風速で去る明日

 両手側で二つの音が倒れて消える。
 愛用の12番口径ソウドオフ・ショットガンは一人仕留めた。
 左手のコルトM1911A1も一人仕留めた。
 立ち上がると、部屋の隅で小便を漏らしながら命乞いの言葉を震える口の隙間から搾り出している男の元へ行き、男の額に45口径を叩き込む。
 射出孔から脳漿の破片が撒き散らされる。
 大した圧力は掛かっていないので、脳味噌を吐き出すと言うより、どろりと零れると言った感じだった。
 男の背広の襟には準幹部を示す赤銅色のバッジが付けてあった。
 残り3人。
 記憶が正しければ幹部が1人と三下が2人。
 ロシー・オーバーランドSモデル99のショットシェルを交換して、コルトM1911A1の弾倉も交換する。
 弾倉にはまだ未使用の実包が詰まっていた。半分以下の残量だったので交換した。
 新しい局面を迎えるのに当たって、出来るだけフルロードの方が心強い。
 確か隣の部屋は篭城したはずだ。
 硝煙と鉄さびの香りが充満する部屋を後にして隣の部屋に向かうと、左手に構え直したロシー・オーバーランドSモデル99をドアの蝶番に向ける。
 右手のコルトM1911A1は腹のベルトに差し、そのまま、シェルポーチから4発の12番口径9粒弾を取り出した。右手の指の間に1発ずつシェルを挟み込む。
 下段の蝶番に無造作にロシー・オーバーランドSモデル99を発砲。
 ロシー・オーバーランドSモデル99は引き金が二つ有る。
 前方の引き金は右の撃芯を叩き、後方の引き金は左の撃芯を叩く。
 前方の引き金を更に深く引き絞ると構造的に後方の引き金も引き絞るので、素早い発砲が可能だった。
 力一杯引き絞ると両方の銃身から同時に発砲したのかと思うほどに扱い難い構造でもある。
 嘗てセレクターが無かった時代ではこの引き金はスタンダードで珍しい物ではなかった。
 その辺りを考慮してか、ロシー・オーバーランドSモデル99には撃鉄が露出して引き金が1本しかないモデルも作られた。
 2箇所有る蝶番の内、下段を完全に破壊してロシー・オーバーランドSモデル99を素早く再装填。
 図太く、クランプが伸びて少しシェルの長さが長くなった空シェルが掻き出される。
 右手の指に待機させてあった12番口径を差し込み、再び発砲。
 今度は上段の蝶番だ。
 室内用の扉で使われるアルミとステンレスを用いたドアや、蝶番や、ドアノブも30cmの距離から9粒弾を叩き込まれて無事で済むわけが無かった。続けてドアノブも破壊する。
 邪魔なものは兎に角、破壊。
 実に彼女の性格に一致した切り詰めたショットガンだ。
 構造もシンプルで土壇場では必ず威力を発揮する。
 頼りになる。
 その上、適当に狙えば何とかなる。
 散弾の拡散パターンという、可能性や確率や統計の世界でしか通用しない決まり事を誰に教えられたわけでもなく直感で覚えた。
 彼女が鍵が掛かっていると分かり切っているドアを開けるのに散弾を用いない方が不自然だった。
 ドアはただ突っ立っているだけの壁でしかない。
 撃ち尽くしたロシー・オーバーランドSモデル99に再装填した後、その役に立たなくなったドアを回し蹴りで大きく蹴る。
 ドアは大きくたわんで、弾性で跳ねながら廊下側にゆっくりと倒れる。倒れた瞬間に部屋の内部から銃声が連なる。
 3挺の拳銃。銃声で分かる。
 2挺は9mmパラベラム。1挺は38口径の輪胴式だ。
 9mmパラベラムを使用する自動拳銃は装弾数も違うのか、再装填のロスが揃っていない。38口径の豆鉄砲がその合間に、本当に豆鉄砲のように小癪に囀る。
 軽快な38splの発砲音。ロシー・オーバーランドSモデル99やコルトM1911A1と比べればクラッカーのような物だ。
