無明の瑕

 フィストグリップでオートマグⅢを保持しながら階段を駆け上がった。殺気立って沸騰しているフロアの空気に飲み込まれそうだ。
 軽い眩暈がする。
 襲う方も襲われる方も命が掛かっている。
 薬物をキメて恐怖を麻痺させた三下の鉄砲玉ではない。
 ビジネスで鉄砲玉を請け負うプロプロらしい仕事を提供せねば信用看板に瑕が付く。
 左右に伸びる廊下。
 空かさず、左手側に2発、発砲。
 違える事無く、ドアから飛び出した、長ドスを翳した男達が6m向こうで胸部に被弾して仰向けに倒れる。10分以内に間違いなく死ぬ。決して助からない呻き声を聞いた。
「!」
 左手側の2人を仕留めたところで、右手側7m辺りのドアが威勢良く開く。
 体を反転させて振り向いている暇は無い。即座に右手の中のオートマグⅢを一瞬、中空に浮かせて、それを左手に掴み、フィストグリップで保持すると、同時に体を左半身に構え直して左手で必要なだけの発砲を繰り出す。
 2人の男がそこに居た。
 1人は左腋に被弾し、吹っ飛ばされる。
 もう1人はドアを遮蔽としていたが、この距離で30カービンの直撃に耐えられる薄い合板の木製ドアは存在しない。
 そもそも30カービンを防げるように設計されたベニヤ板を用いた低価格帯のドアは存在しない。
 脆い木製のドアに風孔を開けた30口径の高初速の弾頭はその遮蔽に隠れていた男の左脇腹を捉え、一瞬で無力化した。
 2人とも助かる。15分以内に救急救命処置を施して、しかるべき医療機関に搬送すれば助かる。……問題は15分以内でそれが可能かどうかだ。
 自ずとこのフロアの担当は美奈となる。
 右手側から部屋の内部の掃討に掛かる。
 ドアを蹴破る真似はしない。
 ドアの前に立つだけで危険だからだ。
 三拍の呼吸を置いて、壁に背を当ててドアノブを開け、一通りの反撃を行わせる。
 トリガーハッピー丸出しの反撃。銃弾が飛び出ているうちは自分の命は安全だと錯覚する心理。
 決して狂っている訳ではない。彼らなりに弾幕を張る事が冴えたやり方だと直感しているのだ。
 命の懸かった鉄火場で弾薬を惜しむ素人はいない。誰でもそうする。美奈も状況次第ではそうなるだろう。
 散々な発砲。酷い反撃だ。
 ドアの向こうは廊下を挟んだ壁しかないのに、そこに襲撃者の幻影を見たのか、自動拳銃や輪胴式の乱射が繰り返されてコンクリの壁に無為に弾痕が穿かれる。
 激しく粉塵が舞い、廊下の一部を煙幕で囲ったように薄曇を作る。
 銃声が止む。
 銃声が止んだのが運の尽き。
 それでいて『人間一人眩ませられる粉塵』を作ってしまったのが彼らの敗因だった。
 濃厚な靄のような中で美奈は残弾の全てを吐き出した。
 残弾の全てより1発少ない程度の標的しか居なかったが、早く弾倉を交換したい意図もあった。
 引き金は軽い。
 オートジャムの系譜を継いでいるとまで謂われたが、リバイバルされた中でも割とまともに作動するモデルだ。コンクリ片の粉塵を被ったくらいでは簡単に作動不良を起こしやしない。
 寧ろ、いつもより引き金は軽いくらいだった。
 人間を標的に据えた時だけ異様に軽く感じる引き金は、時に恐ろしくもある。
 自分が人を射殺するのに悦びに打ち震えているのではないかと疑うのだ。
 サイトの向こうで人間が派手に爆ぜるように命中の衝撃で後方に吹き飛ばされると、自分の体内に活力が溜め込まれる錯覚すら感じる。
 景気付けのスキットルを呷った所為だと思いたいが、『今回も、仕事前に酒は呑んでいない』。
 スライドが後退して停止。
 口に銜えていた予備弾倉と交換。
 スライドリリース。
 初弾が確実に薬室に送り込まれて、撃鉄が起きた状態で待機しているのを掌に伝わる感触が確認する。
 部屋の内部に慎重に踏み込む。
