躊躇う脅迫者
愛車を駐車した辺りから尾行の気配を感じながら歩く。『自分が疑似餌になっていると自覚する。』
倉庫街に入り込むや否や、光源の乏しい倉庫街のあらゆる影が彼女の味方になった。
この辺りは雪子が普段、射撃訓練に使っている区域だ。
知らぬ場所は殆ど無い。
倉庫裏の、倉庫同士の間に自然と発生している作業員用の通路も見知った環境だ。
目前の尾行対象が突如駆け出したと思ったら、焦りを露にした尾行者達。
倉庫の隙間から街灯の下を通過する人影の姿を慎重に勘定する雪子。右手には既にSIG P230を抜き放っている。
今日は予備弾倉も有りっ丈、持ってきた……合計6本程度だが、ブリスターパックに入った新品の9mmショートの実包も所持している。
各ポケットが無様に膨れていたがそれは仕方が無い。走っている最中にそれらがアンバランスを呼んでつまずかないか心配だった。
――――合計……13人。
――――ちょっと多いかな。
3つの勢力の尾行者達は、お互いが倉庫街の入り口付近で顔を見合わせると、初めて自分達が尾行していた対象が複数の勢力の尾行対象になっていたのに気がついたのか罵り合いが始まる。
勢力の間に連携は見られない。
3つの塊に分かれた連中は、自分達が先に雪子の首を上げるのだと言わんばかりに倉庫街に向かって駆け出す。
3つの塊なので計算し易い。
口が聞ける3人を選抜し易いので助かる。
団子状態だと誰がどの勢力なのか選別するのに時間が掛かる。……その選別は後で考える。
連中は全員拳銃を抜く。
拳銃はそれぞれの勢力が自分達のカラーを示すように揃った拳銃を携行していた。
マカロフ、ワルサーPPK/S、1911。
シルエットが特徴的なので判別は簡単だ。
雪子の手にイニシアティブが有るうちに行動を開始する。
雪子は予備弾倉を1本抜き出し、左手の小指と薬指に挟む。
倉庫と倉庫の隙間で息を殺す。目の前は倉庫街のメインストリート。ここを通過しなければ倉庫街に深く侵入できない。
携帯電話の電波が届かない地区であることも調査済み。
深く入り込む連中の足音を聞く限りでは、携帯電話で自分達の拠点と連絡した者は居ないらしい。
足音。複数。
雪子、影の陰で潜む。
近付く、複数の、足音。
先制が打てる可能性が高くとも鼓動が五月蝿い。
体の芯が熱いのか寒いのか解らない信号を発する。
交感神経が血圧を上げて彼女の体を暖気する。
連中の先頭が目前を通過するたびに、大きく呼吸しやり過ごす。心の中でゆっくり3つ数える。
目前7mの辺りに連中が一塊になった。密度の高い部分に向かって発砲。
撃鉄を予め起こしてからの軽い引き金での発砲。
即座に7発の9mm口径が連中に襲い掛かる。
連中からすれば自分達の脇腹に奇襲を受けたようなものだから、即座に逃げる事より、恐慌に飲まれ、その場にうずくまったり座り込んだりするのが精一杯だった。
倉庫と倉庫の隙間からの7連発。
薬室が空になる前に弾倉を交換。
呑み込んだ8発を撒き散らすのは簡単だが、それだとスライドが後退してしまい、再発砲するまでに大きなロスができてしまう。従って薬室に1発残した状態で弾倉交換。
イニシアティブが雪子の手に有るとは言え、脳内麻薬がどんどん分泌されて軽い遊離感を覚える。
ニコチンが欲しいような、喉を潤したいような、不思議な渇望が体の底と脳内で発生して目が冴える。
光源が乏しいはずの倉庫の隙間なのに、連中が立つ倉庫街のメインストリートが眩しく感じられる。
発砲した7発は何れも命中。
命中した音を聞いたような気がした。
弾倉を交換すると直ぐに踵を返し、倉庫裏を走り抜けて次の襲撃ポイントに移る。
