風速で去る明日

 直ぐに床にふせ、プローンに近い状態で右手をドアから突き出す。
 右手にはロシー・オーバーランドSモデル99が握られている。
 顔と右手だけを突き出した状態。
 反撃の銃声の合間を計る。
 わざと弾倉交換の時間を与えているのだ。
 この場合の心理として、弾倉交換が終わると直ぐに威勢のいい反撃が始まる。
 その瞬間に大きな隙が出来る。
 攻撃の隙ではなく心理的な隙。
 自分達の方が完全に優位に立っているという安堵感だ。
 先ほどの反撃の銃声で分かったことだが、連中は半分以上はトリガーハッピーだ。弾が出ている間だけは自分の命が保障されていると思い込んでいる一時的な恐慌状態。
 そんな人間に限って、腹一杯に弾丸を呑み込んだ拳銃を手にすると気が大きくなる。
 そして、悲運なことにその目論見は当たってしまい、反撃の態勢が整った男のドアから覗いている右上半身に12番口径の9粒の散弾がめり込み、大きく派手に吹っ飛ぶ。
 撃たれた男も、まさか床から銃口が覗いていたとは思わなかったのだろう。冷静さを失っていなければ充分に先読みできたはずなのに。
 後続する男も同じく12番口径の餌食になる。
 たった7mしか離れていない距離でも、中口径短機関銃の一連射分に相当する制圧力と名高い12番口径マグナムの9粒弾は頼りになる。
 狭い空間では、短い銃身からばら撒かれる散弾は頼もしい。
 弾切れとなったロシー・オーバーランドSモデル99をその場に置いて左手にスイッチしていたコルトM1911A1を散発的に乱射しながら体勢を立て直す。
 立ち上がり様にロシー・オーバーランドSモデル99を拾う。右手で薬室を開き、激しく上下に振って空のシェルを捨て、強靭な顎でそのグリップを銜えて右手で引き抜いた2個のシェルを薬室に差し込んで手首のスナップだけで薬室を閉じる。
 実に荒い操作方法だ。今までこの方法で渡り歩いてきた。今更矯正は出来ない。
 今度は左手のコルトM1911A1の弾倉を交換。
 スライドが後退し停止する前……薬室に1発残った状態で腹のベルトに差し込んでマガジンキャッチを押し込み、小指で弾倉を掻き出し、その操作をした左手で後ろ腰の予備弾倉のポーチから新しい弾倉を取り出して乱雑に叩き込む。
 セフティを掛けていない状態でこのアクションをすると暴発が懸念されるが町乃の顔色にはそれを気遣う様子は無い。
 廊下の真ん中よりドア側に身を寄せながら速度を上げて歩く大した距離の移動ではない。
 直後にドアの内側より反撃を与えるべく大型軍用拳銃を握った腕が潜望鏡のように突き出る。
 その腕……拳銃を握ること以外に大した力を込めていない肘下辺りを、コルトM1911A1を握る左手とロシー・オーバーランドSモデル99を握る右手の手の甲で交差させるように挟んで一気に手前に引っ張る。
 そいつの発砲によるマズルフラッシュで視界が一瞬だけ塞がれたが目を火傷しなかったのは運が良い。
 部屋の中から不意に引っ張り出された男は、次の部屋から現れた新手の反撃の遮蔽となってしまい、背中に多数の弾丸を叩き込まれてしまう。
 男の右手に握ったままのベレッタM92FSかそのクローンだと思われる大型軍用拳銃は断末魔のように1発だけ、床に向かって発砲した。それを最後に男諸共、砂袋が落ちるように倒れた。床のフローリングに血の池が広がり始める。
 味方を撃ち殺して動転した新しい反撃要員は直ぐにドアに引っ込んで内側からガチャガチャと慌てて鍵を閉めた。
 更に重そうな何かをドアに押し当てる音も聞こえた。
 重量物でドアが開かないようにして篭城の構えを見せている。
 視線を左手側に走らせる。部屋の中。殺気。殺意。敵意。そして悪意。
 寒気が走る。
 ドアの縁側の壁を遮蔽にしても意味が無い事を直感で知る。咄嗟に頭をぶつける危険も顧みずに床を軸足を中心に蹴って仰向けに倒れる。
 銃声。パーカーの裾に穴が開く。一つや二つではない。ごっそりと布地を持っていかれたような孔が出来る。
「!」
 聞きなれた……否、見慣れた孔。
 散弾銃の銃撃だ。
 パーカーの孔から察するにソウドオフではない。
 ポンピングの作動音。
 仰向けに地面に倒れた町乃は部屋の中からの銃声が止むのを祈りながら待った。
 ポンプアクション式と思しき散弾銃の反撃も恐ろしかった。三下連中の盲撃ちも激しかった。
 嵐のような銃声が連なる。永遠に膠着したのかと錯覚する時間が流れる。
 実際には秒針が数十秒しか進んでいない。
 連携が取れていないが故の、どうしても訪れる再装填のロス。
 襲撃することに慣れていても、襲撃されることに慣れていない素人の動作。単純に数で押して勝ってきただけの戦略性の無い篭城と反撃。弾薬の枯渇を計算していない寒々しい防御反応。
 それでも……銃弾一発の殺傷力は変わらない。
 素人三下の豆鉄砲でもまともに当たれば生命の危機に直結する。
 仰向けに寝転がったままの、下半身を晒したままの町乃の姿が見えないのか、なおも続いた反撃の銃声は、やがて止む。
 ガシャガシャと耳障りな金属音。
 細かな擦過音が聞こえる。
 ポンプアクションショットガンの再装填の音が一番やかましい。
 弾倉を叩き込んでスライドを戻せばそれで完了ではない。ローディングゲートからショットシェルを押し込んで引き金を引くだけのアクションだが、普段から使い慣れていないと土壇場で意外と梃子摺る。
 シェルが転がる音がする。少し鈍い樹脂の音。手を滑らせて使えるショットシェルを床に落としたか。
 仰向けのまま再装填の終了と反撃の再開をおとなしく待たない。背筋と腹筋で勢いをつけてオモチャの人形のように上半身を跳ね起きさせ、右手のロシー・オーバーランドSモデル99を適当に狙いをつけ、引き金に指を押し付ける。
 遮蔽だらけの部屋の中。
 スチールデスクやソファで壁を築いていたらしい。
 その隙間から反撃の発砲を繰り出していた。直ぐに状況を飲む。
 待っていたかのように、ロシー・オーバーランドSモデル99が吼える。
 銃身を切り詰めた散弾銃だ。ポンプアクションショットガンのような上品な鳴き声ではない。
 330mmそこそこの銃身から飛び出た9個の散弾は大きくパターンを広げて部屋の内部の右手側に位置していたポンプアクションショットガンの使い手を仕留めた。
 どこも切り詰めていない長物を狭い空間で振り回すので咄嗟にしゃがんで再装填の作業に移ることが思いつかなかったのだろう。
 ポンプアクションショットガン――S&W M870の国内流通モデル――を抱いた男の胸に数個の孔が開き、衝撃で独楽のように体を回転させて壁に叩きつけられる。
 ピクリとも動かなくなる。壁に叩きつけられたショックで後頭部をぶつけて気を失ったらしい。
 そんな男に気遣いは見せない眼でロシー・オーバーランドSモデル99の銃口を大きく左手側に振り、もう一発発砲。
 今度も適当に狙った。
 ロシー・オーバーランドSモデル99の仕事振りを確認する前に、その銃を握る腕の上を交差して左手が部屋の右手側を指し、ポンプアクションショットガンを拾って反撃を試みようとする人影の横腹に45口径を叩き込む。
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