の銃声が1つ減る。S&W M870を引っ込めて更にフルロード。口にも2発銜える。
 一方的に発砲。
 合計5発のシェルを撃ち尽くすと、今度は止めといわんばかりに、ロシー・オーバーランドSモデル99を引き抜いて盲撃ちする。
 更に反撃の銃声が1つ減った。
 コルトM1911A1を右手に被弾覚悟でドア正面に立つ。
 右手に構えたコルトM1911A1が火を噴くことは無かった。
 喃語を喚きながら顔面を両掌押さえる黒い背広の男が居た。襟に見える準幹部のバッジ。
 その脇に倒れる男の足の裏が見える。散弾の直撃を浴びたのか、3人とも無力化されている。
 顔を押さえる男は眼球に散弾が飛び込んだらしく、突然の失明にパニックに陥っている。
 他の2人の男は荒い呼吸を上げているのが分かる。
 手から放り出した自動拳銃が床の上に落ちている。
 顔を押さえていた男はソファを乗り越えてやってくる襲撃者の気配に感づいたのか、右手を手元に走らせてスナブノーズのS&W M36を拾って明後日の方向に向かって引き金を引く。……しかし、撃芯は虚しく空撃ちを繰り返す。
 男の両目は使い物にならない。
 今更止めを刺すまでも無い。
 片膝を突いて撃芯を叩き続ける男の右手からスナブノーズを蹴り飛ばすと後頭部に踵を落として気絶させた。
 床に転がっていた携帯電話は通話直前の状態で放置されている。
 もう少し遅ければ、増援の手配を速やかに完了させられていたところだ。
 まだまともにモノを考えるだけの力が有る連中が増援を呼ぶかもしれないので、出入り口を塞ぐソファを飛び越えると足早にテナントビルを去る。退路のルートだけは足や眼を負傷しても逃走できるように複数のパターンを用意していた。
 パーカーに開けられてしまった散弾での孔を恨めしい目で見ながらベガフィナ・コロナを銜えて乱暴にジッポーの火で炙る。煙を大きく吸い込む。
 今の彼女には速やかなニコチン吸収が必要だった。
 それと、喉を潤す冷たい水だ。
 作法もへった暮れも無く、葉巻に火を点けて無遠慮に煙を撒き散らしながら近くに乗りつけた盗難車の軽4トラックに乗り込んで出来るだけ人気の少ない一般道や路地を伝いながら……何度か車を代えて帰路に就く。
 ちゃっかりと散弾の紙箱だけは持って帰ってきた。
   ※ ※ ※
 未来の手配師としての腕前はまだまだ未評価の状態だ。
 宣伝を出そうにも、先代の……『親の七光り』で家業を継いだだけのアマちゃんというイメージが広まっている。
 そのイメージを払拭するのには一朝一夕では何ともならない。
 信用と信頼と実績はお湯を掛けて3分で手に入るものではない。
 迅速確実丁寧な仕事を常に発揮して依頼人の注文に120%応える『現場作業員』を手配する、抜かりの無い作業が必要だ。
 どんな仕事でもオールマイティにこなせる人間が居るのと同じ理屈で、特定の依頼でしか本領を発揮できない人間も居る。
 手配師は依頼内容を鑑みてそれに相応しい『現場作業員』を派遣するのが仕事だ。
 一見すると扱き使われているだけの『現場作業員』だが、仕事を完遂すれば『現場作業員』は独り立ちする道筋も見えてくる。
 手配師……斡旋業を仲介しなくてもフリーランスで仕事を取ることが出来る。その第一歩として手配師が必要なのだ。
 依頼内容が羅列されているネット上の掲示板を睨んでいるよりも効率良く仕事に有りつける可能性が高い。
 手配師と殺し屋同然の『現場作業員』はこのように、見方によれば、信頼関係有りきで成り立つ仁義と友情の商売だ。
 その商売の裏と表を語って聞かせたのに、それでも尚、引き下がらない強情な少女の未来。
 彼女の得意技は日常生活で猫を被って人畜無害な民間人を装う事だった。
 他にも幾つか有ったが、それには遠く及ばない。
 未だ男も知らぬ若い身空で両足が『泥に浸かっている』。
「……町乃さん……あの……」
「?」
 夕方6時。
 未来が台所でいつものように夕餉の支度を整えている時に町乃に不意に質問した。
「その……いつまでこの街で居るんですか? ずっとこの街で生活する気は有りませんか?」
「…………」
 難しくもあり、簡単でもある質問。
 愛車のジムニーの車検が終わったらさっさとこの街から出て行くと言う大前提の約束も交わした。
 ヤードのなまくらな仕事のお陰で夏も終わろうとしている時期までズルズルと逗留してしまっている。
 未来としてはずっと遠回しにしたい質問で、ずっと問質したくない事柄だった。
 そんな野暮な事は忘れていつまでも【人材派遣業T.D】の『現場作業員』として居続けて欲しかった。
 卓袱台に茶碗を並べながら、縁側でいつもの葉巻を吹かす、いつもの頼もしい背中を見ながら、未来は思い切って毒を飲み込んだような顔で質問したのだ。
 町乃は振り向きもせずに空を仰いだ。
 夕暮れが美しい……とは言えない。
 近隣国の大気汚染が深刻化して常に霞が掛かったような空だからだ。
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