躊躇う脅迫者
それ以外に生年月日や本籍、現在の住所、【ナノハイテック】での年収や所属などが情報屋から提供されたが、もっと深い情報が欲しい場合は下記のURLをクリックと記してある。
迂闊にクリックすると勝手に仕事を始めてしまい、勝手に料金が発生して法外な値段が吹っかけられるのでクリックせずにメールを閉じる。恐らく、URL先を頼りにすれば香織に情報屋の尾行が張り付いて1時間ごとに定時連絡が入り、1週間ごとに日常の行動パターンが納められたデータが送られてくる至れり尽くせりのサービスが続くだろう。
21歳の時にきょうだいを事故で亡くした香織。
痒い所に手が届かない断片的な情報だった。
きょうだいの情報が拾えても両親の情報が拾えなかった。
情報の代金を渋るのなら直接、香織にこちらから質問をぶつける他無いのか……。
完全に頭が覚醒してしまった。
携帯電話のディスプレイが発するブルーライトは確かに目に悪い。
叩き起こされて直ぐにディスプレイを見詰めていると目の奥が痛くなる。
眠気が去ったのでロフトベッドから降りて、下着姿で簡素な朝食を作りに掛かる。
これ以上香織を詮索するのは止める事にした。
財布が寒くなるのが大きな理由だが、探偵が率先して依頼人を裏切る行為に走っている気がしてならなかったからだ。
木戸棗、田市要次、佐渡一の組織内部でのスタンスが情報屋からの入電で判明したのはそれから翌日の事だった。
組織内部……厳密には組織内部の派閥でのスタンス。立ち位置。ポジション。
何れも参謀として派閥を押し上げる役目を担っており、重要な地位に居た。
それぞれの派閥は一枚板ではない組織内部の獅子身中の虫で、危険な存在だったようだ。
組織上層部としてもあからさまな反旗を翻さず、ドジもヘマも犯さない派閥を粛清する理由が無く、その機会を狙っていたようだ。
3人とも似たようなポジションだった。
そして、3人の横の連携……即ち、お互いが顔見知りかどうかというウラは取れていない。
勿論、加賀誠の存在との繋がりもだ。
情報屋の情報屋。
即ち、腕利きの探偵。
ふと、新しい伝を思い出したように雪子の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
情報屋は情報を作らない。
情報屋は情報を売り買いしているだけの存在だ。ならば自分の顔がどこまで利くのかは解らないが、同業者の先輩に当たるのも一つの手だと考えに到る。
午後10時半。
市内港湾部。砂利運搬船停泊地。潮風が強い。
腐ったような悪臭を放つ潮風に放置されたコンテナの鉄錆の臭いが混ざる。
人気は皆無なのに光源が明々と点っている。
人気は皆無。……そう。2人を除いて。
否、もう直ぐ1人になると言った方が正解かもしれない。
「…………あ、あ……」
左手の岸壁に大型の砂利運搬船が停泊。
その前で、雪子は今夜、ここで落ち合う予定だった探偵と思わぬ形で出会った。
その探偵は腹部に銃弾を叩き込まれて虫の息に近かった。
中年男性。野暮ったい黒のパーカーに作業ズボンという出で立ちで特徴に止まらない平凡な顔をした同業の先輩だ。
今夜、この人物から情報を報酬と、取引できる情報と引き換えに新しい情報を得るはずだったが脆くも砕けそうだ。
中年の探偵はこの合流地点に来るまでに10mほど這っている。10m手前で襲撃されたようだ。
先輩の探偵が何か言いたそうに唇を振るわせるので、その口元に雪子は耳を寄せる。右手は万が一に供えてSIG P230を引き抜く。
「……加賀誠……は存在しない……」
「……?」
――――何を言っているんだ?
――――確かに加賀誠の情報は欲しいけど……。
――――存在しないとは?
尚もその探偵の今際の言葉は続く。
「…………3人の名前は……リストで見た……ただの……客だ……」
――――……?
――――何の? 客? リスト?