 連中に、好きなだけ撃たせる。
 撃っている間は増援を手配する電話を掛けている暇が無いだろう。
 死に物狂いの反撃というには少し、『間合い』が違う気がした。
 まだ連中は増援を呼んでいない可能性が高い。
 増援を手配するだけの余裕が無いといった方が正解か。
 手持ちの弾で粘らねば降参するしかないとでも思っている……そんな、少しばかりの遠慮が混じった乱射だった。
 着弾は正確ではない。廊下の向かい側の壁に多数の弾痕を拵える。壁から舞い上がる粉塵で咽そうになる。
 思わず片目を閉じて目に埃が入るのを防いでしまう。
 理性的な人間と、理性を忘れた人間が混成する集団でしばしば発生する、意思の統一が為っていない現象だった。恐らく38口径の輪胴式を握っている人間が一番理性的だろう。
 9mmパラベラムを使う自動拳銃を好きなだけ発砲する2人は予想通り、もう1人の、輪胴式を使う人間が静止する声を全く聞いていなかった。
 2人を叱り付ける罵声が飛ぶ。
 ドアを破壊して以来、一向に姿を見せない襲撃者である町乃の姿が見えないので不審に思ったのだろう。
 町乃はドアの蝶番側の壁に背を預けて葉巻を吸いたい願望と戦っている最中だった。
 色々と面倒臭くなって、手榴弾かダイナマイトでも放り込んでやりたい気分だ。
 勿論、実際に敢行すれば騒ぎは文字通り被害は爆発的に大きくなり、警察への鼻薬も吹っ飛ぶだろう。
 街中で派手な爆発物を使おうものなら有りっ丈の金を掻き集めて逃走資金に宛がわなければならない。
 警察から逃れるだけでは済まない。報復として放たれる殺し屋からも逃げなければならない。
 決まった仁義やルールが存在しない世界だが、過ぎたるは及ばざるが如し、だ。
 皮肉な事に、手配師が手配した鉄砲玉が潰した拠点の持ち主の組織が、同じ手配師に鉄砲玉を手配してもらい、その組織のライバルの走狗として拠点を潰しあう事も発生する。
 命を惜しんだ結果の代理戦争の駒として使われているのだ。つまり、昨日はAという組織の手先でBという組織を潰したが、今日はBという組織の報復の為にAという組織を攻撃する……という現象が発生する。因果で皮肉な商売だ。
 手配師と言うワンクッションが無ければ、とっくの昔にこのシステムは崩壊している。
 金次第で何でもやる都合のいい、使い捨てが利く鉄砲玉扱いの殺し屋。
 定職を持たない荒くれ者を御して、金に替える仕事として成立している手配師。
 一時でも何かしらの友情が無ければ手配師と『現場作業員』の連携は崩れてしまう。
 何も担保に出来ない友情という、脆い相互誤解の上で成り立つ手配師の商売は途轍もなくリスキーだ。
 殺し屋を気軽に派遣するだけの斡旋窓口で、上前を跳ねてふんぞり返って煙草を吹かしているような世間のイメージから遠く、誤解され易い、難しい仕事だ。
 未来はそのリスクも理解している。
 否、理解させた。
 理解させて怯んで逃げ出すのを期待して、手配師の暗い部分を知っている限り全て話して理解させた。
 なのに彼女は一歩も退かなかった。
 それどころか、それこそ求めていた姿だと言わんばかりに貪欲に町乃の説明と同義の脅しを聞き漁った。
 その辺りで町乃は半分、諦めた。この少女の脳内はお花畑だ。
 殺伐とした世界にしか咲かない、最も醜い花が一面に広がっている。日の当たらない世界でこそ輝くお花畑を持っている、と。
 微笑を浮かべながら思わず、コルトM1911A1をベルトの腹に差し、ベガフィナの葉巻に手が伸びる。……が、今はまだ鉄火場のど真ん中だという事を思い出す。コルトM1911A1を再び手に取る。
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