連中が散開するのも計算のうちだ。先ほどの先制では誰も死には到っていない。9mmショートの貧弱な初活力では、負傷させてその場で頓挫させるのが精一杯だ。……心臓に命中させようとしても、その前の胸骨や肋骨で停止する可能性の方が高い。肥満体形なら、その脂肪が防弾効果を発揮するだろう。
少なくとも7人負傷。
大雑把に見積もって7人の戦力を早速無力化できた。
今頃になって罵声が聞こえるが、それは襲撃者の雪子に対してではなく、携帯電話の電波の通じない地域だと知って携帯電話に対して呪詛をぶつけているのだ。
13人中7人脱落。
連中の任務がどの程度なのかは知らない。
雪子の抹殺なのか生け捕りなのか、はたまた武力偵察なのか。
3つの勢力の混成部隊だが、3つの勢力が同じドグマで雪子を尾行していたというオチではなかろう。
その内に自己判断で撤退する連中や残存する勢力も出てくる。だが、そうは上手く遁走を許さない。
彼女の尋問を受けてもらう為には全員、程好く動けない程度に負傷してもらわないと困るのだ。
誰がどの勢力なのか今となっては判断出来ない。
死にはしないが死ぬほど痛い目に遭ってもらって足止めする作戦に出る。
倉庫の隙間を走り抜ける。
幾つかの角を曲がる。
今の彼女には眩しすぎるメインストリートに飛び出る。
そこに居た誰もが驚いた。
今し方自分達が踏み込んできた倉庫街の入り口に威勢の良い人の足音を聞いたので、振り向くと自分達が尾行しなければならぬ対象が集団の背後に居たのだから。
全員が発砲。9mmショートに混じって45口径の獰猛な銃声が混じる。
雪子は連中に自分の姿だけを確認させると、そのまま道路向かいの倉庫の隙間にネズミのように滑り込む。
朽ちかけた脆い木製の倉庫の壁に弾痕が幾つも穿ち、木片を撒き散らす。彼女に到達した弾頭は1発も無い。
彼女はそこにはもう居ない。
彼女は倉庫の隙間から隙間へと走り抜け、連中の視界からまたも消え去った。
連中の何人かが同じ隙間に入り込んで追跡を開始したようだ。
この期に及んで大声で連携を図ろうとするのが裏目に出た。
雪子には連中の動向が手に取るように解る。
足音が雪子を追い駆けるが、途中で足元の障害物に靴裏や爪先を取られて転倒する派手な音が聞こえる。
振り向いて威嚇や牽制の発砲をするまでも無い。勝手に自爆してくれている。
走り回るだけで、連中の戦力が削がれていくのが罵声の数で解る。
重傷を負ったのでは無いので直ぐにリカバリして追跡を開始するがその歩幅はおっかなびっくりで、暗い細路を踏んでいる。懐中電灯を持っていない自分達の用意の悪さを呪っているに違いない。
機転の利く何人かは携帯電話のライトを起動させて、足元を照らしている。
それですらも雪子にとってはイニシアティブが奪われない理由だった。
この地に明るく、地の利を活かして行動する雪子からすれば、自分から光源を発する人間は標的以外の何者でもない。
倉庫に換気の為に申し訳程度に設けられたガラス窓の向こうに、携帯電話のライトを頼りに歩幅を小さくして速度を落として歩く一人の姿が視界に入る。
窓ガラス越しに見えるその姿に向かって、壁越しに併走して、錆びて脆くなったブリキの壁の辺りまで来る。
指で押せば孔が開きそうな錆びた壁一枚向こうに自分達が追尾する対象が居るとも知らずに。
SIG P230を左手に持ち替え、右手側の脆い壁に銃口を向ける。このブリキでは防弾効果は極めて薄い。気配だけを察して引き金を引く。
ブリキの壁が銃声に震える。
ブリキの壁に孔が開く。
ブリキの壁の向こうに居た人影は、光量を発揮する携帯電話を落とし、左脇腹を押さえながら地面に倒れる……実際に見えていないが、倒れた音を聞いた。