もっと耳を欹てる。意識を彼の口元に集中させる。
「加賀誠……ってぇのは……」
その時だ。夜陰を切裂く発砲。
反射的に遮蔽の無い場所で伏せて、体が直感で動くままに任せる。
遮蔽の無い場所では地面を無様でもいいから転がりながら移動を繰り返し、発砲音とは反対の方向に向かうのがセオリーだ。
一張羅のジャケットが汚れても仕方が無い。
咄嗟に取った行動とはいえ、どんどんと先輩の探偵が離れていく。
発砲音からして狙撃銃の類ではない。
こんな横殴りの潮風の強い状況で狙撃を敢行するのなら、もっと大口径でもっと充実した装備と風読みになる何かが必要だ。
発砲。続く。
複数の銃火が夜陰の中で閃く。
コンテナ群の陰からの発砲だと解る。
地面に次々と着弾する。
頭から着弾で削れたアスファルトの粉を被りながらも体の横転による移動を繰り返した。
丸太が転がるような無様な移動だが、立った人間が、自分より高い位置に視点がある人間からすれば少々狙い難い。
拳銃弾。射程は知れている。
この潮風が吹き荒れる中で発砲すると、まともに命中してくれないのはコンテナの陰から狙撃している連中も承知しているだろう。
コンテナの陰ではコンテナ群が風防となり、風の流れや強さが穏やかだ。
だから直ぐに拳銃弾でも狙撃して命中させられると思ったのだろう。
今夜の襲撃は殺意を感じる。
今までのように、生け捕りを思わせる滑稽な命の遣り取りは感じない。
確実に雪子を殺すつもりで発砲しているのが解る。
鉄火場での経験が浅い連中だが、三下よりは拳銃に馴染んだ人間だと発砲のタイミングで解る。
銃火は合計で5つ確認できたが、全ての銃口が一斉に銃弾をばら撒いていない。必ず1人は発砲を控え、誰かが弾切れを起こし、再装填している間に牽制の発砲を繰り出す役目を担っている。
銃火の閃きの間隔から、誰がどのポジションかと決めているわけではなく、誰でも、誰もが、誰の穴を即座に埋められるように訓練されている。
その辺りを鑑みるに殺意を感じたのだ。
三下を放って遊んでくれる時間は終わったらしい。
外れた銃弾が繋留柱に当たって火花を弾けさせる。
転がるパレットや錆びたドラム缶などを転々としながら連中と同じコンテナ群の隙間に飛び込むことができた。
SIG P230の撃鉄を起こす。
左手に予備弾倉を抜く。
三下の襲撃が殺意を孕んだものに切り替わっても応戦できるように予備弾倉は有りっ丈――合計6本――いつも持ち歩くようになったが、その判断は正解だったようだ。
折角の夜陰なので、このまま暗がりに紛れて消え去る事も考えたが、それよりも連中の動きの方が早い。
足音が聞こえる。
3つ。3つの足音が先行する。
連中の内3人が制圧に出て残りの2人が『押さえ』の戦力なのだろう。
勿論、他にも伏兵は居ないか、目や耳を働かせたが、残念ながら気配は手繰れない。
3つの派閥のどこかが、一番の腕利きを寄越したと考えるのが妥当だろう。
今夜は一網打尽に片付けられそうに無い。
金を出して拳銃遣いを雇われなかっただけ幸運かもしれない。
専門の殺し屋やガンマンを雇われると明らかに不利だ。
先輩の探偵を仕留めたのも連中だろう。
先輩は職業のプロとして何としても合流地点に到達して自分の持つ情報を必要なだけ雪子に伝えたかったに違いない。
今際の言葉に近いので、ヤケ気味に知っている必要以上の情報を喋ったのかもしれない。
迂闊にクリックすると勝手に仕事を始めてしまい、勝手に料金が発生して法外な値段が吹っかけられるのでクリックせずにメールを閉じる。恐らく、URL先を頼りにすれば香織に情報屋の尾行が張り付いて1時間ごとに定時連絡が入り、1週間ごとに日常の行動パターンが納められたデータが送られてくる至れり尽くせりのサービスが続くだろう。
21歳の時にきょうだいを事故で亡くした香織。
痒い所に手が届かない断片的な情報だった。
きょうだいの情報が拾えても両親の情報が拾えなかった。
情報の代金を渋るのなら直接、香織にこちらから質問をぶつける他無いのか……。
完全に頭が覚醒してしまった。
携帯電話のディスプレイが発するブルーライトは確かに目に悪い。
叩き起こされて直ぐにディスプレイを見詰めていると目の奥が痛くなる。
眠気が去ったのでロフトベッドから降りて、下着姿で簡素な朝食を作りに掛かる。
これ以上香織を詮索するのは止める事にした。
財布が寒くなるのが大きな理由だが、探偵が率先して依頼人を裏切る行為に走っている気がしてならなかったからだ。
木戸棗、田市要次、佐渡一の組織内部でのスタンスが情報屋からの入電で判明したのはそれから翌日の事だった。
組織内部……厳密には組織内部の派閥でのスタンス。立ち位置。ポジション。
何れも参謀として派閥を押し上げる役目を担っており、重要な地位に居た。
それぞれの派閥は一枚板ではない組織内部の獅子身中の虫で、危険な存在だったようだ。
組織上層部としてもあからさまな反旗を翻さず、ドジもヘマも犯さない派閥を粛清する理由が無く、その機会を狙っていたようだ。
3人とも似たようなポジションだった。
そして、3人の横の連携……即ち、お互いが顔見知りかどうかというウラは取れていない。
勿論、加賀誠の存在との繋がりもだ。
情報屋の情報屋。
即ち、腕利きの探偵。
ふと、新しい伝を思い出したように雪子の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
情報屋は情報を作らない。
情報屋は情報を売り買いしているだけの存在だ。ならば自分の顔がどこまで利くのかは解らないが、同業者の先輩に当たるのも一つの手だと考えに到る。
午後10時半。
市内港湾部。砂利運搬船停泊地。潮風が強い。
腐ったような悪臭を放つ潮風に放置されたコンテナの鉄錆の臭いが混ざる。
人気は皆無なのに光源が明々と点っている。
人気は皆無。……そう。2人を除いて。
否、もう直ぐ1人になると言った方が正解かもしれない。
「…………あ、あ……」
左手の岸壁に大型の砂利運搬船が停泊。
その前で、雪子は今夜、ここで落ち合う予定だった探偵と思わぬ形で出会った。
その探偵は腹部に銃弾を叩き込まれて虫の息に近かった。
中年男性。野暮ったい黒のパーカーに作業ズボンという出で立ちで特徴に止まらない平凡な顔をした同業の先輩だ。
今夜、この人物から情報を報酬と、取引できる情報と引き換えに新しい情報を得るはずだったが脆くも砕けそうだ。
中年の探偵はこの合流地点に来るまでに10mほど這っている。10m手前で襲撃されたようだ。
先輩の探偵が何か言いたそうに唇を振るわせるので、その口元に雪子は耳を寄せる。右手は万が一に供えてSIG P230を引き抜く。
「……加賀誠……は存在しない……」
「……?」
――――何を言っているんだ?