 25平米ほどの広さのオフィスだった。遮蔽はあちらこちらに存在する。
 伏兵の掃討に神経を張り巡らせるが、誰かが生きている気配はしない。殺気や慄く気配も感じない。
 背中に目玉が欲しい空間だった。
 他の部屋から今直ぐに増援が殺到すると、この空間で篭城と膠着を強いられる可能性がある。
 今し方仕留めた……再装填で梃子摺っている4人を射殺した死体だけを確認すると直ぐにきびすを返す。
 左手側……約7m向こうのドアからの反撃に備えて、コンパクトを出入り口のドアから差し出して窺う。
 こちらをおっかなびっくり覗こうとする人影が、孔の開いたドアを遮蔽にしてチラチラと見える。そいつは視線と銃口の向きが一致していない。
 予備弾倉を抜く。
 それを左手に、右手だけでオートマグⅢを保持して潜望鏡の様にドアの角から右腕を突き出して2発、牽制の発砲。
 被弾ではない悲鳴を挙げて、遮蔽にしているドアの向こうに押し込まれる足音や罵声が聞こえる。
 その隙を縫って廊下に飛び出て、廊下の真ん中をズカズカと歩く。オートマグⅢは両手で保持したままで、予備弾倉は左手の小指と薬指の間に挟んでいる。
 遮蔽であるドアから勢いだけで飛び出る三下を1人、屠る。
 マズルフラッシュが派手に廊下や壁や天井を舐める。
 弾き出された空薬莢が右手側の壁に当たり、リノリウムの床に無造作に転がる。
 確実な作動。
 オートマグシリーズの前評判を裏切るほどに、憎たらしいほどに、邪悪なほどに快調。
 ドアの遮蔽の向こうに人の気配。
 遠慮せずに廊下を前進。
 彼我の距離2mともなれば、安っぽいベニヤのドアなど30カービンの前ではダンボールと変わらない防弾性能だ。
 ドアに1発、発砲。
 左脇腹を浅く負傷した男が衝撃で体を折って、遮蔽の陰から頭部を晒してしまう。その男の、頭部を晒すという取り返しのつかない失態で固まる顔と美奈の視線が合う。
 美奈は迷わず、撃つ。
 たった2mの距離。外しようが無い。男の額に射入孔を拵えてその背後に控える標的達に脳漿の破片を盛大に浴びせた。
 反撃は勿論、ある。
 部屋の奥から腕だけを突き出しての乱射だ。
 牽制のつもりなのだろう、次の部屋まで2mの距離で足止めさせられる。
 美奈の周辺に遮蔽は皆無だったが、立ち止まるだけで連中の銃弾が飛来する箇所から死角になる。あと1m進んでいれば、呆気無く蜂の巣になるところだった。
 背後の階段に、激しい息遣いを聞いたので銃口を反射的に振ると、同業者が返り血を浴びた惨状でミニUZIを構えて、銃口を美奈に向ける。
 互いに倒すべき標的かと認識して引き金に必殺の命令を下す直前に両者の視線が合い、揃って銃口を天井に向ける。
 敵意や悪意が無く、美奈がこのフロアを片付ける、
 ミニUZIの男が上の階を片付けるとアイコンタクトが通じた瞬間だ。
 真正面の非常階段へ通じるドアの向こうでは、派手に重量物がドサドサと落下する鈍い音が聞こえる。
 裏手の非常階段側から攻略に向かった同業者が奮戦しているのだろう。
 非常階段から遁走を図る標的はそいつに任せておけば一応、安泰だろう。
 上階からも階下からも銃声と悲鳴と怒号と罵声が聞こえる。
 小さなテナントビルの中に地獄の箱庭が再現されたらこのような相を呈している。
 血煙と硝煙が混じり、鉄錆臭い臭いが鼻の奥を舐めるように不快にする。
「!」
 咄嗟に背後に銃口を向ける。
 右手に握ったオートマグⅢを左脇から向こうに銃口だけを向けさせて、体を捻らず、首だけを捻って視界の端に標的の男と思われる影に発砲。
 一矢報いるつもりの男は輪胴式の安っぽい4インチを放り出して尻餅を搗くように倒れる。
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