倉庫街に入り込むや否や、光源の乏しい倉庫街のあらゆる影が彼女の味方になった。
この辺りは雪子が普段、射撃訓練に使っている区域だ。
知らぬ場所は殆ど無い。
倉庫裏の、倉庫同士の間に自然と発生している作業員用の通路も見知った環境だ。
目前の尾行対象が突如駆け出したと思ったら、焦りを露にした尾行者達。
倉庫の隙間から街灯の下を通過する人影の姿を慎重に勘定する雪子。右手には既にSIG P230を抜き放っている。
今日は予備弾倉も有りっ丈、持ってきた……合計6本程度だが、ブリスターパックに入った新品の9mmショートの実包も所持している。
各ポケットが無様に膨れていたがそれは仕方が無い。走っている最中にそれらがアンバランスを呼んでつまずかないか心配だった。
――――合計……13人。
――――ちょっと多いかな。
3つの勢力の尾行者達は、お互いが倉庫街の入り口付近で顔を見合わせると、初めて自分達が尾行していた対象が複数の勢力の尾行対象になっていたのに気がついたのか罵り合いが始まる。
勢力の間に連携は見られない。
3つの塊に分かれた連中は、自分達が先に雪子の首を上げるのだと言わんばかりに倉庫街に向かって駆け出す。
3つの塊なので計算し易い。
口が聞ける3人を選抜し易いので助かる。
団子状態だと誰がどの勢力なのか選別するのに時間が掛かる。……その選別は後で考える。
連中は全員拳銃を抜く。
拳銃はそれぞれの勢力が自分達のカラーを示すように揃った拳銃を携行していた。
マカロフ、ワルサーPPK/S、1911。
シルエットが特徴的なので判別は簡単だ。
雪子の手にイニシアティブが有るうちに行動を開始する。
雪子は予備弾倉を1本抜き出し、左手の小指と薬指に挟む。
倉庫と倉庫の隙間で息を殺す。目の前は倉庫街のメインストリート。ここを通過しなければ倉庫街に深く侵入できない。
携帯電話の電波が届かない地区であることも調査済み。
深く入り込む連中の足音を聞く限りでは、携帯電話で自分達の拠点と連絡した者は居ないらしい。
足音。複数。
雪子、影の陰で潜む。
近付く、複数の、足音。
先制が打てる可能性が高くとも鼓動が五月蝿い。
体の芯が熱いのか寒いのか解らない信号を発する。
交感神経が血圧を上げて彼女の体を暖気する。
連中の先頭が目前を通過するたびに、大きく呼吸しやり過ごす。心の中でゆっくり3つ数える。
目前7mの辺りに連中が一塊になった。密度の高い部分に向かって発砲。
撃鉄を予め起こしてからの軽い引き金での発砲。
即座に7発の9mm口径が連中に襲い掛かる。
連中からすれば自分達の脇腹に奇襲を受けたようなものだから、即座に逃げる事より、恐慌に飲まれ、その場にうずくまったり座り込んだりするのが精一杯だった。
倉庫と倉庫の隙間からの7連発。
薬室が空になる前に弾倉を交換。
呑み込んだ8発を撒き散らすのは簡単だが、それだとスライドが後退してしまい、再発砲するまでに大きなロスができてしまう。従って薬室に1発残した状態で弾倉交換。
イニシアティブが雪子の手に有るとは言え、脳内麻薬がどんどん分泌されて軽い遊離感を覚える。
ニコチンが欲しいような、喉を潤したいような、不思議な渇望が体の底と脳内で発生して目が冴える。
光源が乏しいはずの倉庫の隙間なのに、連中が立つ倉庫街のメインストリートが眩しく感じられる。
発砲した7発は何れも命中。
命中した音を聞いたような気がした。
弾倉を交換すると直ぐに踵を返し、倉庫裏を走り抜けて次の襲撃ポイントに移る。