――――確かに加賀誠の情報は欲しいけど……。
――――存在しないとは?
尚もその探偵の今際の言葉は続く。
「…………3人の名前は……リストで見た……ただの……客だ……」
――――……?
――――何の? 客? リスト?
もっと耳を欹てる。意識を彼の口元に集中させる。
「加賀誠……ってぇのは……」
その時だ。夜陰を切裂く発砲。
反射的に遮蔽の無い場所で伏せて、体が直感で動くままに任せる。
遮蔽の無い場所では地面を無様でもいいから転がりながら移動を繰り返し、発砲音とは反対の方向に向かうのがセオリーだ。
一張羅のジャケットが汚れても仕方が無い。
咄嗟に取った行動とはいえ、どんどんと先輩の探偵が離れていく。
発砲音からして狙撃銃の類ではない。
こんな横殴りの潮風の強い状況で狙撃を敢行するのなら、もっと大口径でもっと充実した装備と風読みになる何かが必要だ。
発砲。続く。
複数の銃火が夜陰の中で閃く。
コンテナ群の陰からの発砲だと解る。
地面に次々と着弾する。
頭から着弾で削れたアスファルトの粉を被りながらも体の横転による移動を繰り返した。
丸太が転がるような無様な移動だが、立った人間が、自分より高い位置に視点がある人間からすれば少々狙い難い。
拳銃弾。射程は知れている。
この潮風が吹き荒れる中で発砲すると、まともに命中してくれないのはコンテナの陰から狙撃している連中も承知しているだろう。
コンテナの陰ではコンテナ群が風防となり、風の流れや強さが穏やかだ。
だから直ぐに拳銃弾でも狙撃して命中させられると思ったのだろう。
今夜の襲撃は殺意を感じる。
今までのように、生け捕りを思わせる滑稽な命の遣り取りは感じない。
確実に雪子を殺すつもりで発砲しているのが解る。
鉄火場での経験が浅い連中だが、三下よりは拳銃に馴染んだ人間だと発砲のタイミングで解る。
銃火は合計で5つ確認できたが、全ての銃口が一斉に銃弾をばら撒いていない。必ず1人は発砲を控え、誰かが弾切れを起こし、再装填している間に牽制の発砲を繰り出す役目を担っている。
銃火の閃きの間隔から、誰がどのポジションかと決めているわけではなく、誰でも、誰もが、誰の穴を即座に埋められるように訓練されている。
その辺りを鑑みるに殺意を感じたのだ。
三下を放って遊んでくれる時間は終わったらしい。
外れた銃弾が繋留柱に当たって火花を弾けさせる。
転がるパレットや錆びたドラム缶などを転々としながら連中と同じコンテナ群の隙間に飛び込むことができた。
SIG P230の撃鉄を起こす。
左手に予備弾倉を抜く。
三下の襲撃が殺意を孕んだものに切り替わっても応戦できるように予備弾倉は有りっ丈――合計6本――いつも持ち歩くようになったが、その判断は正解だったようだ。
折角の夜陰なので、このまま暗がりに紛れて消え去る事も考えたが、それよりも連中の動きの方が早い。
足音が聞こえる。
3つ。3つの足音が先行する。
連中の内3人が制圧に出て残りの2人が『押さえ』の戦力なのだろう。
勿論、他にも伏兵は居ないか、目や耳を働かせたが、残念ながら気配は手繰れない。
3つの派閥のどこかが、一番の腕利きを寄越したと考えるのが妥当だろう。
今夜は一網打尽に片付けられそうに無い。
金を出して拳銃遣いを雇われなかっただけ幸運かもしれない。
専門の殺し屋やガンマンを雇われると明らかに不利だ。
先輩の探偵を仕留めたのも連中だろう。
先輩は職業のプロとして何としても合流地点に到達して自分の持つ情報を必要なだけ雪子に伝えたかったに違いない。
今際の言葉に近いので、ヤケ気味に知っている必要以上の情報を喋ったのかもしれない。