連中が散開するのも計算のうちだ。先ほどの先制では誰も死には到っていない。9mmショートの貧弱な初活力では、負傷させてその場で頓挫させるのが精一杯だ。……心臓に命中させようとしても、その前の胸骨や肋骨で停止する可能性の方が高い。肥満体形なら、その脂肪が防弾効果を発揮するだろう。
少なくとも7人負傷。
大雑把に見積もって7人の戦力を早速無力化できた。
今頃になって罵声が聞こえるが、それは襲撃者の雪子に対してではなく、携帯電話の電波の通じない地域だと知って携帯電話に対して呪詛をぶつけているのだ。
13人中7人脱落。
連中の任務がどの程度なのかは知らない。
雪子の抹殺なのか生け捕りなのか、はたまた武力偵察なのか。
3つの勢力の混成部隊だが、3つの勢力が同じドグマで雪子を尾行していたというオチではなかろう。
その内に自己判断で撤退する連中や残存する勢力も出てくる。だが、そうは上手く遁走を許さない。
彼女の尋問を受けてもらう為には全員、程好く動けない程度に負傷してもらわないと困るのだ。
誰がどの勢力なのか今となっては判断出来ない。
死にはしないが死ぬほど痛い目に遭ってもらって足止めする作戦に出る。
倉庫の隙間を走り抜ける。
幾つかの角を曲がる。
今の彼女には眩しすぎるメインストリートに飛び出る。
そこに居た誰もが驚いた。
今し方自分達が踏み込んできた倉庫街の入り口に威勢の良い人の足音を聞いたので、振り向くと自分達が尾行しなければならぬ対象が集団の背後に居たのだから。
全員が発砲。9mmショートに混じって45口径の獰猛な銃声が混じる。
雪子は連中に自分の姿だけを確認させると、そのまま道路向かいの倉庫の隙間にネズミのように滑り込む。
朽ちかけた脆い木製の倉庫の壁に弾痕が幾つも穿ち、木片を撒き散らす。彼女に到達した弾頭は1発も無い。
彼女はそこにはもう居ない。
彼女は倉庫の隙間から隙間へと走り抜け、連中の視界からまたも消え去った。
連中の何人かが同じ隙間に入り込んで追跡を開始したようだ。
この期に及んで大声で連携を図ろうとするのが裏目に出た。
雪子には連中の動向が手に取るように解る。
足音が雪子を追い駆けるが、途中で足元の障害物に靴裏や爪先を取られて転倒する派手な音が聞こえる。
振り向いて威嚇や牽制の発砲をするまでも無い。勝手に自爆してくれている。
走り回るだけで、連中の戦力が削がれていくのが罵声の数で解る。
重傷を負ったのでは無いので直ぐにリカバリして追跡を開始するがその歩幅はおっかなびっくりで、暗い細路を踏んでいる。懐中電灯を持っていない自分達の用意の悪さを呪っているに違いない。
機転の利く何人かは携帯電話のライトを起動させて、足元を照らしている。
それですらも雪子にとってはイニシアティブが奪われない理由だった。
この地に明るく、地の利を活かして行動する雪子からすれば、自分から光源を発する人間は標的以外の何者でもない。
倉庫に換気の為に申し訳程度に設けられたガラス窓の向こうに、携帯電話のライトを頼りに歩幅を小さくして速度を落として歩く一人の姿が視界に入る。
窓ガラス越しに見えるその姿に向かって、壁越しに併走して、錆びて脆くなったブリキの壁の辺りまで来る。
指で押せば孔が開きそうな錆びた壁一枚向こうに自分達が追尾する対象が居るとも知らずに。
SIG P230を左手に持ち替え、右手側の脆い壁に銃口を向ける。このブリキでは防弾効果は極めて薄い。気配だけを察して引き金を引く。
ブリキの壁が銃声に震える。
ブリキの壁に孔が開く。
ブリキの壁の向こうに居た人影は、光量を発揮する携帯電話を落とし、左脇腹を押さえながら地面に倒れる……実際に見えていないが、倒れた音を聞いた。